3-6 北部村 その1
なにやら、圧迫感がある。暖かく柔らかく良い香り。夜明け少し前に目覚めた。地面に布を敷いただけの寝床。仰向けで寝ている俺の上に、テラスが寝ていた。仰向けで・・・。
器用な・・・
テラスの寝姿に少し呆れながらも、頭を撫でる。今回は服を着ていたので、安堵した。
ビビは右懐にいた。丸くなっている。
起きようと思ったが、体が動かせない。動けばテラスを起こしてしまう。なので、この状況を日が昇るまで堪能する事にした。
★
寝床が固かったからか、身体の所々が軋む痛みを出す。そこはストレッチで身体をほぐして緩和させる。
朝の体操、鍛練をビビと軽く流し、身体を目覚めさせる。今回は無限保管から風呂を出せないために入れない。だから、軽く流すだけにした。
朝食は無限保管から保存食を取り出し、それを噛み締める。腹を満たすには少しばかり足りないが、我慢しよう。
テラスは満足しているようだが、ビビはというと、やはりというか何て言うか、表情は隠しているが、尻尾で不足と訴えていた。
俺の保存食を分けようとしたが、頑なに拒否をされてしまった。次はしっかりとした朝食にしようと心に決めた。
さて、朝の準備も終わり、いざ、集落へ!
麦に囲われた街道を進む事にする。荷車も無限保管から出し移動する。距離的にも、昼位には到着するだろう。地面に寝たせいか、身体中の節々がまだ痛いが、目的地に期待を膨らませ集落へと向かった。
途中で人とすれ違う。男性、年配、麦わら帽子、質素な服装。集落の人だろう。仕事に向かう途中と思う。
「こんにちわ。」
「おぉ、こんづわ。」(こんにちわ)
笑顔で答えてくれた。印象は悪くないようだ。ご年配はそのまま仕事に向かったが、言葉も通じるし、これなら交流もなんとかなるだろう。
お日様が天辺間近になる頃、俺達は集落にたどり着いた。
集落は塀や柵等に覆われるから事なく、すんなりと入る事が出来た。
この集落はとても簡素な家の集まりだ。木と石の簡単な家。壁は土壁だろう。煙突から煙が立ち上っている。そのまま中に進み、集落の中央には、広場もあったので、そこで辺りを見回す。
質素だけど、生活には困らない感じだな。
俺はこの喉かな風景に安堵する。正直、クコ村の切迫が当たり前なのかもと思った時もあったが、実際は違うようだ。多少だが、人の目が気になるのは、俺達が余所者だからだろう。
さて、これからどうしよう・・・。
考えている時、一人の幼女が声をかけてきた。
「だ、れ?」
「旅の人だよ。」
「た、び?」
「そうだよ。」
俺は笑顔で答える。
そうだな・・・
無限保管にしまっていた、道中で造った竹トンボならぬ木とんぼを取り出し、それを飛ばす。くるくると回りながら空を飛ぶ木とんぼを、幼女はポテポテと追いかけていった。
落ちた木とんぼを拾い、戻ってくる。
「もっかい。」(もう一回)
「良いよ。」
また飛ばす。拾って戻る。飛ばす。テラスさんも追いかける。拾って戻る。繰り返す度に、幼児が増えていった。
「つぎはぼくがひろう!」
「あたしやる!」
「もっともっと!」
楽しいのだろう。俺は無限保管にある木とんぼを数個を渡し、遊ばせる。持っていない子の為に、木片を削り、木とんぼを急いで造る。道具はあるから、直ぐに完成する。全員に渡ると、楽しく遊んでいた。勿論、テラスにも渡してある。
「にぐじゃのぅ。」(賑やかじゃのぅ)
年配の男性が近づいて来た。その表情はにこやかだ。
「初めまして。」
なまりか?意味はわかるけど。
「童っ子がこんなはしゃごで、えぇのぅ。」
「楽しんでもらえて、良かったです。」
俺も満更じゃない。
「こげな場所さ何用さべ?」
「いえ、旅の途中でして、立ち寄らせていただきました。」
「旅の者かい?そりゃものいのぅ。」(珍しいの)
珍しいのか?
「この村の先には、何がありますか?」
「大きな街じゃて。バルケス言うのがあぞ。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「いんやいんや、童っ子ば喜ばしってくれたすな。」
笑顔の年配。気が付くと、年配の女性がお茶をくれた。
「あんがとな。」
「こちらこそ、ありがとうございます。」
交流は良い。緊張の糸が切れたかのように、俺はこの和やかな雰囲気に埋もれた。
★
この村はバルケスの北の村であり、バルケス市に統治されている。村人は農奴ではなく、農従というらしい。税の麦や畜産を支払う代わりに、衣食住を保障しているとか。
やるな、バルケス市。
また、土地の開墾して税を10年納めれば、土地の所有者になるという。
墾田永年?みたいな物か?
年配方の会話から、様々な情報を聞き出す。常識的な事、治安、気候等。因みに、甘い調味料を聞いてみると、蜂蜜と樹蜜、麦芽糖があるとの事だが、あまり出回っていないようだ。
よしよし、黒糖は間違っていなかった。いや、見つけたテラスのおかげか。
また、ビビにはフードを被せている。獣人の価値観を確認するためだ。ここでも畏怖の存在なら、却って身分は隠したほうが良いと思ったからだ。
だが、この集落では、獣人は畏怖の存在ではないようだ。フードを外し、顔を出すビビ。
「たまげたなぁー、こないなべぴんさこさえたか~。」
そうだね、ビビは美人だよ。首を傾げるビビ。ことばが通じていないようだ。
さて、時間も昼頃だったか、昼食をご馳走された。村人が集まり、皆で食べる。固いパンと麦のミルク粥だった。野菜もしっかり入っていたのが嬉しかった。最近は肉しか食べていなかったからだ。テラスは満足しているようだが、ビビは肉が入っていないのが物足りなさそうだ。だが、しっかり食べている。
野菜も大事だよ。
大地の恵みに感謝をしながら、俺は美味しく頂いた。
★
昼食後に一人の若者が、木とんぼを不思議そうに見ている。
「これ、面白な。初めてみたん。」
「そうですか?」
竹トンボならぬ、木とんぼは気になっているようだ。
「あんたは、何しと人じゃ?」
「私は、鍛治師ですが、木工細工も作っているのですよ。」
「鍛冶屋!そらすごえ!」
すごいのか?
「なら、農具ば直す事もできるだか?」
「出来ますが、状態にもよりますよ?」
多少ならば直せるが、ヒビや折れは窯がなければ直せない。
「見てもらてえが?」
「はい、良いですよ。」
昼食をご馳走になったのだ。恩義を返すのは当然だろう。少しは力になりたい。
若者が持ってきた農具は、鎌だった。錆があり、刃も欠けている。だがそれ以前に、鉄の品質が悪い。これでは直ぐに壊れてしまう。
「村にも鍛冶屋ばいんが、鉄が悪ての。すぐ壊れん。」
「鉄が悪いのは?」
「んだど、市から屑を安うもらてるからな。」
成る程。屑鉄の再利用か。だが、製鉄を工夫すれば・・・。
「これは、設備が必要ですね。鍛冶屋さんとお話ししたいのですが、紹介してもらっても宜しいですか?」
「あぁ、いんぞ。こちだ。」
ついていく前にテラスとビビに事の顛末を話す。テラスは村の女性達と会話を楽しむみたいだ。ビビにテラスをお願いする。
俺は若者を追う。場所は鍛冶屋の家だった。金属を叩く音が聞こえる。
「ゴッゾ?いいが?」
「なんぞ~!?」
一人の男がいる。中年でガチムチ。金槌片手にこちらに来る。
「鍛治師さん連れて来たど。」
「そが~!」
手を止め、俺をまじまじと見る。視線が痛い。
「初めまして。私はソーイチといいます。」
「おらぁ、ゴッソだ。」
握手をする。かなりの握力だ。だが、それ以上に、手の荒れが酷い。だがそれは彼の努力を教える。
「難儀してるみたいですね?」
鎌を見ながら、ゴッソさんと会話する。
「んだ、屑鉄だがな。真鉄なら市が使うかの。」
頭をむしり掻きながら、怪訝な顔をする。
「仕事場を見せてもらっても宜しいですか?」
「いんぞ。」
俺は仕事場を見せてもらった。
ふむふむ、窯は、使えるな。だけど鋳造は・・・無理か。
「薬品とかありますか?」
「んなの、ねよ!」
・・・無いのね。仕方ないか。
「他にも屑鉄のとかありますか?使えなくなった農具とかですが?」
「あっぞ、裏だ!」
裏手には、大漁の壊れた農具があった。錆びも酷いが・・・、これだけあれば。
「何とかなるかもしれません。仕事場をお借りしても宜しいですか?」
「屑鉄ば、使うがか?」
「はい、これだけあれば、かなりの数を直せますよ。」
「ほんとが!?」
ゴッソが眼を見開き驚いている。
「はい。お手伝いをお願いしても宜しいですか?」
「あ、あぁ、勿論だ。」
俺の仕事をゴッソさんにも見てもらって、これからも頑張ってもらおう。いや、チート使えば一瞬だが、それでお仕舞いだ。これからの事も考えないと。
「さて、やりますか。」
久々の製鉄だ。腕が鳴る。




