続・夜のお誘い
事前に言われていた通り、宿の入り口に向かうとライエさんが既に待っていた。
「お待たせしてすみません、ライエさん。」
「ルーク殿。いや、今回はこちらが無理を言ったのだ。私の方こそすまない。では、早速だが、店の方に向かうとしよう。」
そうして着いた先は、やや高級な居酒屋といった感じの店だった。当然異性を買うような店ではない。
到着すると、ライエさんが店員に話をし、奥の個室に案内される。
ライエさんの緊張した顔と、他人に話を聞かれないための空間。
話したい内容も分かるというものだ。
「私は剣を振るしかしてこなかった男だ。だから正直に言おう。マルコ殿から、ルーク殿の話を聞いた。」
やはり、な。
「マルコさんは、なんと?」
「私が聞いたのは、ルーク殿が捨てられたレイ様、ミリアーヌ様の兄君の可能性があると。また、復讐の意思はないとも聞いている。」
「そう、ですか。」
実を言うと、予想はしていた。というのも、マルコさんとのあの日以来、レイ様、ミリアーヌ様の警備体制が騎士によって、やや厳重になっているからだ。具体的には、今まではミリアーヌ様と私達だけでの行動もあったのが、必ず騎士の誰かは同行している。
名目は、例の誘拐事件を受けてとなっており、おそらくユニ達や当事者のレイ様たちは信じているが。
「信じてもらえないかもしれないが、この話を知っているのはマルコ殿と私だけだ。」
「いえ、信じますよ。それに、最近の様子も理解できます。」
「かたじけない。」
そう言ってライエさんが頭を下げる。
今更だが、髭を生やした渋い顔の中年男性。言葉遣いも相まって、歴戦の騎士を絵に描いたような人だな。
ライエさんの言葉が続く。
「ただ、これも信じてもらえないだろうが、私もマルコ殿もあまり心配はしていない。というのもだ、私も騎士として何度も護衛を任されてきたし、人の悪意というのにも親しんできている。私には、ルーク殿の表情は分からないが、悪意がないことは、なんとなく分かるのだ。」
それは、ややお人好しというか甘い気もするが、それでも護衛を増やすなどの現実的な対策が取れている、と思うべきだろう。
「それでもこうして呼び出したのはおそらくルーク殿は分かっていると思い、気を悪くさせることを承知でいうが、今夜、レイ様がお休みになっている間だけでも宿から離れて貰うため。そして、聞いてほしい話があるからだ。」
「1つ目は構いません。繰り返しますがライエさんの立場であれば理解できます。ただ、私に聞かせたいこととは?」
そう問いかけると、ライエさんは少し間を空けてから、話し出した。
「これは、話してどうにかなることでもない。そもそも私自身はルーク殿が、あのルーク様と同一人物とは思っていない。あの森に捨てられた3歳児が生き残るなんてあり得ないことは、普段あの森に入って魔物を狩っている私達ゼルバギウス家の騎士が1番よく分かっている。」
そうライエさんは前置きをした。
私は適当に相槌を入れている。
「それでも言うのは万が一、と思ってだ。」
そう言って話し出すのは、あの時のゼルバギウス家の様子。それを一歩引いた立場の人間からの話だった。
「どこから話そうか。改めて私はゼルバギウス騎士団で、部隊長の任を任されている。当時は、まだ班長だったが。」
詳しくはないが、確か家によっても違うが、ゼルバギウス騎士団では、数人単位の班をまとめて部隊。部隊をまとめて団と呼び、トップは総騎士団長だったはずだ。
余談だが、ゼルバギウス騎士団で部隊長を任せられると言うことは、地位的には下級の貴族程度の立場と収入があるとみてていい。総騎士団長となれば中堅の貴族にも引けを取らない。
「当時のことはよく覚えている。奥方様がご懐妊した時はそりゃお祭り騒ぎで、ご当主様は毎日のように仕事をサボっては逢いに行って内政官に叱られていた。」
内政官とは領主を助ける立場の人間だ。
「だが、それも長くは続かなかった。屋敷の空気は明らかに暗くなった。私達のような騎士は実際にルーク様に御目通りすることはなかったから分からなかったが、メイド達から話を聞くとなんでもあまりにもルーク様が醜くて全員から嫌われている、だそうじゃないか。」
言葉にやや力が入ってくる。
「正直に言えば、私や騎士仲間は怒りを覚えたよ。確かに、あのご領主様達から醜い子どもが生まれれば気落ちもするだろうが、だからといって生まれたばかりの赤ん坊を嫌うなんて、と。」
当時を思い出したのかライエさんは苦い表情だ。
「最初は領主様に直談判を、なんて話もあったが当時の総騎士団長から止めるように言われてな。あの人は実際にルーク様を見ている。そしてこう言ったんだ。あれなら仕方ない、と。」
その後もルーク・ギ・ゼルバギウス。つまりは私の赤ん坊時代の話が続く。
私が熱を出して倒れたことや、その後さらにメイド達の表情が暗くなったことも聞いた。目に見えて疲れていた、と。これはつまり、私が魔力を増やす訓練をしたことが原因だろう。
やはりあのまま屋敷にいては、死者が出た可能性は否定出来ないようだ。
「そしてレイ様が生まれ、今度打って変わってお祭り騒ぎだ。ご懐妊中はそりゃピリピリしていたがな。そしてレイ様が生まれ、翌年にミリアーヌ様が生まれるあいだに、ルーク様が病死なさったと知らされた。実際は違うとは、つい最近知ったがな。」
実際私は一度倒れている。信憑性は高いだろう。
特に疑う理由もない。
「で、酷い話だがしばらくは随分屋敷も明るくなったし、領主様達も肩の荷が降りたような明るい表情をされていた。」
それはまあ、仕方のないことだろう。
「しかし、それから3年ぐらいか。レイ様がルーク様が亡くなられたお年になる頃、徐々にまた空気が重くなってきた。今思えば、やっと冷静になったんじゃないだろうか。つまり、ルーク様を嫌っていたことに罪悪感を覚えたんだ。領主様も、隠してはいらっしゃったが、魔物の討伐に行かれる際にも以前のような精彩を欠く時期が続いていた。」
そんな数年も置いて罪悪感を覚える、と言うよりも思い出すようなことがあるのか?いや、マルコさんの話には当てはまるが。
「屋敷に仕えていたメイドなんかも、その時期には辞める人間が続いて、ほとんど入れ替わったはずだ。ただ、そのおかげが屋敷の雰囲気もまた落ち着いて、領主様も時間とともにまた以前の様子に戻ってらっしゃる。たまに落ち込まれていることはあるがな。」
ライエさんはそこまではなすと、口を閉じるのだった。
ゼルバギウス家は武の家だ。騎士との距離も近いだろうし、ライエさんが言うなら疑う理由はない。
だからなんだ、と言う話でもあるが。
そう。正直に言えばこんな話をされて、私にどうさせたいのだろうか。
なので正直に聞くことにした。
「お話は理解できました。しかし、私に聞かせてどうなさりたいのでしょうか?」
と。するとライエさんも少し時間をかけて答えてくれた。
「実を言えば、わたしにもよく分からない。だが、言わずに居れなかったんだ。もしかしたら、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。私も、マルコ殿から真相を、ルーク様を捨てたという話を聞いた日には怒りも覚えた。だが、それも少しだけだ。今更どうこう言えないくらい、私達はレイ様に仕えているし、ルーク様は既に過去の人物ということなんだ。」
ライエさんはそう言うが、もしかしたら牽制だろうか。
ルーク・ギ・ゼルバギウスは正式に病死となっている。今更私が何を言っても、ゼルバギウス家の人間だと言っても何も変わらない、と。
もちろん私にそんなつもりはない。
それに、やはり私は捨てられて良かったのではないだろうか。
そこまでは思わないようにしていたが、しかし話を聞くにあのままでは取り返しのつかない犠牲者が出たかもしれないし、そうなれば捨てられもせず殺されていたかもしれない。
結局そのあとは、下戸である私に気を使ったのか適当に食事を済ませて、明け方レイ様が起きたであろう頃に宿に戻る。
店は一晩中やっていると言うことで、結局個室の中で過ごした。
寝てても構わないと言われたので、座ったまま寝かせてもらっているが、親しいわけでもないわけで、熟睡など出来るわけもなし。
ユニからは「朝帰り?」などと突っ込まれたが、私の疲れた様子から労ってくれ、心が癒される。
親しくもない中年と個室で夜を越えるとは、今までのどの修行よりも厳しかった。
その後、馬車を使い私達はその日のうちにミリアーヌ様や仲間達の待つソフィテウスに戻るのだった。




