4-16 ビビ VS セバス とオマケ
日の出、朝一に訪れるケルト邸舘。早すぎたかと思っていたが、玄関前には模擬戦相手のセバスが迎えてくれた。
「おはようございます、セバスさん。今日はよろしくお願いします。」
「おはようございます。アオバ男爵様。テラス様、ビビ様、マリア様。では、ご案内致します。」
相変わらず、良い声だ。響きに重みを感じ、緊張感を産み出させる。
燐とした背筋、ぶれない重心に体幹。動きは自然体。隙が見当たらない。
ビビは高揚している。尻尾の振り方が歓喜の時と違う。強者との対決に心を踊らせているのだろう。
今回、ビビの格好は、本人の意思により、肌の露出が多い服装になっている。
ハーフサイズのタンクトップにミニキュロット(見た目はスカート)。感覚を研ぎ澄ます為の服装だ。ビビには、余計な布はかえって邪魔なのだ。手には短棍を握り締めている。
案内された場所は内庭。椅子とテーブルがあるのは、ケルト家御一行が観戦する為だろう。まだ、誰も来てはいない。
「おはようございます!アオバ男爵様!テラス様、ビビ様、マリア様。」
「おはよう、ブライアン。」
駆け寄り挨拶するブライアン。心なしか彼も興奮しているようだ。
「ビビ様がお相手と聞いております。頑張って下さい!」
「はい、勿論です。」
先程までの高揚から落ち着きを取り戻すビビ。ケルト家が来る前に、冷静になってよかった。
「今、ニール様を起こしに参っております。少々お待ちくださいませ。」
「はい、わかりました。」
俺達はブライアンが用意した椅子に腰掛け、お茶を啜る。ビビは座らず直立のままだ。
「おはよう、諸君!」
「「「おはようございます!ニール様!シュタイナー様!ロイド様!」」」
御一行が来たようだ。一人足りないが、察した。
「ヒルリーはまだなのか?」
「いえ、ヒルリー様は2階で観戦するとの事を聞いております。」
やはりか。朝の準備時間を考えれば、間に合わないからだろうな。ノーメイクで人前にはでないだろう。
「そうか。では、準備が出来次第始めろ。」
「はい、畏まりました。」
一人の執事がセバスに木剣を渡す。刀身が細く少し長い。細身剣の使い手のようだ。刀身の先端は布を被せ覆っている。緩衝材なのだろう。
「どちらが勝つかい?」
ロイド男爵がこちらに来た。悪戯的な笑みを浮かべている。
「ビビだよ。」
俺は即答する。根拠はある。だが、口にしない。
「ほぅ、信じるってやつかい?」
「まあな。」
「ビビは強いよ!でもセバスも強いね!どっちも頑張って!」
テラスは両方を応援する。
「ビビさん!勝ったらお肉料理沢山作るからね!頑張って!」
飯で煽るマリア。ビビが耳をピクピクと動かしている。
「セバス様、頑張って!」
「負けないで下さい!」
「無茶はいけませんよ!」
セバス側も応援が入る。何故か熱狂的なのは、
「娯楽の少なさか。」
「それ。」
やはりと言うかなんと言うか、余興にされたようだ。まあ、構わないのだがな。
「私はいつでも構いません。」
「はい、行きます!」
ビビとセバスの模擬戦が始まった。
★
ビビは右前の体勢から、棍の中心を握り構える。
ゼバスは右半身を全面に出す。細身剣独自の構え。左手は腰にあてている。
間合いの長さはビビが勝り、突きの瞬発力はセバスが勝っているだろう。
見た目だが、セバスの木剣は軽く固い物を使っているだろう。んて、マリアに聞く。
「赤樺ね。軽く頑丈な木よ。」
やはりね。ビビの棍の材質は重く固い物を使っているから、瞬発力には負けるだろう。
「解説、お願いするよ。」
「質問あったら答えてやるから、黙ってみてろ。」
ロイド男爵の提案を却下する。格闘番組じゃあるまいし、解説なんかする必要がない。
では、実況だ。
右半身正中の構えから動かないセバスに対して、ビビはゆっくりと間合いを詰めていく。
やはりとだが、先手はビビ。爆発的な瞬発力で一気にセバスの懐に飛び込む。セバスはカウンターの突きを繰り出すが、ビビに捌かれる。
練習通りだ。
セバスの懐が開いた右脇腹に棍を突く!が、セバスは身体を回転させ避わす。その力を利用し細身剣を払い斬りするが、ビビは突進力のまま、間合いから外れる。
右半身正中の構えをとるセバス。同じく右前のビビ。
間合いを詰めるビビに、セバスは軽く下がる。
ビビの瞬発力を警戒したのだろう。あと半歩程足りなかったのかもしれない。
同じように、ビビが突進する。が、その方向はセバスの脇、即ち体面側に向かう。
右足の動きでビビの動きにあわせるセバスは、方向を合わせ斬り上げをし、ビビの牽制する。
半身を翻し、避けるビビ。追撃を察知したのか、間合いをとる。セバスは斬り上げの後、直ぐ様体勢を整えていた。向かっていったら突かれていただろう。
セバスが間合いを詰める。虚を加え、ビビを牽制する。だが、ビビは惑わされずに、ゆっくりと間合いを詰めていく。
同時に立ち向かう!先制はセバス。突きをビビの頭部に放つが、最少の流の動きで捌く、が、突き後に払い斬りに移行。ビビは棍で受け止め、懐へ。
ビビが開いた脇腹に払いをする。それを受け止めるセバスは、その力を利用し、半身を翻しビビの背後へと向かい、開いた首を凪ぎ払う。
だが、それはビビも同じだ。力を利用し、半身を翻す。流の円の動き。棍が合わさり球となる。
凪ぎ払う細身剣を受け、力を上部へ逃がす。柔の崩し。
左で受け流した細身剣。右に力を回し、セバスの正中を取る!
流れのままビビの棍は、セバスの喉元に寸止めをしていた。
間合いをとり、お互いに構えを解く。勝負ありだ。
拍手が挙がる!両者を讃える拍手!
「ソーイチ、ビビが勝ったよ!」
「ははは、セバスに勝つなんてな。」
喜ぶテラスに、呆れるロイド男爵。マリアは固まっていた。
「お強いですな。完敗でございます。」
「いえ、セバス殿も強かったです。ありがとうございました。」
両者は握手をする。力強い握手。回りは勝敗よりも、お互いの強さに驚愕し、称賛する。
「良いものだった。セバス、手を抜いたか?」
「まさか、そのような失礼な事は出来ませぬ。全力を絞り完敗致しました。」
「ほっ!そうか!」
御満悦のケルト侯爵。セバスに土がついたのが嬉しいのだろうか?
「晴れたか?心は?」
「はい。澄みきる晴天にございます。」
「では、ビビには褒美を考えなくてはいかんな。アオバがいる以上、ろくな褒美はやれんな。」
思案するケルト侯爵。褒美なんかいらないんだが。
「あ、あの、進言しても宜しいでしょうか?」
「む?なんだビビよ。」
珍しくビビが前にでる。ビビの性格上、褒美には興味がないとおもうんだが。
「差し出がましいお願いですが、お風呂、に入らせていただければ充分でございます。」
成る程、風呂か。ケルト邸は天然温泉だ。ビビもご満悦していたし、また入りたいのだろう。
「ふっ!わははははっ!」
大声で笑うケルト侯爵。虚にあてられたのだろう。
「構わん!構わんぞ!ゆっくりと浸かっていけ!儂等の事は気にせずに存分に入るが良い!」
「はい!ありがとうございます!」
礼をするビビ。余程嬉しいのだろう。尻尾がね、すごいんですよ。
「さて、次はアオバとロイドだな。」
は?聞いてませんが?
ロイド男爵も呆然としている。
「時間はあるであろう?やるが良い。」
あ、これは断れないや。渋々立ち位置に向かう。
「頑張って!ソーイチ!」
「ソーイチ様!」
「負けちゃ駄目よ!」
はいはい、わかってます。
「ロイド男爵、頑張って下さい!」
「ご無理なさらず!」
「アオバ男爵!お手柔らかにですよ!」
さっさと終わらせたいので、それは無理だ。
青ざめるロイド男爵だが、立ち位置につくと、覚悟を決め目線を上げる。
本気、か?
セバスの木剣を構える。悪いが、セバスに比べると隙だらけだ。
力を感じる。足元。突進するのだろう。
「アオバよ。武器は何を使うのだ?」
「私は無手なのです。このままで構いません。」
「そうか。ならば始めろ。」
この言葉にロイド男爵が向かってくる。かなりの速さだが、俺には遅い。
ロイド男爵の突きを、流で捌き、柔で崩し、剛で投げる。
勝負は一瞬だった。
余りにも綺麗に決まったので、放り上がるロイド男爵を受け止める。頭から落ちたら死んでたな。
静寂のなか1つの拍手。セバスだけが俺の動きを理解したのだろう。徐々に拍手が増え歓声があがる。
「強い!アオバ男爵様お強い!」
「凄い凄い!」
執事やメイドも声を上げる。
「いや、負けたよ。」
「お互い被害者だ。」
「そうかな?」
握手する。ん?あれ?
「油断だよ。」
あっ!吸収か?今ならわかる。心の蓮の力が吸われてる。
「ごちそうさま。今回は少な目だから、休めば直ぐに回復するさ。」
「てめぇ!」
ひらひらと手を振り、その場を去るロイド男爵。
疲労感が身体に伝わる。結構持っていかれたようだ。
「大丈夫?」
「やられたよ。油断した。」
「やるわねロイド男爵。負けても利を取る!かしら?」
「ですが、勝負は素晴らしかったです!」
「ははっ、ありがとう。さて、風呂に入らせてもらおうか。」
ケルト侯爵がご満悦していたのには気になったが、それより疲労をとりたい。
「素晴らしい強さだったぞ。今度はセバスとやるが良い。」
「ニール様、時間もありませんので、後日に致しましょう。」
「ふむ、そんな時間か。では、アオバよ。楽しみにしておるぞ!」
セバスのフォローに助けられた。いや、俺の状況を理解したのかもしれない。とりあえず偉いさんは戻ったし、風呂に入って元気になろう。
脱力感のなか、俺はメイドの案内で風呂に向かった。




