7-7 ゲルマ暗化
怨念が迫る。禍々しい雰囲気を醸し出すゲルマは、ゆっくりと此方に近寄る。
「奴はもうビビの知るゲルマじゃない。容赦はするな。」
「はい!」
ビビは黒狼爪を構える。俺も手甲を装備する。
ゲルマが咆哮をあげた。その声は、皆を恐慌してしまう位に恐ろしいものだった。
だが、俺には効かない。ビビも抵抗している。以前に黒竜であるドルフィニールの咆哮を浴びたからか、ゲルマの咆哮は恐ろしいが、狂う程ではなかった。
咆哮をあげたゲルマは、ビビを襲う。長く伸びた爪で、切り裂くように腕をしならせた。
速い攻撃だが、大振りだ。ビビもその攻撃をかわす。
連続で爪の攻撃をするゲルマ。防戦するビビ。その横槍を俺は入れる。
初めから最大の攻撃を行う。長期戦は不利になる。短期決戦に持ち込む為だ。
流の動き、柔の連動、剛の力に、螺旋の捻り。
がら空きだったゲルマの脇腹に、正拳をめり込ませた。
ゲルマはくの字になり、身体の中の骨が砕ける。だが、俺にも痛みが襲う。
まだまだこの攻撃は身体の許容が追い付いていない。更に、暗い靄に触れたからか、胸の奥、魂に痛みを感じた。精神的にきつい。心が折れそうになるのを、ぐっと堪える。
ゲルマはくの字になり、身体の骨は砕けたが、それでもビビを襲うのをやめなかった。
ビビも受けるではなく、避けるに専念している。暗い靄に触れたら、それこそ精神的にダメージを負ってしまうからだ。
完全にビビをターゲットにしたゲルマは、不規則で不気味な動きをし始める。
およそ関節の可動域を越えた動きをする。肩の関節は外れ、鞭のようにしならせてくる。
ビビはそれを距離を開け避けていく。
このままではじり貧になる。何とか打開策を立てなくてはいけない。
額にある暗い石が弱点であろうが、これに攻撃をするには、真正面から向かわなくてはならない。ゲルマの攻撃は速い。避ける事は出来るが、現状、規格外の動きをするため、飛び込むのは無謀だろう。
ならばどうするか。
「ビビ!脚を狙うぞ!」
俺はビビに声をかけた。頷くビビ。
先ずは機動力を削る。脚を砕き、その速さを減少させる。
ビビはゲルマの攻撃をかわし、懐に入る。俺も同時に近寄った。
同時に攻撃をする。ビビは黒狼爪の石突きで殴る。俺は蹴りを入れた。
ゲルマの骨が砕ける感触を感じた。だが同時に、精神的痛み、魂にダメージを負う。ビビは大丈夫のようだ。俺の苦悶の表情に、ビビが反応する。
「ソーイチ様!」
「大丈夫だ。大した事はない。今は、目の前の化物が先だ。」
痛みを堪える。肉体的ならばまだ我慢も出来るが、精神的のダメージはやはりきつい。リューアの時もそうだった。
ゲルマを倒すには、暗い石の呪縛から解放させる必要がある。その為の布石を続けなくてはならない。
脚の骨が砕けた事によって、ゲルマの速度は格段に遅くなった。だが、それでも立っている。身体を不規則に横揺れさせ、不気味な動きをする。
ゲルマは執拗にビビに攻撃を重ねる。鞭のようにしなる攻撃が、ビビを襲う。
ゲルマの攻撃は、かすっただけでもダメージになる。俺は兎も角、ビビにはかなり危ない攻撃だ。
ビビも承知しているのか、大きく距離をとりながら、ゲルマの攻撃を避ける。防戦が続くが、これは決定的な攻撃に繋げる事が出来ないからだ。
暗い石がゲルマの額に嵌まっている以上、触れる事は大前提だ。
俺は、無限保管から、刀を取り出す。ドワーフの国で鍛えたミスリルの刀だ。
正直、これを扱うのは無茶だ。だが、扱わないといけない場面でもある。
俺は正中に構える。ゲルマの隙を伺う。
俺を無視し、ビビにしか攻撃をしないゲルマ。大振りの攻撃だが、そろそろビビも限界が近いのか、肩で息をし始めた。
「ビビ!」
「はい!」
俺の合図に、ビビがゲルマに飛び込む。ゲルマの脇に滑り込み、石突きを食らわせる。くの字になるゲルマ。
この瞬間を逃す訳にはいかない。
俺は縮地を使い、ゲルマの懐に。間合いに入り、渾身の袈裟斬りをする。
狙いは首だ。
何故だろうか。世界の時間がゆっくりと流れている。刀の刃先に線が引かれ、その線に沿って刀を振るう。狙うはゲルマの首である。
力を込める事無く、ただ、引かれた線に沿っているだけだ。腰を回転させるように、腕の力は入れずに、指し示す線に沿っているだけ。
ゲルマの首筋に刀の刃が当たる瞬間、時間は元に戻った。何も抵抗無く、頭と身体が分かれるゲルマ。
ゲルマの頭が地面に転がる。
★
転がるゲルマの頭に向かう。後は額の暗い石を掌握するだけだ。俺は手を伸ばす。
眼を見開くゲルマ。何やら呻いているが、それを気にせずに暗い石に手を伸ばした。
「ソーイチ様!」
ビビが声を荒げた。後ろを振り向くと、身体のゲルマが俺を襲う。
俺はそれを慌てて避ける。ゲルマは腕を伸ばし、転がる頭を手にすると、首に頭を乗せた。
「ソーイチ様。」
「参ったな。」
再生し、首が繋がるゲルマ。禍々しい暗い靄は、よりはっきりと身体から溢れ始めた。
俺は考える。
刀は素人当然の腕前であり、先程の斬撃はまぐれであろう。このまま刀を使って闘ったら、此方がやられてしまう。
ビビもそうだ。槍は扱えるが、ゲルマには決定的な打撃は与えられない。相手は不死身の肉体を持っている。暗い石を何とかしなくては、此方の攻撃は無意味となる。
やっぱり、飛び込むしかないか。
刀を無限保管に収める。俺はやはり無手が一番のようだ。ゲルマの懐に飛び込み、暗い石を掌握する。これしかないようだ。
首を跳ねられたのが意外だったのか、標的を俺に向けるゲルマ。身体に纏う靄は、どんどんと色濃くなる。
俺は構えた。ビビも隣で構える。次の一手を考える。
有効な打撃は与えられなくても、体勢は崩せる。その隙を見逃さない様に行動するしかない。
「ビビ、もう一度やるぞ。」
「はい!」
ビビは果敢にゲルマに立ち向かう。黒狼爪を使い、間合いを計りながら、ゲルマに攻撃をしていく。連続突きに薙ぎ払い。次々と攻撃を繰り返す。
ゲルマは避けようとはしない。ビビの攻撃を耐えるだけだ。
「はあああ!!」
渾身の一撃をゲルマに見舞うビビ。地面が割れる程の震脚を使った剛の技をゲルマに与える。
腹に食らわせたその一撃だった。だが、そのゲルマはビビの一撃に耐えた。
大技の後の隙を見逃さないゲルマは、大きな爪でビビを襲う。
咄嗟に、ビビは身体を捻り避けようとする。ゲルマの大きな爪は、ビビの衣服を切り裂いた。
「ビビ!」
「大丈夫です。」
衣服は破れたが、怪我はしていないようだ。ビビの反射神経はやはり特筆するものがある。
俺はビビに布を渡し、露になっている身体を隠させる。
その瞬間を狙ったのか、ゲルマは猛攻にでた。
暗い靄を飛ばしてきた。触れただけで激痛が走る靄だ。避ける以外に方法はない。
ゲルマを中心に、靄の塊は全方位に飛ばし始めた。
俺達は避けるので精一杯だ。体勢を立て直す暇がない。
俺の後ろから、悲鳴が聞こえる。回りにいた狼人に位の靄が当たったのであろう。気が狂う程の激痛に耐えられなく、悲鳴を上げながら、その場に倒れる。
それを見て、回りはパニックとなり、逃げ出す者が多数出た。それでも、暗い靄の塊を受ける者が続出し、辺りは阿鼻叫喚となった。
ゲルマはその状況に、口角を上げた。苦しみ倒れた者が、どんどんと痩せていく。靄がその者達の力を吸い取っているようだ。
どんどんと力を増していくゲルマ。靄は色濃く、身体に纏う。
このままではじり貧にとなる。余計な負傷者も増える。それは好ましくない。
俺は果敢に攻める。ゲルマの不規則な動きを掻い潜り、懐に飛び込む。腹に一撃を与える。黒竜にも使った浸透撃だ。これが効かない訳はない。
効いていないのか、ゲルマは拳を握り、俺を襲う。
ヒヒイロカネの手甲でその攻撃を遮る。ゲルマのその動きを利用して、柔の技で投げる。俺に激痛が走るがお構い無しだ。
頭から落ちるゲルマ。その瞬間を逃さなかったのはビビだ。頭に向かって、槍を伸ばす。狙いは暗い石だ。
体勢の悪い状態だというのに、その槍は受け止められた。ゲルマの手に刺さるビビの槍。それでもお構い無しに、震脚を使い、剛の技を使うビビ。
だが、ビビの槍を掴んだゲルマは、ビビごと槍を投げ飛ばした。受け身をとるビビ。そしてまた、ゲルマに果敢に攻める。
「これなら!!」
驚異的な瞬発と速度、それに震脚の力を合わせた攻撃を繰り出すビビ。力は全て槍の切っ先に集中している。
その攻撃は、ゲルマの腹に。貫通し、腹に穴を開けるゲルマ。
ゲルマは苦しむ。だが、これもすぐに回復するだろう。だがら、この期を逃すものではない。
俺もゲルマの懐に飛び込む。手を伸ばし、額の暗い石を掴もうとする。
それがいけなかった。伸ばした俺の腕を掴むゲルマ。
「があああ!」
俺はあまりの痛みに声を荒げた。腕から身体の芯に響く痛みが走る。
「ソーイチ様を離しなさい!」
ビビはゲルマの腕に槍で払う。だが、ゲルマの腕の力が増し離さない。
「このやろう!」
俺は脚を上げ、ゲルマの顎を蹴る。顎の骨が砕けた感触があったが、それでもゲルマは俺を離さない。
痛みが襲う。痛みで精神が磨り潰される。
痛みを我慢し、俺は身体を動かす。
流の脚運び、柔の投げ。
綺麗な弧を描き、投げられるゲルマは、背中から落ちる。
直ぐ様、俺はゲルマの額に手を当てた。
掌握
★
痛みが消え、手を離すゲルマは倒れたままだ。
俺は立ち上がり、確認しようとする。だが、それを許さないのは、身体にダメージがありすぎた。
膝に力が入らない。地べたに座り、呼吸を整える。
「大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。」
リューア伯爵の時とは違い、器のダメージは小さいようだ。ビビも暗い靄に触れなかったからか、そのダメージは微々なものだ。
「ソーイチ様!」
声を荒げるビビに、俺は反応する。一瞬の殺気に反応した。その場を飛び離れる。
「まだだ、まだ終わりじゃないぜ。」
「ゲルマ。まだお前は。」
ゲルマは立った。俺を傷ついた爪で襲ったのだ。
ゲルマは満身創痍だ。何故彼が立てたのか、立つ事が出来たのか、俺には計り知れない。
「貴方の相手は私です。」
ビビが槍を構える。ゲルマもまた爪を立て構えた。
「そうだな。お前を倒す。それだけだ。」
ゲルマはじりじりと間合いを詰める。ビビは静観のまま微動だにしない。
ゲルマが地面を蹴り、右の爪でビビを襲う。狙うは頭だ。
ビビはギリギリまでゲルマの攻撃を引き付けた。
流の脚運び。
ビビはゲルマの脇に移動し、槍の石突きをゲルマの腹に一撃を与えた。
カウンターが決まる。ゲルマはくの字になり、吐血する。
「ビ、ビビ。」
「終わりです。」
ビビは槍を容赦なくゲルマの頭を突き刺した。
ゲルマは絶命した。
★
「大丈夫ですか?」
「ああ。お疲れ様。」
ビビが俺に手を伸ばす。手をとり、俺は立ち上がった。いまだに膝が震えている。精神の消耗が激しいのがわかる。
ゲルマを討ち取ったビビ。その表情はいつものビビだった。
ゲルマを討ち取った事を見ていた回りの村民が騒ぎ始めた。一人の狼人が此方に近寄り、ゲルマの生死を確認する。
「ビビがゲルマを討ち取ったぞ!!」
大声で結果を騒ぐ狼人。この一声が切っ掛けとなり、回りに人が集まってきた。
回りの狼人達は狂喜乱舞するかのように、喜びを表した。ビビを称賛し讃える。ゲルマが討ち取られたのが余程嬉しいのだろう。
「ありがとう!」
その言葉が全てを表している。
そして、喜びもあれば、恨みもある。動かないゲルマに蹴りを入れようとする狼人もいる。
それを見たビビは、その狼人を殴りつけた。
「何をするんだ!」
「死者を愚弄するのはやめなさい!」
「!」
「ゲルマはもう死者です。貴方は狼人の誇りを捨てるのですか!」
ビビの剣幕は、回りを冷静にさせるには十分だった。
「火葬と墓の準備を。ゲルマを弔います。」
「・・・。」
その言葉に、誰もが押し黙った。恨みが蓄積しているからだろう。誰もが動こうとしなかった。
「では、村長はいますか?」
「もういない。ゲルマに一族殺されました。この村の村長はゲルマです。」
「そうですか。ならば、私が一時代理となります。否はありますか?」
その言葉に、皆が膝を付く。頭を下げ、ビビを長に任命する。
「先ずは死者の弔いを。あと、ゲルマに与した者達を集めなさい。」
「は、はい!」
凛とするビビは、次々と指示を出す。俺の出番はないようだ。
居住地区の女性達を解放する。傷ついた女性達は、丁重に介抱してもらう。テラスとマリアも居住地区から出てきた。
「おわったの?」
「ああ、終わったよ。流石に疲れたよ。」
「また無理をしたんでしょ!あっち(居住地区)は静かだったけど、なんとなくわかっていたわ。」
「そうか。」
「とりあえず、怪我の手当てね。ビビさんも。二人とも傷だらけよ。」
「なおす?」
「いや、それはやめておこう。薬と包帯があるから、それを使ってくれ。」
「わかった。」
俺はテラスの癒しを断った。理由はない。ただなんとなくだ。
俺とビビは傷の手当てを。テラスがやってくれた。なんとも下手な巻き方だが、一生懸命してくれた。
マリアは炊き出しを始めていた。マリアの鑑定がそうさせているようだ。もしかしたら、村民は飢餓状態だったのだろう。大量の肉を放出する。村民全ての腹を満たす位は持っている。
一方、火葬の準備も進んでいる。ゲルマ、他にも数名の犠牲者。全て平等に弔った。
ゲルマに与した者達は、ビビの裁定で追放処分となった。ゲルマの下、非道を行ったのだ。放免とはいかない。
「我々には奴隷という概念はありません。死罪は簡単ですが、狼人の誇りを尊重すれば、追放が無難でしょう。強ければ生きますし、弱ければ森の恵みになりますから。」
ビビはさらりと怖いことを言う。だが、これが狼人の決まりならば、それを尊重するのが当然の事だ。
火葬と埋葬が終わり、村民の腹も満たした。だがやることはまだまだある。
ビビが俺に申し出る。
「ソーイチ様。女性達を村に帰さなければなりません。お力をお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、良いよ。」
まだ傷は痛むが、女性達の今までの苦痛に比べれば、俺の痛みは我慢出来る。安全を計らい、女性達にはまた居住地区に入ってもらった。テラスとマリアも居住地区に入ってもらう。
「では、私は彼女達を帰しに行きます。」
「わかりました。お気をつけて。」
ビビの案内に従い、俺はチートを使った。
森を抜けるのではなく、空を駆けた。
ビビの案内で各村に女性達を帰し行き、ゲルマの与した者達を捕縛する。先程と同様に、森に追放をした。助命嘆願者もいたが、ビビは耳を貸さない。容赦なく追放をした。
朝から行った事だが、終わったのは夕方になっていた。俺達はまた南の村に戻った。
ビビの帰還に、皆の顔が綻ぶ。だが、ビビはいつもの様に凛としている。
「では、ザクトを呼んでください。」
「はい。」
村の外で生きているザクトを呼びつけた。ビビには何かしら考えがあるのだろう。俺はそれを見るだけだ。
「聞いたよ!ゲルマを討ったって!」
「それはもう良いのです。村は次を進まなくてはいけません。」
「ん?ビビが長になるんだろう?ゲルマを討ったんだ。誰も文句は言わないさ。」
「私は長を辞退します。次の長を決めなければなりません。そこで、ザクト、貴方を臨時の長に任命します。」
「は?」
ビビの言葉はザクトにしては青天の霹靂だろう。俺も驚きを隠せなかった。
「貴方は森で生きていた強者です。この村を導ける存在になれるでしょう。」
「何故そうなる!ビビがゲルマを討ったんだ!ビビが長にならなくては、誰がなるんだ!」
「私は長にはなれません。すぐにこの村を出ますから。」
ビビの言葉で、俺はビビの心境を感じ取った。
ビビは、村ではなく、俺を選んだのだ。それも躊躇なく。
強者に従うのが、狼人の性である。
「いやいや、無理だって!」
ザクトは頑なに拒んだ。確かに、ザクトはビビの代わりにはならないだろう。だが、このままではビビは俺と旅を続けられない。
「なら、ザクトも込みで、村長を決めれば良いんじゃないか?」
「どうやって、ですか?」
首を傾げるビビ。ザクトも同様だ。
「ん、強者が村長ならば、その強者を新たに出せば良いだけだ。」
そう、簡単に考えれば良い。南の村で、村長選出の闘いをすれば良いだけだ。
「なるほど。それならば良いかもしれないな。」
「はい、私もソーイチ様の考えに従います。」
「そうと決まれば、実行だな。」
そして、南の村の村民を全て集める事にした。




