3-27 リューア伯爵邸晩餐会 その4
ヴェルケス中心部、砦居城、リューア伯爵邸門前。日が落ちる前に到着する。
俺達より前に到着した貴族達の視線が痛いが、妬みよりも、好奇の目だろう。
市民が晩餐会に参加する。
この事実は貴族達には周知されているだろう。身の程を弁えろと思う者、好奇心がある者、この状況を利用しようと画策してる者、様々だろう。だが、俺達はこんな木っ端に用事は無い。本命のリューア伯爵以外には眼中になかった。
馬車から下車する。ケセト氏がいち早く下車をして、先頭のアーノさんのエスコートをする。ルフツ士爵はマリアを、俺はテラスとビビの二人をエスコートしている。
ケセト氏は元貴族とあり、知人も多いだろう。好奇の目があるが、堂々としていた。流石である。そして、主役であるアーノさんを引き立てる様は、熟練者の域だろう。
ルフツ士爵もマリアを知人に紹介している。何を言っているがわからないが、周知の仲にする余念がないのは見てとれる。マリアの引き吊った表情が確信に変わる。
どっちもがんばれ。
俺には妬みや怨みがましい視線を感じるが、多分テラスとビビの美しさが原因だろう。テラスは微笑みを続け、ビビは無表情に回りを警戒する。近寄ろうとする男性貴族に威圧感を放つのだから、誰も近寄らない。獣人だからか?いや、違うか。さておき、今回ばかりは正直助かる。後でいっぱい誉めてあげよう。
場の雰囲気にもなれ始め、辺りを見渡す。
それにしても、木っ端貴族の服はダサいな。
士爵連中の服装に目がいく。男性は地味な色合いばかり、また、デザインが古臭い。Yシャツ、ベスト、ストレートパンツとお世辞にもお洒落とは言えない。中には、ハーフパンツに白タイツ風の奴もいた。
女性陣は艶やかだが、くどさを感じる。刺繍は見事だが、盛りすぎの胸に、細すぎる腰、広がり過ぎのフレアスカートと、これも年代を感じずにはいられなかった。高級装飾の主張が半端無い。
これはテラスとビビの圧勝だな。
二人に微笑みながら、俺はアーノさんやマリアの様子を伺う事にした。
「相手はしても、誘いは乗るな。」
ルフツ士爵の言葉。
「自分が下と心得えて、それを逆に利用すれば、貴族といえ何も出来んよ。」
ケセト氏の言葉。
「胸を張りな。」
アーノさんは通常運転だ。
「帰りたい・・・。」
それな!
空気に馴れたのか、空気が読めないのか、木っ端貴族が俺に因縁をつけてくるが、
「確かに私共は市民ですが、リューア伯爵の招待となれば、断る事は出来ません。ご不快ではあるかと思いますが、ご了承下さいませ。」
の言葉で片付いた。下級貴族には、伯爵の招待、というカードをちらつかせれば良い。貴族達は青ざめ、軽い咳払いで退散してくれた。
多少の時間が過ぎ、男爵も到着した。身分高い貴族の到着にあわせ、広間を開放する。晩餐会というから固い会食と思っていたが、立食だったので安心した。なるべく目立たない場所にいようとしたが、市民の参加に好奇心があったのだろう。男爵に呼ばれてしまった。使いが来たのだ。だが、先程の木っ端貴族と違い、しっかりした対応に驚いてしまった。男爵の名前を聞いておく。男爵は白髪、顎髭を伸ばし、老齢に見えるが、目力が半端無い。そしてシックな装いだが、とても似合う。
「伯爵の招待と聞いておる。身分を弁えれば何も言う事は無い。」
「フリード男爵様の御助言、感謝致します。」
ルフツ士爵に教わったら貴族流の礼儀をする。
「うむ。些末な礼儀だがそれで良い。」
些末か・・・。及第点としておこう。
「貴様のその服装に興味がある。話せ。」
「はい、畏まりました。」
俺はフリード男爵に事の顛末を話す。なるべく市民区をアピールした。こちらから勧める事はせず、男爵の言葉に合わせる。空気の読めない木っ端貴族が介入してきたが、
「私は貴様と話してはおらん!」
と、フリード男爵に一喝され玉砕していた。ドンマイ。
流れでテラスとビビの紹介もする。勿論、妻として。
「市民のくせに妻を二人も娶るか。生意気だな。」
睨むフリード男爵。恐い。
「ご不快ご容赦を。ですが、たとえ二人の女性に真愛されたのならば、それに答えるのが男の甲斐性かと思います。」
これだけは譲れない。自分が頭を下げても、テラスとビビには恥をかかす訳にはいかない。
「ふっ!その通りだ!男は女を幸せにしなければいかん。貴様はわかっているようだ。気に入ったぞ!」
「有り難きお言葉。」
良かった!マジで良かった!機嫌損ねたらどうしようかと思った。
そして、テラスとビビの衣装も説明する。胸元や背中の開き、腰から伸びるスリットなど、女性の魅力を上げる手法を説明した。
「私にも聞かせていただけませんか?」
「おぉ、テリーヌ。遅かったではないか。」
テリーヌ夫人。フリード男爵夫人だ。目鼻立ちがしっかりした美人。多分アーノさんと同年代だろう。
「挨拶に手間取りましたわ。それで、此方は?」
「市民の者だが、見所ある者だぞ。」
「ソーイチと申します。テラスにビビ。私の妻で御座います。」
一礼する。
「まぁ、主人に気に入られるなんて、珍しい事もあるのね。ふふふ、今日は楽しくなりそうね。」
ん?どういう事だ?
「そこで、貴様には私の最愛の妻を綺麗にして貰いたい。やれるな?」
えっと、急に命令ですか?しかもこれは断れないな。時間、間に合うかな?いや、間に合わせなければいけないのだ。
「畏まりました。ですが、私一人では荷が重いですので、もう一人呼んでも構いませんか?先程の話に出しました、服装のデザインした者を呼びたいのですが?」
「構わん。直ぐに呼べ。」
ビビにマリアを呼んでもらう。ビビの鼻なら直ぐに見つけるはずだ。
「初めまして。私、市民区商工ギルドマスターアーノの孫、マリアと申します。」
「話は聞いた。私の最愛の妻テリーヌを綺麗にしてもらう。」
「私はルフツ・・・。」
「貴様に用は無い!」
マジ恐い。ルフツ士爵が固まったよ。
「畏まりました。助手としまして、ソーイチ、テラスにビビをお借り致します。」
「必要な物があれば、妻の従者に頼むがよい。」
「ご配慮、感謝致します。」
「良い。」
一礼するマリア。テリーヌ夫人と一緒に退室する前に、
「もし、市民区に興味がおありならば、ルフツ士爵様にお聞き下さいませ。士爵様のお働きで、この装いを作る事ができましたので。」
ルフツ士爵のフォローをするマリア。
「ほう?貴様が?」
「はい!私、シャル・ド・ルフツ士爵で御座います。」
「前置きは良い。話せ。」
「はっ!畏まりました!」
頑張れ、ルフツ士爵。
テリーヌ夫人を連れ、退室する。空き部屋を利用して、テリーヌ夫人の正装と髪型をリメイクする。
「やっと解放された。ルフツ士爵、皆に婚約者って言おうとするんだもの。勘弁してほしいわ。」
「ん?士爵様だぞ?問題あるのか?」
そもそもの疑問だった。玉の輿とまでも言わなくても、貴族様という身分の高い嫁ぎ先なら問題ないと思うが。
「あのね、いや、ちゃんと話すわ。私の能力は?」
「・・・、あ!もしかして?」
「そうよ。ルフツ士爵の本質を知ってるから無理なのよ。」
マリアの鑑定、もしくは本質理解が見抜いたか。
「例え思考は変わっても、人の本質はなかなか変わらないわ。だから私は彼を受け入れられない。」
だからマリアはルフツ士爵を拒否するのか。納得した。
「でも今は私より、テリーヌ夫人様よ。あんたは靴をハイヒールに改良して。でも歩き易くするのよ。」
「わかった。」
「テラスちゃんとビビさんは待機。従者の方々には、市民の言葉にご不快かも知れませんが、ご協力お願いします。」
「私を綺麗にしてくれるのでしょう?不快なんてありませんわ。」
脅しにしか聞こえない。やっぱり貴族恐い。
脚の長いテリーヌ夫人をより綺麗に見せる為、盛り過ぎのスカートをシンプルに、且つ大胆に。全面はミニスカート、後部はロングスカート。邪魔な装飾はカットし、胸と背中を開く。ただ、素肌ではなく、レースの様な透き通る物でカバーする。大胆且つ上品に。
マリアがヘアアレンジをしている間に、俺が縫製する。今回はチートを使わせてもらおう。マリアも光虹櫛を使っているから構わない。縫製が終わり、テラスにドレスを拭いてもらう。綺麗になるから面白い。無限保管に入れて出す。完成。マリアも完了した。半刻も経っていないのだが。
テリーヌ夫人に姿見で確認してもらう。
「素晴らしい・・・。」
テリーヌ夫人はご満悦だ。ヘアアレンジは盛り盛りの髪型を控えめのアップにしていた。また、多少足元の不安定は履き慣れないハイヒールだからだが、大丈夫だろう。
「素晴らしいわあなた達!」
「お喜び頂き、恭悦しております。」
マリア、言葉が違うぞ。
「直ぐに戻りましょう。夫を喜ばせたいわ!」
なんか、こんなに喜んでくれると、此方まで嬉しくなるな。技師冥利に尽きる。
「私達は片付けを致しますので、テリーヌ様は先にお戻り下さいませ。」
「そうしますわ。行きますわよ、あなた達!」
従者に命令し、退室するテリーヌ夫人一行。俺達は後片付けだ。
「やり過ぎたかしら?」
「構わんだろ。相手は貴族、それも男爵様だ。」
満足感からか、気楽な考えをする。後の事はその時に考えよう。
さて、片付けだが、あれ?
「テラス?何処だ?」
テラスがいない。うん、いない。
「ビビ、テラスは?」
「えっ?あ、あの?」
消えた?まさか?!
「す、すみませんソーイチ様!直ぐに探してきます!」
「待て!ビビ、待て!」
「ですが、テラス様が!」
「大丈夫。俺が探すよ。」
「ですが、万が一テラス様に、ングッ!」
強引だがビビにキスをする。落ち着けビビ。何度も唇を重ね焦りを緩和させる。惚けたビビは焦燥を忘れ、俺を見つめる。
「大丈夫だ。俺が探す。ビビはマリアの側にいてくれ。」
「ですが!」
「ビビ。」
「・・・はい、お願いします。どうか、テラス様を見つけてください。」
「任せろ。マリアを頼む。」
「はい、わかりました。」
さて、探すか。
「マリア、ビビを頼む。って、その顔なんだ?」
「ひ、人前でキスしないでよ!恥ずかしい!」
真っ赤になったマリアがいた。
「悪い、今はテラスだ。ビビを頼む。」
マリアの羞恥は二の次だ。
「わ、わかったわ。早く見つけなさいよね。私達は広間に戻るから。」
「わかった。」
俺は退室して、集中、からの気配察知。テラスの居場所は直ぐにわかる。上の階か。一人。拐われた訳ではない。良かった。直ぐに向かおう。
★
階上、テラスの気配を追っている。が見当たらない。
流石に階上は貴族専用だろうと思っている。衛兵もいるので、見つからないように行動していた。
ビビに任せなくて良かった。
ビビも直ぐに見つけるだろうが、衛兵は実力排除していただろうと考えるに容易い。
テラスの不思議振りはいつもだが、今回は今までに無いケースだ。焦りが出る。安全だとは思うが、早く合流したい。
気配察知では近いのに見つからない。何処だ?
「あー!もう!何処にあるのよ!」
俺と同じ叫びでビックリした。少し開いた扉から、女性の奇声が聞こえた。テラスの気配はその先にある。とりあえず、今は、テラスが、先、だが、覗いてみた。
見た目50代の女性がほぼ全裸で部屋をひっくり返していた。
「なんで何時もの所に無いのよ!」
恐い恐い。これは退散が吉だな。
だが、覗くのを辞めた時だった。
「ちょっとあなた!こちらに来なさい!」
げっ!?ばれた!
無造作に開く扉。女性が開けたのだ。女性は胸はさらけ出し、コルセット、下着は極小とかなりセクシーな格好だった。
直ぐに目を手で覆い隠す。おばさんの裸を見たく無いのではない。高貴の方の裸を市民が見てはいけないと思ったからだ。
本当だよ。
「何をしているの?あなたも手伝いなさい!」
「はい、畏まりました。何を探しておられるのですか?」
「聞いていないの?!肌油よ肌油!綺麗にしないと、人前に立てないでしょ!」
やはり女性だ。綺麗でいたい見栄が働いている。これは断る方が面倒だな。
「吊っ立ってないで、あなたも探しなさい!」
「はい!」
部屋の中に入る。例え相手が50代の女性でも、裸でいる。素早く終わらせよう。
「何処よ!何処にあるの?!」
剣幕しながら探す女性。
「あの、進言しても宜しいですか?」
「何?見つかったの?」
一々叫ばんで下さい。
「私が持ってます肌油をお分けしますので、お心をお沈め下さい。」
「持ってるの!?早くお出しなさい!」
だから、叫ばんで下さい。
無限保管から俺が造った皮膚膜保護剤を出す。
「何よこれ?油じゃ無いわね?」
あれから改良を施し、クリーム状にしてみた。造った皮膚膜保護剤を根気よく振ったら、油が分離をしたのだ。生乳からチーズが出来る要領と思って良いだろう。油が濃縮脂になり、効果も飛躍的に向上している。因みに余った油は、食用に使えたから棄てる事も無い。
「手に塗って見てください。気に入りましたら、譲渡させて頂きます。」
「ふうん。」
手から奪い取り、塗り始める。
「な、な、な?」
「お気に召したでしょうか?」
俺の手を力強く握る女性。
「何て素晴らしいの!気に入ったわ!」
良かった。お気に召したのなら、直ぐに退散しよう。
「では、私はこれで。そちらは譲渡致します。」
「待ちなさい!」
え~、まだ何か?
「これは何処で手に入るの?!」
あ、入手経路か。目敏いね。
「市民区の北商工ギルドのマスターアーノをお尋ね下さい。そちらで入手出来ます。」
「そう、市民区ね。ギルドのアーノ。覚えたわ。」
「では。」
「待ちなさい!」
まだあんすか?勘弁して下さい。
「あなた、名は?」
「私は、ソーイチと申します。」
「ソーイチ?聞かないわね?」
「はい、伯爵様から招待された市民ですので。」
「ふ~ん、そう。」
また止められるのも癪だし、此方から聞くか。
「ご要望、御座いますでしょうか?」
「もう無いわ。行きなさいソーイチ。」
無いんかい!
「では、失礼します。」
退室する。鼻唄が聴こえるから、機嫌は良い筈だ。さて、テラスだが、
「ソーイチのH。」
目の前にいるし!
抱き締める。いや、捕まえる。
「駄目だよ。勝手にいなくなるな。」
「うん。ごめんなさい。」
「ビビにも言うんだよ。」
「うん、わかった。」
唇を重ねる。感触を味わう。良かった。見つかった。いなくなって心配した。
惚けるテラスをまた抱き締める。
「あのね、もう少しだけ、お願い。」
再びキスをする。何度も重ねる。求め会うように、絡ませる。
「戻ろう。」
「はい。」
俺とテラスは階下に降り、広間に移動した。
その後、人だかりから抜け出すビビに抱きつかれるテラス。お互いに謝罪をしていた。マリアも抜け出し、テラスを見て安心したのか、目に涙を溜めていた。テラスはマリアにも謝罪し、マリアは注意の後、抱擁した。
落ち着いた後だが、回りの状況。人だかりが出来ていた。
「貴様がそうか?先ずは私の妻から・・・。」
「何を言っておる。私の婚約者・・・。」
「ええい、私の妻が先だ!」
なんだこれ?
「あのね、テリーヌ夫人のアレンジが高評価もらって、貴族様達が同伴者にもしてもらおうと躍起になっているのよ。」
あ、やり過ぎたのね。俺とマリアは肩を竦めた。
「喝!!!!喧しいわ!!!」
フリード男爵の登場に貴族達が静かになった。やっぱり恐い、この人。
「ソーイチよ。良くやった。誉めてやる。」
「有り難きお言葉。」
咄嗟に貴族の礼をする。フリード男爵の上機嫌が良くわかる。だって、本人が此方に来たんだから。
「散れ!私はこの者と話がある。散れ!」
蜘蛛の子の様に散る貴族達。中々の発言力だ。恐怖心からかもしれないが。
テリーヌ夫人の側に向かう。女性陣に囲まれ、誉めちぎられていた。
「まぁ、ようやく来ましたわね。良くやりましたわ。誉めて差し上げます。」
「有り難きお言葉。」
さっきもやったな、これ。
「ふむ、美しいテリーヌを更に綺麗にするとは中々の逸材だ。」
うん、この流れはヤバイ。マリアも引き吊っている。
「どうだ、私に仕えぬか?」
やっぱりね。
「それは良いわね。そうしなさい。」
夫人もノリノリか。
断る。これは決定だが、どうしよう?半端な言葉で機嫌を損ねる訳にはいかないし、もしかしたら、アーノさんとケセト氏に迷惑がかかるかもしれない。ルフツ士爵はどうでもいいが。
「どうした?何故答えぬ?」
腹くくるか。真摯に対応すれば、俺達の希望もわかってくれるだろう。甘い考えだが、これしかない。
発言しようとした時だった。音楽が鳴り響き、周りを占領する。呆気に取られたが、貴族達は皆が同じ方向を向き頭を下げている。フリード男爵の苦渋の表情が衝撃的だ。
その方向。雛壇上。そこに綺羅美やかな男性が立っている。派手な装飾に身を包み、見るものを圧倒させる。
ボレナス・アス・リューア伯爵。
さあ、ここからが本番だ。
テラスの手を握り、ビビはテラスの手を離す事はなく、マリアは袖を握る。
一礼しながら、計画の最終段階に移行する。




