3-23 のんびりしよう その2
商工ギルド、マスタールームにいる。テーブルにはロックグラスが2つ。クリアのグラスは琥珀色に揺めき輝く。一口含み味わう。濃厚な味わいが舌を焼き、喉が熱くなる。強いアルコール臭の薫りが鼻を突き刺す。
ブランデー?
果実の蒸留酒。深い味わいと、強いアルコールが特長の酒だ。旨い。俺は一気に煽る。喉を焼きながら、落ちていく。胃が熱い。
「良い飲みっぷりだねぇ。」
アーノさんが、微笑みながら俺の飲みっぷりを観賞する。
「旨い酒ですね。」
まだ熱い。熱が頭に昇ってくる。
「そりゃそうさ。秘蔵の一本さね。」
指で酒瓶を弾く。価値のあるのは、アーノさんの表情でわかる。蒸留製法は珍しいかもしれないし、次はゆっくり味わおう。
夜、アーノさんからのお誘いを受けた。ゆっくり話がしたいそうだ。市民区で一番忙しい人が、一番余裕にくつろいでいる。いやはや逞しい。
雑談は、アーノさんのブランデー入手から始まり、苦労話や市民区の現状を話す。
市民区。交易都市ヴェルケスの廻りに出来た街。元々戦争前は技師や鍛冶師、農従が住む砦下町だったようだ。ここまで大きな賑わいでは無く、ヴェルケスと連携をとりながら、生活をしていた。それは幸せだったそうだ。
「私はね、戦争が嫌いさ。」
戦争を目の当たりにした人の言葉は、重く痛い。それは凄惨な光景を、悲惨な日々を過ごしたからこそ出る言葉だ。
「けど私は、これから争いをしようとしている。おかしな話だねぇ。」
苦笑を表し、ブランデーを飲む。
「これからやる争いは、戦争ではありませんよ。」
フォローとしては弱い。だが、かける言葉が見つからない。
現在の市民区は人口の飽和状態が進んでいる。市民区担当貴族の交易と、ギルドの運営で、中央区の人口の5倍にも膨れているらしい。今の所、戦争後の初期対応で、食料は自給自足しているから、荒事はないが、もし、その食料まで税金がかかるようになれば暴動がおきるだろう。中央区にいる貴族の悪政が引き金にもなる。アーノさんはそれを懸念していた。
「今の賑わいは綱渡りさ。何かのきっかけで躓く恐れがあるよ。最悪、武力解決に発展する事になるかもしれない。貴族は私達を雑草と見ているだろうしね。」
君主制あるあるだな。民あっての君主なのに、民の存在を蔑ろにする。その末路は、悲惨な結果が多い。
「私はね、ただ、ヴェルケスを守りたいだけなんだ。市民が笑い、楽しく働き、貴族も市民を守り、物事を循環させる。ただ、それだけなんだ。」
現在のヴェルケスの市民区には貴族介入が無い。ある意味民主主義で良いが、王国、ケルト領としては異例の存在だ。驚異にすらなり得る。中央区の貴族達が、市民区の重要性を認知しなければ、未来は無いだろう。市民区貴族の話では、せっかくの土地税はリューア伯爵の懐に入り、有効活用はされていない。財源にもなっているのに、雑草とはね。
「上手くいくと思うかい?」
不安はある。だが、賽は投げられた。後は走るしかない。
「いきますよ。アーノさんは一人ではありません。沢山の人が頑張っているのです。俺達も頑張りますよ。」
「捻りのない返しだね。でも、ありがとうよ。」
グラスにブランデーを注ぎ、乾杯をする。ヴェルケスの未来に。
★
「以前の常識は棄ててしまいなさい。」
マリアの言葉だ。疑問はマリアに聞くのが一番楽だからだ。
次の日の昼間、居住区のリビングで暇してたマリアにこの世界の常識を教えてもらっていた。ワインをロックグラスに注いでいる。
「感性?ん、と、思考の方向が違うのよ。」
ヴェルケス市の疑問。沢山ありすぎて混乱する。食料、関税、貴族と市民、戦争、交易、まだまだあるぞ。だが、市民は賑やかに生活をしている。
「食べ物の豊富からかもしれないけど、不満が少ないのよね。飢餓は聞いた事がないし。」
ヴェルケスが特殊だと思うが。
「貴族の介入がないから、権限行使もあまりないし。」
「関税はどうしてだ?」
「関税は、貴族が仕事で行商をやっているからよ。市民が流通をやるようになると、貴族側には美味しくないからじゃないかな。」
なるほど、富を得やすい交易を市民に取らせない為か。そして生活が一定基準で出来るから、市民の不満も少ないという事か。
「感性の話は?」
「そうね、何て言えばいいかしら。簡単にいえば、欲が少ないから?かしらね。」
「うん、わからん。」
「生きるに必要な、衣食住に多少の余裕があれば満足しちゃうのよね。」
欲が少ないか。気性が穏やかなのか?それとも、今までの歴史がそうさせたのか?
「戦争や災害とか、人の驚異って頻発してるか?」
「ううん、逆に無い。80年前?の戦争も、そうとう珍しい物みたいよ。」
「あれ?ドズワン帝国と戦争しているんじゃなかったか?」
聞いた話ではそうだよな?
「膠着状態みたいよ。あれから侵攻も迎撃も聞いた事がないわ。」
「情報が入らない?」
「そう、ね。入らないわ。流通、情報は貴族の特権なのかもしれないわね。」
なるほど。
「武器や防具は何の為にあるんだ?」
「自己防衛かしらね。獣、んとね、魔獣討伐がメインかな。兵士はそれの迎撃が仕事だし。」
「驚異じゃないのか?」
「兵士には驚異かもね。でも、自慢話しか聞かないし、そうでもないのかもね。」
熊とか猪とか、明らかに魔獣レベルの奴等は倒したが、魔?なのか?
「これは時間が足りないな。」
「ん?何が?」
「お勉強。」
きりがない。疑問がどんどん増えてしまう。アーノさんの事もあるし、知識を入れようと思ったが、これは膨大になりそうだ。気持ちを切り替えた方が良いな。
「一般常識を手に入れるだけと思ったが、なかなかに難航しそうだ。整理がついたらまた質問したいけど良いか?」
「構わないわよ。質問は終わり?なら、次は私が質問するわ。」
あれ、何故に?
「あの七色の櫛、作った理由を教えて。」
気にしてるし。
「マリアの自信になると思ったんだよ。」
「だからって、あんな作り方、尋常じゃなかったわ!」
ん、どういう事だ?確かに没頭はしたが、大した事はないはずだが?
「尋常って、二徹位は大した事はないだろ?」
「普通ならそうだけど、あんたのそれは、命を消耗させながら作っていたようにしか見えなかったわ。凄く恐かった。単なる櫛作りが、あんな大事とは思わなかった。」
「マジで言ってる?」
「馬鹿!」
耳が痛い。マリアの大声が辺りに響く。
「ん、ごめん。」
素直に謝る。マリアの声は心配の声だ。
「わ、わかればいいのよ。」
不貞腐れながらそっぽを向く。
「まあ、なんだ、ちょっとばかりの本気がこんなになったみたいだな。自重するよ。」
「そうしてよね。心臓に悪いわ。」
怒ってはいるが、許してくれたようだ。
「でも、マリアも自重は必要だな。」
「は?何が?」
やっぱり気がついていない。
「マリアの能力だよ。」
「私にはチートは無いわよ?」
「あるよ。間違いなく。」
とりあえず説明するか。
「マリアの能力は、鑑定だよ。しかも、暫定的ではなく、志向的な物さ。」
「へ?何それ?」
「つまり・・・。」
説明する。マリアの鑑定は見た物の価値を知る能力。だが、それだけではない。見た物の価値を知る、これが大概なのだ。マリア渾身のデザインは価値としても高いだろう。いや、高いのだ。鑑定能力がそうさせるのだ。満足する高い価値の櫛のデザイン、そして俺が創った。デザインの価値を壊さないように。結果が光虹櫛だ。
「つまり、私が心から満足するデザインをした物は、光虹櫛みたいになるって事?」
「マリアのデザインを壊さなければだ。職人の技量もあるから、今まで目立たなかったのかもしれないな。」
「皮肉にしか聞こえない。」
確かにな。折角の鑑定を利用したデザインも、職人の技量が低ければ、価値が下がる。マリアも気が付かない。また、鑑定は無意識で行っているようだから、それも原因だろう。
「まだあるぞ。」
「へ?」
多分だが、本質理解もある。透過ではない。これも無意識だろう。
「マリアは、視る、に特化した能力だ。見える物は誤魔化せないと思うぞ。」
「何それ・・・。」
絶賛絶句中のマリア。呆けているが、今は脳内思考がフル回転だろう。リアクションが大きいから、こっちも見てて楽しくなる。アーノさんが、マリアをよくからかうのは、これが楽しいからだ。
「そこで、マリアの鑑定で見た光虹櫛はどうだった?」
「え?あ、うん。素で言うわよ。信じないと思ったから言わなかったけど、あれ、伝説級よ。金銭価値はないわ。いえ、つけられないの。」
来ました伝説級。封印決定。量産したらえらい事になる。
「因みに、付与ってあるか?」
俺が付与を創る事も出来るが、今回はしていない。マリアの能力か、別の何かが働いたかを知りたい。
「多分で良い?私自身が信じていないからだけなんだけどね、巣立、平和、豊穣、回復、加護、だったかな?まだあったと思うけど、もう一度視ればわかると思う。」
やっぱり付与があったか。聖杯ならぬ聖櫛になりそうだ。たが、平和的で安心した。
「あんたが作ったんでしょ?」
「いや、俺だけではなく、俺達が創ったんだよ。」
それは間違いない。工程がそれを物語る。
「そっか、鑑定か、なんか、ちょっと納得した。」
過去の事を思い返したのだろう。爽やか?晴れやかな表情だ。
「ゲームだったら微妙スキルだけど、現実ならかなり有用よね?あ、戦闘では無理?いや、弱点とかもわかるかしら?でも、戦闘出来る?うん、無理。でも、そもそも戦闘なんて無いし・・・。」
見てて面白い。一人言を言いながら、表情をコロコロ変えるその姿は、面白い!が一番の適切表現だ。
ワインを飲みながら、その光景を楽しむ事にした。




