3-24 リューア伯爵邸晩餐会 その1
一週間後。
商工ギルドにお客さんが来た。身なりは質素だが、清潔感のある女性。白のブラウスに、白のロングスカート。佇まいから察するに、貴族の関係者だろう。ギルドカウンターで、アーノを呼んでいる。
「私は、リューア伯爵様の使いの者です。リューア伯爵様の命により、マスターアーノ氏に伝言があります。お取り継ぎをお願いいたします。」
「はい、身分を証明できる物は御座いますか?」
ギルド受付嬢が対応をしている。貴族とはいえ、身分証明は必要だろう。
「此方でよろしいでしょうか?」
見せたのは、書簡。封印が施され、リューア伯爵家の紋章印が印されている。
「確かに伯爵様の紋章ですね。只今お呼びいたしますので、少々お待ちください。」
雑多なカウンターフロアがどよめく。貴族、それも太守のリューア伯爵の使いが来たのだ。市民は我先行動を止め、リューア伯爵の従者に視線を集める。
「お取り継ぎ、完了いたしました。マスターアーノがお呼びしておりますので、マスタールームにご案内致します。」
「素早い対処に感謝致します。」
受付嬢が女性をマスタールームまで案内する。
案内されたマスタールームには、アーノさん、マリア、俺の3人がいる。アーノさんやマリアは在中だが、俺はすぐに駆けつけられるように、工房で待機していた。暇潰しに、オリーブヤシのボディオイルを造っていた。作業が簡単だから、テラスにも手伝ってもらっている。ビビは鍛練だ。
「さて、用件はなんだい?」
リューア伯爵の従者に問い掛けるアーノさん。表情は微笑んでいるが、眼が笑っていない。
「はい、リューア伯爵からこれを届けに参りました。」
書簡を渡す従者。
「内容の確認をお願いします。」
封印を解き、内容を確認する。怪訝な表情が、内容を表す。
アーノさんが、俺に書簡を投げ渡す。「確認しな」と言わんばかりに目線を合わせる。
「あんたは内容を知っているのかい?」
「私は内容は知りません。マスターアーノが内容の確認後、返事を聞くのを使わされただけです。」
「そうかい。」
ため息1つ、長考するアーノさん。計画通りだが、何か問題点でもあったのか?
渡された書簡を確認する。
ー アーノに、我がリューア伯が主催する晩餐に招待する。日時は一週間後。リューア伯邸に来られたし。 ヴェルケス市太守 ボレナス・アス・リューア伯爵 ー
晩餐会か。悪くないと思うが。
「わかったよ。伯爵に承諾したと伝えな。」
「わかりました。」
「私らは5人で行くのも伝えておくれ。内容には私の名前しか書いてなかったが、他にマリア、ソーイチ、ルフツ、ケセトを連れていくから、その紹介状も寄越しておくれ。」
「マリア様、ソーイチ様、ルフツ様、ケセト様ですね。わかりました、お伝え致します。」
一礼をして、退室する従者。緊張感からの開放。周りは安堵の息が聞こえる。
やっぱり緊張するんだな。伯爵の従者ってだけなんだがな。
「餌には、食いついたね。最初は雑多貴族の相手を考えていたんだがね、初っぱなから主役が出るのは考えてなかったよ。」
どうやらアーノさんも肝を冷したようだ。開放感からか眼力が弛む。
「そうね、私もびっくりしたもの。」
マリアは疲労感を漂わせる。緊張感で疲れたのかもしれない。
「ですが、計画通りですね。リューア伯爵との面会が出来ますよ。」
「だと良いんだがね・・・。」
懸念があるのか、アーノさんは渋い顔をする。
「さて、あれこれ考えるのは後にしよう。やることあるから手伝いな。」
アーノさんの力強い声が安堵感を中和する。また、緊張感が拡がり始めた。
「マリアはルフツに連絡。それが終わったら他のギルドマスターにも連絡だよ。一応警戒は促しな。ルフツからは中央区の情報を聞いてきな。」
「わかったわ。」
因みにルフツは北の市民区の財政担当者であり、士爵の下級貴族だ。たが、仕事はアーノさんからも一目置くという。
「ソーイチには、そうさね、・・・身なりを整えようか。貴族の晩餐にその格好はよくないね。一般従者の格好位は準備しようか。」
はい!外見キマシタ!見た目8割、貴族は10割ってか!やんなるぜ!
「そんな顔しなさんな。あんたは十分やったよ。グラスや櫛を作ったじゃないか。」
そうだけどさ、なんかさ、やりきれないよね。マリアは腹抱えて声殺して笑っているし。チクショウメッ!
「マリアに準備させるから、それまでゆっくりしてな。あんたの勘も頼りにしてるよ。」
「あ、はい・・・。」
見た目はしょうがない。マリアのセンスに期待しよう。
「任せなさい!マシにはするから!ふふふ。」
はいはい、お願いしますよ。
脱力のなか、アーノさんとマリアの笑い声だけは、部屋の雰囲気を明るくしていた。
★
次の日、晩餐会の準備を始めた。
マリアの協力で、服を仕立てる事になったが、肝心の布が無い。布が貴重品だったのを忘れていた。マリアも、中古の服では貴族達に失礼と考え、探してはくれたが、良い布が手に入らなかった。
俺とマリアでどうしようかと考えていた時に、思わぬ動きがあった。
商工ギルド、マスタールーム。
「晩餐会でマリアさんを伴にしていただけるなら、布をお渡ししますよ。」
それはルフツ士爵の言葉だった。
晩餐会の招待を承けたルフツ士爵が、アーノさんに詳細を聞きに来ていた。
「私も爵位の身ですが、随伴がいないのですよ。そこでマリアさんをお誘いしたいと思うのですよ。」
貴族も大変だな。体裁も考えなければいけないのか。まあ、随伴がいないのは嘘だろうが。
「私は構わないが、マリアはどうだい?」
「いや、それって、伴侶の意味でしょ?無理無理!私みたいな行き遅れに務まらないわよ。」
行き遅れ?見た目20代で遅れているのか?
「いえ、マリアさんこそ相応しいのですよ。貴族と市民が手を取り合うのも、意識を変える一手になると思うのですよ。伴侶ではなく、お付き合いしていると、回りに紹介すれば良いのです。」
「でも、・・・。」
困惑するマリア。視線を此方にチラチラと向けるが、何を期待しているのか。
「私みたいな下級が晩餐会に出席ですからね、マリアさんが隣にいてくれれば、私としても鼻が高いというものです。」
必死だな、ルフツ士爵。体裁か、マリアか、いや、両方か?それ位の気概がなければ、貴族なんかやれないってもんだ。
「それに申し訳ないが、マスターアーノの随伴は、貴族としては出来ないのですよ。体面がありますからね。」
確かに、市民の随伴に貴族とか。冒険ならまだしも、晩餐会では笑い者になるな。
「なるほどね。ルフツ士爵とマリアが抜けた席に誰かを入れれば、私の戦力も上がるか。そういう意味でも良い策だね。」
アーノさんは賛成派のようだ。
「待って!ちょっと待って!」
マリアは必死に抵抗するが、当の二人は聞き流している。なんだろう、3人別々の思惑がひしめき合う様は、見ている分には楽しいな。確かこういうゲームあったな。
「ちょっと!あんたも何とか言いなさいよ!」
俺に振るな。いやいや、俺は傍観させてもらうよ。
「そう言われてもな?うん、どうだろう?」
曖昧な返事をする。せっかくだからこの場は流れに任せよう。
「裏切り者!」
表現が古い。というか裏切ってはいない。傍観しているだけだ。
「さて、マリアはルフツ士爵の同伴として、空いた席はどうしようかね?他のギルドマスターにでもしようかね?」
「決定なの?!」
「諦めろ。これも運命だ。」
心の中で笑う。ま、顔に出てるだろうが、別に気にしない。見た目微妙者の反撃と思ってくれ。
「ムカつく!いいわ、だったら私からの条件もあるわ。空いた席は、テラスちゃんとビビさんに入ってもらうから!」
待て待て待て!テラスとビビを貴族に紹介する気はないぞ!
「ルフツ士爵は6人分の上等な布を準備して!正装を新調するから!あんたは私の助手!これならどう?!」
「いや、待って、テラスとビビは・・・。」
「どうだい?準備出来るかい?」
「構いませんよ。マリアさんの頼みなら。」
話を進めるアーノさんとルフツ士爵。
くそッ!聞いちゃいねぇ。更に反撃を喰らっちまった。傍観のバチか?
「なら直ぐに用意して。型紙作成に、縫製、彩飾、時間が無いわ!」
「6人分の正装?参加は7人だぞ?」
引っ掛かった疑問。マリアに問う。
「私とおばあちゃん、あんたとテラスちゃんとビビさん、あとケセトさんよ。ケセトさんの実寸は出来ないかもだけど、持ってる服で代用するわ。」
あ、ルフツ士爵が唖然としてる。まあ、マリアの新調服から溢れたからな。
「何?ルフツ士爵は私と同伴があるでしょ?充分じゃない。それに正装位は持っているんだから良いでしょ。」
「そ、そうですね。はい、同伴していただけるなら、構いません。布は明日で良いですか?」
「ええ、良いわ。沢山持ってきてね。余った布も後日にちゃんと使うから。」
「はい、では、私は、これで・・・。」
肩を落とし退室するルフツ士爵。最後の最後に傷を負ってしまったようだ。
哀れ、ルフツ士爵。同情するよ。
「さ、時間が無いわ!実寸するからテラスちゃんとビビさんに声をかけて。」
同伴の条件に布を大量獲得が、マリアにとっての落としどころなのだろう。いやはや、貴女も逞しいよ。
今回のゲームはアーノさんの圧勝で終わった。彼女だけ、一切ダメージ無く、更に戦力増強、布や正装の獲得。いやはや、これが年季の成せる技なのだろう。参りました。
俺はこの展開に苦笑するしかなかった。




