3-26 リューア伯爵邸晩餐会 その3
晩餐会当日。
慌ただしく準備する俺達。晩餐会は夜だが、下級貴族は早めの到着が習慣になっている。ルフツ士爵が夕方には馬車を準備するという。ならば、市民なら尚更だ。今回ばかりはルフツ士爵にタイミングを合わせてもらい、到着する事になった。
朝から準備に入る。俺は髪を整え、正装するだけだから余裕はあるが、女性陣はそうはいかない。ギルドの女性職員も少し手伝ってもらうが、場は戦場のように慌ただしい。
美容師ばりに見事なセットを次々と決めていくマリア。前世界では、美容師をやっていたのだから当たり前と言っていたが、その技量は高い。もしかすると、マリアのセンスの良さはここから来ているのかもしれない。今回のセットに光虹櫛を使っていた。マリアは、
「これのお陰で、余裕があるわ。」
の一言。セットに櫛1つで出来るのなら、効率も良いだろう。間違いなくこれもチートアイテムだ。
そして朗報。別行動をしていたケセト氏が戻った。急いで事情を話し、準備をする。急遽ケセト夫人にも手伝ってもらう。行水で汗を洗い流し、髪を整え、燕尾服を着せる。微調整は出来なかったが、この際気にしない。ケセト氏が持っていたアーノさん宛の書簡を渡し、中身を確認する。
「ケセト、お疲れさん。もう一頑張りだから、気張っておくれよ。」
「アーノ、後は任せた。支援は任せろ。」
燕尾服に身を包んだケセト氏が疲労も見せずに答える。逞しいよ。
また、ケセト氏は客人も連れて来ていた。隣にいたのは、若く貴族と思われる風貌の男性がいたので、アーノさんが彼にも事情を話した。彼もまた協力者なのだろう。
「申し訳ありません、慌ただしくて。ケセトからロイド様のお話はお聞きしました。これからよろしくお願いします。」
「ええ、期待しております。」
アーノさんの丁寧語が違和感しかないが、そのロイド貴族はそれなりの身分なのだろう。柔らかい物腰だが、眼には意思の強さを感じる。
「ふむ、素敵な衣装ですね。」
ロイド貴族が俺達の正装を吟味する。その眼差しは好感の他に、別の何かが混ざっているだろう。
「そう言って頂けると安心します。」
アーノさんも緊張していたのだろう。正装に評価をいただいたからか、表情が綻ぶ。
「私は後で向かいますので、貴女達も準備を急いでください。」
「お気遣いありがとうございます。」
ロイド貴族は微笑み退室する。女性職員が随伴していった。
緊張感が一気に緩和する。皆が大きな溜め息をついた。
「ありゃ、大物になるね。ケルト候も粋な計らいをするじゃないか。」
「それだけ、ヴェルケス中央区を重要視してくれたのだろう。俺は戻るとき馬車の中は生きた心地がしなかったよ。」
ケセト氏が冗談を交えるが、冗談になっていない。正直、俺も彼のオーラ的な何かに気圧されてた。彼の持つ意思の強さか何かだろう。マリアは準備で忙しく、会えなかったのが残念だ。
「さあ、急ぐよ。」
アーノさん、ケセト氏、俺は、各々準備を始めた。
★
準備終了の時に、ルフツ士爵の準備した馬車が到着した。二台あり、前車にアーノさん、マリア、ルフツ士爵。後車は残りの俺達が乗り込む事になった。
「おぉ、マリアさん!素敵ですよ!」
「ありがとうございます、ルフツ士爵。未熟者ではありますが、今回の随伴を努めさせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します。」
スカートを軽く摘まみ、貴族の礼をする。
マリア、違和感しかないぞ。
ルフツ士爵はマリアのエスコートに夢中だ。ケセト氏はアーノさんをエスコートする。まぁ、元貴族だし、この辺は任せられる。
では、大きな城壁の向こう側、中央区に行くとしますか。
俺は、素敵なテラスとビビの二人をエスコートし、馬車に乗り込んだ。
揺れが酷い馬車の乗り心地に尻が痛くなる。テラスは俺の膝に座り、空いた俺の隣にビビが移動し、僅かに尻を浮かせ空気椅子をしている。ケセト氏が微妙な表情になったが、ここはスルーさせてもらう。
「素敵なご婦人で羨ましい。」
ケセト氏が話しかけてきた。そういえば、ケセト氏とはそんなに話していないな。
「はい、私の自慢の妻達です。ケセトさんのご婦人も素敵な方ですよ。」
「そうですな。私には勿体ない位だ。」
感慨深く頷くケセト氏。元貴族とは、没落したという事だ。婦人も貴族の出身だろう。それでも没落したケセト氏に連れ添うのだから、婦人の愛を深さを感じられる。
「私は、貴方にお礼が言いたかったのだ。現体制のリューア伯爵の悪政に制裁出来る好機を作ってくれたのだ。感謝する。」
「いえ、私は多少の手伝いだけです。皆の努力があればこそですよ。」
頭を下げるケセト氏を止める。
「それに、まだ終わっていません。上手くいきましたら、祝杯をあげましょう。その時はご婦人も一緒に。」
「そう、ですな。まだ終わっていないな。自分の大仕事が終わって気が抜けてしまったようだ。私にはアーノの補佐が残っていたな。ありがとう。感謝は祝杯の時に妻とさせてもらう。」
「はい、美味しいお酒を飲みましょう。」
ケセト氏と固い握手をする。テラスがその握手に手を添え、ビビも続く。
「折角ですので、中央区やリューア伯爵、貴族達のお話を聞かせていただけませんか?」
「ん、構わないが、気になることでもあるのか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが。」
懸念はある。中央区に入れば敵地のようなものだ。少しでも、常識的、且つ現実的な知識は欲しい。
「そうだな、時間はないが、少し話そう。」
俺にはありがたい話だ。しっかり聞かせてもらおう。
歴史的には古い街のヴェルケスだが、交易都市になったのは最近のようだ。
人が増え始め、アーノさんが中心となって市民を切り盛りをし、活気が増した時、リューア伯爵の悪政によって力を削がれる形になった。だが、アーノさんはそれでも街を大きくし、市民区を作った。納税が増えた事もあり、ケセト氏はリューア伯爵に悪政の撤廃と、交易促進を進言したところ、リューア伯爵の怒りを買ったようだ。
結果は強制辞職という形になった。永代ではなく、名誉爵位だったケセト氏は爵位の剥奪。罪状は上級貴族への不敬罪だという。ケセト氏は人身御供にされた。それから、他の貴族達は反論をしなくなったという。
交易の独占権、関税に土地税、リューア伯爵はやりたい放題になった。土地税の減収にならないように、下級貴族を着任させたものの、人数は最小限。中央区には進言出来ない立場だ。
人口制御を行うような政策たが、アーノさんの働きが、人口飽和を生んだのは皮肉な話だ。税収も増えるのだから、リューア伯爵も放置したのだろう。まだまだ引っ掛かりはあるが。
「この事をケルト候爵に進言されなかったのは何故ですか?」
「リューア伯爵の悪政だけでは動いてもらえないと思ったからだ。なにぶん市民は増えているのだから、悪政しているようには見えない。裏ではきな臭い話が飛び交っているのは、想像に容易い。だからこそ、市民区が鍵となる何かが必要だったのだ。」
「市民区の有用性ですか?」
「そうだな。中央区ではない、市民区での交易の有用の確立が必須と考えたのだ。」
ケルト候爵はヴェルケスの内情を知らないだろう。いや、知っていても機能していれば、多少の事は目を瞑るのかもしれない。
「正直、リューア伯爵がどんな手を使うかが問題だな。確実に何かを仕掛けるだろう。」
「私達は市民ですからね。ケセトさんの話を聞くと手立てはありませんね。」
結構な強引策でも、周りの貴族が黙認ならば、市民の命は軽いだろう。
「そういえば、一緒に来られたロイド様は?」
「あぁ、ロイド男爵は後見人だ。ケルト候爵が使わしてくれたのだ。晩餐会の出席ではなくとも、これで中央区の内情は知ってくれる事になるはずだ。」
「ロイド男爵は戦力ではない?」
「我々の、ではない。だが、敵でもない。」
ケセト氏は信用しているようだ。考えがあるのだろう。ロイド男爵の出現は計画には無い。アーノさんも敵対していないようだし、ここは様子見するとしよう。
★
中央区北門。高い城壁が行く手を阻む。交易用の小さな門があり、兵士数名が門を警護をする。
「北区財政担当ルフツ士爵である。リューア伯爵の招待を受けた。通してもらう。」
「書状を拝見させて頂きます。」
紹介状を見せるルフツ士爵。人数を確認し、馬車を調べ始めた。
「時間が惜しい。通してもらうぞ。」
「はい、どうぞ。」
ルフツ士爵は多少強引だが通門した。時間が惜しいのもあるが、マリアがいるのだ。格好悪い所は見せられないだろう。がんばれ。
中央区。閑静な住宅街。市民区にはない歴史の趣を感じる建物が並ぶ。石造りの建物が目立つが、なかには木材建築もある。どのような造り方なのか、なかなかに興味がそそられる。
大通りを通り、違和感を感じる。それはすぐに気がつく。大通りなのに人がいない。通行人がいないのだ。それに、店が無い。
「これは?」
ケセト氏に尋ねる。
「あぁ、外出禁止令でも出したのだろう。今日の市民は家屋で仕事しか出来ないだろうな。」
「それは当たり前の事なのですか?」
「リューア伯爵の気まぐれだよ。市民も馴れたものだ。」
「これでは、不満が溜まりませんか?」
「悪政は今に始まった訳ではない。余裕の生活が出来るなら、市民もリューア伯爵に逆らう事はしない。」
この言葉に俺は恐怖を感じた。ケセト氏も、中央区の市民も、自分とのあまりにも違う価値観がまかり通っている。
ー 常識を棄てなさい。 ー
マリアの言葉が頭に過る。
確かに、俺の常識は前世界のものだ。郷に入っては郷に従え、の言葉もあるだろう。これが中央区の現実だ。この生活で不満がないなら、俺の憤りは要らないものだ。
そして考える。アーノさんの本当の狙い。街を守る意味。
手が震える。武者震い?いや、違うな。
止まらない手の震えに、テラスとビビが手を握ってくる。二人は微笑みをくれる。
「本当に素晴らしいご婦人で羨ましい。」
ケセト氏の言葉に我に帰る。
「はい、自慢の妻達ですから。」
俺は二人の手を握り返し、勇気を表す。
大丈夫。もう大丈夫だ。
二人に微笑み、俺の意識はリューア伯爵邸、中心の砦居城に意識を向けた。




