5-16 黒龍ドルフィニールその2
「ドルフィニールなのか?」
「うむ。」
目の前に現れたのは、人の姿をしたドルフィニールだった。
中年男性ドルフィニールはずかずかと此方に来る。
「見張りご苦労であった。」
「あ、いや、それはいいんだが。」
俺は困惑していた。目の前にいる、男性がドルフィニールと思っていなかったからだ。
「我は人化の魔術が使える。この位は動作もない。」
「そ、そうなのか?」
「うむ。」
喋り方といい、声といい、ドルフィニール本人は間違いないだろう。
「役目は終わったが、このまま去るのはつまらん。食事はあるか?酒は?用意せい。」
マイペースなドルフィニール。その言葉に、俺は無限保管から酒を取り出す。ロックグラスもだ。
「ほう、準備がいいな。こいつは重畳。」
ロックグラスに酒を注ぐ。乾杯をし、酒を煽る。
「旨いな。」
「ああ。」
無限保管に入れたのだ。味が向上した結果だろう。
この光景に、女性陣はポカンと口を開けている。いや、テラスは俺の隣に座っているが。
「マリア、料理をお願いしてもいいか?」
「え?あ、はい。わかったわ。」
マリアは小屋に入り、料理を開始する。ビビもゼフィーさんも我に帰ったのか、その場に座った。
俺は、無限保管にある肉を取り出し、焚き火で炙り始める。塩を振り、即席のつまみにした。
「これも、旨いな。お主はこの様な贅沢をいつもしているのか?」
贅沢か?確かに、食には困っていないな。
肉を頬張り、酒を呑むドルフィニール。そのペースは早い。
ビビは肉を見たのか、よだれを垂らさんばかりに凝視していた。俺の許可を待っているのかもしれない。
ビビに肉串を何本か渡し、炙ってもらう。多めに炙っているのは、人数分だからだ。
そこからは、肉串の取り合いだった。主にビビとドルフィニールがだ。
「それは私の肉です。黒龍様はあちらをお食べ下さい。」
「何をいう!この串は我が育てたのだぞ!」
肉の前に、黒龍の威厳は何処にいったのやら。
「はい、ソーイチ。」
「ありがとう、テラス。」
俺は肉串を食べて、二人のやり取りを見ていた。
「おまたせ。一杯食べてね。」
肉料理を並べるマリア。その光景に、ビビとドルフィニールの眼が輝いた。
「カカカ!愉快であるぞ!」
この即席の宴会に、ドルフィニールは御満悦のようだ。ビビも負けじと肉を食べている。
「ねえ、あの人は本当に黒龍なの?」
「間違いないわ。圧倒的な力が見えるもの。黒龍ならば、逆に納得する力ね。」
マリアの鑑定でも、中年男性はドルフィニール、つまり黒龍と認識をしたのだろう。ゼフィーさんは疑いを持っていたが、マリアの一言で納得をしたのだろう。今は前のような畏怖はなく、単なる食を楽しむおじさんだ。
宴会も終盤、料理の殆どがビビとドルフィニールの腹に消えた。満足したのか、今はゆっくりと酒を呑んでいる。
「お主、この世界の住人ではないな。」
ドルフィニールのこの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「ヒトがあれ程の強さを内包する事は出来ん。我の牙をへし折るなんて事はあり得んからな。」
確かに、牙をへし折るのに、俺は限界を越えた力を使った。力が肉体の許容を越えたのが証拠だ。
「それに、そこの娘は女神の片鱗であろう。」
テラスの事も見破るドルフィニール。伊達に龍はやっていないからか。
「お主達は、この世界で何をするのだ?ヒトの世であれば、王にでもなれる器であろうに。」
「それはご遠慮したいね。面倒だ。」
「頂点に立つ気はない、という事か?」
「そうだな。俺はただ気楽に旅がしたいね。」
酒を呑む。喉なやアルコールの熱い感触を感じる。
「それも良かろう。」
ドルフィニールも同じように酒を煽る。この酒が気に入ったのか、何杯もおかわりをしている。
そうた。黒龍ならば、知っているかもしれない事を思い出した。
「なあ、ドルフィニール。暗い楔に心当たりはないか?」
「暗い楔?」
「そうだ。ヒトや生物を変質させる、危険な物なんだが。」
「ふむ、もしかしたら、魔神の力、かもしれんな。」
「魔神?」
「この世は光があれば、闇もある。その闇の存在が魔神だ。魔神の力の一端であるかもな。」
魔神の力、か。神ならば、白テラスを楔で縛るのも頷けるな。
「お主、魔神には近寄るなよ。あれは神だ。ヒトが関与する存在ではない。」
出来ればそうしたいな。俺はただ、皆と楽しく生きたいだけだ。
「近寄る気はないんだがな。」
「ならば、いい。」
暫しの沈黙。
「では、我はもう行く。お主にはこれを渡そう。」
と言って、ドルフィニールは俺にネックレスを渡す。
「もし、何かあった場合は、このネックレスに力を込めよ。お主の力になるだろう。」
「ありがとう。ありがたく貰うよ。」
黒紫の宝石が入ったネックレスだ。無限保管にしまう。
「では、また会う事もあるだろう。さらばだ。」
と言って、ドルフィニールは龍の変化する。翼を広げ、羽ばたく。その巨体を宙に浮かせ、北へと飛んでいった。
「いっちゃったね。」
「そうだな。」
俺はドルフィニールを見送った。何故だかわからないが、また会う予感を感じていた。
「さて、それじゃ行くか。」
「何処へですか?」
「宝探しだよ。」
俺達はまた洞窟に入っていった。
奥の空間。そこにあるのは宝の山だ。ドルフィニールの鱗が数えきれない程に落ちていた。
「す、すっごい!!」
ゼフィーさんの言葉だ。これが宝なのは、冒険者をしていればよくわかる。マリアも目を丸くしていた。
俺はそれを全て無限保管にしまう。大きい鱗一枚だけは、ゼフィーさんに渡した。
「い、良いんですか?」
「まあ、報酬の一部ですよ。貰って下さい。」
さて、やることは終わった。ドワーフ国に帰るとしよう。
俺達は、ドワーフ国に戻る事にした。
★
ドワーフ国に入国し、ゼフィーさんと別れる。彼女は冒険者ギルドに行って、報告をするのだろう。
俺達はいつものように、西の地区に行き、同じ場所に無限保管から小屋を出す。管理者であるバルバは、小屋の出現に、俺達の帰還を確認した。
「よう、帰ってきたか。それで、留守の間は何をしていたんだ?」
「野暮用だよ。」
「そうか。最近物騒な噂も流れているからな。国外に行く時は気をつけるんだぞ。」
「ああ、わかった。」
その噂が気になったが、多分、龍の存在だろう。それは解消したから、何も問題はない。
「今日はゆっくりと休もう。正直、まだ身体が痛いんだ。」
「もう!無理をして!」
マリアのお小言はいつもの事だ。まだ昼間だが、今日はゆっくりと微睡み、身体を休ませよう。
「先ずは風呂だな。ゼフィーさんがいたから、ゆっくりと出来なかったしな。」
「おふろー!」
「はい、そうしましょう。」
「そうね、何故か汗でベタベタよ。」
ゆったりと湯船に浸かり、身体をほぐす。今日は疲れたからな。何もしなかった。ご奉仕も遠慮した。身体大事。いや、本当だよ。
★
「それで、結果は?」
「はい、黒龍の存在は確認しました。そして、この地を離れた事も確認しました。」
「そうか。ならば良しだな。ビビに怪我は?」
「はい、ありません。」
「そうか。」
ギルドマスターグエンは、ゼフィーの報告に胸を撫で下ろした。憂いを絶ったのだから、その安心は余程の事だろう。
「それで、収穫はあったか?」
「はい、これです。」
「ほう、鱗か。これは上物だな。」
「一枚だけですが、頂きました。」
この言葉に、グエンが片眉を上げる。
「だけ?つまり、もっと沢山あったのか?」
その言葉に、ゼフィーは自分の失言を悔やんだ。ソーイチから他言無用の約束をしているのだから、それは守らねばならない。彼の信頼を裏切る行為は、自分の命に関わる、と判断をしていた。
「ええ、数枚ですが、ビビが持ち帰りました。アオバ男爵の土産にすると言って。」
「そうか、なるほどな。黒龍の鱗となれば、金貨よりも価値は高い。やはり彼は目先が良いのだろうな。」
言えない。数枚ではない。数百枚とは、言えない。
「何か言ったか?」
「いえ、別に、何も。」
「こんなに早く依頼を達成出来たのも、お前の力もあるのだろう。これは報酬だ。受けとれ。」
「・・・、はい。」
「この黒龍の鱗は此方が引き取る。それで構わないな?」
「はい、そういう契約でしたから。」
黒龍の鱗を手放すゼフィー。お宝が手から失うような感覚に陥る。
「よし、今日は休んで良いぞ。」
「はい、失礼します。」
ゼフィーはマスター室から退室する。手には銀貨が入った金袋。
ゼフィーは胸がもやもやとしていた。自分は何もしていない。全部あの男爵がやってしまったのだ。真実は話せない。誰も信じない。ならば、どうするか。
「よし!飲もう!」
ゼフィーは酒場に行き、酒をありったけ注文し、飲んだ。飲み明かした。やけ酒をした。二日酔いになるのは確定だが、それでも、彼女は今回の現実を酒で洗い流すのだった。
★
「ソーイチ様、お願いがあります!」
「なんだい、ビビ。改まって?」
真面目なビビだが、今はいつもより真剣だ。眼の力強さが違う。尻尾も、髪も少し逆立っている。
「私をもっとつよくして下さい!お願いします!」
「どうした?ビビは十分に強いぞ?」
「私は黒龍の恐怖に飲まれました。そして、ソーイチ様と黒龍のあの闘い。私はまだまだソーイチ様の足元にも及ばないのを確信しました。これからもお側にいる為にも、私は強くなりたいのです!」
んー、十分に強いんだけどな。それに、ドルフィニールとの闘いは引き分けとなったが、確実に俺の力不足だったし。チートを全開に使った結果は、身体がボロボロになったしな。
「焦るな。今はまだ妙手の域だ。俺もまだまだ妙手だ。二人で共に一歩ずつ歩み、達人の領域に辿り着こう。」
「ですが!」
「焦るな。焦って身体を壊したら元も子もない。わかるな?」
今にも泣きそうなビビ。それを俺は抱き締める。
「大丈夫だ。俺はビビから離れない。放さない。二人で強くなろう。」
声なくビビは泣き出す。自分の焦りは、俺との離別とも思ったのだろう。そんな事はしない。ビビはまだまだ強くなる。俺だって強くなる。二人で強くなり、共に歩き、共に生きるのだ。
「私は、私は。」
「うん、大丈夫だよ。ビビ。」
ビビが泣き止むまで、俺は抱き締め続けた。
★
折角の黒龍の鱗だ。何かに利用できないか考えていた。
大きくても、軽く、硬い。高温にも強く、燃える事はなかった。
加工も大変であり、俺の黒石ナイフでも削る事は出来なかった。金剛石よりも硬いとはね。恐れいったよ。
なので、この鱗を加工するには、更に硬い何かが必要になった。ヒヒイロカネはもうない。どうするか。
俺は、砥石を取り出し、黒石との融合を試みた。前にやった事なので、これは簡単に出来た。黒石の砥石が濃密になり、白っぽい透明になったのには驚いたが、これで、削る事は出来るようになった。
マリアから、「絶対に世に出しちゃ駄目!」のお言葉を頂いた。これもまた伝説級なのだろう。
特別な砥石を使い、鱗をゆっくりと削って形にする。ナイフにした。
黒石よりも、軽く硬い。どんなものもスパスパと切れそうだ。
そして、テラスの装備として、鱗の盾を作ろうと考えたが、テラスから「いらないよ。」の言葉で断念した。
身を守る何かを、と考えたのだが、テラスは一向に首を横に振る。
「いみがないもの。」
「意味がない?何故だ?盾を持てば、何かしら役には立つぞ。」
「ううん。きもちはうれしいけど、わたしにはつかえないから。」
「そうなのか?」
「うん。」
神妙な面持ちのテラス。俺の好意を断る事に罪悪感があるようだ。
「意味がない、か。なら、仕方ないな。」
「ごめんね。」
「いや、いいさ。気にするな。」
そんな訳で、断念したのだ。そうなると、数百枚ある黒龍の鱗は宝の持ち腐れだ。どうしようか?
「まあ、一枚でも金貨二枚の価値があるんだから、当面の資金に困る事はないわ。一気に大金持ちよ。」
マリアの言葉だが、俺はあまりピンときていない。
まあ、何かしら使い方もあるだろう。無限保管に入れっぱなしにする事にした。




