4-6 ケルト市 その4
ロイド男爵の部屋の外に、老執事が立っていた。風格があまりにも立派で、気品を漂わせている。執事長だろう。
「御案内致します。」
その重厚な声に、俺は震えた。すんなりと耳に入り込み、頭に残る。言葉に裏を感じない、真っ直ぐな意思を感じずにはいられない。
「お願いするよ。」
ロイド男爵は飄々と受けとめ、執事長の案内を受諾する。その言葉に我を返ることが出来たが、あの重厚な声は忘れなれなかった。
「良い声だろ?あれが、年季と言う奴さ。」
「ロイド様、御戯れは程々に。」
俺もそうだが、マリアが固まっている。腰を軽く押して、我に返す。
「どうした?」
「あ、ごめん。ちょっとビックリしただけだから。」
「鑑定か?」
「う、うん。あの、執事長の芯の太さ、おばあちゃんみたいだったから。」
「ここにも強者がいたか。」
マリアの目にはどのように写っているのだろう?気になる。
マリアとのやり取りのせいか、少し離れた場所にロイド男爵と執事長が待つ。慌てて醜態を晒した事になったが、ロイド男爵はにやけるだけで、執事長は何事もなく案内を開始した。
そこは質素といえる部屋だった。大きな窓から陽が射し込む。透けたレースが直射日光を防ぐ。むき出しの石壁が辺りを覆い、調度品は最低限度。想像していたような贅は無い。これが侯爵の私室とは信じられなかった。
「身内しか招かない部屋だからだな。その意味、わかるだろ?」
信用、という奴か。逆に信用してやるぞ。という脅迫に似たものを感じる。
「ケルト侯爵様、この度は私の願いを聞き入り感謝いたしております。」
「うむ、貴様も無事で何より。長旅疲れただろう、楽にしろ。」
「はい、ありがとうございます。」
言葉遣いがおかしいが仕方がない。俺に上敬語は不可能だ。
「では、ドワーフ自治領の入領許可証だが、時間がかかるとだけいっておこう。」
ドワーフ自治領への入領は、信用問題であり、条令に基づき貴族や市民の差別なく、順番に審査される。確かに、ヒトの権威なぞ、ドワーフには関係ない。しかも、信用を失っているのだ。慎重になるのは致し方ない。
「構いません。その間は、街の観光でもしようかと思います。」
「ふむ、そうか。」
「まだ見回ってはおりませんが、石造りの技術や歴史には興味があります。許可証が発行されるまで、勉強させてもらいたいと思います。」
「ふむ、滞在はどうする?」
「はい、宿屋にでもと考えています。」
これだけ広い街だし、小屋を出す空地位はあるだろう。そこらの宿屋より快適に過ごせる。
「ふむ、ここに滞在すれば良いだろう。」
「御配慮感謝致します。ですが、私は元市民。侯爵様の御威光に傷を付けかねません。」
頬を一瞬吊り上げるケルト侯爵。言葉選びを失敗したか?
「彼は律儀なんだよ。貴族の識も日が浅い。それに観光するのであれば、ここより下で滞在したほうが自由も効くと考えているんだよ。」
ロイド男爵がフォローする。にやけ顔が憎たらしいが、ここは感謝しよう。
「ならば今宵はここで過ごせ。貴様とは少し話もある。」
「はい、御配慮感謝致します。」
「うむ、そして、その者等は貴様の従者か?」
テラス達を見る。確かにテラス達を紹介していなかった。
「いえ、私の妻達にございます。」
「テラスです。」
「ビビでございます。ソーイチ様に付き従っております。」
「マリアです。アーノの孫にございます。」
一同礼をする。ケルト侯爵の表情は変わらないが、唖然としているように見えた。
「何故、二人はそのような格好をしている?」
「従者がいないから、違和感をなくす為の苦肉の策、てといった所かい?」
図星!完全命中は痛いね。ばれても大した事はないんだけど、やっぱりショックはあるな。
「ご明察です。」
なんか悔しい!いや、どうでもいいんだけど、やっぱり悔しい。
「そうか。ならば今宵位は愛する者にそれなりの対応をすれば良い。食事まで時間もある。ゆっくり準備をするが良い。」
「はい、ありがとうございます。」
もう、頭ぐちゃぐちゃだ。
「続きは食事にしよう。セバス、部屋の案内を、其と次の者を応接室に寄越せ。」
「はい、畏まりました。」
執事長はセバスか。まんまだ。
「では、失礼致します。」
「んじゃ俺も。」
「うむ。」
部屋を出る俺達。セバスの案内で来客室へと案内される。
「あんなにご機嫌な父上は久し振りだ。どうしたんだろう?わかるかい、セバス?」
「ニール様はソーイチ様ご家族の行動に愉快と思われたかと存じます。」
「そうか、確かにそうかもしれないな。」
ん?どういう事だ?
「では、此方です。御時間まで御寛ぎ下さい。また、何かありましたら、此方の従者にお申し付け下さい。準備させます。」
「はい、ありがとうございます。」
「感謝の礼、有り難く頂きます。では、ニール様のお申し付けがございますので、失礼致します。」
セバスは深々と礼をした後、退室した。
俺はセバスに真物の執事を感じずにはいられなかった。
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