2-12 ビビの困惑
朝からビビの様子がおかしかった。
日の出の鐘の音が、微かに聞こえる。眠りから覚める俺は、ゆっくりと目を空ける。
充実した1日を過ごしたからか、目覚めが良い。左腕にはいつものようにテラスが絡み付く。柔らかさかとても良い。左手はふとももに挟まれている。軽くフニフニと揉み、感触を楽しむ。
右脇にはビビが寄り添いながら、丸くなって寝ている。寝息が少しこそばゆい。頭を軽く撫でると、耳がピクピクと動く。
テラスの拘束を優しく解き、体を一伸び。
さて、頑張りますか。
いつもはビビが朝の支度をしてくれているが、寝ているし、今日は俺がしよう。
起こさないように、ゆっくりと体を起こす。
河原で火を焚き、罠にかかっている魚を採る。人数分を捌いて、串に刺して焼く。
空いている時間に、手頃な黒石を拾い、無限保管に入れる。
ちょっとした木材で櫛を造る。シンプルな半月櫛だ。見た目は地味だが、機能は良い。道具や材料が集まったら、もう少し懲りたい。
駆け足?誰かが近づいてくる。音の方に向くと、ビビが慌てて此方に来た。
「申し訳ありません!」
「おはよう。」
「あの、その。」
「おはよう。」
「は、はい、おはようございます。」
「んで、どうしたの?」
「は、はい、朝の寝坊をしてしまいまして、支度までしていただきまして・・・」
ん、ばつが悪いのか?
「昨日は楽しかったから、微睡んだんじゃない?気にしなくて良いよ。」
「ですが・・・」
「良いって。今からテラスを起こしに行くから、魚を見てて。」
「はい・・・、わかりました。」
ん、元気ないな?失敗したと思っているのか?
「んじゃぁ、よろしく。」
俺は、ビビに魚を任せ、テラスを起こしに行く。
スリーピングビューティーがいる・・・。
テラスが裸で寝るのはデフォだ。いや、寝付く時は、服を着ているんだが、寝ながら脱いでいるみたいだ。
朝から眼福だ。
頬にキスをして、軽く頭を撫でる。
「テラス、おはよう。」
「うん・・・、うん、おはよう?ソーイチ?」
「朝だよ。」
「うん?・・・うん、おはよう。」
寝ぼけている。
「ご飯を食べよう。」
「うん、ん。」
軽く唇にキスをする。
「えへへ、着替えるね。」
「あぁ、外で待ってるよ。」
二人で、焚き火の所に向かう。
★
「焦げてるね。」
「これくらいは大した事じゃない。」
「申し訳ありません・・・。」
ビビが、魚を焦がしてしまった。俺達が来たとき、呆けていたのが原因だろうか。ビビは小さくなっている。
大した事ではないし、美味しくいただこう。
失敗に恐縮しているのか、ビビの食が少ない。いつもの半分も食べていない。
「ビビ、どうした?」
俺は、気になった。ミスは誰にでもある。責任感の強いビビでも、ミスはするだろう。俺としては、ミスしたとは思っていないが。
「いえ、なんでも、ありません・・・。」
「ん?そうか?」
元気ないな。
「風邪とかひいたか?体調悪いとか?」
「い、いえ、大丈夫です。心配おかけして、申し訳ございません!」
「そうか?ならいいんだが。」
ビビはいつものように振る舞おうとしているが、今日は様子がおかしい。心ここに在らずといった感じだ。
「明日は俺達も出発するし、今日は休暇日にしよう。ビビも今日は狩りをしないで、体を休ませてくれ。」
「私は、お役にたちませんか?!」
「そうじゃない。明日から旅になるし、疲れを残したくないんだよ。」
本音は、ビビの今の調子で狩りに行って、怪我をされたくないからだ。
無言のビビ。俯いたまま黙っている。
「今日はお休みだ、良いね?」
「・・・はい。」
覇気の無い返事。ショックだったか?
俺は村長に用事があるとテラスに伝えると、ビビと待ってると言ってくれた。今は甘えよう。
「頼むよ。」
「うん・・・。」
テラスもビビが気になるようだ。
二人が河を眺めているのを尻目に、俺は村長宅に向かった。
村長に明日の予定を聞く。朝一番に出発するそうだ。親友のトソがお供をするという。確かに、一人よりは良いだろう。支え会える仲間がいれば、辛い旅にも耐えられるだろう。
俺は、村長に昨日造った、櫛と黒石ナイフを数個渡した。無限保管には入れていない。入れるとチートアイテムになるから、流通は危険がある。櫛は精巧に造ったし、ナイフも柄は木で造った。出来もまずまずだし、これならお金の代わりになるかもしれない。
距離を考え、途中馬車に乗る時の運賃に当ててもらおう。その時に商人がいたら、売ってお金にしても良い。
また、黒糖も4袋ほど用意してもらう。ロレウス公爵用と商人用と予備だ。
ロレウス公爵はさておき、商人は、ロレウス公爵謁見の手助けをしてもらう為だ。
公爵ともなれば、人脈も多いだろう。商人と繋がりは必ずある。黒糖の価値は商人にはかなりの物のはずだ。なかなか難しいが、地位の高い商人ならば、黒糖欲しさに、協力してもらえるかもしれない。また、詐欺に会う可能性は高いと忠告はしてある。頑張ってほしい。
ほかの村人にも、造った道具を配る。村長の旅に、保存食等を餞別したようなので、代わりに渡した。手先が器用で、木の農具を造った人には、道具と櫛、槍先も渡した。黒石を上手に使ってほしい。もしかしたら、工芸品になるかもしれない。
黒糖は少しだけ分けて貰ったが、一キロ位はあるな。だが、まだまだあるし大丈夫だろう。テラスも喜ぶ。代わりに、石臼を贈与した。これで、黒糖や動物の骨等を粉にして、有効活用してほしい。
村の子供達には、こっそり河の罠を教えてあげた。明日、大人達と一緒に使ってもらおう。
日も大分傾き、俺は河に戻る。
戻った俺に気がついたテラスがゆっくりと近づき、服の裾を掴む。
「人って難しいね・・・。」
テラスは、瞳に涙を浮かべている。
俺は、テラスの頭を軽く撫で
「大丈夫だ。」
根拠の無い返事をする。
未だに河を眺めているビビ。彼女の心情が読めない。人種、文化、歴史、どれも違う。彼女を知るには、言葉を交わるしか方法がなかった。
★
「隣、良いか?」
俺は、ビビの隣に座る。テラスはビビを挟むように反対側だ。テラスはビビの手を握っている。
ゆっくりと時が流れる。俺は、待つ事にした。俺の考え方、信条、座右の銘である「言葉にする意味がある」は、前に村長宅で話した。ビビの強い意思を聞いた。だが、それを邪魔している何かがあるのだろう。
ビビは鼻を赤くしている。今にも泣きそうだ。だがそれを、強い意思でねじ伏せているようだ。
「私は、家族に迎えられて、よろしいのでしょうか?」
この言葉にテラスは無言だった。
「嫌なのか?」
無粋に返す。本音を聞くために、こちらも本音を話す。ビビの意思は知っている。昨日、彼女の見せた涙が答えだ。だが、躊躇わせる何かがあるみたいだ。
「違います。嬉しいのです。」
「だったら・・・」
「私が、家族に招かれたら、お二人の絆に亀裂が入るのが怖いのです・・・。」
何か言おうとするテラスを止める。
「私は、お二人と一緒にいたいです。ずっといたいのです。ですが・・・。」
「家族、か?狼人、もしくは牙狼族に何かがあるのか?」
人種は認めれば良い。文化が違ければ聞けば良い。そこからだ。
「牙狼族の家族は、人族と違うのです。」
「話してくれないか?」
頷くビビ。
牙狼族の家族とは、絆の最高位を意味した。お互いを認め、慕い、愛し、共に生き、共に死ぬ。男性上位の文化に女性が入るという事。
人と変わらないな。男性上位は少し違うが。
俺は普通に感じた。
牙狼族の文化は男性上位であり、女性は連れ添いの関係だという。家族ではなく、主人と従者の関係に近い。男性の為に生き、子を産み、尽くして死ぬという。一夫多妻が常であり、強い子を産む為に、強い男性の子を産むのが誉れという。
だが、家族は違う。夫婦となるそれは男女平等となり、お互いを尊重し合う事になる。それは己の弱さを意味する行為のようだ。
男性上位に女性が同等になるからの結果か。自尊心で形成された文化なのだろうな。
だが、それとこれとは違うと思うが?
「私が、ソーイチ様を愛してしまったら、テラス様がお辛いのでは?ソーイチ様もお辛くなるのでは?お二人が不仲になるのでは?私はそれが耐えられません!」
成る程。普通だ。
だが、今のビビに、単なる言葉で納得するか?テラスの意思は?俺は二人を愛する事になるが?
難しい。確かに。
正直、ビビを迎えるのは良い。二人を愛する事も出来るだろう。だが、どっちと言われたら、テラスを選ぶ自分がいる。この気持ちのまま、ビビを家族に迎えるのは失礼ではないのか?
「ねえ、ビビはソーイチを愛してるの?」
テラスが尋ねる。
「あ、あの、ですね、尊敬はありますが、愛するがわからないのです。」
「そーなの?」
「はい、私は恋をしたことがありません。」
そうか、だから戸惑いがあるのか。自分の心に気づいていない。
「ソーイチはビビの事好き?」
「あぁ、好きだよ。」
即答する。
「私も好き!」
「ですが、私はそんなお二人の邪魔ではないのですか?!忌み子の私が、お二人の中に入るなど・・・。」
なんか危険ワード言っていたが、今はスルーしよう。
「ビビの気持ちは、俺達が上で、次に自分で良いのか?」
「・・・はい。」
「俺達の事は好きか?」
「わかりませんが、一緒にいたいです。」
それは好きと同義にしか聞こえない。なら・・・
俺は覚悟を決めるしかない。
「テラス、おいで。」
「うん、なに?」
引き寄せ、キスをする。
テラスは驚き、手をパタパタしていたが、次第に治まり、手を腰に廻す。ゆっくりと存在と気持ちを確認するように、唇を合わせあう。
唇を離し、
「ビックリ、したよ?」
小声で言う。顔が真っ赤だ。
頭を撫でながら抱きしめる。
「ビビにもして良いかい?」
「はい。」
微笑みが眩しい。いつもテラスは俺の事をわかってくれる。
ビビは顔を真っ赤にして固まっている。当てられたのかもしれない。
ゆっくりとビビの顔に近づく。
「あ、あの・・・。」
軽く頬に手を添え、キスをする。
ビビが固まる。ふるふると震えている。ゆっくりと抱きしめる。固まるビビの唇に何度も求める。テラスは顔を真っ赤にして手で隠しているが、指と指の間から此方をガン見している。
ゆっくりと離し、ビビを見つめる。
「あ、あ、あの、あ、の・・・。」
「私はね、ソーイチが大好き!ビビが大好き!」
「俺も、テラスが好きだ。ビビが好きだ。」
「ビビは?」
「わ、私も、お二人が、好きです。ソーイチ様が、テラス様が好きです。」
少し強引だったが気持ちに気がついてくれた。だが、まだ足りない。
「ご飯を食べようか。今日は樹豚にしよう!」
「やった!ご馳走だ!」
「はい・・・、はい!」
今日は楽しい食事にしよう。沢山笑って会話をしよう。沢山俺の事を話して、ビビの事を聴いて、文化を知ろう。お互いを、みんなを。これからも一緒にいる為に。互いをよく知り合う為に。




