6-8 雷竜という悪党
朝になり、日課をこなす。風呂で汗を流し、朝食を頂く。野菜メインだったが、ちゃんと肉もある。
家族会議をする。この街の観光はほぼ終わっている。迷宮も踏破しているし、やることがなくなったからだ。
「どうする?次の街に行くか?」
「良いわね。準備も万端だし、行きましょうか?」
「はい。私は構いません。」
「テラスは?」
「うーん。」
珍しく、テラスが考えていた。何かやり残しがあるのだろうか?
「どうした、テラス?」
「うん。わかんない。」
テラス可愛い!ではなく、テラスの相変わらず不思議な行動に、俺達は癒された。
「とりあえず、準備だけは万全にするか。買い物は済んでいるかい?」
「余裕ね。しばらくは大丈夫よ。」
「なら、この街を出るか。次の街を決めよう。」
この世界には正確な地図はない。ならば、情報を集めなければならないだろう。
その場合の情報は、冒険者ギルドが一番だろう。酒場よりも正確な情報を得られる筈だ。
「それじゃあ、行こうか。」
「うん。」
俺達が外に出ると、一台の馬車が止まっていた。
「アオバ男爵様。ディル士爵様の火急の要件より、馳せ参じました。」
「要件は?」
「ここでは、先ずは馬車にお乗り下さいませ。」
焦りを露にする執事。相当な焦りか、俺達を有無を言わさずに、馬車に乗せようとする。
「理由を聞いても良いのでは?」
「申し訳ございません。私の口からは言えぬ要件ではあります。ディル士爵様にお会い下さいませ。さあ、お急ぎ下さい。」
マリアを見ると、彼が本当に焦っているのがわかる。レンとイトをお願いした礼もある。この場は執事の言い分を聞こう。
馬車に乗り込むと、大急ぎでディル士爵の邸宅まで馬車を走らせる。揺れがひどい。マリアが顔を青ざめさせた。
「もう少しゆっくり。」
「急ぎます故、ご容赦を。はぁ!」
気合いを入れ、馬に鞭を入れる執事。その慌ただしさに、俺達は目を回した。
ディル士爵の邸宅に到着し、応接間に案内をされる。応接間には、ディル士爵が俺達を待っていた。
「お待ちしておりました!アオバ男爵様!」
「挨拶は良い。要件を言え。」
俺の言葉に、ディル士爵は顔を手で覆う。膝をつき、俺に懇願をしてきた。
「娘が拐われました。」
その言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
★
「拐われた?」
「はい。」
「何故?理由は?」
「この書状を見て下さい。」
ディル士爵、娘は預かった。返して欲しくば、夕刻迄にガウス迷宮に金貨百枚とソーイチという冒険者の一味を連れと来るが良い。場所は迷宮の・・・。
と書かれてあった。
「誰がこんな事を?」
「わかりません。ですが、娘が拐われたのは事実です。」
「そうなのか?」
「はい。朝からこの邸宅にいませんでしたから。」
いつ誘拐されたのかはわからないが、その娘はまだ八歳の子供だった。
「娘は私の希望です!どうか、迷宮に来て頂けませんか?」
マリアを見ても、これが本心なのはわかった。娘が誘拐されたのは本当だろう。さて、何故俺達が?という疑問になる。そして、何故ディル士爵の娘を拐ったのか?という疑問が沸いた。
「金貨百枚はどうするんだ?」
「なんとか用意をします。夕刻まで時間はありますから、それまでに工面致します。」
金貨百枚なんて、そんな大金をすぐに工面出来るのだろうか?そこは貴族の力の見せ所なのだろうか。
「お願い致します。私と迷宮に来て頂けませんか?」
その顔は必死だ。彼にはレンとイトを預けた借りがある。それを返すのならば、この願いは叶えてやりたい。
テラスは俺を懇願をするように見つめていた。その眼は、絶対にやらなきゃいけない、と思わせるには十分だった。
「良いだろう。その願いは聞く。」
「あ、ありがとうございます!」
「やることがあるのだろう?急げよ。」
「は、はい!」
ディル士爵は応接間を急いで出ていった。彼は今から資金を調達しなければならない。それは頑張ってもらいたい。
さて、夕刻までは時間がある。それまでは待っていよう。
客室に通され、俺達は夕刻まで待つ。執事とメイドが必ず常駐しており、俺達に奉仕する。いや、見張りか。
時間があるから、テラス達と今回の件を話をする。
「やっぱり怪しいのは、雷竜と猿の冒険者じゃない?」
「同感だ。奴等は執念深いらしいからな。俺達を誘き寄せる為に、手を打ったんじゃないか?」
「はい、そう思います。」
「何故、ディル士爵の娘を拐ったのか、が疑問があるな。」
「繋がっているのがバレたのかしらね。」
「どうだろうか?彼とは一回しか会っていないからな。」
「ディル士爵の土地を使ったから、かな?」
「その線はあるが、弱くないか?」
「わからないわね。でも、悪意はかなりあるわよ。」
マリアの言葉に頷く。この街の有力者であるディル士爵の娘を誘拐したのだ。その罪は重い。捕まれば死刑は免れないだろう。そんな危険を省みず、俺達の餌にしたのは何故か?それはどんなに考えてもわからなかった。
「衛兵を呼ぶ?」
「駄目だな。娘の命が危ない。この世界の命は軽い。危ない橋は渡れない。」
「私達は良いの?」
「俺とビビがいる。大丈夫だろ!」
「はい、お任せ下さい。」
「確かになぁ、あなた達が負ける事はないとは思うけど、私やテラスちゃんが巻き込まれるのは、頂けないかなぁ。」
「一味、だからな。別れて行動する方がもっと危ないよ。だから、覚悟は決めてくれ。」
「はいはい、わかってますよ。」
呆れ顔のマリアは、もうとっくに覚悟は決めているようだ。
「後の疑問は、何故迷宮なんだろうな?」
「それはわからないわね。向こうの都合が良いのかしら?」
俺達が考えていると、執事が一歩踏み出した。
「僭越ながら、私の意見をお聞き下さいませ。」
「良いよ。話して。」
「はい、迷宮が都合が良い理由ですが、あそこは治外法権でございます。盗みや殺しも罪にはなりません。ですので、そこに呼ばれた、と愚孝致します。」
治外法権か。盗みや殺しも罪にならないのは初耳だ。それならば、迷宮に呼ばれる理由もわかる。
「殺す気満々ね。」
「だな。此方も甘い考えは捨てた方が良いな。」
「奴等はもう、犯罪者です。死の裁きを受けて貰いましょう。」
ビビの発言は怖いが、その通りかもしれない。この世界の命は軽い。それは十分にわかっていた筈だが、やはり躊躇がある。
「外に連れ出せば、法の裁きを受けられないかな?」
素朴な疑問に、執事が答える。
「確実な証拠がない限りは無理かと思います。」
「それは何故だ?雷竜にはそれほど大きな有権者がついているのか?」
「はい、噂では、バイランと繋がっていると聞き及んでいます。」
「バイラン?」
「はい、この街の、有権者の一人でございます。」
「貴族か何かなのか?」
「いえ、貴族を名乗っているのは、ディル様だけでございます。この街は獣人の街。貴族社会は関係がございません。」
「そのバイランとディルとの関係は?」
「一言で表しましたら、最悪、でございます。」
なんとなく予想がついてきた。マリアもうんざりした目をしている。
「雷竜にバイランね。この二つは潰した方が良いかもな。」
「ちょっとまって。雷竜は良いとして、バイランはどうするの?強力な有権者じゃない。只の暴力は私達の首を絞めるわ。」
「この街には治外法権があるじゃないか。」
「あっ!」
「法で裁けないなら、法の外、だな。」
「でも、本当に良いの?借りにも人よ。」
「悪党を野放しにする方が、俺にとっては嫌だな。俺に出来るのであれば、やっておきたい。」
「仕方ないわね。」
「大丈夫です。ソーイチ様ならば。」
さて、確実に雷竜とバイランとの繋がりを掴まなきゃいけないが、それは後にしよう。
「先ずは、雷竜だな。」
「うん。」
「腕がなります。」
「程程ては、終わらないわよね。」
マリアはさておき、皆がやる気になった。後は時間を待つだけだ。
★
夕刻少し前。ディル士爵が戻ってきた。かなり顔を青くしているが、無事に工面を完了させたのだろう。
「よく出来たな。」
「ええ。街の有権者に片っ端から声をかけましたから。」
「つまり、バイランにもか?」
「屈辱でしたが。背に腹は変えられません。暴利でしたが、何とか協力をして頂きました。」
詳しく聞けば、バイランが一番の金貨を貸したそうだ。やはり、バイランはこの事を知っていた、と考えるべきだろうか。
「では、行きましょうか。時間がありません。」
「そうだな。」
俺達は、迷宮に向かった。
迷宮の地下二階。とある場所は、安全地帯になっている。そこは、隠し部屋であり、知る者も少ない。そこが交渉場所になった。
俺達が、場所に行くと、見たことある連中がいた。他にも沢山。総勢二十人程だ。
「よく来た。さて、お前がソーイチか?」
「見た目は野暮だな!」
強そうな奴が二人。こいつらのどちらかがボスだろう。
「その前に娘に会わせろ!それが筋だろう!」
ディル士爵が叫ぶ。だが、
「うるせい!お前は黙っていろ!」
一蹴された。
「さて、武器は捨てろよ。人質が大事ならな。」
「嫌だね。」
「は?」
「だ、男爵?」
俺の言葉に誰もが凍り付く。予定していない言葉だったのか、ボスらしき人物は身体を振るわせる。
「てめぇー!人質の命が惜しくないのか!」
「知らんな。お前達が拐ったという証拠がない。只の金銭泥棒に捨てる武器はない。」
青ざめるディル士爵。反対にボスは顔を赤らめる。
「き、貴様!」
「もう一度言う。証拠がないのならば、捨てる武器はない。ここで死ね。」
ビビに武器、黒狼爪を構えさせる。これだけで威圧感は十分だ。後は向こうの出方次第だ。
「ふ、ふざけるな!人質がどうなっても良いのか!」
「知らんな。その人質は何処にいるんだ?狂言ならば付き合う道理はない!」
「おい!連れてこい!」
俺は口角をあげた。雷竜の一人が、人質、ディルの娘を連れてきた。
「ティア!」
「お父様!」
俺は縮地を使う。男の裏に回り込み、男の頚に手刀を当てた。
気絶する男を他所に、娘ティアを助け出す。また、縮地を使い、ディル士爵の元に、ティアを返す。
「助けたぞ。後は自分で守れよ。」
呆然とするディル士爵。雷竜の一味も同じたった。
「ビビ、良いよ。」
その瞬間、ビビが咆哮をあげた。空気が震える。
「行きます。」
ビビが、雷竜に突撃をしていった。
★
ここからは凄惨な事になる。
ビビが果敢に飛び込み、一人、また一人と、雷竜のメンバーを仕留めていく。
命が散る。断末魔。阿鼻叫喚。雷竜のメンバーはその圧倒的な惨劇に震え上がった。
俺も躊躇はしなかった。綺麗事はしなかった。何度もいう。この世界の命は軽い。誰しもが自分の、大事な何かを守る為に、誰かを殺すのだ。
俺は冷静だった。そして、人を殺した。
黒石のナイフを使っていた。防具を関係なしに、身体を切り裂いていく。心臓を、喉を、腹を切り裂く。絶命する雷竜のメンバー。
俺が、雷竜のメンバーを仕留めていると、火球が襲う。それを避け、方向を見ると、ボスの片割れが杖を持って、此方を指していた。
「ち!外したか!」
火球は雷竜のメンバーに当たり、火に包まれる。その光景をみても、片割れは動じなかった。そして、片割れは血を吐き出していた。腹には幾重の穴が空いている。マリアだ。マリアの水鉄砲が、片割れの身体を貫いたのだ。
「あ、ああ。」
マリアは震えていた。マリアもまた、人を殺した。その事実を受け入れられていなかった。
「テラス!」
俺はテラスにマリアを頼んだ。今のマリアは恐慌している。それを落ち着かせる為に、テラスに頼んだのだ。
長剣を持ったボスが震えている。
「な、なんなんだ、一体なんなんだ!」
「今までの悪行を悔いるがいい。」
俺は、黒石のナイフを突き立てた。頭と胴体が別れ、ボスは絶命した。
それを見て、残ったメンバーは逃げ出す。ビビが追い討ちをかけていく。俺はそれを止めない。
凄惨な事だった。
★
事が終わり、マリアに声をかける。彼女は、カタカタと震えている。
「わ、私、貴方を守ろうとして、それで!」
「ああ、わかっている。ありがとう。マリア。」
水鉄砲を落とすマリア。いまだに恐慌が治まらない。テラスはずっとマリアを抱き締めている。
「テラスちゃん!」
「マリア。」
マリアは泣き出した。大声で。喉が枯れる位に。目を腫らし、鼻を赤くする。
しばらく続いたそれを見守る。俺も抱き締める。マリアは回りに関係なく泣いた。泣きまくった。
「もう、大丈夫。うん。大丈夫。」
「そうか。」
強がりだ。マリアはまだ震えていた。テラスの手を握り、自分と闘っていた。ビビも戻ってきた。雑魚を片付けたのだろう。
「何かあるかもしれない。少し待っててくれ。」
テラスは無言で頷いた。
俺はこの隠し部屋を調べる事にした。
部屋は広く、何部屋もあった。例えるなら、大広間、宝部屋、寝室、とあった。その寝室は大部屋で、雑魚寝の場所だ。そこに見知った人物がいた。
猿の冒険者だ。
「なんでここにいる?なんで今さらここにいる?」
生気のない眼で此方を見る。猿の冒険者は、倒れている誰かを見ていた。
「なあ、今さらだ。今さら来た所で、妹は死んだ。殺されていた。」
亡骸を見守る猿の冒険者。それは、この世を絶望しているかのようだ。
「たった一人の家族だった。守れなかった。俺には出来なかった。守ってやれなかった。」
何も声をかけられなかった。俺もテラス達が殺されたら、絶望するだろう。
「死んだ!死んだ!死んだ!死んだ!死んだ!死んだ!死んだ!お前が殺したんだ!!」
血の涙を流し、此方を見る。そして、俺は絶句した。
何故、これがある!何故だ!
猿の冒険者の頭には、暗い石が埋め込まれてあった。




