4-21 晴天霹靂
軋む音がする。寝具が乱暴に揺すられている。寝具で暴れる裸の男女。
女の喘ぎは悲鳴に似た声を挙げる。苦痛と座して変わらない。お構いなしに責め立てる男は、拳で女を殴り付けながら、卑猥に腰を動かす。
そして、悲鳴が途絶える。女はピクリとも動かなくなる。
「ふん!壊れたか。」
蔑む太った男。その表情は醜悪で、女を無造作に放り、葉巻に火を付け、部屋に煙の帯を作る。
一人の男が部屋に入る。白いローブに身に纏っている。
「終られましたか?」
「ふん!これしきで壊れるとはな。今宵はハズレだ。後は好きにしろ。」
「畏まりました。」
「例の件はどうなった?」
「完遂致しました。本日は遅いので、明日にでも挨拶に伺う様に伝えてあります。」
「そうか。なら、奴には私の為に働いてもらおう。奴にはまだ利用価値があるからな。」
にやける太った男。
「追加をご用意しますか?」
「いや、今宵は寝る。酒を持ってこい。」
「畏まりました。」
女を担ぎ上げ、退室するローブの男。
太った男は葉巻を吹かし、煙で覆う。
醜悪面した太った男は下品な笑いをあげながら、これから先の快楽を見据えているのだった。
★
「ゼノスが釈放された。」
夜の報告会。ロイド男爵の言葉に衝撃を受ける俺。マリアも絶句している。
「なぁ・・・。」
「いや、言いたい事はわかる。だが、まず俺の話を聞いてくれ。」
俺はロイド男爵に制され、話を聞く事にする。確かに、言いたい事はそれからでも遅くはないだろうから。
あの捕物から10日以上は経っただろう。調べも難航し、簡易裁判にかける前日に、引き取り手が現れた。
エクシリオス教助祭ラフレ・レス。
彼女が現れたのだ。ラフレはゼノスの身柄を引き渡すように要求するが、ロイド男爵はそれを断固拒否する。
不敬罪を軽くする事は出来ない。これが論点。
貴族の特権であり、権威のそれを軽んじると、他の市民に示しがつかない、とロイド男爵の主張。
貴族特権の悪用は、市民の不信感を買う。その不敬は、市民出身の栄誉貴族がたてたのならば、欲にかられ悪用したとも考えられる。とラフレ主張。
「貴方なら、この場合どうするのですか?」
「俺なら・・・。」
簡易裁判にかける。複数の陪審員による多数決。大体は満場一致になるデキレース裁判。だが、今回は違う。
ロイド男爵側は奈落行きを求刑する。
ラフレ側は執行猶予を踏まえた領外追放を求刑する。
判決は、ラフレ側の全面勝訴だった。
ゼノスは執行猶予期間中、エクシリオス教で責任を持って軟禁する事になる。
「それって・・・。」
「裏工作があった、と考えるべきだね。」
怒りを抑えるマリアだが、ロイド男爵は飄々としている。
「余裕だな。」
「想定の範囲内さ。ただ、彼女が出てくるとは思わなかった。」
「今後はどうするんだ?」
「然るべき行動をするだけさ。」
「それは大変だな。頑張れよ。」
あしらうロイド男爵をあしらい返す。
「ずるいね。」
「誉めるな。」
俺には関係ない。ゼノスが釈放されても、エクシリオス教の軟禁になるのなら、悪事はエクシリオス教中心になるだけだ。標的が密集するなら、監視も楽になるだろうし、俺達は近づかなければ良いだけだ。報復も出来ないからな。
「それで、君達はどうするんだい?」
「許可証代わりの黒鋼があるから、ドワーフの自治領に行かせてもらうさ。」
目的地はドワーフ自治領。許可証発効まで滞在予定だったが、代わりの許可証があるのだから、ここに滞在する理由は無い。
「病院とかは行かないの?」
「虎穴に入る必要はないさ。」
「それも、そうね。」
マリアの質問に答える。病院はエクシリオス教の管理下になっているのだ。このタイミングで病院なぞ行ったら、何の危険があるかわかりゃしない。
「それに、ロイド男爵だって考えがあるんだろ?俺達が出張る必要は無いさ。」
「君って奴は・・・。」
呆れるロイド男爵。今回は俺に落ち度は無いし、責任も無い。しかも宗教が絡むとなると、話は政治になる。俺には力不足だ。任せるしかない。
「その勘の鋭さを借りたいんだけどね。」
「諦めろ。」
何も出来んよ。俺には交渉や策略は向いていない。
「ま、それも想定の範囲内だし、構わないんだけどね。だから忠告するけど、中途半端に介入はしないでくれよ。邪魔だから。」
「わかってる。邪魔はしないさ。」
飄々な態度一変、真面目な顔つきのロイド男爵。
「それはそうと、アパラから報告を受けたよ。チンピラ二人を拿捕して監禁してるそうだよ。」
あ、忘れてた。そんな事あったっけ。
「詰所に引き渡し作業するにも君の承認が必要だから、ギルドに来て欲しいそうだよ。」
「ああ、それは行くよ。俺の落ち度だしな。」
以前あった、チンピラの不敬罪。逃げた二人は抜剣はしていないが、仲間で協力した以上見過ごせない。
詰所に引き渡して犯罪奴隷に落とせば良いや。
「んじゃ、そういう事で。」
ロイド男爵との報告会を終了する。帰るロイド男爵を見送り、家族会議を始める。
「ギルドに行って、引き渡しを終えたら、ドワーフ自治領に行く準備をしよう。」
「うん。」
「はい、わかりました。」
「了解。」
細かな準備を決め、今夜は休む。
明日はギルドに行って引き渡しを済ませよう。
寝床が暖かく柔らかい感触に埋もれながら、俺は瞼を閉じ、眠りに入った。
★
自警ギルド。
ギルドの1階は斡旋所になっている。仕事を紙面化して張り付け、依頼を待つ仕組みのようだ。
能力のランク分けもされているのは、よくある話だ。ランクにより、受けられる仕事もより高額になる。やはりだが、高額であれば、それだけ危険でもある。
討伐依頼。
魔獣討伐が主で、熊や猪はあるようだ。小鬼族もあった。翼竜のような大口は無いようたが、当たり前かもしれないな。普通は討伐出来ないからだ。軍の出動が必要になるだろうし、自警ギルドの範囲外だろう。
探索依頼。
市内の人の探索がメイン。発見が主な仕事で、捕縛や殺傷は契約次第になっていた。捕縛や殺傷になると契約金が跳ね上がっていたから、危険手当てなのだろう。殆どが発見のみであり、捕縛が数件。殺傷はなかった。まあ、殺傷は大きな理由がなければ依頼も出来ないだろう。
鍛練と雑用。
駆け出し専用の依頼。金銭の発生はないが、1日の食事と指導優先権が得られる。主に子供や青年が受けていた。この依頼は普通に馬鹿にされるものだが、そこを通り抜けないと、一人前にはならない。精神修行でもあり、誰もが通った道なのだろう。頑張れよ、と心で応援しよう。
カウンターにいる女性にアパラの面会を依頼する。身分を証すなり、直ぐに対応してくれた。貴族様が現れた事もあり、1階のギルド員からどよめきがあったのは言うまでもない。
特別応接室。
ソファーに座り、手続きを行っている。
ロイド男爵の助言により、詰所の兵士も連れてきた。手続き終了後、直ぐ様兵士に引き渡す為だ。
契約書をしっかりと読み、不都合場所を探す。大した契約ではないから、そこまでの警戒は必要ないのだろうが、読み込む手間は必要だ。
落とし穴は何処にでもある。
今回は、落とし込むような文面もなく、契約金と仲介料だけの簡単な文章だったので、契約書にサインを書き、金銭を支払った。金貨1枚とは、安いのか高いのかわからない。金銭感覚が麻痺しているように感じる。
「では、引き渡しを行います。」
「後は兵士達に任せる。奴等の刑罰もそちらに任せる。」
「はっ!畏まりました!」
「では、彼女に案内をさせます。任せたぞ。」
「はい、畏まりました。」
俺は後の事を兵士に任せると、アパラの従者らしき女性が、チンピラ二人の引き渡しの為、兵士達を連れ出した。
「手際がいいな。」
「それが私達の仕事ですので。」
初見は圧のある言葉使いだったが、今は大人しい丁寧な口調になっている。身分の差を理解した話し方だった。
「あんなチンピラ達がのさばりやすい統率なのか?」
「いえ、市民への危害は罰則が重く、大体の者は危害を加える真似はしません。ガゴの奴等は貴族の後ろ楯がありましたので、此方も強く言えなかったのです。」
「ほう、貴族の後ろ楯か。誰だ?」
「イゼル・カン準男爵にございます。」
知らん名だな。ロイド男爵には報告しようか?イゼル準男爵の事は知っていそうだがな。
「どんな奴だ?」
詳しく聞く。
イゼル・カン。
商工ギルドの裏役。先日捕物したゼノスを操る男。貴族権利を利用し、商いの利を獲ているようだ。ゼノスの言葉にはイゼルの影を表していた。
成る程ね。そのイゼルの影が、ゼノスやチンピラの理不尽行動に強制屈服させられていた訳だ。酷い話だ。
「ヒトには甘い蜜には逆らえない性がありますから。」
「対策はあるのか?」
「はい、貴族の後ろ楯関係無く、犯罪を犯した者は厳罰としました。シュタイナー男爵の容認も取り付けましたので、今後は取締りも強化出来ると思います。」
シュタイナー男爵か。ロイド男爵の兄貴だな。何の仕事をしているかわからなかったが、法的の治安維持をしているようだな。
「イゼル準男爵への罰則は?」
「ありません。」
ですよね。貴族が簡単に罰則されたら、権威どころの騒ぎじゃなくなるからな。
「貴族様万歳の世界よね。本当に。」
マリアの言葉に同意する。結局は権力者がのさばる世界なのだ。
「統率という、ちゃんとした仕事をしていれば、悪事をしている暇なんかないさ。大概はその恩恵を受ける木っ端さ。それで、安全な所から甘い蜜をかっさらうのが、悪党な訳だ。」
「酷い話だわ。」
マリアの嘆息したが、こんなのは人の性であり、今も昔も異世界も変わらない。悪党は何処にでも蔓延っている。
「そういえば、1階は盛況だな。ギルド員で溢れていたぞ。」
多少の方便。盛況なのは間違っていない。
「最近、依頼が殺到しましてね。嬉しいのですが、不安でもあります。」
「不安、か?」
「はい、私共の商売は荒事が主ですから。危険に身を晒して、報酬を得ます。失敗に金は支払われませんし、死んだら終わりです。危険が増えるという事は、それだけ被害も増える訳で。」
「優しいな。」
「人は宝です。当たり前です。」
アパラが指導に熱を入れる意味がわかった。被害減少の為だ。当たり前の事なのだ。だが、失念するのは、安全地帯でのさばる奴だけだ。
少し手伝うか?
ビビの黒狼爪の練習にもなるし、大型獣の狩りにもなる。依頼を受けるのではなく情報だけもらうか。無償だが肉が手に入れば問題はない。1階の依頼書を読めば情報は手に入るし。だが、貴族が出張るのはどうかな?
「依頼殺到の理由はわかるか?」
「いえ。最近は魔獣が増えているのですが、何故増えたのかわからないのです。」
「発生場所は?」
「はい。南の森と東の山です。後、西では小鬼族が発見されたようで。西の村には警戒をしてもらい、人材も派遣しております。」
西の村?あ、あったな。素通りしたが。
「人材派遣か。誰の依頼だ?」
「エクシリオス教です。彼等は原種族を嫌いますから。」
「討伐か?探索か?」
「今は探索ですが、発見次第に討伐となります。」
うん、それは討伐依頼だ。
嫌な予感がする。凄い嫌な予感が。こういう時の予感は当たる。だが、エクシリオス教には突っ込まない約束もある。
「ソーイチはどうしたい?」
「私はソーイチ様についていくだけです。」
「私は吹っ切ったわ。好きなようにやりなさいよ。」
良い嫁達だ。感謝しかない。
「どうかされましたか?」
「いや、その小鬼族に違和感を感じてな。私も探索に行くが構わんだろう?」
「あ、え、いや、危険な依頼ですので、貴族様が調べる必要は無いと思いますが・・・。」
確かにね。間違っていない。
「私が勝手に調べるだけだ。貴様に責はない。報酬も必要ない。それなら構わんだろう?」
俺の言葉にアパラが顔をひきつらせる。何処の世界に無料で危険な場所に赴く貴族がいるだろうか?
「で、でしたら、護衛をつけさせていただけませんでしょうか?安全を考慮させていただけませんか。」
「いらん。邪魔だ。」
うん、本当に邪魔になる。逆に何も出来なくなってしまう。
「あと、この件はエクシリオス教には秘密にしろ。そして私は勝手に行ったのだ。気に病む事はない。」
「何故、行かれるのですか?危険の地と思われる場所に、自ら?」
「予感だよ。ただの予感だ。だが、悪い予感は放ってはおけない。それだけだ。それに、貴族として、市民の安寧保証は必要だろう?」
「・・・。はい、畏まりました。」
諦めたアパラは肩の力を落とし項垂れる。悪い事をしたか?まあいいや。
「さぁ、行こうか。」
「うん。」
「はい、わかりました。」
「レッツゴー!」
俺達はギルドを出て、西の村に向かう事にした。




