7-5 ウィズ大森林その5
「ゲルマがこの村を襲撃したのだ。」
それは衝撃の事だった。
ダリが話す。顔をしかめ、腹の奥底から声を出すかのような低い声だ。
代わり映えのない日常。成人者は狩りを、子供達は訓練を、家に残る老人は、家の作業をしていた。
そこに現れたゲルマ率いる集団が、村を蹂躙した。
成人が多く、男性ばかりの戦闘力の高いゲルマ達。次々と老人や青年達を殺していく。
もちろん、西の村も黙ってやられている訳ではない。皆が武器を手に、ゲルマの暴挙に立ち向かう。
だが、多勢に無勢。ゲルマの暴挙を止められなかった。
年若い女性は、連れていかれた。ククにニニもその中に入っている。ガガはそれを阻止しようとしたが、反対に殺されてしまった。
このような蛮行は今までになかった。強者が村を率いるのは狼人の習わしだが、他の村を襲撃する事は絶対にしない。
だが、ゲルマはそれを行った。村の手薄の時に襲撃をし、無差別に殺し、女を連れ去った。残されたのは、運良く生き残った者と、狩りをしていた者だけだった。
それからは、ゲルマに逆らえなくなった。強者に従う習わしもあるが、連れ去られた女の安否もある。
「信じられません。」
「儂もだ。狩りから帰ったら、この有り様。非道以外の何物でもない。」
「その後はどうなったのです?」
「成人した女性を南の村に預ける事を条件に、絶対服従を言い渡された。」
「それでは、村がいずれ滅びます!」
「わかっている。だから、この村の強者が、ゲルマに反抗をした。だが、結果は無惨な事になった。」
だからか、この村には女性が少ないのは。狩りに出掛けていると思っていたが、そうではなかったのだ。
「息子達も死んだよ。残されたのは、年若かったガリ達だけだ。後は死んでしまった。」
声なく悲痛な叫びをあげるダリ。ガリ達も同様だ。
「許せません!ゲルマごとき私が殺してやります!」
「駄目だ、ビビよ。今のゲルマはお前の知るゲルマではない。」
「何故、そうわかるのですか?」
「儂が見ていたからだ。黒い靄を纏ったゲルマの強さは異常だ。いくらビビでも敵うまい。」
黒い靄?まさか?
「・・・、ソーイチ様。」
「ああ、俺も同じ事を考えている。」
「また、なの。」
ビビは確信し、マリアは顔を蒼白する。
「今、南の村はどうなっているのですか?」
「わからん。ただ、北の村を配下にし、勢力を伸ばしているのはわかる。北の村から逃げてきた者が言っていた。」
「まさか、豹族の縄張りに?」
「かもしれん。」
だから、あの豹人は狼人に対してあんなに猛っていたのか。縄張りに侵入したゲルマの集団が、豹族を襲っているのだろう。
「止めなくては!」
ビビが立ち上がる。この気迫、いや怒気は、一人でもやる決意を見せている。
「一人で抱えるな。」
「ソーイチ様。ですが、これは狼人の問題です。」
「だからって、ここで傍観は出来ない。これは俺の問題でもある。」
「そう、よね。貴方ならそう言うと思ったわ。」
「ソーイチはソーイチのおもいのままに。」
黒い靄。もしかしたら、暗に関係しているかもしれないからだ。
「やめるのだ!ゲルマに逆らえば、ビビも殺されてしまう!あんたらもだ!」
「ですが、見過ごす事も出来ません!」
歯を食いしばり、手を強く握るビビ。赤いオーラすら漏れ出す。
そのビビの怒気にダリが言葉を失う。
「まて、ビビ。」
「ソーイチ様?」
「先ずは情報だ。女性達の安否も気になる。それを知ってからでも遅くはない。」
「そう、ですね。わかりました。」
ビビを座らせ、落ち着かせる。溢れたオーラは霧散した。だが、怒気は変わらない。
「その怒りはとっておけ。いずれにしても、ゲルマに引導を渡すのは変わらないからな。」
「はい、ソーイチ様。」
「さて、ならば行動するか。丁度夜だし、偵察にはもってこいだ。」
「あ、あんたらは?」
「気にするな。これは俺の案件だ。」
立ち上がり、ダリの家を出る。あ、忘れてた。
「テラスとマリアは留守番な。」
「は?」
「今回は偵察だ。戦力不十分の二人は荷が重い。」
「そ、そうね。そうかもしれないわね。」
マリアは納得してくれたようだ。だが、テラスは違った。
「わたしはいくよ。」
「駄目だよ。もしもの時にテラスを守る自信がない。だから留守番をしていてくれ。」
「いや。」
「我が儘言わないでくれ。ここで大人しく待っていてくれ。」
「それでもいや。」
参ったな。テラスが頑固だ。こうなると、手に負えない。
「居住地区でお留守番は?」
マリアのアシスト。これならば、一緒に行くのと同意だし、最悪逃げる事も出来る。
「・・・、わかった。それでがまんする。」
「なら私も一緒にいるわ。テラスちゃん一人には出来ないから。」
「ああ、そうしてくれ。それじゃあ、行くか。」
今度こそダリの家を出る。月夜で辺りは暗いが、身を隠すには良い。
村を出てから、居住地区の穴を開ける。そこにテラスとマリアに入ってもらう。
「無理はしないのよ!」
「ああ、わかっている。」
「案内します。こちらです。」
俺はビビの案内のもと、南の村に向かった。
★
暗闇が支配する時間。灯りは月明かりだけ。その暗闇の中、俺とビビは走っていた。
南の村までは距離的に近く、五時間程走れば、その付近に辿り着いた。
ここからどうするか?俺は一考する。
「ゲルマに反感を持っている奴はいないかな?見つかれば楽なんだが。」
「います。ザクトでしたら、こちらの味方になると思います。」
「そいつは大丈夫か?」
「はい。昔は仲が良かったですし、ゲルマに辛酸を舐めさせられていますから、恨みを持っている筈です。彼ならば、協力をしてくれるでしょう。」
「よし、ならば先ずは、そのザクトに会うか。居れば良いんだがな。」
南の村に到着したが、木の塀の内側には入らない。はずれに向かう。
少しだけ歩くと、あばら家が見えてきた。雨風さえ凌げれば良いだけの、ぼろ家だ。
ビビがそのあばら家に近づく。気配はある。一人だ。
ビビが先行し、その家の中に入っていく。俺も同様だ。
草の上で寝ている男性。これがビビの言うザクトなのだろう。
「ザクト、起きなさい。」
身体を揺する。目をあけるザクト。
「久し振りです、ザクト。」
「あ?ん?ビビ?」
「はい、ビビです。」
「ビビ!!」
「しっ!静かに。」
目を覚ましたザクトは、ビビの顔を見て、思わず大声を上げたが、ビビがそれを制した。
「昔話は後に。今は村の状況を教えて下さい。」
「あ、ああ。」
ザクトはビビの質問を答える。
南の村の現状だが。かなり酷いようだ。
ゲルマが暴君となり、村の人を酷使するようになったようだ。逆らえば殺し、その強さを表面に出しては、恐怖で統率をしているようだ。
女を人質にし、男を使役する状態であり、反抗も難しくなっている。
南の村の人々は、仕方なしにゲルマの命令を聞いているが、中には崇拝者もいるようで、ゲルマの忠実な下僕になっている奴もいるようだ。
南の村の強者一人を中心に比較的弱い奴を前線に出して、制圧を行っているようであり、南の村で君臨するゲルマの回りには護衛もいるようだ。
この護衛もなかなかに腐っているらしく、やりたい放題のようだ。言葉にするのも嫌になる。
「なあ、何をする気だ?」
「もちろん、ゲルマに引導を渡します。」
「む、無理だ!奴の強さは異常だ!敵う筈がない!」
「それでも、やらなければなりません。」
「悪いがまだ聞きたい事がある。」
「そういえばあんたは?」
「俺はソーイチ。ビビの旦那だ。」
「は?」
俺の言葉に、ザクトが固まる。
「真実です。ソーイチ様は私の主人です。」
「へ?」
駄目だな。驚きが先走って、声すら出ないようだ。
「待て、待て待て。ビビの主人?このヒトがか?」
「はい、そうです。」
「いやいや、嘘だろ。」
「悪いが時間がない。質問するぞ。」
「は?あんた何様だ!ビビの主人とか、あり得ん事をほざかせやがって!」
俺は殺気を込めた眼で、ザクトを睨む。時間がないのだ。説得は面倒だ。
「・・・。」
「もう一度言う。質問に答えろ。」
ザクトはコクコクと頷く。脂汗を流し、今にも逃げ出しそうな顔をしている。尻尾も股に挟む位に下がっていた。
「女性が人質になっているのはわかった。それで、監禁場所はわかるか?」
頷くザクト。紙に簡単な地図を書き、場所を指定させる。
「ここにいる筈だ。鎖で繋がれているようだから、逃げる事が出来ないらしい。」
「確かか?」
「ま、間違いない、と思う。」
「ゲルマの場所は?」
「この大きな家だ。これは間違いない。」
女性達の監禁場所は、ゲルマの家の隣か。厄介だな。
「どうしますか?」
「何とか侵入して、女性達を助けよう。ゲルマはその後だ。」
「そうですね。」
「行くか。」
「はい!」
「お、おい?」
「世話になりました。私達の事は内密に。」
ザクトの家を出る。ビビを抱えて、闇夜に紛れて空中を走る。目指すは監禁場所だ。
「なんなんだ、あいつは?」
呆然とするザクト。それを見ずに俺は南の村に侵入した。
★
うっすらと空が明るみを出してきた。暗闇から濃い青になり、日の出が間近になっている。
急げ!
俺は急いで、監禁場所と思われる場所に向かう。
家はあばら家であり、やはりというか、見張りが存在していた。多分だが、逃走防止の役割を果たしているのだろう。
ここで時間を使うのは勿体ない。見張りを倒すのも面倒だ。
俺は屋根に登り、屋根板を音無く外す。中を覗くと、人が沢山いた。
見つけた。
俺はそのまま中に入り、確認をする。
女性達があられもない姿で鎖に繋がれて寝ている。やはりだが、非道な事をされていたようだ。
ビビも入り、回りを見渡す。寝ている一人の女性を起こす。
「クク。クク。」
「・・・、ビビ?」
「説明は後です。逃げますよ。」
黒狼爪で鎖を断ち切るビビ。一撃で鎖を切ったが、音が響く。
ヤバい!
俺は入り口に身を隠す。ビビには鎖を切るのを続行させる。
見張りが中に入ってくる。音を聞いたのだろう。
「うるせえぞ!ぐっ!」
俺は首筋に一撃を入れて気絶させる。もう時間はない。素早く救出しなければならない。
俺も黒石ナイフで鎖を切る。スパスパと簡単に切れるので、女性達の鎖を切る事が素早く終わる。
さて、この後だが。
女性達を、居住地区に入れるのだ。この方が簡単だし、手間もかからない。
空間の穴に驚いた女性達だが、テラスやマリアの存在と、ビビの促しによって、全員が中に入った。
よし!憂いはなくなった。
「ソーイチ様。すみません。」
と言って、ビビは飛び出した。逃げる算段をしていた俺は、ビビの行動に何も言えなかった。
くっそ!!ビビの性格を忘れていた!
俺は急いでビビの後を追う。ビビはゲルマの拠点の前の見張りと闘っていた。
「どきなさい!」
その声は、村中に響いただろう。怒りで我を忘れたかのようなビビの猛攻に、見張りは次々と倒されていく。
「ゲルマ!!出てきなさい!」
見張りに囲まれるビビ。全方位からの槍の突きに、ビビがギリギリで対応する。
俺は黒石の指弾で見張りを倒し、ビビと合流する。互いに背を合わせ、見張りの攻撃に対応する。
ビビは黒狼爪で薙ぎ払い、俺は投げと突きで無力化をする。
この騒ぎに村の皆が起きただろう。どんどんと狼人が集まってくる。
「ゲルマー!」
ビビが吠える。その咆哮は怒りを表していた。
「朝っからうるせえな。」
家から現れたのは、青色の狼人、ゲルマだった。
★
「ゲルマ!!」
「ん?ビビじゃねえか。ようやく俺の子を孕む気になったか?ははは!」
「ゲルマ!貴様を殺す!」
「ほう?威勢は相変わらずだな。だが、出来るかな?」
ゲルマはビビに近寄る。
「ソーイチ様は下がって下さい。これは私の問題です。」
「わかった。」
俺は、ビビから離れる。取り巻きもゲルマの登場で、離れ始めた。
「さて、俺の唯一の汚点を流す時が来たな。俺に屈服しな、ビビ!」
「死ね!ゲルマ!」
槍を合わせる両者。熾烈な闘いが始まった。




