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白い女  作者: 愛田美月
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エピローグ

「咲子。望を助けてくれてありがとな」

 深夜。トイレに立った望は、耳に入った父の声に足を止めた。

 リビングからだ。望はそっとドアの隙間から、中を覗く。ソファーの上に座った父が見えた。ワイシャツ姿だ。仕事から帰ったばかりなのかもしれなかった。

 松島に襲われた日の夜。望は収容された病院で父に話していた。白い女のこと、白い女が母だったことを。

 父の前にあるテーブルの上には、お酒の入ったグラスと、写真たてが見えた。

 父はその写真たてに向かって話をしているようだ。

「でも、どうせなら、望ばかりじゃなくて、俺の前にも姿を見せてくれよ。墓参りに、望を連れて行かなかったから拗ねてるのか?」

 そう言って、父はテーブルの上に置かれた写真たてを手にとった。

「話したい事が、たくさんあるんだ。咲子。話したいことがたくさん……」

 そう言った父の声が震えていた。声だけじゃない。その肩や背も。

 望はそっと、ドアを離れた。

 声を掛けることはできそうもなかった。




「あー、今日もよく晴れてるな」

 井上が声を上げた。松島に殴られて、一度入院した井上だったが、三日後には退院して、元気に通学していた。

 松島はというと、四階と三階を繋ぐ踊り場に倒れていた。どうやら、階段から足を滑らせて落ちたらしい。病院に運ばれた松島は、警察に洗いざらい告白したそうだ。よほど、恐ろしかったのだろう。

 昼休憩。いつもの屋上で昼食を食べ終えた望は、井上と国立と並んで屋上から、空を見上げていた。

「そういえば最近。白い女の姿、見るか?」

 国立に問われて、望は首を横に振った。

「実は、あの白い女、僕の母さんだった」

 唐突に望はそう言った。望は昨日まで、学校を休んでいた。だから、言いそびれていたのだ。

 さぞかし驚くだろうと思っていた望だったが、二人から予想外の反応が返ってきた。

「ああ、やっぱり? 何かそんな気がしてた」

「俺も」

 望は驚いて、二人の顔を見る。井上と国立は互いに顔を見合わせた。

「だってな」

「俺たちが、あのタイミングでおまえの前に現れたのっておかしいと思わなかったか?」

 望は首を傾げた。

「白い女が俺たちの前に現れて言ったんだよ。望を助けてってな。そのあと、俺たちを導くように、あの国語準備室まで連れて来たし」

「へえ」

 望は驚きのあまり、それしか言葉にならなかった。だが、胸が温かくなるのを感じる。

「そうか。そうだったんだ」

「きっとさ、おまえのこと心配だったんだろうな。だから、おまえに警告を発してた」

「でも、俺、一つ気になる事があるんだけど」

 井上がそう言った。国立が顔を顰める。

「なんだよ。井上」

「花瓶が上から振ってきたときのことだよ。白い女、あっ、おまえの母親だっけ?」

「いいよ、白い女で」

 望が言うと、井上は頷いた。

「白い女、おまえ見て笑ったろ? 自分の息子が危ない目にあって笑う母親ってどうなんだよ。そんなんありか?」

 そう言う井上に、国立が声を上げた。

「確か、吾桑は白い女を見て、立ち止まったんだよな」

「うん。立ち止まらなかったら、たぶん脳天直撃だったと思う」

 望の答えに頷いて、国立は言った。

「そういうことだよ」

「どういうことだよ」

 国立の口調を真似て、井上が問う。国立は少しずれた眼鏡を人差し指で押し上げると、井上を軽く睨んだ。

「分からん奴だな。だから、白い女は、吾桑の危険をさっちして、吾桑の前に現れたんだろう。で、花瓶が吾桑に当たらなかったのを見て、安堵して笑みを漏らした」

 どうだ。と、言わんばかりの国立に、井上が鼻を鳴らした。

「はん。そんなのおまえの勝手な想像じゃねぇか」

 その言葉に、国立は肩を竦めた。

「確かにな」

「まあでも、僕はそう思うことにするよ」

 望がそう言って顔を上へ向けた。

 青く晴れ渡った空が見える。白い雲などどこにもない。青く、どこまでも青く澄んだ空。

「あーっ。吾桑。やっぱりここにいた」

 金切り声が屋上のドアを開ける音とともにやってきた。

 その声に、顔を向けると、クラス委員長の桐野が仁王立ちしている姿が見えた。

「ああ、桐野さんいらっしゃい」

 望がそう言って手を振ると、桐野は拳をつくった。

「いらっしゃいじゃないわー。あんたまた、先生の話きいてなかったわねー」

 桐野の絶叫が屋上に響いた。

 平和な日常が帰ってきた。

 そう思って、望は桐野から視線をはずした。そして、また、空を見上げる。


 ねえ、母さん。僕は楽しくやってるよ。母さんの見れなかった未来を、僕が変わりに見てあげる。今度会うとき、お互い笑顔でいられるように。きっと幸せに生きるから。

 だから、母さん。

 きっとまた逢おう。

 望は空を見上げ、心の中でそっと、母に呼びかけた。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


愛田でございます。

今回の作品は、エンキド様主催の小説大会への投稿作となります。


一応投稿期日は明日までなのですが、明日から仕事でちょっと大変なので、今日投稿させていただきました。


思った以上に長くなってしまいましたが、少しでも、お気に召していただければ幸いです。


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