3-28 リューア伯爵邸晩餐会 その5
雛壇最上部にて、皆を見下す一人の男がいる。老齢だが背筋は伸び、白髪は腰まで伸び、オールバック。髭も伸ばし威厳を醸し出す。
ボレナス・アス・リューア伯爵。
目の当たりし、考えを改める。
あれは馬鹿貴族ではない。
一目で判断した。マリアも震えている。鑑定が働いたか、目を反らしていために、深々な礼をしていた。
リューア伯爵の綺羅美やかな服装と装飾品が、彼の財力を現す。手に持つ杖が、更に絢爛豪華と言わんばかりに主張する。だがこれは表面上だ。俺が畏怖するのは内面を現す眼光。恐怖、統率、支配、束縛、あらゆる意思を感じた。逆に納得する。中央区政治が機能している理由が。
「皆よ、よく来た!」
「「「はっ!」」」
一斉に方膝をつき、礼をする。慌ててそれに合わせる。
「楽しむが良い!」
「「「恐悦至極!」」」
統率か恐怖か支配か束縛か、それともその全てか。貴族達は一子乱れぬ返答をする。中には震えている貴族もいた。リューア伯爵の圧力に気圧されているのだろう。
「ふむ?アーノか?」
「はっ!」
「市民がここに来る意味はわかっているであろう?」
「はっ!畏まりました。」
ケセト氏が持ち込んだ木箱を執事に渡す。中身はワイングラス。最初にアーノさんに渡した品物だ。
執事が木箱を開け、リューア伯爵に中身を見せる。手に取り、ワイングラスを舐め回すように品定めをしていた。
「悪くない。」
ワイングラスの評価。言葉とは裏腹に、魅入るリューア伯爵。
「技師を此れへ。」
「いえ、技師は連れてきておりませぬ。」
「ふむ?」
緊張感で広間が凍る。リューア伯爵は表情を変えていないが、間違いなく不快になっている。
「技師は街の人間ではありません。そのグラスも士爵交易の一端でございます。」
「ふむ。」
更に緊張感が増す。いや、恐怖感に変わりつつある。だが、アーノさんは方膝の礼はしているものの、言葉は堂々としていた。並の精神力ではない。
「よい。下がれ。」
安堵の息が漏れる。緊張感は変わらないが、少しは空気が和らぐ。
「身分を弁えぬ者がいるが、今宵は楽しむが良い。」
「「「はっ!」」
一斉に礼をする。
取り合えず、一難は終わったか。
優雅な音楽が流れる。音量は控えめで、会話に支障はない。弦楽器の奏でるワルツだ。
雛壇から降り、二段高めにある上座に座するリューア伯爵。これなら、座しても、見下す事が出来る。
貴族達はリューア伯爵に本日の譲渡品を見せ始めた。リューア伯爵は表情1つ変えず、貴族達は青ざめている。ワイングラスの後では霞むのかもしれない。
「ふむ、フリード男爵を此れへ。」
「はっ!畏まりました。」
フリード男爵に執事を送る。フリード男爵の歩はゆっくりと、まるで死地に向かうように踏みしめていた。テリーヌ夫人も後ろから連れる。男爵の背に手を添えていた。
「招待恐悦至極。」
「ご無沙汰しております。リューア伯爵様。」
一礼し、会話を始めるフリード男爵。男爵として堂々としていた。夫人が背に手を添えているのは変わらない。二人の愛を感じる。
「貴様の妻、悪くない。」
「お褒め、有り難き幸せ。」
「して?」
「はっ!市民の実力者がおります。」
「ふむ?呼べ。」
固まるフリード男爵。失言だったようだ。このままでは、男爵が危ないな。アーノさんは見逃したが、フリード男爵は違うだろう。
俺は足を向ける。だが、マリアが制止した。
「駄目よ。あれは駄目。」
「フリード男爵が危ないんだ。」
「わかるけど、あんたが死ぬわ。」
「死なないように頑張るよ。」
「駄目。絶対に駄目。」
「マリア。」
マリアも袖を掴み、必死に抵抗する。
「ビビ、何があっても我慢するんだ。テラス、マリア、後は任せた。」
振り払いフリード男爵の元に向かう。感じた事のあるこの感覚。何故か思い出せない。この不快感よりも、今は目の前のフリード男爵のほうが先だ。
★
「市民、ソーイチでございます。」
方膝の礼をして、リューア伯爵に近寄る。フリード男爵は、馬鹿者!、と言いたい表情をしていた。
「ふむ。・・・・・・・。」
「フリード男爵の命により、努めさせて頂きました。」
「虫、ではないな。」
見下す理由がそれか。だが、それ以上に含みを感じる。
「この者の実力、市民でも逸材かと。市井も悪くありますまい。」
フリード男爵が割って入る。だが、リューア伯爵は聞いていない。
リューア伯爵は俺を指差す。
「仕えよ。」
長考。
「お断りします。」
場に衝撃が走る。奏ででいた音楽すら停まる程だ。俺も言葉を選ばないのは失言かもしれないが、言葉は無意味と感じた。
リューア伯爵の気配は感じた事がある。初対面のはずなのに、知っている。
「市井の虫が、逆らう、か。」
「私には私の意思がございます。」
「こ、この者は平民で御座います。ご容赦を!」
フリード男爵がフォローに入る。効果は無い。リューア伯爵が聞く耳を持っていない。
「貴族と平民。人と虫の差。余の言葉、意味がわかるだろう。」
持っていたワイングラスを投げつける。頭で割れ、ワインまみれになった。怪我はわからない。
何故か怒りが混み上がらない。一瞬の思考が過る。
ー 挑発 ー
ビビが我を狂わせそうだが、テラスとマリアが抑えている。頑張ってくれ。
「黙る、か。」
立ち上がるリューア伯爵。足取りはしっかりしている。杖を掲げ、降り下ろす!
頭部に鈍痛!痛くはないが、内部に響く。恐怖、が内部に染み込んでくる。
再び鈍痛!容赦なく杖を叩きつけるリューア伯爵。ビビの口から血が滲み出ている。必死に抑えるテラスとマリア。アーノさんも加わっていた。
痛みは我慢できる。恐怖にも抵抗できそうだ。ん?抵抗?何故だ?
繰り返される鈍痛の中、集中する。今までの経験を思い返す。リューア伯爵の気配、恐怖、抵抗・・・。そして1つの結論を出した。
「一体何をなさっているのですか?」
聞き覚えのある女性の声。
顔をあげ、確認する。雛壇上にその女性がいた。肌の美しさを強調させるドレスはとてもシンプルで、装飾品が最小限。自身が一番美しいと主張する露出。鮮烈な登場に場が急変した。
★
「何をなさっているのかしら?」
雛壇から降りてくる女性。知っている。肌油を譲った女性だ。
「ヒルリー、か。」
貴族の声が聞こえた。あの女性はリューア伯爵夫人の様だ。
「今日は趣向が違うのね。」
優しい言葉だが、目には感じられない。あれは軽蔑の様だ。
「教育、だ。」
「教育?おほほ、虫に教育とは、貴方も変わった趣味があるのね。」
痛い。何故か俺が痛い。だが、リューア伯爵にも効いているのは確実だ。無表情から怒りが見える。
「虫を、捕らえ。」
「はっ!」
衛兵が俺に駆け寄るが、
「いえ、この方は私の客人として迎え入れましょう。客人に無礼は許しませんよ。」
「貴様!」
「私の客人です。虫でも市民でもありません。無礼は私に対する反目と思いなさい!」
流れが変わった。あの肌油の女性がリューア伯爵夫人とは、テラス様様だ。
会話で思うに、リューア伯爵と夫人ヒルリー様には確執は確かだ。いや、それ以上に、リューア伯爵の恐怖に動じていない。
「失礼します、リューア伯爵。ヒルリー姉上様、お久しぶりで御座います。」
「まぁ、ロイドじゃない。」
ロイド男爵はヒルリー様と姉弟か。つまり・・・。
フリード男爵が俺に下がるように目配せをする。
助かる。
姿勢は下げたまま、テラス達の元に戻る。
涙を溜め抱きつくテラス。ビビは何も出来なかった自分が悔しそうだ。マリアは胸元に積めていた布を引っ張りだし俺の頭を拭き始めた。
「馬鹿!本当に馬鹿!」
顔を真っ赤にし、怒るマリア。温かい布はマリアの香りがする。胸の先がチラチラと見えるが、マリアは気がついていない。眼福冥利だ。
アーノさんは肩を叩き俺を励ます。ケセト氏は背中をバン!と叩き生還に喜んだ。ルフツ士爵?離れた場所にいた。
死地からの生還だ。さて、ここからは此方のターンとさせてもらおう。
★
「さて、リューア伯爵。ヒルリー姉上様のお客人にこの様な仕打ちとは、如何なものでしょうか?」
「貴様。たかだか男爵の分際で、儂に意見する、か。」
恐怖を放つリューア伯爵だが、ロイド男爵には効いていない。
「我が父、ケルト侯爵様より書状を預かっております。」
ー ヴェルケス市の内情把握に努める為、我が息子、ロイド・フォン・ケルト男爵に、ヴェルケス市内において、一時的の伯爵権限を与える。
グリューバーグ・フォン・ケルト侯爵。 ー
「さて、私は今、伯爵権限を持ちます。ご理解いたしましたね。」
「妾の子が、貴族を汚すか。」
「あら、ロイドは正式に父上の子と認定されてましてよ。出生など関係ありませんわ。」
「ヒルリー、貴様!」
「あらあら、今にも血が吹き出しそうな顔をして。貴方の血の色は黒かしら?おほほ。」
挑発するヒルリー様。恐い。
「ヒルリー姉上様のお客人にした仕打ち。ケルト家の反目容疑としまして、内部調査を始めます。この場にいる全ての貴族に聞きますので、帰れると思わないように。」
言い掛かり、屁理屈にも程がある。だが、これが貴族の世界だ。広間がざわつく。貴族の本分を全うしていれば大丈夫だろうが、賄賂や横流しが横行していたら、明日は我が身だろう。
「ギルドマスター、アーノ!発言を許す。」
「では、発言をさせて頂きます。」
ロイド仮伯爵の言葉に、胸を張り声高に主張するアーノさん。これまでのリューア伯爵の政策を語る。
「また、ケルト侯爵様と商工ギルドの交易条約が締結しました事も報告します。」
これは貴族にとって衝撃の報告だ。書簡を出し、証明する。
貴族が青ざめる。ケルト侯爵との直接交易、つまり、商工ギルドは侯爵の庇護を受ける事になる。ケセト氏の大仕事の結果だ。
「その為に、政策改変を進言します。」
関税廃止、中央区解放、交易自由化を進言した。
「なるほど、ケルト侯爵様との交易には必要な政策ですね。」
ロイド仮伯爵の賛同を得る。リューア伯爵は何か呟いているが、誰も聞いていない。
「さて、貴族の方々にも聞きましょう。」
「では、私から話そう!」
フリード男爵が宣言する。
「フリード!貴様!裏切る、か!」
「我は事実を語るのみ。裏切りではございません。全ては、ケルト領主、ケルト侯爵様の忠義で御座います。」
「ぐ、ぬぬ・・・。」
終わった。これはリューア伯爵の敗けが決定した。ロイド仮伯爵にヒルリー様、フリード男爵とアーノさんが組めば、如何に恐怖政治のリューア伯爵でも脆く崩れる。やりたい放題のツケが来たようだ。
「・・・・・・ん、・・・えん。」
独り言を呟くリューア伯爵。なんだ、ヤバイ気配が濃くなっていく。
その様は人ではない様子をさらけ出す。見た目は人だが明らかに違う何かだ。いや、俺は知っている。これは、ヤバイ。
「こ、ろ、す、ころ、す、ころす、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺・・・・、GAAAAAAA!!!」
振りかざす杖はヒルリー様の頭上!
縮地!
杖を払いのけ、重心を崩す。そして、一撃を・・・、
「GOU!!」
ビビが剛の一撃を腹に入れた。吹き飛ぶリューア伯爵。壁まで吹き飛び、打ち付ける。震動が響き、壁は割れるようにヒビが入った。
この光景に唖然とする貴族達。だが、まだだ。気配はまだ消えていない。
立ち上がるリューア伯爵。気配は霧に変化する。暗い霧に包まれていた。
やっぱり、あれか。
この世界に来る前に見た、暗い楔。
あの時の痛みが、恐怖が、戦慄が身体を蝕む。意思が萎みそうだ。だが、逃げるわけにはいかない!ここで仕留める!
霧が衛兵を包む。意識を失った表情で、此方を直視する。
支配か。
「ビビ、衛兵を任せる。殺すな。」
「はい!わかりました!」
無限保管から棍を出し、投げ渡す。
「テラス、マリアは下がっていろ。いざとなれば逃げていい。」
「馬鹿!あんたも!」
「アーノ!ケセト!テラスとマリアを守れ!」
マリアの主張は却下だ。後でいっぱい怒られてやる。
「ロイド!ヒルリーの保護!」
身分なんか知るか!
「フリード!テリーヌを守れ!」
「応!!」
返事が聞こえたが、今はそれどころではない。後は知らん!勝手に逃げろ!
踏み出す。暗い霧に。足を向ける。恐怖に。駆け近付く!元凶へ!
俺はリューア伯爵に立ち向かっていった。




