4-30 銀髪の聖女
男がいる。全裸で。突然の訪問だったからか、はたまた裸族なのかわからないが、間違いなくそこにいる。全裸で。
「ん?お前、確か見たことあるな。あの時ロイドの脇にいたよな?」
俺を指差し、確認する。あの時とは、エクシリオス教会に入った時の事だろう。
「よく覚えていたな。私はソーイチ・アオバ。ロイド男爵と同じ男爵の位を授かっている。」
ロイド男爵を呼びつけするくらいだ。彼には貴族権力は関係なさそうだ。
「ソーイチ・アオバ、か。その齢で男爵か。有能だな。」
ニカリと笑うダッド。その笑みは敵意をまるで感じない、子供のような笑顔だった。
「んで、その男爵がなんのようだ?」
ダッドの表情が引き締まる。なかなかに渋い顔をしている彼は、それだけで強さを見せつけるかのようだ。しかし、筋肉が暑苦しい、いや、鬱陶しい。
「挨拶、だな。先程の訓練を見て、話をしてみたくなってな。」
「そうかい。そいつぁ殊勝な心掛けだ。俺の強さに惹かれたか?」
俺にそんな趣味はない。男に惹かれるなんてあり得ない。
「なに、あの大剣を軽々と扱った手並みに感服してな。その身体を見れば一目瞭然だな。」
筋肉が溢れるかのような体格。それでいて柔軟そうな筋肉が目の前にいる。本当に暑苦しい。いや、鬱陶しい。挨拶は失敗したか?と後悔してしまうくらいだ。
まあ、なんだ。とにかく、パンツを履いてくれ。話の先はそれからだ。
「とりあえず、下履きだけでも身につけてくれんか?後ろの女性達が困っている。」
困っているのはマリアだけで、テラスとビビはいつもの平静だ。興味がないのか、恥がないのか、それはわからん。
「ん?ああ、そうだな。」
そう言って、パンツを履くダッド。何故渋々履く。
「さて、話ってなんだ?」
椅子に座り腕を組む。ダッドの身体がでかいからか、椅子が小さくみえる。ミシミシと軋む音も微かに聞こえるから、何れは破壊するだろう。
「今回の訓練を見て、思ったんだがな、騎士団の訓練はいつもこんな感じなのか?」
そう。アイドルグループみたいな御披露目をしながらの訓練。興行しているかのような行動に疑問があったからだ。
「まあ、なんだ。あれは成り行き上そうなった、としか言えねえな。」
「成り行き?」
「俺が着任したては、普通に訓練だったんだよ。剣を振り、声を出してな。だが、ある時から変わっちまったのさ。」
「ある時?」
「客さ。客が増えたんだよ。それも増える一方さ。」
「その要因は?」
「副団長さ。あれが客を呼ぶんだよ。」
副団長?そういえば見てなかったな。プログラムには、・・・トリじゃないか。団長差し置いてトリとはね。見ればよかったかな。
「お前モグリだな。この場所の騎士団の副団長を知らないなんて、無知に等しいぞ。」
そんなに有名なの?興味なかったから知らんかった。マリアも知らないらしい。テラスとビビは聞かなくてもわかる。
「まあ?なんだ。そのうちわかる。」
「そう、なのか?」
すると後ろから声がする。
「団長、締めの言葉をお願いします。おや、お客様、ですか?」
「ああ、男爵様だ。名はアオバという。こいつがさっき言った副団長のハンスだ。」
一目でわかるその理由。うん、凄くわかる。なんせ金髪イケメン、いや、超イケメンだ。フェロモンが可視化したかのような超超イケメンだ。これは女性が騒ぐのは当然と言えば当然だな。
「私はハンス。副団長の任に着いております。アオバ男爵様に、こちらは?」
「私の妻達だ。」
「テラスです。」
「ビビと申します。」
「ま、ままま、ま、マリアです!」
テラスとビビはいつもの平静だが、マリアは顔が赤くなり、興奮している。ハンスのフェロモンに当てられたか?ちょっと不快だ。ちょっとだぞ。
それにしても、マリア?なにやってんの?太腿つねってさ。
「テラス、様、ですか。お美しい。」
「ありがとう。」
「どうです、この後、皆様でお食事でも?」
ん?なんだ、なんか不自然だな。もしかしてテラスに目をつけたか?だとしたら、容赦はしないよ?
「行かないよ。だって、ソーイチとビビとマリアで食べるごはんが美味しいから。」
「なっ?!!」
「ふっ、ははははは!!銀髪に拒否られるとはな、お前の未来に不幸があるかも知れんぞ。」
ん?なんだそれ?
「しかもお前、初敗北だろ?それも銀髪から。ははは!これだから人生ってやつは何があるかわからんな!はははは!!」
「くっ!し、失礼します!」
と、慌てて飛び出す副団長ハンス。よっぽどショックだったんだろう。流石はテラスさん。後でいっぱい誉めよう。
それにしても、銀髪?
「エクシリオスの教えには疎いのだが、銀髪に何かあるのか?」
ダッドに聞いてみる。せっかくだしな。
「ああ、エクシリオス教にはな、銀髪は幸福もたらす聖女の教えがあるんだよ。
ー 暗き闇に閉ざされし道を切り開く聖なる光。銀色の少女、闇を破り道を示さん。 ー
てな。だから、銀色の、銀髪はエクシリオス教では、幸福の象徴なのさ。」
し、知らんかった。いや、それならロイド男爵は何故この事を話さなかった?けっこう重要じゃないか!
「まあ、男爵の妻というなら、あんたのこの先の未来は明るいかもしれんな!」
いや、逆になんか嫌な予感がする。これはテラスの存在が、エクシリオスにとって幸福の象徴になりかねない。これは、やばい、か?
「どうした、顔色が悪いぞ。」
「いや、何でもない。時間をとらせたな。ここで失礼する。」
俺は足早に退室する。テラスの手を握る。フードを被せ、銀髪を隠す。
「どうしたの?」
テラスが聞いてくるが、それをスルーする。俺は直ぐにここから去りたかった。
早足で、人混みを掻き分ける。
直ぐ様闘技場を出て、馬車に乗る。息が上がる。テラスも同じだ。
「ソーイチ?どうしたの?」
落ち着け、落ち着け俺。大丈夫だ。ここなら大丈夫。
そう自分に言い聞かせ心を落ち着かせる。
「ソーイチ?大丈夫?」
テラスが俺を抱擁する。暖かく柔らかく。みるみると荒立った波が静まっていく。
呼吸を整える。襲いかかる不安を切り返し、立ち向かう勇気を貯める。
ふー・・・。落ち着いた。
「大丈夫。落ち着いたよ。ありがとう。」
「そう?」
テラスは俺の左腕にしがみつく。フードを外し、髪を撫でる。
銀髪。そう、テラスは銀髪の少女。
ダッドが言っていた事を考えると、この街はテラスにとってかなり危険かもしれない。そう思わす理由もある。
狂信者。
信仰のためなら人をも殺す盲目者。彼等にテラスが見つかったら、何をされるかわからない。拉致、あり得る。
とにかく、ここはみんなと話そう。先ずはそれからだな。あと、ロイド男爵は締め上げる。
「って、ビビとマリアは?」
馬車にいない。いるのは俺とテラスだけだ。
「ソーイチが置いてきたよ。」
「あ~・・・。またマリアに怒られるな。」
馬車から降りて、気配察知でビビとマリアを探す。人が多過ぎて困難だったが、何とか合流できた。
「ごめんなさい。」
「許す。」
マリアは素直に許してくれた。なんかビビは泣きそうな顔をしていた。
「それで、どうしたの?あんなに慌てて。」
「話は小屋でしよう。後、ロイド男爵を締め上げなければならないな。」
「穏やかにね。」
マリアの言葉だが、保証はないな。話によっては荒事も辞さないつもりだ。
平静の中に熱い興奮を隠し、俺はみんなと小屋に戻った。
★
銀髪の聖女、テラスが当てはまる事を話す。そして、一抹の不安、狂信者の話もする。
「確かに、不安ね。」
マリアが頷く。ビビも何やら思うところがありそうだ。
「俺の不安は杞憂かもしれない。でもだ、広く知れ渡る銀髪の聖女の言い伝えがある以上、エクシリオスとは距離をおいた方が良いかもしれない。」
「気持ちはわかるわ。でもね、貴方のその考えは、最悪の場合よ。そうそうおきる事ではないわ。」
そう、最悪の場合だ。だが、その最悪は目の前にいるかもしれない。
「治安の約束がない以上、その最悪は起こってもおかしくはない。数の力は圧倒的だ。波に呑み込まれる前に離れた方が良い。」
「わかった、わかったわ。そんなに乱さないで。でも、今すぐは無理なのはわかっているわよね?」
そう、俺にはまだ仕事が残っている。だからこの街に滞在をしている。
「そうだよ。君には橋渡しをしてもらわないといけないんだからね。」
「来たな、ロイド男爵。」
「さて、その怖い顔は止めてくれ。穏便に話をしようじゃないか。」
飄々とした態度が、更に苛々を募らせる。
「銀髪の聖女の話、何故話さなかった?」
「忘れていた、は無理があるかな。」
「おい!」
俺はロイド男爵を睨む。笑みを絶やさぬロイド男爵は、少しだけ思考してから話してきた。
「ん~、正直に話すとさ、それを君に話したら、君は直ぐにここを離れると思ったからさ。」
「当たり前だろ!テラスに危険が迫る場所にいられるか!」
「危険は何処も一緒だよ。相手が違うだけさ。」
「だからって!」
ロイド男爵は何を言っているかわからない。ただただ苛々を増やしていく。
「君の怒りはわかった。けどね、銀髪の聖女の話をしなかったから、君はこの街を満喫出来ただろう?君の性格上、あまり情報を与えると先ずは最悪の場合を考えるだろう。それが杞憂となるのにね。」
確かに。それは否定しない。この世界を知らない以上、最悪の場合は考慮するのは当然だ。
「それにね、この世界は君が思うほどにそこまで危険じゃないよ。確かに魔獣とかはいるし、帯刀も許可している。でもね、気性が穏やかなのはヴェルケスで知っただろう?」
確かにそうだ。この世界の人は基本優しい。例外はいるが、な。
「だからさ、余計な事は言わなかったんだよ。まあ、知ってしまうのは時間の問題だったけどさ。」
「知るのを見越していた?」
「まあね。エクシリオスの息はそれだけでかいからね。変に萎縮させまいと判断したんだよ。」
ロイド男爵の言い分はわかった。だからって、納得は出来ない自分がいる。
「守れば良いだけさ。今まで、此方も警護はしていたんだし。気が付いていただろう?」
「まあ、な。」
それはわかる。少数だが、警護はされていた。いや、監視かもしれんがな。
「信用ないね。此方は正直に話をしているって言うのに。」
「日ごろの行いの結果だ。胸に手を当てて考えろ。」
「酷いね。まあいいさ。エクシリオスでなにかあったら直ぐに報告するし、草原小人の件が終わったら、ドワーフの街に行っても良いからさ。あそこはエクシリオス教の範囲外だしね。」
「ならあと数日だな。それまでは滞在する。」
「それで結構。君には暗の探索が主命だからね。」
忘れていたよ、その主命。
「何かあればちゃんと協力はするからさ。機嫌を治してくれよ。な。」
「・・・、わかったよ。ふぅ。」
俺は冷静になる。そう、守れば良いだけだ。それは何も今に始まった事ではない。危険を回避するのは当然だが、突発的におこる事象には、それに対応すれば良いだけだ。
前の世界だって、絶対の治安ではなかった。夜道はやはり危険だし、女性は危機管理をちゃんとしている。
そう、その危機管理こそが大事なのだ。それを見失っていた自分がいる。今は三人の女性を守らなければならないのだ。危機を乗り越える対応をしなければならない。逃げるのではない。対応だ。
よし、ちょっとは落ち着いた。
「んじゃ、俺はここらへんで。落ち着いたみたいで良かったよ。」
「悪かったな、怒鳴って。」
「いいよ、気にしてないから。」
(だから君はチョロいんだよ。)
「何か言ったか?」
「いや、別に。」
小屋から出るロイド男爵。彼が出たからか、緊張の雰囲気が一気に解放される。
あれ、これは俺のせいか?いかんな。
「あの、その、ごめん。」
「今更よ!さ、ご飯にしましょう。ビビさん、手伝って。」
「はい。わかりました。」
「今日は何?」
「今日はね、お魚よ。」
他愛ない会話が、安らぎを生む。心地よく、優しい感覚になる。
そう、俺は考えすぎた。守れば良いだけだ。対応すれば良いだけだ。何のためのチートだ。如何様にも出来るじゃないか。
「では、いただきます。」
今日の夕飯もとても美味い。ご飯は活力。確りと食べて元気になろう。
「対策は練りましょ。一応ね。」
マリアは俺の根底を認知してくれていた。優しいな。
ご飯の後、お風呂でゆっくりと対策会議を行った。




