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捨てられた令嬢、考える

この物語はファンタジーでフィクションです。

「私の帰還はどこから漏れた」


 客室のドアが閉まったとたんに微かに笑いながら皇族としての覇気を滲ませて歩くジルクライドが、後ろのアロイスを振り向くことなく言った。颯爽と歩く姿は威厳に溢れ、圧倒的な存在感が見る者を魅了するその男に、皇城でも奥にあるこの辺りで働く者たちは表情を変えずに頭を下げる。


「二日目に宿泊したソラーズ侯爵家から殿下の一行が無事に領内を通過したとの報告があったようです。アイシャ様のご負担を減らそうと少し遠回りをしたことで我々より早く伝令が皇都に到着したと報告を受けております」

「それでダンヴィルの兄妹が待ち伏せていたということか」


 吐き捨てるような嫌悪感を滲ませる声は執務室の壁に消える。アロイスが扉を閉めたのを確認してから黒の皇子は青いコートを脱いで、白いワイシャツとベスト、スラックスという身軽な姿で重厚な作りの机に座ると、溜まっていたらしい書類を手に取った。


「アイシャ様は彼らをなんと?」


 アロイスの質問に書類から視線を外して迷わせた皇太子がポツリとつぶやく。


「…………まだ話をしていない」

「それじゃあ今までアイシャ様の部屋でナニをしていたんですか」

「お前、口が悪いぞ」

「申し訳ございません。まさか聡明で尊大、実直を絵にかいたような(あるじ)の頭に花が咲くとは思いもしませんでしたのでご容赦ください」


 恭しく頭を垂れる銀髪の麗人は言葉とは裏腹に、いつもはきつい眼差しを緩めて話しながらもジルクライドが片付けた仕事を受け取った。


「さしあたって問題なのはダンヴィル公爵家とリスティラ、あとはオルグレン公爵か」

「ダンヴィルとカテリーナ嬢のご実家は判りますが……リスティラ第四皇女殿下ですか」

「ああ。アレはカテリーナを女神のごとく慕っていたからな。まぁ、どうしてもアイシャで納得しないならば打つ手はある」

「どうせ将来は降嫁なさるか、他国に嫁がれるのです。放っておかれては?」

アレ()に動かれるのは皇妃陛下(ははうえ)の次に厄介だ」


 男らしい力強い字で書類にサインしながら、ジルクライドの濃茶の目がにこやかに微笑む部下をちらりと見た。


「なんだ?」

「さしあたって一番の問題は殿下の忍耐かと思われますが」


 まだ揶揄を続けるらしいアロイスに、一度ペンを置いたジルクライドが挑むような視線を向けて唇の端を吊り上げる。


「お前もここまで本気になる女性が見つかればいいな」

「……本気で貴方の頭が心配になってきました。側近たちへの通達(暴露)は早めにお願いいたしますよ。それでは失礼いたします」


 整った顔をしかめて踵を返したアロイスの背に、主たる黒の皇子が書類を見ながらさらりと言った。


「お前は認めるか?」

 去り際の言葉にしばし足を止め、振り向くことなく沈黙が続いた後にジルクライドより少し高めの声が答える。


「ここ数日の様子を見る限り、今、殿下のお心に一番近く寄り添っておられるのがあのお方だと推測いたしております」

 それだけ言って今度は微塵も躊躇することなく執務室を出て行くと、ジルクライドは大きく息を吐いて窓から青空を見上げた。









 王国の夜会で非公式に発表されたディザレック皇国の皇太子とアイシャ・スティルグラン侯爵令嬢の婚約は、亡くなったカテリーナ・オルグレン公爵令嬢の死を速やかに公表するためにも必要なことだった。カテリーナの葬儀と並行するようにアイシャの皇太子妃教育の手続きと計画がすぐさま組まれ、発表一か月後には輿入れ、その半年後にはもともと予定していた婚姻式をそのまま行うという、身分の高さからは考えられぬ速さでもあった。


 皇国でも皇太子の婚姻という大事を急いで決めるものではないという意見が多かったが、優秀な皇太子はそれらの意見を一蹴する。曰く、自分には後見貴族など必要がないこと、新しい婚約者は一通りの教育を受けていること、ここで更に皇国内から婚約者を決めると不要な争いを生みかねず、そちらのほうが皇国にとって不利益であると説明した。


 察しの良い者たちは手際のいい皇太子と許可をだした皇王に追随し、野望を持つ者はこの婚姻の粗を探すために密かに動き始める。アイシャが手に入れた情報は後者のものが圧倒的に多く、皇国と隣接する領地を持つスティルグランだからこそ大国の内情をある程度知ることができたのだ。


 だからこういう個人的な理由で責められることは想定していなかったのだが。

 アイシャはジルクライドが去ると、リーサと共に着替えと追加された侍女と護衛の顔と名前を確認していた。あらかじめ決めてあったらしい彼らは王国の侯爵令嬢だからと見下す態度を微塵も見せず、その丁寧な仕事ぶりで王国との格の違いを見せつけていた。どうりでジルクライドが王国からの供は必要ないと言うはずである。


 そんな中、ジルクライドと同じ年頃の護衛騎士が一人、鋭い眼差しでアイシャを睨むように見つめていた。護衛騎士を紹介している年嵩の騎士隊長は気づいていないようで、アイシャの背後にいるリーサから冷たい空気が流れてくる。話していいものか、ジルクライドに任せたほうがいいのか悩んでいたアイシャが手を打つ前に彼が一歩前に進み出た。


「私はローウェル・プレイステッド。ジルクライド殿下の側近でもあります」

「初めまして。アイシャ・スティルグランと申します」


 他の者同様に挨拶を返すと、青年は切れ長の目を細め険のある表情で口を開いた。


「ご存知ないようですので、恥をかかれる前にいくつかご忠告をさせていただきます」


 茶色の髪は短く刈り込まれ、今は激しい感情を乗せている翡翠の目と日に焼けた肌、筋肉のついた太い首やジルクライドよりさらに厚みのある身体と身長は、彼が騎士たるにふさわしい威圧感を放つ。


「ジルクライド殿下は婚約者であらせられたカテリーナ様を大切にしておられました」


 体躯に似合う太い声が淀むことなく言葉を紡いだ。本来ならば不敬な物言いに、それでも止めようとしない騎士隊長をいぶかしく思いながらもアイシャはひとまず話に耳を傾ける。


「この国とどのような取引をされたのかは判りかねますが、貴女は殿下に愛されている訳ではないとご承知おきください。それが嫌ならばお国に帰られることをお勧めいたします」


 もっといろいろと難癖をつけてくるかと思ったが、彼は単純にジルクライドがカテリーナを愛していたと主張した。もちろん言葉の裏には「殿下のお手を煩わせるな」や「愛してもらえないからと殿下を責めるな」という忠告が含まれているが、政治的な何かはないようでどのように対処するか判断する。


「ご忠告感謝いたします。ジルクライド殿下がカテリーナ様をどのように想っていたのかはお聞きしておりますので、わたくしに(・・・・・)そのような心配は必要ありません」


 そういう事は欲にまみれ、殿下が欲しいと涎を流さんばかりに突撃してくるあのご令嬢に言ってくれと思っていると、男はさらに言い返してきた。


「それに王国の王子妃にすらなれなかった貴女を娶らねばならない殿下に皆が同情しております。ですので王国の(・・・)侯爵令嬢(・・・・)らしい(・・・)振る舞い(・・・・)をお願いいたします」


 さて、どうしたものか。アイシャは良くできた(我慢している)侍女を気にしながらも青年騎士を眺めて思案する。ここで言い負かしてもいいが、相手は婚約者の自称側近だ。なるべく波風を立てたくないのだが、このまま言い返さないのもそれはそれで問題がある。それに王子妃になれなかったのは事実だからいいが、『王国の侯爵令嬢らしい振る舞い』とはいったいどういうことか問いたい。


「ではプレイステッド侯爵子息様。わたくしが王国に帰る代わりに、貴方の婚約者であるロマリー子爵令嬢を殿下にお譲りいただけますか?」


 自己紹介になかった彼の実家の爵位と自分の婚約者の名に、男は仰天して狼狽えた。


「なぜそうなる! それに彼女は子爵令嬢だ! 皇太子妃には身分が足りない」

「ですが王国の王子妃にもなれない侯爵令嬢よりは皆様に受け入れられるのではないですか? 貴方のように厳格な婚約者をお持ちだった令嬢なら皇国の(身分をわきまえた)子爵令嬢(お飾り皇太子妃)らしい振る舞いもきっちりなさるでしょうし、貴方を想っていれば殿下の愛を求めるようなこともなさらないでしょう」


 強烈な皮肉に戸惑う騎士にアイシャは攻撃の手を緩めない。


「殿下も側近が愛しているご令嬢を譲って(・・・)いただけるのですから喜ばれるかもしれませんわね」

「殿下に対して不敬だぞ!」

「ジルクライド殿下はわたくしを妃にするとお決めになられました。そのわたくしに国に帰れという貴方も殿下に対して不敬を働いていると理解していらっしゃいますか?」

「俺は殿下のためを思って言っている!」

「わたくしも同じですわ。カテリーナ様が亡くなられた以上、代わりの人間が必要です。皇太子妃は必ず必要で、皇国の令嬢ならば諸々のしがらみを(かんが)みながら選ばなくてはなりません。貴方のロマリー子爵令嬢がダメでしたら、バルフォア侯爵家のオードリー様やイングラム伯爵家のジェナ様などはいかがでしょう」


 アイシャが出した名前はジルクライドの側近たちの婚約者の名だ。


「ふざけるな! 彼らは愛し合っているんだぞ!」

「では赤い髪の身分の高いご令嬢は? 本日も殿下をお出迎えなさっていたようですが」

「っ!!」


 誰のことか判ったのかローウェルが息を止める。自分の主の政敵くらいは理解していてよかったと体から力を抜いたアイシャは、言い聞かせるようにゆっくりと話し出した。


「なぜジルクライド殿下がカテリーナ様の訃報発表前に婚約者を定めたかお分かりになりますか? わたくしが名を出さずとも令嬢たちの親が、殿下を思う権力者が婚約者を変えろと言えば、貴方方程度の役職では阻止できないからです。お互いに思いやり、愛し合っていようと関係ありません。政略結婚とはそういうもので、それは殿下も一緒なのですよ」


 まぁ貴方の主は最初、お飾りの皇太子妃に都合のいい娘を選ぼうとしておりましたけれども。彼が尊敬する黒の皇子像を守るためにそれを言うつもりはないが、もし本気でお飾りの妻を選び、周囲に今のような待遇と態度を取られたらそれは悲劇でしかない。こんな至る所敵だらけの状態で、さらにジルクライドにも顧みられない他国の貴族令嬢がどのような道を辿るかなどアイシャは想像もしたくなかった。


 ローウェルの態度からも見え隠れする大国の驕り。現スティルグラン侯爵が変えようとした国と国との関係。アイシャにどれだけのことができるのかは判らないが、どうせ苦労するのなら欲張ってそれも変えようとするくらい構わないだろうか。


 もとから両手を挙げて歓迎されるとは思ってもいなかったが、初日からコレでは先が思いやられる。けれどジルクライドの態度が周知されていないからこそ向けられた視線と言葉は、彼らの本音が垣間見えて有意義なものでもあった。その点は馬鹿正直に話してくれたこの男を評価してもいいだろう。

 アイシャの言葉で深く考え込んでいるらしいローウェルを放置して、目を細め殺気を漲らせていたリーサにお茶を頼む。それから騎士隊長に質問した。


「彼は護衛騎士ですか? それとも殿下の側近としてここにいるのですか?」


 場合によってはお前も処罰対象だとは少しも出さずに微笑めば、彼らはあからさまに視線を迷わせ、肝心のローウェルが答えた。


「俺は……私は殿下の護衛兼側近だ」

「ここへは何をしにいらしたのですか?」

「……殿下の婚約者を諫めに」

「判りました。それではプレイステッド様。お互いがお互いの立場に立ってそれぞれの意見を考えてみませんか。わたくしもプレイステッド様がなぜ諫めに来たのか考えてみます。そしてまた話し合いましょう」


 リーサが運んできたお茶は二人分だ。アイシャは立っているローウェルをソファへと誘いながら提案すると、彼は精悍な顔に苦悩を浮かべた。


「私は殿下やアロイスのように物事の裏を読むことが苦手だ。だから考えても少ししか判らないかもしれないぞ」


 話し疲れたのどをお茶で休ませながら、アイシャは大丈夫だと首を振る。


「少しだけでも構いません。まったく判らなくとも、考えたときにどのように感じたかだけでもいいのです。それでお互いの考えや感じ方を理解できれば、きっといい関係になれるでしょう」


 残念ながらネオンハルト王子とは次回の話し合いを持つことはなかった。彼は自分とは異なる意見を持つ相手と話したがらなかったからだ。


「判った。考えてみよう」


 男らしく一気にお茶を飲みほしたローウェルが立ち上がり、未だ残っていた護衛騎士や侍女たちを連れて部屋を出ていく。やれやれと一息ついたところで何か言いたげなリーサが目に入り、アイシャは首を傾げた。


「どうかした?」


 数日を共に過ごした気安さで軽く聞くと、リーサが真剣な面持ちで訴えた。


「この国の者全てがアイシャ様を厭うているわけではありません。皇太子殿下とてアイシャ様を大事に思っていらっしゃいます。それよりあの頭まで筋肉男を始末してきてよろしいですか?」

「よろしくありません。やっぱりリーサさんはお強いのですね」


 あの筋骨隆々とした男を始末できるとは、なんて素敵な女性だろうか。王国では女性が武術をならうことは恥とされていて、アイシャの趣味の乗馬と護身術ですら大っぴらに口に出すことはできなかった。


「駄目でしょうか。あの男一人いなくとも似たような騎士はたくさんいます」

「ですが殿下のためを思い、処罰される覚悟で目上の者に意見を言える人材は貴重です」


 あの男ならばジルクライドが窮地に陥れば自分の命を懸けてでも助けるだろうと想像できる。少し独りよがりで情報の精査が苦手のようだが、その辺りはアロイスや他の側近が軌道を修正すれば問題はない……はずだ。熱くなって突っ走るリスクは、誰もが手に入れたいと思わせるような厚い忠心で相殺されるだろうし、きっとどこまでもジルクライドに付いていくだろう。


「少しうらやましいですね。わたくしにも仲の良い友人はおりましたが、結婚すれば夫のために動かなくてはなりません。その夫がわたくしとの仲を良しとしなければ友人に手紙を送ることすら(はばか)られるのです」


 第一王子に婚約破棄されてから友人たちとの連絡が取れなくなった事実を思う。もちろん男性でも派閥や家格などの理由で付き合いを変えることはあるだろうが、女性のそれとは比べるまでもない。

 そしてこうして他国へと嫁げば、すべてを置いてこなければならないのは女性だけなのだ。

 交友関係の素地すらないこの国で一から関係を築いていくのに、どれだけの時間が掛かるのだろう。そのためにこうして半年も前から皇国に来たのだが、皇太子妃教育と同時に社交もこなさなければならないアイシャの負担は相当なものだ。


「お寂しいですか」


 お茶のお代わりをくれたリーサに小さく伺うように聞かれると、アイシャは柔らかく笑いながら首を横に振って否定する。


「今はジルクライド殿下をお支えしようと思います。それに一度お受けしたからにはできる限り皇太子妃をやってみたくもありますわ」

 問題は山積みで、今のアイシャにあるのは王国で身に着けた皇国と渡り合うための知識とジルクライドの信用だけだ。それでも戦うための武器は十分だと、美味しいお茶を飲みながら満足そうに微笑んだのだった。










「なぁ。もし殿下が王国の侯爵令嬢を婚約者に選んでいなかったら、いったい誰が皇太子妃になっていたと思う?」


 ごつい体を窮屈そうに椅子へと沈めながらローウェルは同僚で友人でもあるウェイドに問いかけた。同じ騎士であるもののウェイドは細身で優しい顔立ちの男でご令嬢たちに人気があるが、バーギン子爵家の三男で継ぐ爵位もないため婚約者はいない。本人はそのうち適当にと言いつつ、ローウェルの副官として日々忙しく過ごしていた。


「はぁ?」

 ここはお前の執務室でお前の書類を俺が書くっておかしいよな? なにやらせてんの?と言いたげな不機嫌な表情で、それでもウェイドは手にしていたペンを置く。話を聞いてくれるらしい友人に感謝しながら、ローウェルは先ほどまで会っていた皇太子の婚約者の話を思い出していた。


「俺は殿下に幸せになって欲しい。愛する女性とまでは言わないが、せめて殿下の心を支えてくれるような優しい女性と結婚してもらいたいんだ。だから婚約者として王国から来た侯爵令嬢に国に帰って欲しいと頼んだら、なぜ殿下がカテリーナ様の訃報前に婚約者を決めたのか考えろと言われて」

「確かスティルグラン侯爵令嬢だったか。お前、ソレをそのまま言ったのか」


 話の途中で遮るように問いかけてきたウェイドにうなずくと、彼はきつく睨むと怒りを含んだ低い声で言った。


「馬鹿が! なぜ話をする前に考えない! この婚約は皇王陛下と皇太子殿下双方から持ち出されたものだぞ! たとえスティルグラン侯爵令嬢が撤回を願っても、もうどうにもならない段階まで進んでるんだ。お前がしたことは他国から嫁いできた一人ぼっちの令嬢に変えることのできない現実を突きつけ、傷つけただけなんだぞ!」


 ウェイドの言葉はローウェルにとって意外だったらしく、狼狽(うろた)えた彼はそれでも話を続ける。


「だがどんな女性だろうと見目麗しい殿下に愛されていると誤解して(わずら)わせたり、仕方なく結ばれた婚約で殿下に我儘を言ったりしたら」


 ローウェルの心配はジルクライドを慕う者たちからすれば当然のものだ。相手の人となりがなにも分からない今、流れてくるのは真偽の定かでないうわさや王国の王太子から婚約を破棄された女性という限定された情報だけなのである。


「お前の心配は判るが、あの殿下ならその程度の女性は手のひらで転がすだろう……まぁいい。それでなぜ他の皇太子妃候補の話になったんだ?」


 暴言を吐こうがどうせ後ろ盾のない皇国に来たばかりの令嬢にこの男は罰せないと軽く見たウェイドは冒頭の質問の意図を問う。ローウェルは言葉が足りない時があり、彼が欲しがる情報を正確に渡すためにも状況の把握は必要だった。


「その侯爵令嬢に言われたんだ。自分が王国に帰れば、誰が皇太子妃になるのかと。それを令嬢の立場に立って考えてみろと。そしてそれを話して欲しいとも」


 この脳みそまで筋肉男に思考することを強制した令嬢を尊敬しながら、ウェイドはそれならばと自分の推測を話し出した。


「五公爵家のうちオルグレンはカテリーナ様を亡くしたばかりで婚約者を立てることができない。ダンフォードは公爵に上がって歴史が浅い上に、次男(ヒューズ)三男(アロイス)が側近として控えているからこれ以上力を持たせることはできないと反対も強いだろう。ブラックバーンは皇王陛下の姉君が降嫁されていて血が近すぎる。ブライトンは殿下に似合う年齢の女性がいない」


 話についてきているかどうかを確認しながらウェイドはさらに続ける。


「残りはダンヴィルだが、あそこは表立ってはいないが殿下の政敵だ。その上ご令嬢のアラーナ様は殿下に惚れていて、自分を愛するのは当然だというような女性だぞ。一度妃候補も落ちているし、とても皇太子妃に押すことはできないな。そうすると―――」


 一度言葉を切りしばらく考えた後、ウェイドはああそうかとつぶやきながら納得した様子を見せた。


「ダンヴィルに対抗できるバルフォア侯爵家のオードリー様を皇太子妃に、オードリー様の婚約者で殿下の側近のニックス様には……誰か子爵令嬢でも宛がう形をとるのが一番穏便に済む方法だろうな。バルフォア侯爵は皇家に忠誠の厚いお方だ。自分の娘が皇国のためになるのならと喜んで差し出すかもしれない。部下の許嫁など俺だったらごめんだがな」

「そしてニックスの婚約者に一番都合がいいのがロマリーなんだな……」


 ポツリとつぶやかれた言葉にウェイドは驚いて顔を上げた。ローウェルは厳つい顔で虚空を睨みながら思案に暮れているように見える。


「それも侯爵令嬢が言ったのか?」


 言葉を濁したというのにいつになく察しのいい彼に誰が入れ知恵したのかと聞くと、案の定隠すことなく肯定する。


「そうだとしたらその令嬢は殿下の信頼を得ているか、余程の知恵者かもな。この婚約を断れないということを置いておいても、皇太子妃を決めるための騒動がどれだけの余波を広げるのか、ある程度想定していなきゃそこまで考えないだろうよ」

 これ以上の情報は必要ないと書類に目を落とすウェイドと無言で考え込んでいるローウェルを、彼らの主が呼び出したのはそれからしばらく経ってからだった。


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