王国の外へ
2の1、王国の外へ
「ここを抜ければ、ついにヴィーゼン教国か。」
出国前に一波乱はあったが、私たちは今こうして、グラント王国とヴィーゼン教国の境にある関所に来ている。
「ルーク。大きい、ね。」
ユニが言う。
確かに、石で作られた門は大きく、その上に物見櫓を付けたような形をしていた。
「当たり前だけど、騎士が見張りをしているんだね。」
テオが言うのは、櫓の上にいる武装した騎士たち。
「けど、ピリピリはしてないだろ?あれが、隣国同士の今の関係を見る物差しの1つさ。あたいの先生の受け売りだけどね」
アイラは大分復活したようだ。
彼女は昨日私たちと同じ宿に泊まった。アイラを心配したテオが、昨晩なにやら話していたようだが、上手くいったようだ。
私は私で、ユニとのんびりと過ごすことが出来た。
長い付き合いだ。いずれ一歩踏み込むとしても、こういう穏やかな時間を過ごしたいと思うのは男のエゴなのだろうか。
「よし、検査は終わりだ。待たせたな。」
騎士はそういうと、オタカルさんの馬車と私たちのギルドカードを返してきた。
「皆さんお疲れ様です。これで関所を超えて、昼にはハヤナの町に行きましょう。」
オタカルさんはそういうと、私たちに乗車を促すのだった。
関所を超え、馬車に揺られること2、3時間、目的のハヤナの町に着く。
私たちは明日の朝オタカルさんと合流する約束をし、宿に入った。
昨日の夜話し合い、この依頼の間は冒険者4人として行動することになっている。
部屋はまた2部屋を男女で使い、例の訓練はアイラが寝た後ユニが私たちの部屋に来ることになっている。
そして夜、私たちは特訓を行う。
しかし、既に恒例になっており、特訓とは名ばかりのお喋りになっている。
ユニ達にしても、相変わらず嘔吐はしているが、ちょっとスッキリしようかぐらいのノリだ。
実際、1度吐いた後はそのままお喋りを続けるし、私の顔も見れている。
正直に言えば、この特訓は私にとっては既に楽しむための時間になっていた。
私が仮面を被らず素顔でリラックス出来る。
こんな時間がミリア師匠とのあの家以外に存在するとは、夢にも思っていなかった。
結局、私は私の顔を諦めていただけだったということだ。
今でも私を捨てた人達を恨む気は無いが、それはつまり私が私自身を愛していないだけだった。
愛していないから、どうでもいいから、どう扱われても気にならないし、気にしない。
しかし、今は違う。
諦めるのではなく、受け入れる。
私の顔を認め、受容する。
これも私の一部だと。
それが出来たのはいうまでも無い。この2人の双子のお陰だ。
今も、これからも何度でも思うだろう。
師匠に拾われ、この2人に出会えて良かった、と。
「ルークの顔も、もう慣れた。」
「うん、そうだね。むしろなんでまだ吐いちゃうのか不思議だよ。だって今は気にせず見れているんだしさ。」
「確かにな。実は以前も思ったことなんだが…」
白状しよう。この時の私達は油断していた。
リラックス出来る事を喜んでいたが、しかしそのせいで気づかなかったのだ。
ガチャっ。
彼女が。
アイラが扉の前に来ている事に。
おさらいしよう。ここにいるのは、ユニとテオと、素顔の私。
勿体ぶるようなことでは無いな。
アイラは私の顔を見た途端、その場で嘔吐した。
とりあえず、私はすぐに仮面を被り、ユニがアイラを部屋に入れ、テオが吐瀉物の片付けをしてくれた。
今は、ユニがアイラに事情を説明しているところだ。
事ここに至れば仕方ない。
「えーと、要するに、ルークの顔は見ると吐いちゃうほどで、2人はそれに慣れるために毎晩特訓している、ってこと?でいい?」
「ん。合ってる。」
「なかなか慣れないけどね。いや、慣れはしたけど、何故か吐いちゃうんだよ。」
「嘘、って言いたいけど今まさに見たしな。」
「まあ、そういう事だ。黙ってはいたが、悪気のあってのことでは無いんだ。許してほしい。」
「許すも何も無いよ。こっちこそ、悪かったね。ごめんよ、ルーク。」
「まあ、吐くのは仕方ないさ。」
「いや、それもだけどさ。初めてあった時にその仮面の事を聞いちゃっただろ。テオにも怒られたけど、随分無神経な事しちゃったなって。」
「そのことか。もう、だいぶ前の事に感じるな。分かった、許す。もう気にしてない。」
「そっか。ありがとな、ルーク。」
結局私達は今日はもう休む事にして、それぞれの部屋に戻るのだった。
翌日、私達はオタカルさんと合流し、昼には次の町に到着した。問題さえ無ければ、明日には目的地であるチェルミに到着するだろう。
今日も昨日のように部屋をとる。
夜になり、ユニが部屋に来たが、なんと今日はアイラも一緒だ。
「2人とも、どうしたんだ?」
「実はさ。みんなにお願いがあるんだ。ユニに先に言ったら、みんなで決めたいって言われてさ。」
「お願い?」
「ああ。ルーク、ユニ、テオ。あたいもみんなと一緒に旅をさせてくれないか?」
「旅って、私達のか?」
「そうだ。テオから聞いたんだ。みんなが世界を見てまわっているって。そんなことあたいは考えた事もなくてさ。確かに私は世間知らずだし、迷惑もかけるかもしれないけど、ちゃんと覚える。だから、あたいにも世界を見せてくれないか?」
これは予想していなかった。
確かに、アイラには悪い感情は持っていない。
世間知らずにイラついた事もあるが、それも自覚してくれた今特に問題だとは思わない。
それどころか、回復魔法の腕は、尊敬するほどだが。
「私は特に反対しない。ユニや、テオはどう思う?」
「ん。私は構わない。」
「僕もさ。むしろ、アイラがいてくれれば心強いよ。」
一瞬意外にも思ったが、そうでも無いか。
ユニは年の近い女友達の感覚だし、テオも一昨日から楽しそうに話している姿を何度も見た。
だからアイラも一緒に旅を、など言い出したのだろう。
なんにせよ、2人が受け入れて私も反対しないなら答えは1つだ。
「決まりだな。アイラ、これからよろしく頼む。」
「よろしく。」
「よろしくね、アイラ。」
「ああ!ルーク、ユニ、テオ。ありがとう。それに、これからよろしくな!」
こうして、私たちに新しい旅の道連れが出来た。
だが、今更水をさしたく無いが、気になる事がある。
「今更前言撤回はしないが、アイラは私の顔は気にならないのか?昨日、見ただろう?」
「それなんだけど、もう1つお願いがあるんだ。あたいも毎晩の特訓に参加させて欲しい。みんながやってるのも大きいけど、あたいだって仲間の顔を正面から見れるようになりたいんだ。」
なるほど。アイラなりに私達に歩み寄ってくれているらしい。
「そういう事なら構わない。ありがとう、アイラ。」
「ああ、それに気になる事もあるしな。」
「気になる事?」
「それは、特訓をやってみてから言うよ。」
そういうわけで、いつもの特訓を始める事になった。
私は土魔法で作った桶を3人が抱えたのを見て、仮面を取る。
結局、いつもの光景にアイラが加わる。
「アイラ、大丈夫?」
ユニがアイラを気遣っている。
「大丈夫さ。ユニ、ありがとうね。」
落ち着いたところでテオが尋ねる。
「それで、気になっていた事ってなんなの?」
「うん。実は昨日見た時も、確かに最初は驚いたし、その見た目のせいで吐いたのかと思ったんだよ。」
「ん?違うのか?」
「まあ、それもあるかもしれない。ルークには悪いけどね。だけど、それにしてはその後思い出しても特に吐き気はしなかったんだ。」
「確かにそうだな。ユニやテオはどうだ?思い出して気持ち悪くなることは無いのか?」
「無い。言われてみればおかしい。」
「そうだよね。というか、そもそも今だって普通に見れてるし、勝手に慣れたせいだと思ったけど、だとしたら、未だに吐くのもおかしいよね。」
「みんな、実は…。」
そこで私は以前考えた呪い説を話してみた。
「実はあたいもそれを考えたんだ。あたいはまだ2回目なのに、1回吐いて後は気にならない。あたいと、ユニ、テオの違いって魔力の量の違いじゃ無いかな?」
「そう言えば、ルーク、ラト先生は吐かなかったって言ってたなかったっけ?」
「ああ、師匠だけは最初から私の顔を見ても吐いていないと聞いている。そう考えると、師匠とアイラの共通点もやっぱり魔力の高さだな。」
もしかして、本当に呪いの類なんだろうか。
「もし呪いとなると、なんでってなるけど、心当たりは?」
「いや、分からない。私は物心付く前に森に捨てられたところを師匠に拾われてな。てっきり醜くて捨てられたと思っていたが、他に理由があるかもしれない。どちらにせよ、ここでは答えは出ないな。」
という事にしておく。前世のことや、貴族のことは、話すべきだとは思わない。
「そうだったんだな、ルーク。言いにくいことを聞いてごめん。」
「いや、いい。そのおかげで師匠やユニ、テオ、それにアイラにも会えた。今更顔も知らない両親に未練はないさ。」
「ただ、そうなるとどうすればいいんだろう?この特訓は無駄ってことかな?」
「そんな。」
「いや、そうとは言えないだろ。実際に効果が出たから、吐いた後話せているんじゃないかい?」
「つまり、何度も呪いに関わることで抵抗がついたということか?」
「それはあるかも知れないね。そうなると、魔力の量より質の問題かな。ヴィーゼン教会の司教なんかでは瞑想をする事で、回復魔法の質が上がるって言われている。」
「私たち魔法使いでいう魔力を練るようなものか。」
「つまり、僕らもその瞑想なり魔力を練るなりすれば、ルークの顔を見ても吐かないってこと?」
「断言は出来ないけどね。可能性はあると思うよ。」
「なら教えて欲しい。アイラ、いい?」
「もちろんさ。元々、あたいらの瞑想は、心を落ち着かせ、アレクシア様が作った世界に感謝するためにやるんだ。宣教師としても、おススメするよ。」
そう言ってアイラはアレクシア教の瞑想を教えてくれた。
「格好はなんでもいいからリラックスするんだ。そして、これが難しいんだけど周りにある気を考える。気は目にも見えないし、普段感じる事もないけど、確かにある。教会ではこれを女神の愛とも呼んでいるんだ。そして、気が頭から体を巡り、手や足の先から世界に帰っていく。そんなイメージを持ってみてくれ。」
気、という概念は初めて聞くが、体を巡らせるという点は、魔力を練る事にも通じる。
やはり、瞑想には魔力の質を上げる効果があるようだ。
「何度か繰り返して。そうすると、体がポカポカしてこないかい?」
「あっ、言われてみればそんな気がするよ。」
テオは元々、信仰心が高い。こういうものも意識しやすいのだろう。
「うーん、私はまだわから、あっ、なんか暖かくなった気がする。けど、気のせいかも。」
私もアドバイスをしてみよう。
「大丈夫だ、ユニ。多分瞑想には魔力を練る効果もある。なら、気のせいでもそれを繰り返す事で、それは本当のイメージになる。」
「ん。分かった、ルーク。」
結局その日は遅くまで瞑想を続け、それぞれの部屋に戻った。
翌朝、門の前で合流したオタカルさんと私たちは、チェルミを目指し、出発した。
3時間ほどだろうか。
馬車に揺られ、進んで行くと向こうに大きな城壁が見えた。
アイラが弾んだ声で教えてくれる。
「みんな、あれがあたいの故郷、チェルミ。有名なニコラオス大聖堂が立ち、数々の巡礼者を受け入れる礼拝都市チェルミさ。」
「礼拝都市、か。」
この地方で取れるという白い城壁に、中天に差し掛かる太陽が反射している。
その光は私達の来訪を祝福してくれているかのようだった。




