黒皇子の恋・後日譚5【皇太子妃は腹の虫にやり返す】
「この話はファンタジーでフィクションです。その上今回は男性同士の性交渉を連想させる描写もあります。苦手な方はお読みにならない方がいいでしょう。仕返しの方法を考えたのはアイシャ様ですが、私からのアドバイスです。あの方の怒りは買わない方が身のためですよ」
「アロイス。貴方の言葉はなんだかわたくしが凄く危ない人のように聞こえるのですけれど……」
「あまり危なくはないと思います。大切なものに手を出さない方がいいとアドバイスをしているだけで」
「わたくし、暴力的なのは苦手ですけれど?」
「だからこそのアドバイスです。私が彼なら立ち直れません」
その豪華な室内は重苦しい沈黙が広がっていた。絨毯も家具も年代物ではあるがよく手入れされて落ち着いた光沢を放っているし、居心地の良さを感じさせる家具の配置と警備上の理由で大きな窓がなくても間接照明で照らされた室内は、本来ならそこにいる者に安らぎをもたらすはずなのだが。
最奥の背もたれのたっぷりある一人掛けのソファに座るのは、白いものが混じった少し長めの黒髪を後ろに流し、何事にも揺るがない大地色の目は睥睨しつつもどこか楽しそうな雰囲気も漂わせている壮年の男性だ。深緑の上着のボタンをすべて外し、首元のネクタイは緩められ、中のシャツも喉仏から鎖骨が見えるほど開けられているせいで男の色気が湧き立つようだ。
大きな指輪をつけた固そうな手は握られて顎に当てられ、ひじ掛けに体重をかけて長い足を組むその姿を見れば大概の者は一目で正体に気が付くだろう。
「皇王陛下」
皇王の自室に呼び出されたアイシャが美しい礼をとると、隣に立つジルクライドはあきれた様子で父親を呼び見下ろした。
「私が呼んだのは義娘だけだったはずだが?」
先ほど呼びかけた声とよく似た低い声がかすかに笑う唇から聞く者を従わせるような威圧とともに発せられるが、ジルクライドも、もちろんアイシャも怯むことなく相対する。何の話なのか見当がついているからこそここで引き下がるわけにはいかないのだと毅然と顔を上げる義娘に、皇王は喉奥で楽しげに笑いながら座るように視線で許可を出した。
「私の妻を私室に一人で呼び出したわけですね……母上に言いつけますよ」
「あ、それはまずいな。この間も怒られたばかりなんだよ」
怒る気配を隠す様子もないジルクライドが先に座りながら言い放つと、先ほどとは別人か!と思わせるほど慌てた皇王が組んでいた足を解いてにこやかに笑った。入室してきた侍従が香りのよいお茶を淹れると、皇王の変化も相まって室内に和やかな空気が流れる。
「それではなぜ無駄に威圧してきたのです」
答えによっては告げ口もいとわないという一番目の息子の脅しに、困ったように笑いながら皇王はお茶を飲んで答えた。
「少しぐらい緊張感のある親子関係もいいだろう?」
大国の王の威圧を受けて『少しの緊張感』で済む人はどれだけいるだろうと、口には出さないが本気で思う。それは実の息子とか妻とか、長年勤めている側近なのかもしれないと少しだけ現実逃避をしていたアイシャに、皇王は高い身分らしからぬ柔和な笑みを向けながら用件を告げた。
「あまりダンヴィルをいじめられると困るんだよね。アレは私の統治に必要な悪なのだよ。ドラゴンの腹の中にいた虫はいないと困るものなのも知っているだろう?」
しっかりと身に覚えのある話題にアイシャはじっと皇王の濃茶の目を見返す。硬そうで、吸い込まれそうで、喰われそうなその視線に心の弱い者は耐えきれないだろうが。
婚姻前にアイシャとアロイス、それと侍女のリーサだけがいた室内での話を目の前の男は出してきたのだ。たかが婚約をした程度では秘密を持つことすら難しいと判っていたが、ここまで筒抜けだとは思わなかったと震えたアイシャの手をジルクライドがしっかりと握る。
「聖王国との交易ルートの件についてはあちらの第二王子の都合もあったみたいだし、お前が長い時間をかけて仕込んでいたのは知っていたから見逃したよ。やりたいことの予測もできたし、それによって聖王国の国王に恩も売れたしね。だから問題は――」
再びひじ掛けに肘をついて足を組んだ皇王は、珍しいことに困ったような視線をアイシャに向けた。
「私の義娘が何を調べて、何を調達したかは判っているのに、何をしようとしているのかが判らないことなんだ。今、五大公爵の一翼を失うわけにはいかないから、潰すつもりなら止めようと思って呼んだというわけ」
軽すぎる口調だが安心することはできない。相手はディザレック皇国の出来事で知らないことは一つもないとうわさされている皇王なのだから。けれどこれはいい機会でもあった。
「皇王陛下に婚姻祝いをいただきたいです」
ほとんど知られているのならば情報と引き換えに許可をもらおうとアイシャは話を続ける。突然全く違う話を始めた義娘に驚きながら、それでも皇王は興味深そうに話を聞く姿勢をとった。
「どうかわたくしたちが腹の虫に手を出すのを、一度きりでいいので見逃していただけませんでしょうか。けして本人を害したり、生活を維持できないほどの傷を家に与えるようなことはいたしません。仕掛けは一度きり。成功しても失敗しても同等の報復として扱うことを誓います」
ダンヴィル公爵を直接傷つけることもなく、公爵家に不名誉な傷もつけず、ジルクライドにされた嫌がらせの報復は一度きりにすると言い切ったアイシャに、人生経験がいくら豊富でも何をするのか予想できずに興味を持ってしまった皇王はうまく乗せられたと頭を掻く。
「そんな言い方をされたらやらせてみたくなっちゃうよね。そのために婚姻後までじっと我慢したんだろうし……そういえばお前たちには初夜の件で借りもあるから、お祝いをあげようか」
一度決断してしまえばあとはタイミングを合わせて公爵を謀るだけだ。アロイスたちがまいた種は着実に芽吹いているし、時間を置けば置くほど罠にかかりやすくなるとアイシャは笑う。
「ただし、一つ条件がある」
人差し指を挙げて一つと提示した皇王は実に楽しそうに付け足した。
「終わった後でいいから、何をしたのかの詳細な報告をするように」
ダンヴィル公爵家当主レオンサイト・ダンヴィルは策略家であると自負している。皇族に次ぐ長い歴史を持つダンヴィル家は皇国を支える柱の一本であり、他の五大公爵家から頭一つとびぬけた権力を有する家柄であった。
それがここにきてなかなか面白くない状況になっているのは、無能な子供たちのせいだと彼は考えていた。
最初のつまずきは長女のアラーナが皇太子の婚約者に選ばれなかったことから始まる。たしかに同じ公爵家でもオルグレン公爵家はダンヴィルに次ぐ古い歴史を持つ家だ。同じ年頃の娘がいれば寵を競うのは当然なのだが、当時まだ成人していなかった婚約者候補の二人にそれほど差はなかったとレオンサイトは思っていた。だからこそ白百合姫と呼ばれていたカテリーナ・オルグレンが正式に婚約者に選ばれたとき、その決定に至ったのはジルクライドの意思なのだとレオンサイトは理解したのだ。
「あの若造が」
思わず漏れた悪態は誰にも聞かれることはなく、それでもしばらく前から目障りだった第一皇子をはっきり政敵なのだと認識した瞬間でもあった。同時にあの程度の男を落とせなかった娘には失望したが、まだ時間はあると思いなおすのも早かった。
要は婚姻を結んだ者が皇太子妃なのである。
都合のいいことにカテリーナは体が弱く、婚姻式の日時決定後も何度か秘密裏に延期されているという情報は手に入れていた。それにともない貴族の中でもカテリーナを皇太子妃にすることに不安視する者も増えていて、他の皇太子妃候補が次々と結婚していく中、アラーナの希望もあって婚約者を決めずにここまで来たのだけれど。
皇太子の婚姻の日取りが正式に決定し準備が着々と進む中で突然もたらされたカテリーナの訃報と新たな皇太子の婚約者の名に、ここまで拒絶するのかと腹を立てたダンヴィル公爵は皇太子の頭を押さえようと動き始めた。アラーナはすでに二十一歳。周囲に嫁ぐには相応しい婚約者のいない貴族は少なく、その少ない該当者も皇太子の腹心ではこちらが痛い腹を探られてしまう。嫁ぎ先もなく家に置いておくわけにもいかないし、なによりそんなみっともない事態はレオンサイトの尊厳が許さなかった。だから恋に狂った馬鹿なアラーナも、大貴族らしい女性に育った娘を最後まで選ばなかったジルクライドにも嫌がらせを仕掛けることにしたのだ。
筆頭公爵である自分にはその権利があると男は本気で思っていたし、それだけの権力を事実有していた。
結果、使った駒の運が良かったのか媚薬はジルクライドにたどり着き、さらに同室していたのは婚約者となった属国の侯爵令嬢だったと聞いたとき、彼は自室で酒を片手に大いに笑った。ついでに婚約者の純潔を散らしてくれれば良かったのだが、あの程度の策でそこまで期待するのは無理だと判っている。それでもあの澄ました若造の快楽と苦痛に歪む顔を想像すれば、今までされた侮辱など取るに足らないことに思えた。
その上アラーナは聖王国のカバス伯爵家に後妻として嫁ぐことが決まり、聖王国への街道でつながっている両者がさらに親密になれば今回の小麦のようにさらに便宜が図れるだろう。一番確実なのは先妻の息子ではなくアラーナの子供が伯爵家を継ぐことだが、先妻の息子はどうせ何も判らない子供なのだ。手なずけて意のままにするのはたやすいだろうとすべてを丸く収めた自分の手腕に悦に入っていた。
「公爵閣下、知っていらっしゃいますか? どうやらダンフォード公爵は今、白い狐を探しているそうですよ」
とある夜会で集まった貴族の一人が言った。
「白い狐?」
今まで聞いたことがないと興味を示すと、ダンヴィルの派閥の一人が自分も聞いたことがあると話を続ける。
「ごくまれに生息しているらしいのですが、希少価値が高く手に入れた者はほとんどいないとか。ダンフォード公爵は狩りがお好きですから、一度は自らの手で白い狐を狩ってみたいと常々おっしゃっているようです」
狩りは貴族の男性のたしなみであり趣味でもある。高じれば獲物の質までこだわりはじめることも多く、ダンヴィル公爵もダンフォード公爵も、どちらも弓の名手ということもありお互いに好敵手のような関係であった。
「あいつよりも先に仕留めることができれば楽しいことになりそうだな」
酒も入った席で独り言ちると、取り巻きの一人が声を潜めて近づいてくる。
「閣下。先ほど私が彼らの近くを通った際に白い狐がでたという話をしておりました。ですが、彼らは皇太子夫妻を王国に送り届けるために一週間ほど領地に戻らなくてはなりません。今のうちに情報を仕入れて、ダンフォードより先に目当ての物を閣下の手で仕留められてはいかがでしょう? あの田舎者公爵を悔しがらせるいい機会になるかもしれません」
息子二人が皇太子の側近を務め五大公爵家の中でも最も勢いのある家に一泡吹かせたいと笑う男に、ダンヴィル公爵もそれは名案だと機嫌よく杯を開けた。
「明日、明後日はたいした仕事は入っていないからいつでも出発できるぞ。早速情報を仕入れて狩りの準備をするか」
男らしく言い切った公爵に周囲の貴族も同行しようと我先に許可を求める。ダンヴィルと同年代か、いくらか若い男性たちは待ちきれないように馬や弓の自慢を始めると、その場は大きな盛り上がりを見せたのだった。
どうやら白い狐の話は広く出回っていたらしく、情報は容易に手に入った。そこは日帰りでは無理そうだが皇都より半日もかからない田舎で、大きな山のふもとである。それならば日程もちょうどいいと公爵は案内も付き添いもなしに馬を駆けさせていた。
同行者はダンヴィル公爵家の派閥に属する貴族たち六人。狩りを趣味にするような年代なので、皆単騎で長時間の移動にも耐えることのできるたくましい男性ばかりだ。四十代から六十代の彼らは道々に休息をはさみながら目撃証言のあった村から狩人を道案内に借りて狩場へとたどり着く。
連れてきた猟犬に水を与えてからさっそく白い狐を狩ろうとしていた七人だったが、それまで晴れていた空がみるみる曇ると大粒の雨が降ってきた。慌てる貴族たちは道案内をしていた狩人に近くに小さいが貴族の別荘があると教えられてそこに向かうと古い館があり、突然の訪問だったが住み込みで屋敷を管理していた老人が現れると彼らをこころよく屋敷へと入れてくれる。
乾いたタオルと管理人がいつも飲んでいるという安いワインで一息ついたダンヴィル公爵は、食べ物と飲み物を調達してくるように狩人と管理人に当たり前のように申し付けた。もちろん彼らは古ぼけた馬車で一番近い町まで雨の中を出かけていくことになったのだが、管理人が屋敷を出る直前に公爵に頭を下げてお願いがあると申し出る。
「なんだ」
屋敷の主人に勝手に使用した言い訳でもしてほしいのかと思って話を聞くと、老人は震えながら一番奥の寝室のベッドサイドにあるハチミツ色をした草や花が漬けてある薬酒は主の秘蔵なので飲まないでほしいと訴えた。
「大丈夫だ。心配することはない」
そんないい酒があるなら早く出せばいいものをと不機嫌になりつつも、自分はこの国で高い地位にいる大貴族なのだ。田舎貴族の秘蔵酒など皇都に帰ればいくらでも手に入るし、それ以上の酒を与えれば文句はないだろうと二人を送り出すと、老人が言っていた奥の寝室へと皆で入っていったのだった。
「それで?」
アイシャが行っていた報告に皇王は楽しくて仕方がないとばかりに続きを促す。同席しているジルクライドも徐々に展開が読めてきたのか、苦い笑顔を浮かべていた。
「寝室に用意していたのはガラスの瓶いっぱいのハチミツ酒です。テルン・ガルンという蜂の唾液を含んだ蜜とカウンズクローの花の部分、それとメルサリッサというピンクの茸が入っていたのですが、これらは混ぜることで副作用のない強力な媚薬となります」
作り方自体は一般に知られてはない。簡単にそろえることのできる材料ではないものの、悪用させるわけにはいかないからだ。それにハチミツとカウンズクローの花を漬けた蜜酒は有名で、女性の体の調子を整える作用がある。貴族の奥方がいればベッドサイドに一瓶は置いてあるのを目にすることがあるだろう。だからこそ疑われることなく飲むだろうと、この媚薬を選んだのだ。
「屋敷に残ったのはダンヴィル公爵と派閥の貴族の男性六人だけ。案内の狩人も管理人の老人も手の者でしたので避難させました。もちろん彼らは町に行く途中で事故にあい亡くなったことになっていますし、助けが来たのは翌日の夕方だったはずです」
ちゃんと知らせたのにダンヴィル公爵家が迅速に動かなかったためにずいぶんと遅くなってしまったことだけが予定外だった。
「詳しい者が言うには男同士が初めてなら三日は寝込むそうですが、彼らは全員が寝込んでしまいましたから、誰がどうなったのかは想像するしかありませんわ」
寝室に入り込み、飲むなと言われた蜜酒を勝手に飲んだ上にどうなったのかまでは知りたくなかったアイシャは不満を表す皇王に首をかしげる。
「どうせなら最後まで確認させれば良かったものを。これでは復讐できたかどうか判らないのではないか」
「一晩中我慢しきったとしても充分ですけれど……そこまで気になさるのでしたら陛下の影をお借りすれば良かったですわね」
そうすればお互いに満足できる結果になったかもしれない。
「それにしても雨を狙って降らせることはできないだろう? そこはどうやった」
ジルクライドの問いにアイシャは涼しい顔でお茶の飲みながら簡単に答えを口にした。
「スティルグラン侯爵領のガルガイア地方は雨の少ない土地なのですが、この時期そこで雨が降ると三日後に必ず今回選んだ場所で雨が降るのです。猟師や小さな村を渡り歩く行商人の間では有名な話ですわ」
種は十分まいてあった。あとは雨とダンヴィル公爵の予定を合わせれば良かっただけ。アイシャたちがやったという証拠はないし、貴族の建物はダンフォード公爵家の派閥に属している下級貴族の物で弁償やら賠償やらは公爵家を挟んで話し合われたらしい。蜜酒の件も管理人から注意されていたし、自分たちがどうなったから罪を償えなどと、とても口に出して言えるわけがなかったようだ。管理人の老人も狩人も秘密裏に生きてはいるが公には墓の下で、これも媚薬を皇都に持ち込むためにダンヴィル公爵がとった手を真似たものである。もちろん彼らの場合は完全に口封じで殺されていた。
「主と同じだけの忍耐力をお持ちならこの程度の媚薬など一晩でも我慢できるでしょう、というのがアロイスの意見です。廃人に至るまでの副作用がないだけ十分手加減していると笑っておりましたが」
薬の心当たりがなかったので協力を願った男の意見を伝えれば、皇王は実に楽しく満足したように背もたれへと体を預ける。
「お前は面白いことを考えるなぁ。たしかにやり過ぎれば余計な恨みを買うし、二番煎じはつまらない……くっくっ、かなり笑える事態だが、配下に見せるのはたしかに酷いな」
自己処理だろうと誰かを使おうといい年をした複数の男性の性処理など、報告のためでもわざわざ見学したい者はいないだろう。
「私との約束も守ったし、手際も見事だ。もう少し配下を充実させて隠密に物事を運ぶには勉強と経験が必要だが、我が国の重鎮に対して十分に通じることも証明した。あ奴が寝込んでいる間に聖王国との新規の交易ルートを発表したから卒倒しているかもしれないな。しばらくは手を出すのを控えてやらないと」
なにやら怖いことを嬉しそうに話す皇王は、あーと声を出して片手で顔を覆うと上を向いた。
「次に奴に会った時に笑わない自信がないな。取り巻きがそろっているのを見ても笑いそうだし、二人ぐらい欠けていても笑いそうだ」
実に楽しそうでなによりだ。アイシャとしてはジルクライドに媚薬が盛られた件も皇王陛下は知っていらっしゃったと睨んでいるが、さすがに責める気にはなれないし確認もしたくない。とりあえず今回は上手くいったとアロイスたちと祝杯を上げなければ。
報告が終わって席を立った皇太子夫妻にようやく笑いを収めた皇王が静かに声をかける。
「見事な手腕だった。アイシャ、これからもジルクライドを頼む」
機嫌のいい皇王に美しい一礼を返して部屋を出ると、ジルクライドとともに小さく笑いあって廊下の先へと消えていったのだった。
後日の夜会終了後。
「ダメだった。我慢できずに吹き出してしまったよ」
「皇王陛下……」
「わたくしもダメだったわ。陛下が我慢なさらないから……」
「母上……」
「いや、お前だって扇で隠してたが、ダンヴィルが入場してからずっと震えていただろうが」
「だって取り巻き貴族と目配せしていたのよ! これはどう取れば良かったの? 若干頬を赤らめていたようにも見えたし」
「やっぱりそう見えたか。私の気のせいではなかっ……ぶふっ」
「ふふふふふ……ふぅ。当分ダンヴィルとの個別の面会は控えなきゃならないわね」
「そうだな。これといって急ぎの要件もないし、手紙と宰相に任せるさ」
「両陛下に喜んでいただけたようでなによりです……」
「必然的に対応することになる宰相とアロイスが不憫だがな……」