5-3 ドワーフの友人、ガストン。
大きな鐘の音が聞こえる。俺はその音に反応し、目を覚ます。ビビも同じだ。
小屋の窓から外を覗くが、やはり屋内のせいか、薄暗いのは変わらない。隙間から射し込む光が、朝を告げている。
多分さっきの鐘の音は朝を告げるものだろう。俺はいつものようにテラスの拘束から外れ、外に出る。ビビも一緒だ。
爽やかな朝、ではなかった。空気が淀み、折角の気分が台無しになる。
ビビは相変わらず鍛練の型を始めた。俺もそれに付き添う。
鍛練の途中だが、型を止めた。それは空気が悪いからだ。この空気を深く吸い込むのは逆に身体に悪いと判断した。
俺は布を取り出し、あるものを作成始める。それはマスクだ。この悪い空気を少しでも吸い込まないようにする為だ。
人数分を簡単に作成し、無限保管に出し入れする。今日はこれを装着して一日を過ごそうと思う。
「なんでこんなに空気が悪いんだろうな。ジオフロントだからか?ビビは此所にいたのだろう?こんな感じだったのか?」
「いえ、私のいた時は、ちゃんと風を感じていました。今は風を感じません。」
どういうことだ?風の流れがないならば、空気が悪くなるのは道理だ。何かあったのか?
「とりあえず今は風呂とご飯にしよう。」
「はい、そうですね。」
俺とビビは小屋に戻った。
★
食事中に今日の行動を決めた。先ずは、ビビが世話になったというドワーフに会う。名をガストンと言っていた。その人に会い、挨拶をしよう。その後は、適当に散策だな。さて、ここでの問題は、レンとイトだ。連れていくのは良いのだが、ここまでの良馬だ。盗まれる事も考慮せねばならないと思っていた。その時だ。
「ドワーフ国王より使わされた者です。名をクレと申します。奉仕に参りました。」
と、小屋に客が来た。女性のドワーフ。格好はメイド服。ドワーフらしい身長で、髭がない。
「どういう事?」
「はい、滞在に当たり、不備がないようにとの命令を受けました。許可を頂きたいです。証拠の手紙がこれです。」
俺は手紙に目を通す。まあ、滞在中はこのメイドを使ってくれ、との事だ。それはありがたい。
「では、馬の世話を任せたい。良いか?」
「はい、お任せ下さいませ。」
そう言って、メイドのクレはレンとイトの世話に取りかかった。
さて、問題は解決した。これならば、四人で出掛けるのも出来るだろう。
俺はせっせと仕事するクレに声をかける。
「今日は四人で出掛けるから、馬の世話を任せる。食事は小屋の中に用意したから、食べたくなったら食べて構わない。」
「寛大なご配慮ありがとうございます。」
「聞きたいのだが良いか?」
「はい、何でしょうか?」
「この地の空気が淀んでいるのは、何か問題があるのか?風を感じないのだが?」
「はい、それは風の道が詰まっていると聞きました。先日、落盤がありまして、風の道と龍の道が閉ざされてしまいました。その影響です。」
なるほどね。風の道が閉ざされたから、風を感じないのか。
「それと、天井に龍が住み着いたようなのです。天井は風の吹き抜けだったのですが、龍が住み着いたせいで閉ざされてしまいました。」
「龍が閉ざしたのか?」
「いえ、龍が侵入しないようにと此方が閉ざしました。」
「そうだったのか。」
なかなか酷いな。風を止めるのは愚策でしかない。
「今、大臣様がその風の道をどうにかしようとしているようですので、いずれは何とかなると思います。」
「そうか。」
空気の悪さの謎は解けたが、解決はまだまだ先になるようだ。しかも龍ね。厄介な言葉が出てきたな。
「じゃ、レンとイトを頼んだよ。」
「はい、畏まりました。行ってらっしゃいませ。」
俺はレンとイトをクレに任せ、散策を開始した。
★
さて、先ずはガストンの所に向かおう。ビビに案内をしてもらう。
そういえば、疑問があった。ビビがどうやって西の大陸にこれたかだ。
関所は厳重。しかも簡単には破れない。そんななか中央突破は愚策だ。ビビもそれくらいはわかるだろう。なので聞いてみた。
「はい、抜け道があるのです。」
「抜け道?」
「はい。魔物の巣窟ではありますが、関所を通らずとも往き来出来る道があります。危険ですので、あまり使われない道ですが。」
それはそれは、そんなものがあったとはな。それなら、早くビビに聞いてその抜け道から通れば良かったか?いや、そうでもないか。ビビは危険と言っていた。安全を考慮するなら、正攻法で良かったのだろう。俺一人の旅じゃないからね。それに、国王が使いを出してくれたお陰で、自由に散策も出来るのだから、間違ってはいなかったのだろう。そう、結論着けた。
「着きました。ガストンの家です。」
無骨な石作りの家。頑丈そうだ。回りも石作りなのだから、この国の文化なのだろう。
「ガストン、入りますよ。」
そう言って、ビビが家に入っていく。それに俺達も続く。
結論からいうと、家には誰もいなかった。鍵も掛けずに出歩くなんて不用心だな。
「いないようですね。」
「だな。何処に行ったのだろう?」
「多分ですが、心当たりがあります。そこに向かいましょう。」
「そこは何処だ?」
「はい、酒場です。」
★
朝っぱらから酒場とはね。やはりドワーフ。酒が大好きのようだ。
「ガストン行き着けの酒場がありますからそこに向かいましょう。」
「わかった。案内をお願いするよ。」
「朝っぱらから酒場ね。いいご身分ね。」
マリアが愚痴る。確かにそう思うのも無理はない。普通は仕事を終わらせてから酒を飲むだろう。それを朝から。背徳感が酒を旨くすると聞いたことがあるが、俺にはわからない。
「すぐ近くです。」
と言って、ビビが酒場に向かう。その後を連れ歩く。
到着したその先では、人だかりが出来ていた。何やら騒がしい。気にはなったので、その喧騒の場所に向かう。
ドワーフの集団は円をつくり、皆が中心に向かっておもむろに罵声を飛ばしている。
「いけー!」
「そこだ!やれやれー!」
「負けんなよ!ガストン!」
という感じだ。ん?ガストン?俺は背伸びして、円の中心を見る。その円の中心には、二人のドワーフが喧嘩をしていた。
「なあ、あれって。」
「はい、奥がガストンですね。元気そうで何よりです。」
へ?普通は止める場面じゃないの?
「この国は拳の決闘が認められていますから。回りもその後見人ですね。」
しれっと解説ありがとう。じゃなくて!
「大丈夫ですよ。ガストンは強いですから。」
というビビの言葉。俺としては平和的解決を望んでいるが、それはお門違いなのだろう。傍観するしかない。
ガストンの放つ大きな拳が、相手に顔を捕らえる。あまりにも衝撃が大きいのか、相手はその衝撃に足元がおぼつかない。
そこに、容赦なく腹に拳をめり込ませるガストン。相手はあまりの苦痛にくの時になり、膝をつく。そこに、大振りのガストンの拳が相手の左頬を変形させる。口から血を吐き出し、相手は倒れこんだ。
その瞬間、歓声があがる。ガストンの勝利に、皆が祝福をする。
ガストンも誇らしげに拳をあげる。相手の仲間だろうか、数名が倒れたドワーフを担ぎ上げ、その場を去る。
そして解散となる。隙間が生まれたので、ガストンに近づく事にした。
「ガストン。久しいですね。息災でしたか?」
「ん?おお、ビビじゃねぇか!久しぶりだな!元気だったか!」
「はい、私は元気です。それにしても、この騒ぎは一体?」
「ん?大した事じゃない。ところで、後ろの奴等は誰だ?連れか?」
「はじめまして。ビビの夫のソーイチと言います。彼女はテラスとマリア。」
「なんでぇ!ビビよ!結婚したのかい!しかもヒトとか!」
「え、えぇ、そ、そうです。」
何やら顔を赤くするビビ。尻尾もブンブンと振っている。
「ここじゃなんだ!飲みながら話をしようじゃないか!そうかそうか!結婚か!今日は祝い酒だ!」
と言って、酒場に入るガストン。俺達もその後ろについていく。
広い酒場に、客がみっしりといる。まだ朝だというのに、ドワーフ達は酒を飲んでいた。
「おい!此方に座れ!」
手を上げ、此方を促すガストン。円上のテーブルを囲むように座り、酒を注文する。女性陣はジュースだ。酒は飲ませない。
「では、出会いと、ビビの結婚に乾杯!」
「「乾杯!」」
そういって、ガストンは一気に酒を飲み干し、追加注文する。俺達はガストンのペースには合わせる事はせずに、ゆっくりと飲んでいた。
「さて、自己紹介がまだだったな。俺はガストン。鍛冶師だ。ビビには命を救ってもらった恩がある。それにしても、ビビに旦那が出来るとはな!それもヒトか!大陸は広いな!」
確かに、獣人のスペックの高さを考えれば、ヒトと比べたらなかなかに厳しいだろう。それを考慮しても、ヒトとの結婚は、ガストンを驚かすには十分なのだろう。
「つまり、こいつはビビよりも強い。そうだな?」
「えぇそうです。私はソーイチ様の足元にも及びません。」
いやいや、なかなかビビも強いよ。チートを使わなければ、ビビとは拮抗しているし。
「それは凄いな!あのビビにここまで言わせるか!卑怯な手を使ったり、嫌々従わせている訳ではないんだな。」
失敬な!まあ、ビビの強さは俺の太鼓判だ。ビビ程の実力者はなかなかいないだろう。
「それに、これを見てください。ソーイチ様が作られた黒鋼です。黒狼爪と名付けました。」
「どれ?・・・!!」
ガストンが沈黙する。先程までのお喋りが嘘の様に黙って槍を見つめる。
「おいあんた。この製法は何処で知った!」
「ケルトに書物が残っていました。それを元に再鋳造させていただきました。忘れてましたが、俺も金属加工師をしています。鍛冶も携わっていました。」
「なるほど、そうかい。」
なにやら不穏な空気だ。ガストンは身体を震わせている。
「アーハッハッハ!!」
突然笑い出すガストン。
「そうかいそうかい。ビビよ!傑物と一緒になれたのだな!ここまでの黒鋼に身体の強さ。ヒトにしては勿体ない位の傑物だ!」
なんか唐突に誉められた。
「ソーイチ、だったな。ビビをよろしく頼むぞ!」
手を差し出すガストン。俺も手を差し出し、固い握手をする。握手越しでもわかる、ガストンの職人の手。荒れているが、それでも力強い。
「今日は飲むぞ。ソーイチも付き合え!おい姉ちゃん、酒を樽で持ってこい!」
なにやらご機嫌になったガストン。俺も自分のペースで飲み始める。回りも此方の雰囲気に当てられたのか、凄く陽気になった。
テラスは歌い始めたり、ビビは型を始めたり、マリアもタンバリンを叩き始めたりと、あ、酒飲んだね。これは。
ま、いいか。
俺はそのまま、陽気の雰囲気の中に埋もれる事にした。




