4-13 修羅場と価値感
朝、俺はビビとの修練後に、何故か正座をしている。マリアがカンカンに怒っていた。
「これは何?」
「まぁ、武器、かな。」
自室の工房に置いてあった設計図を持ち出して俺に見せる。
勝手に人の部屋に入るなぞ、言語道断である!なんて言わない。女性が男性のプライバシーを見るのは当たり前の行動で、彼女に悪意はないし、極自然な行動なのだ。例えで言うなら、母親が未成年の子供の酒や煙草を見つけて、怒っている感じだ。
「トンでもはあれほど作るなと言ったでしょ!」
「いやいや、必要最小限にするだけで、作らないとは言ってないって。」
「屁理屈言わない!」
此方の話を聞きやしない。とりあえず、マリアの興奮が収まるまで、逆らわない方が良さそうだ。
「あんたの作るものは、いっつも価値も高いし性能も良いけど、良すぎるのよ!世界の金銭価値を破壊しかねないの!宝石も作れるって聞いた時は腰を抜かしたわ!武器もそう!道具もそう!挙げ句には冷蔵庫?何をしてんのよ!」
興奮しすぎて論点がずれて、俺のチート批判になってしまっているが、素直に聞く。逆らわない。宝石は話していなかったが、テラスかビビに聞いたのだろう。
「目立たない生活や安全な旅を目的にしているんでしょ?何でこんな事をして自分から目立つような行為をするの?」
そんなつもりはなかったが?道具が揃えば、生活も潤うと思うんだが。
「確かに便利よ。移動拠点があるから、快適に移動が出来たし、料理も作りやすいわ。でもね、物事には限度があるの!実物すれば、人目につくし、それが良いもので人目についたら、災いだって呼び込むのよ!違う?」
まぁ、そうかもしれないが、そこまで警戒心を高くしなくても良いんじゃないかな。今更だろ、それは。
「馬鹿!馬鹿!」
涙を流しながら怒るマリア。ついには興奮が絶頂し言葉も選べなくなってしまった。
それでも俺は黙る。素直に聞く。反論しない。マリアを宥めるのではなく、溜めている感情を吐き出させる。
「何で黙っているのよ!何で言葉で返さないのよ!これじゃ私が悪者みたいじゃない!」
「反論、出来ないからだ。」
「馬鹿!」
ついには右手を上げる。振りかぶるその手は俺の頬に目掛けるかと思った。だが、その手はゆっくりと俺の胸元を掴み、マリアが泣きじゃくりながら、崩れてしまった。
糸が切れそうな感覚に陥る。手を差し伸べなければ切れそうな感覚。マリアの本気の心配に対し、俺のすべき事はなんだ?
「すまん、マリア。」
「馬鹿、馬鹿。」
「すまん。」
俺は謝罪しか出来なかった。
裏切ったのだろうか?無茶をしたのだろうか?それとも価値感の違いからのすれ違いなのだろうか?わからない。わからないんだ。だから、謝罪しか出来なかった。
「マリア殿は何が許せないのですか?」
ビビが割り込む。直球の言葉に俺は危機感を募らせる。
「私には、マリア殿が怒る理由がわかりません。何が不満なのですか?」
追求するビビ。俺はその言葉を止めることが出来なかった。いや、出来ないのだ。俺も知りたいから。
「この、ひとが、また、かく、れて、なにか、している、から、そんなに、わたしの、ことが、しんよう、ないのかと、かんじて。」
何故そうなるのだろう?女心というのだろうか?
「信頼しているから、共に生活をしているのではないのですか?私には、ソーイチ様の信頼を感じておりますし、テラス様やマリア殿も勿論信頼していると思いますが?」
「でも、でも。わかって欲しいのよ。」
テラスがマリアに寄りそう。少しずつだがマリアの興奮が収まり、冷静になってきた。
「私は、テラスちゃんやビビさんとは違う。顔も胸もスタイルもない。強くもない。何もない。」
コンプレックスか。女の見栄に押し潰されていたのだろうか。
「私は、わたしは・・・。」
「マリア、違う。それは違う。マリアはちゃんと俺達を支えてくれている。隠し事は謝る。これからはちゃんと話していく。協力もお願いする。だから、何もない、なんて言わないでくれ。」
「ホント?・・・約束、する?」
「する。約束する。だから、自分を卑下しないでくれ。」
沈黙。
俺はマリアの手を包むように握る。
「怒ってない?幻滅してない?」
「してないよ。マリアの事、もっと好きになったよ。」
「嘘でも、嬉しいわ。」
「嘘じゃない。」
これは真実だ。
「じゃあ、これの、説明して。」
「わかった。」
俺はテーブルに設計図を広げ、説明する。
★
設計図を広げ、実物のソレを置く。加圧式水弾銃。・・・水鉄砲だ。
リボルバーのような片手銃に仕上げ、バレルは長めに、弾倉は8個としてある。
弾倉の中に砂漠百足の紫水晶を入れてある。弾倉は回転式ではなく、固定式。劇鉄も8つあり、引き金を引くと8個同時に作動する。
紫水晶は衝撃で水を吐き出す。この放水に圧力をかけ、射出する仕組みだ。8つ同時の放水に圧力をかけ、威力向上させる。・・・予定だ。
「・・・そうじゃないわ。」
「前置きだ。本題はこれからだ。」
この水鉄砲を造ったのは、マリアの護身にある。
「ねぇ、私には弩があるわよ?」
「ヒトに向けて射てるか?」
「そんな事、出来るわけないじゃない!」
「ヒトに、文化を持つ人種に襲われたらどうする?」
「逃げるわよ!」
「そうだな。だが、逃げられれば良いが、もし、逃げられない状況なら?」
「そんな事を言ったら、キリがないじゃない!」
「そうだな。そのキリを少しでも無くす為に造った。」
「・・・。」
マリアは怪訝な顔で納得していない。この程度で納得していたら、先程の暴走に重さを感じなくなる。
「これは非殺武器として設計した。必殺の弩と使い分けをすれば、自衛にも幅が広がると思ったからだ。」
「貴方は私に戦わせたいの?」
「自衛は戦いじゃないぞ。」
「屁理屈よ。」
価値感の違いだ。この溝はかなり深そうだ。
「私は今までこの世界を普通に過ごしてきたわ。男からも口説かれる事はあっても、襲われたら事はないわ。」
「だからと言って、襲われないといえないだろ?闘技場のチンピラを忘れたのか?アレは婦女暴行を繰り返していたような奴等だぞ。」
「う!」
「つまりこの街は、マリアの日常にはなかった危険があると考えていいだろ?街によって平穏の温度差があるのなら、それに合わせるのが必要になるじゃないか。」
沈黙。マリアにも危険の温度差に気付いただろう。畳み掛けるなら今、と言いたいが、俺は論破をするためにこの話をしているのではない。お互いの意見を出しあって議論し、共通認識、価値感を深め、お互いが納得出来る答えに辿り着く為に話をしている。
「私は、闘いはしたくない。」
「それはわかる。俺も闘わせる気は無い。」
「だったら!」
「俺やビビがいない時、どうやって身を守る?そんな状況があるかもしれないだろ?」
「この、世界は、平和よ。」
「いや、危ういと俺は思っている。」
沈黙。
今までの日常とは違う事に直面したマリアは、常識を破壊され不安になったのかもしれない。頑なに平和を主張するが、暗、巨大獣、他人種、この世界は闇が広い。その闇に飲まれないように対応はしなければ、今後、危険に晒されるだろう。
「私の里は生死が交じる環境でした。東の森は、ここよりもっと危険と判断して良いかと思います。」
ビビの意見。
「私は何もわからない。ソーイチを信じる事しか出来ない。」
テラスの意見。
「私が間違っているの?」
「間違いじゃない。価値感、環境対応の軌道修正なだけだ。」
マリアは口を閉ざしてしまった。今はもう無理だろう。中途半端だが止めるか?
「みんなで、この街を見ていこう。ヴェルケスになかったものや、知らなかった知識を仕入れよう。もしかしたら、マリアや、俺や考えを改めさせる切っ掛けがあるかもしれない。どうだろう?」
「では、病院という所に行くのですか?」
ビビが聞いてくる。
「いや、病院には行かない。この街の日常を見るんだ。多分あそこは特殊環境だから、今の俺達には刺激が強いかもしれない。」
「病院よ?なんでそんな風に考えるの?」
「病院だから安全とは思えないからだ。」
マリアの驚愕した表情は、間違いなく俺との溝を広げたであろう。だが、まだだ。わかりあう為にも本音で語り合わなければいけない。
「ゴメン、ちょっと混乱してる。頭を冷やすから席を外すわ。」
「わかった。」
マリアに合わせ、テラスも立ち上がる、だが、それを止める。
「テラス、座っててくれ。頼む。」
困惑したテラスだが、椅子に座り直し、膝を抱え小さくなる。
「ソーイチ様とマリア殿を信じましょう。」
ビビがテラスに寄り添う。今にも泣きそうなテラスはビビの胸に顔を埋める。
俺は、待つ事しか出来ない。マリアが納得するまで、共有出来るようになるまでだ。
★
その日、マリアがゲストルームから出ることはなかった。昼食や夕食をテラスとビビが運ぶ。話をしているのか、退室が遅かった。
寂しい食事だ。一人いないだけで、寂しい気分になるのは、それだけマリアの存在が心を埋めているからだ。ビビも食が進んでいない。昼に残した大量の食事を夕食に移して食べている。まだまだあるので、あまりそうだ。
「マリア、出てこない。」
「そうだな。」
テラスのか弱い声が今を物語る。テラスにもビビにもマリアの存在は大きなものとなっているようだ。
「明日になったら、声をかけよう。マリアだって寂しい筈だ。」
「うん。」
寂しい食事は美味しくない。味覚が機能しないのか、味を感じない。心が肉体に影響している。
ロイド男爵も察したのか、手早い報告で終了する。
「面倒臭い女だな。」
「俺はそう思っていない。」
依然ロイド男爵の飄々とした態度は変わらないが、からかうような言葉はしてこなくなった。
「ヴェルケスが特殊な街だからこそ、この世界の落差についていけないのかもしれないな。」
街を渡り歩くロイド男爵だからこその言葉だ。
「ヴェルケスが特殊な街?」
「そうだ。アレはかなりの特殊と思っていい。平和の密度が桁違いなのさ。」
「つまり?」
「いや、この話は後にしないか?マリア君にも話さなければいけないだろ?明日の朝、ここに寄るから、マリア君が復活していたら話そう。」
「わかった。」
俺の肩を叩き、退室するロイド男爵。彼女もまたマリアを心配する一人だった。
価値感、常識とは刷り込みである。刷り込みによりヒトは人生を変化させる。
そんな言葉を思い出す。若い頃の本で見た記憶。当時はわからなかったが、今は少しわかる。この言葉の真意はわからないが、達観した人なのだろう。
「寝ようか。」
「うん。」
「はい。」
気落ちしたまま、床に入る。だが、眠れない。テラスとビビは寝ている。テラスは涙を流しながら寝ていた。
ごめん、テラス。
涙を拭き、手を握る。
安らぎはない。ただ、マリアが心配なのだ。
俺は寝れなくても構わないと思い瞼を閉じた。明日、マリアが元気に出てきてくれることを信じて。
前半のマリアの支離滅裂な暴走に疑問があるかもしれませんが、体験から書いた事を報告致します。




