ニコラオス大聖堂
正に圧巻だった。
私達は、アイラに導かれチェルミの街を歩いている。
道は緩い坂道が多い。
アイラはアイラで、地元民ならではの気さくな足取りだ。
その足取りには、子どもが宝物を見せようとする時のワクワク感が隠せていない。
そして、ある路地を超えると広い空間に出た。
ガインにも円形の広場がいくつかあり、そこで祭りなどが開かれた。
「じゃん!これが、私達チェルミっこの誇り、世界に名だたるニコラオス大聖堂さ!」
アイラが眩しい笑顔で手を広げるその先には、私達が目指した大聖堂があった。
そこは、中央が少し盛り上がった丘のようになっており、その上に、見るものを圧倒する建造物がたっている。
ゴシック建築というのだろうか?私にはその手の知識は無いのだが、テレビで紹介されたヨーロッパの世界遺産に指定された古い教会を思い出す。
真ん中に巨大でとんがった屋根を持つ建物があり、その周りをいくつかの細い塔が、まるで物語に出る王とそれに従う騎士のようだ。
城壁と同じ材質と思われるその白い壁は綺麗に磨かれ、しかし同時に長い年月を感じさせる趣がある。
私、ユニ、テオはしばし言葉も出ず、大聖堂を眺めていた。
言葉もない私たちにアイラが語りかけてくる。
「ニコラオス大聖堂は、今から大体800年前に建てられたって言われてるんだ。元々は外国の貴族が留学って事で教会に来ていたのを受け入れる為の修道院だったらしいぜ。その後、留学に来る貴族が減ると、今度は平民にも公開するって事で大聖堂になったんだってよ。ニコラオスはそれを決めた司教様だな。最初は真ん中の建物しか無かったけど、どんどん改装して今みたいになったんだぜ。」
なるほど。貴族向けだったから、これだけ豪奢な建物になったのだろう。
それにしても、アイラも流石は宣教師。こう言った知識は抑えているようだ。
そもそも彼女は普段の奔放な言動から勘違いしそうになるが、実際話すと高い知性を感じさせる女性だ。
そんなところもテオと馬が合う理由の1つなのだろうし、ユニや私とも上手くコミュニケーションを取ってくれる。
「折角来たんだし、こんなところで止まってないで近くに行こうよ。ねぇ、アイラ。中は見れないかな?」
「大丈夫だぜ。ここでは毎朝礼拝をしていてな。それは誰でも参加する事が出来るのさ。この時間ならちょうどやっているはずだぜ。」
「そうなの!?ねぇ、ルーク、ユニ、僕たちも行ってもいいかな?」
「ああ、折角だ。私たちもお邪魔しよう。」
「ん。私も大丈夫。」
そういうわけで、私達は大聖堂に向かう。近くに寄ると、更に細かく美しい装飾に目が行く。
「確か、ヴィーゼンは芸術全般が盛んなんだよな。」
「そうさ。ヴィーゼンでは昔から女神の教えを歌や劇、彫刻や絵で表してきたからな。共和国の芸術都市ファンからも学びに来る人も多いし、こっちから留学に行く人もたくさんいるんだぜ。」
「ん。確かに綺麗な装飾。」
「ほらほら、装飾は後でも観れるでしょ?急がないと礼拝終わっちゃうよ。」
テオはそう言って、ソワソワしている。映画館に行く子どものようだ。
テオに続き、私達は大聖堂の入り口をくぐる。
アイラが誰でもと言ったように、門番もいなく確かに誰でも受け入れるというメッセージを感じる事が出来た。
ただ、警備などが気になってしまうのは、前世のテロや無差別事件を知ってるからか、冒険者という職業柄か。
「ですから、我々は…」
入り口から入るとすぐに丸い部屋になっていて椅子が並んでいる。
小学校なんかの体育館を無理矢理円形にして椅子を並べればイメージ出来るだろうか。
1番前の一段高くなっているステージには講壇が置かれ、中年と初老の更に間くらいに見える肌の黒い男性がよく通る落ち着いた声で礼拝の参加者に語りかけていた。
今まで私の交友関係には黒人の方はあまりいなかったが、この大陸にはそれなりに多くの肌の色の人がいる、と思う。正直前世から肌の色での差別にピンとこなかった私は、現世でもそこまで興味かなかった。
少なくともこの世界で、人種差別の類は聞いたことがない。これも戦争と同じで、魔物という明確な人類共通の敵がいたからだろうか?
話を戻そう。
おそらく、あの人がこの聖堂の司教だろう。
私達も音を立てないよう気をつけながら、空いている席に座る。
司教の話は続いていた。
「我々は互いに助け合わなければなりません。特に、弱き人の為にこそ、与えられた力を振るうべきです。皆さんも、女神アレクシア様が命を作られた話をご存知でしょう。その最後を思い出してください。地に生き物が増えた時、女神は大地を譲られました。女神に比べるのもおこがましい、弱く小さい命である我々に、です。ですから我々もまた、女神を見習い、弱き人々のために力を尽くしましょう。それこそが、女神の愛に答える行いだからです。本日はお越しくださりありがとうございました。この場にいる全ての信徒に女神アレクシア様の祝福がありますように。」
司教はそう言うと頭を下げ舞台の裾へと帰っていった。
途中からどころかかなり終盤だったが、それでも聞き入ってしまった。
話の内容もだが、司教の話し声や表情が優しく、私の心にもストンと、入るような気がした。
確かたいていの日は一般に公開した礼拝をしていると言っていたな。
これは、テオあたりが明日の朝にはすぐここに来たがるだろう。
さて、どうしようか。
「なあ、実は今お話ししていた司教様があたいの先生でな。ちょっと挨拶してきていい?」
「そうなのか?なら行ってくるといい。ここで待っていよう。」
「あ、じゃあさ、僕たちも行っていい?旅の仲間なんだし、挨拶しても変じゃないでしょ?」
「そりゃ、もちろんさ。そういうことならみんなで行こうぜ。」
というわけで、全員で会場の奥にある廊下に向かう。
その先には控え室のようなものがあった。相変わらず見張りのような者はいない。
ノックしようとすると、アイラが既に中に入っている。
私たちも続けて中に入ると、先ほどの司教が椅子に座りお茶を飲んでいた。
入室に気づくと席を立って、言った。
「誰ですか?って、おやアイラじゃないですか。お帰りなさい。クーベルでのお勤めはどうでしたか?それに後ろの方々は?」
「先生、久しぶりだな!クーベルでは色々あってさ。それはまた後で話すよ。そしてこいつらは旅の仲間。その色々の結果、あたいはみんなと世界を旅して来ようと思うんだ!」
アイラの嬉しそうな声と表情から、彼がとても慕われているのがよく分かる。
「旅?世界を?いえ、それもいいでしょうね。あなたが正しいと思うことをしなさい。」
そう言うと私たちの方を向き、
「挨拶が遅れてすまないね。私はマーティンといい、この町で司教の1人を任されています。どうぞよろしく。そこのアイラには、昔少し読み書きや教会の事を教えてね。まあ、そんな間柄だよ。」
「ご丁寧にありがとうございます。私はルーク、こちらはユニとテオ。グラント王国出身の冒険者でして、アイラとはクーベルの街での依頼で知り合いました。それから旅の仲間として一緒にここまで参りました。」
「ユニ、です。はじめまして。」
「僕はテオと申します。あの、僕も昔から教会に来てて、さっきのお話し少ししか聞けなかったけど、とてもいいお話でした!」
「これはこれは、ご丁寧にどうもありがとう。それにテオ君ですか。そう言ってもらえると、司教としてなによりも嬉しいよ。」
そう言ってマーティン司教は優しく微笑んでいる。
そういえば、彼は私の仮面にも特に反応しなかった。
アイラが慕うだけはある、人格者のようだな。
「それで、君たちはこの後の予定はあるのかい?」
「あー、どうするんだ?ルーク。」
「これからみんなで決めるところです。宿は取ってありますので、夜はそちらに戻りますが。」
「それでは、もし良ければ昼食を一緒に食べませんか?豪華なものではないですし、騒がしいですが。」
「いいのかい!?先生。なあ、ルーク、そうしようぜ。先生が言うように、豪華じゃないけど味は保証するよ。」
「そういうことなら私は構わない。ユニとテオは。」
「ん。私も。」
「僕もさ。むしろ、マーティン司教様とお話しできるなら嬉しいくらいだよ。」
「それでは、申し訳ありませんが、お言葉に甘えたいと思います。ありがとうございます。」
「こちらこそ、申し出を受けてくれてありがとう。それに言ったように騒がしいのは確実だよ。では、私はお客さんが増えることを伝えるために先に行かせてもらおう。アイラ、少しのんびりと街を見ながらおいで。」
「分かったぜ、先生。」




