4-14 バランスの妙
「・・・おはよ。」
「マリアー!」
朝、ゲストルームからマリアが出てきた。テラスが抱きつき、喜びを表す。
気まずい空気が漂う。眼を赤くし、むくみがある。目下には隈が浮き上がっており、マリアの苦悩を表していた。
それでも部屋から出てきたという事は、意を決したのだろう。
「おはよう、マリア。」
「おはよ。」
言葉が出ない。俺も、マリアも。
「おはようございます、マリア殿。」
「おはよ。」
気まずさは変わらないが、マリアは何かを決意しているように感じる。しっかり目線を上げている。
「まず、ご飯を食べよう。話はそれからだ。」
「・・・、そうね。」
静かな食事だ。だが、マリアがいる。食の進みが悪いのが気になったが、気分が乗らないのかもしれない。
決意の方向が悪い向きでない事を祈るしかない。
「マリア、もう少ししたらロイド男爵が来る。マリアにも聞いてほしい話だ。」
「なに?」
「ヴェルケスの事だ。」
手を止めるマリア。不安そうな表情になったのは、それだけ故郷が大事だからだろう。
「すまん。誤解を招く言い方した。ヴェルケスが特殊な街だという説明をしてくれるそうだ。」
「ヴェルケスが特殊?」
「そうらしい。」
「そう。」
言葉少なげに答えるマリア。気まずく感じるのは、関係修復に自信が無いからだろう。
沈黙。
「まるでお通夜だね。外は快晴だよ。」
ロイド男爵が空気を読まずに小屋に入る。いや、わざとだろう。飄々とした態度はこういう時に雰囲気を壊す。今はありがたい。
「マリア君、おはよう。よく眠れたかい?」
「・・・、はい。」
「それは重畳だね。」
嫌味を言いに来たのか、こいつは?
「俺は今から客観的な視点で話をするから、後は各々で考えてくれ。話は、長いよ。」
ゴブレットに水を注ぎ、話を始めるロイド男爵。ロイド男爵のペースに巻き込まれた感じだが、今は身を任せた。マリアも目線を反らさずにロイド男爵をみる。凝視にもみえる。テラス、ビビも退席しない。食器を急いで片付け席につく。全員参加で、ロイド男爵の話に耳を傾けた。
★
ヴェルケスは特殊なのは、平和の密度の濃さ。それを考えるにあたり、様々な要因の掛け合わせと絶妙なバランスが産み出した産物なのだと思う。
まずは戦争。市民殺害もあり、街に恐怖と混乱を撒き散らし、精神に深い傷を残す。
戦後処理。アーノが率先してやり遂げた戦後復興は、衣食住を確立に力を入れた。巨大獣のような外敵も無く、速やかな復興が出来た。
リューア伯爵はより良い物流の確保の為に、職人を拉致して囲い、私利私欲の道具にした。
暗に拘束される。物品収集の為か、恐怖政治を開始する。だが、対象は流通業を行っている貴族達。
戦争体験者はいまだに生きている。アーノもその一人。戦争の恐怖は精神を蝕んだだろう。それを癒す為に復興に力を入れた。いや、復興は次いでなのかもしれない。恐怖を忘れる手段にしていたかもしれない。
リューア伯爵の悪政は拉致監禁と死体遺棄だ。賄賂、脱税等もあるが、暗の束縛もあったためだろう。たが、このリューア伯爵か市民共通の強大な敵と認識されたのは当たり前だ。たが、暴動が起きなかった。
それは、そこまでの不満がなかったからだ。
衣食住はアーノがしっかりとした土台を作った。ヴェルケス市は税金が低めに設定されており、貴族側が高い税金や物品を納入していたのは、調べてわかった。
食の充実が大きい。これが見事で、完全自給を可能にし、餓死者や無職者がいないのも、アーノ他商工ギルドや自警ギルドがしっかり働いていたからだろう。これだけでも十分に市民は生活出来るから、不満が少ない。エクシリオス教を入れなかったのも一因になっている筈だ。多少の小競り合いはあるにせよ、生活水準が皆一定なのだから、やっていた事は小さな共産主義ともいえる。
また、リューア伯爵が暗に取り込まれてからは、市民に興味がなくなっていた。だから、手を出すこともなかった。そして他貴族も市民に手を出す事もなかった。リューア伯爵からの怒りを買うことを恐れていたからだ。普通は民は領主、または街主の管理下になる。街主の無言の命に従う事になった貴族達。だから貴族達は流通に力を入れる。死なない為に。
市民区担当の貴族は差し障りの無い税金を取り、それを中央区の維持に充てていた。市民の管理は地位の低い貴族が担当する。窓際にされていたのは、労力の少なさからきた、やっかみみたいなものだ。
封建社会は貴族間でしか使われなかった。それはリューア伯爵が金銭に興味がなかったからといえるだろう。
金銭は全て他貴族が融通していた。財政難を外交で補っていた訳だ。
すべからく、市民はアーノが手綱を持ち、リューア伯爵は貴族を酷使させる図が出来上がる。
だが、これは絶妙なバランスで成り立っている。少しでも市民に不満が増えると、連鎖爆発を起こしていても不思議ではない。市民共通の強大な敵がリューア伯爵だが、そのリューア伯爵は市民には何もしなかった。もし、貴族が市民に手を出していたら?税金を増やしていたら?食の制限をしたら?リューア伯爵が金銭に興味がなかったから行われなかった政だ。だが、財政や民衆心理は不安定であることには間違いはない。アーノが一番に危惧していた事だ。
だから、アーノは爆発を起こされる前に、行動を起こした。より安定な生活、労働、流通を強化したのだ。
また、平和は市民全員が一丸で守っていた。戦争体験が理由だろう。凄惨状況を目の当たりにして、乱暴など、気が狂わない限り行われない。
「だが、これはヴェルケスだけだ。他の街は治安の悪さは勿論、巨大獣や他人種問題、宗教問題も絡んでくる。危険が多いのさ。」
重い沈黙。ロイド男爵は厳しい顔つきになっていたから、尚更重い。
「マリア君、質問あるかい?」
「・・・、ヴェルケスを基準にしてはいけないというのね?」
「その通りだ。平和の街もあれば、危険極まりない街もある。それはすぐ隣の事だ。」
「そう、やっぱりそうなんだ。」
溜め息をつくマリア。ロイド男爵の話に動揺するかと思っていたが、受け止めたようだ。
「貴方は、これを見越したの?」
「見越した訳じゃない。俺は先入観がなかったからな。この世界にきたすぐに巨大獣に襲われたから、危険視するのは当然かもしれない。」
「そう。」
沈黙に包まれる。マリアは何やら考え込んでいたからだ。それはすぐに解かれることになる。
「私は、この世界が恐くなった。恐ろしくなった。チンピラもゼノスも、人が簡単に死ぬと実感したの。」
やはり、あの笑いの後、気付いたのだな。俺を激励したのは虚勢で、本当はマリア自身に言いかけた言葉だったんだろう。
「さて、俺の話は終わりだ。質問あるかい?無いならお暇させてもらうが、構わないだろ?」
「随分話が違っていたな。」
「調べてわかる事もあるって事さ。だから、情報は正確に集めないと、足下を掬われる羽目になる。状況判断だけでは駄目なんだよ。」
「先入観で先走るな、だな。」
「それ。」
退室するロイド男爵。
「あぁ、そうだ。ブライアンが心配していたぞ。早く元気な姿を見せてやってくれ。」
手を振りながら、出ていくロイド男爵。奴なりの励ましなんだろう。
「マリア、聞いてくれないか?」
「うん。」
向かい合う。俺はマリアの手を握りながら話す。マリアははね除けなかった。
「俺はマリアと一緒にいたい。確かに俺は無神経かもしれない。マリアに沢山の迷惑をかけるだろう。それでも一緒にいたいんだ。戦いが怖いなら俺が守ろう。危険になる前に、避けられるようにしていこう。チートもマリアの判断に委ねよう。出来ることを語り合って、共に生きていかないか?」
沈黙。
「私はね、貴方と共に生きたい。でも、戦う事が出来ない私は足手まといじゃない。それに、生きる為に人を殺さなければならないなんて、私には出来ない。でも、貴方といる為なら、その覚悟を持たなければ、と考えてたの。でも、違ったのね。私は間違えてたのね。」
「そうだな。俺達は間違えてたんだ。」
大事なのは、語る事。テラスやビビにしていたのに、マリアにはまだしていなかった。同じ異世界人からの気の緩みかもしれない。
マリアもまた、俺とは違う価値感がある。擦り合わせや語り合いをせずにいたのは、俺の怠慢だ。
「やだ、なんで、泣いてるの?」
「はは、緊張が緩んじまったみたいだ。」
マリアがいなくなると思っていた。別れが来ると思っていた。だが、結果は糸を堅く結ぶ事になった。喜びもそうだが、安堵が大きい。
「馬鹿ね。私は、貴方を愛し(デレ)ているのよ。簡単には別れないわ。でも、油断はしないでね。貴方が胡座をかいたら、すぐに叱ってやるから!」
「肝に命じます。」
「ふふ。」
平穏が戻る。テラスはマリアに飛び付き、ビビは大きな安堵の息を吐いた。ほんの1日が長く感じた。だが、その先は明るい未来があった。
マリアがいる。テラスやビビも。誰も欠けてはいけないのだ。俺達は家族だ。支えあい、共に生きる家族なんだ。
「じゃ、仲直りのチューは?」
まったくテラスには敵わない。マリアも呆れていたが、頬は紅い。
「マリア。」
「ソーイチさん。」
長いキスをする。絡めあい、求めあう。身を委ね、決して離さないマリアを支える。
唇を離し、語り合う。
「何から話すの?」
「そうだな・・・。」
初めから俺は話を始めた。
マリアに俺を知ってもらうため。マリアの事を知るために。
今日も小屋に籠る事になったが、観光では得られないとても大事な時間を過ごす事になった。




