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白い女  作者: 愛田美月
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第二章 面影

 サンドイッチを食べ終わったので、教室に寄ってごみを捨てた。そんなことをしていたため、桐野を見失った。望は職員室に向かって、廊下を走る。角を曲がった時、誰かとぶつかり尻餅をついた。

 紙が舞う。望がぶつかった人物が持っていたプリントか何かだろう。

「あ、すみません」

 望は慌てて起き上がり、落ちた紙を拾う。

「いや、こっちも前が見えてなかったんだ。悪かったな」

 大人の男性の声だ。先生か。不味かったかな。望がそう思った時。不意に、背筋に悪寒が走った。何故だろう。背後に冷気を感じる。腕に鳥肌が立ったのが分かった。

 望は紙を拾う手を止めて、ゆっくりと後ろを振り返る。

 女がいた。

 白いワンピース姿の女が、数メートル先に立っていた。顔立ちは帽子の陰に隠れて良く見えない。はっきり分かるのは口元だけだ。その口元は今、しっかりと引き結ばれている。望は息を飲んだ。

 何故消えない? いつもなら、一瞬しか視界に入らないのに、こんなにも長い間、ここに立っているなんて。

 望は彼女から目が離せなかった。近くには立ち話をしている女子生徒もいるが、彼女の存在には気づいていないようだ。紺色の制服を着た生徒の中で、彼女の白いワンピース姿はとても目立つのに。

「おい、どうかしたのか」

 男性の声に、望は我に返った。ゆっくりと首を動かし、声の主を見る。

 三十代前半くらいの、男性だった。望は始めてみる顔だったが、教師だろう。その教師が、望と顔を合わせた瞬間、驚いたように目を見開く。教師の表情を見て、既視感に似た感覚が望を襲った。何故だろう。この表情、否、顔に見覚えがあるような気がする。

「なぜ、ここに……」

 教師の掠れたような囁き声が耳に入った。途端、頭がひどく痛み出す。望は持っていた紙を床に落とし、頭を両手で押さえた。

 疼くような痛みが、次第に強くなる。ふいに、周りの音が遠くなった。教師が何か言っているが、分からない。聞えない。そして、そのまま、望は意識を手放した。




 ゆっくり目を開けると、見知らぬ天井が視界に入った。自分の部屋の天井は、木目が見えるが、ここの天井は白い。そんなことを思った時、横から声が降ってきた。

「お、目を覚ましたな。おい、大丈夫か」

 聞き覚えのある声だ。

 望は緩慢な動作で、声が聞こえた方向に顔を向けた。爽やかに整った顔立ちの少年がいた。望は少年の名を呼んだ。

「井上……」

 クラスメートの井上晴大だった。その横には国立と、桐野の姿も見える。

「ここ、どこ?」

「保健室よ。先生はいないけど……」

 望の問いに答えたのは桐野だ。桐野は望の寝ているベッドのそばへ寄ってくると、望の顔を軽く覗きこんだ。

「急にいなくなったと思ったら、廊下で倒れてるんだもん。びっくりしちゃった。授業始まっても起きないし。もう放課後よ。まあ、吾桑が倒れたおかげで、担任に頼まれてた用事、手伝わなくてすんだけど。……本当にびっくりしたわ」

「……ごめん」

 とりあえず謝った。だが、倒れたと言われても、よく分からない。少しずつ記憶を辿ってみる。昼食を取っている時に桐野に呼ばれて、職員室へ向かう途中に、教室に寄り道した……。

 そこまで考えた時、頭痛を覚えた。無意識に頭に手をやった瞬間、思い出す。そう、意識を手放す前に、誰かにぶつかったのだ。

「あの人、誰だったんだろう」

 疑問が口をついてでた。それを聞きとがめたのは、国立だった。

「何だって? 吾桑まだ寝ぼけてるのか」

「違うよ」

 国立の言葉に否定を返して、望はベッドの上に半身を起こした。井上がそれを助けてくれる。

「おまえ、まだ顔色悪りぃぞ」

 望はそれに大丈夫と答えてから、桐野に向かって口を開いた。

「ねえ、桐野さん。僕が倒れた時、近くに先生がいたと思うんだけど、その先生見た? その先生の名前知らない?」

「知ってるわよ。二年の国語担当の先生。名前は、えーっと」

「松島先生?」

 国立が助け舟をだした。桐野の顔が笑顔になる。

「そう。松島先生。感謝しなさいよ、吾桑。松島先生があんたをここまで運んだんだから」

「そうなんだ。お礼、言わなきゃね」

 望は呟くと、顔を俯けた。そうすると、白い掛け布団が目に入る。

 あの時。ぶつかった先生の顔を思い出した。三十代前半の先生。顔立ちは悪くなく、印象が薄いといった感じでもなかった。初めて会ったはずなのに、何故、あの時、奇妙な感覚を味わったのだろう。一度、どこかで会っている。そんな感覚。なのに、思い出せない。あの時、先生が漏らした呟きが気になった。何故こんなところに。その言葉が耳について離れない。もしかして、先生には見えたのだろうか? 彼女が。白いワンピースを着た彼女が。そして、先生は彼女を知っているのか? 分からない。分かるわけがない。いらいらする。気持ちが悪い。

「おい、気分悪いなら、我慢しないで吐いちゃえよ。トイレ行くなら付き添ってやるし」

 井上の声が耳に入って、望は我に返った。ゆっくりと首を動かし、井上を見る。

「ごめん。大丈夫。ちょっと考え事してた。平気だから。でも、ありがとう。井上ってやさしいね」

 そう言って笑顔をつくると、井上が慌てたように顔を逸らした。その頬や、耳がうっすらと赤くなっている。

「何で、赤面してるの?」

 望が聞くと、井上は何も答えず背中を向けてしまった。そんな様子を見ていた国立が、望のそばへ寄って来た。望の頭に手を置いて、諭すように言う。

「照れてるんだよ。追い討ちかけたら可哀相だろ。それと、おまえ、もう少し自分の顔に自覚持て」

 言われて望は眉を寄せた。国立には、中学生の頃から、たまにこういう注意を受ける。意味はよく分からないが。

 望は背を向けている井上に声をかけた。

「井上。僕に惚れないでね」

 その一言で、井上は望を振り返った。

「だ、誰が惚れるかー」

 井上の怒鳴り声に、保健室にいた全員が耳を塞いだ。

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