5-15 黒龍ドルフィニール
目の前の大きな洞窟に指し当たった。テラスの指す方角は合っている。ならば、この洞窟が怪しいと思うのは自然だ。
かなり大きな洞窟に、俺は心が踊った。風の道よりも大きな洞窟。この大きさならば、龍も簡単に入れるだろうと思った。
中が暗い。ランタンを出し、明るくする。指向性を強め、先の見通しを良くする。生温い風が吹く。
「この先にいるのか?」
「んー、わかんない。」
「怪しいとは思います。」
「こんなに大きな洞窟なら、いてもおかしくはないわね。」
口々に意見をだす。ゼフィーさんは、何やら震えていて、口に出さない。
それはともかく、先に進もう。
定期的に生温い風が吹く。硫黄のような匂いも混じっている。もしかしたら温泉があるのかもしれない、と期待してしまうのは、俺が能天気だからだろうか。
テラスは相変わらずだ。ビビは少し興奮をしている。マリアは、まあおっかなびっくりしている。ゼフィーさんも、同じだ。
「もう少し明るくなれば、安心するかな?」
暗くて怖いのならば、明るくすれば良い。
「で、でしたら、私がやります。」
ゼフィーさんが挙手をする。
前列に出て、何やら言葉を発する。聞き取れない早口を言うのと同時に、言葉を言う。
「ライト!」
ゼフィーさんの頭上に明るい球体が出現し、回りを照らす。ランタンなんかよりずっと明るいソレは、俺が初めて見る魔法だった。
「ま、魔法?」
「はい。正確には精霊魔法です。光の精霊の力を借りて、ここを照らしています。」
「凄いな。初めて見た。」
俺は感激した。本当にこの世界には魔法があったんだ。
「貴方も魔法を持ってるじゃないですか?何を言っているのですか?」
「いや、俺のは正確には魔法じゃないんだよな。多分。」
「そうなのですか?」
「そうなのです。そんな事より、その精霊魔法は、何種類使えるんだ!」
俺は食いぎみにゼフィーに聞く。後退りするゼフィーだが、答えてくれた。
「私は、水と風、あと光が使えます。どれも攻撃的ではなく、補助的な魔法ですね。」
「今、使えますか?」
「風は無理ですね。水は出来ますが、光が無くなってしまいます。」
「ちょっと!いい加減にしなさいっての!」
マリアが俺を諌める。
「ゼフィーさんが困るでしょ。初めて見る魔法に興奮するのはわかるけど、節度を持ちなさい。」
「そ、そうだな。すまない、ゼフィーさん。」
「いえいえ、確かに、初めて見たならば、気持ちはわかりますから。では、進みましょう。」
と言って、ゼフィーさんが先頭になり、先に進む。
大きな空洞の一本道。迷う事はない。小さな穴もあったが、この際無視して良いだろう。
この明るさに、マリアも安心したのか、挙動不審が治まった。
洞窟を照らすライトの明るさ。俺はまだ興奮をしていた。
いやだって魔法だよ!憧れじゃん!俺も使かってみたいな!これが終わったら、ゼフィーさんに教わろうかな。
「ダメだよ。」
テラスが言う。否定的な言葉に驚く俺は、テラスに聞いた。
「何故駄目なんだい?」
「ソーイチにはわたしがいる。だからダメ。」
うーん、意味がわからないな。
「駄目なのかい?」
「ぜったいにダメ。」
ここまで否定するテラスも珍しい。俺には魔法を覚える選択はしてはいけないようだ。
落ち着け俺。今までのテラスと違うんだ。何かしらある。そう、俺にとって。
「わかった。魔法は諦めるよ。」
「うん!ソーイチだいすき!」
抱き締めてくるテラス。余程嬉しいようだ。魔法の憧れはあるが、諦めよう。うん、そうしよう。
テラスと手を繋ぎ、先に進む。この洞窟に住む何かとの遭遇も考えたが、それは起きなかった。
強まる生温い風。定期的に起こる風に、俺は鼻を塞ぐ。
「それにしても、臭いな。この硫黄の匂いはなんなんだ?」
「くさいね。」
「鼻が辛いです。」
「ビビさんは本当に辛いわよね。私も辛くなってきたもの。」
「慣れれば平気ですよ。臭みは色々ありますから。」
ゼフィーさんにはこの臭みは効かないようだ。冒険者とはタフなんだと認識してしまった。
★
向かい風をひたすら歩く。足場は硬く、ゴツゴツしているためか、歩きにくい。そんな中先に進むと、大きな広めな場所に出た。そして、行き止まりとなった。とても広い空間にでた。
「行き止まりか?」
「どうでしょうか?」
ゼフィーさんが、ライトを上空に上げて、更に全体を照らす。広い空間の全体を照らす。
そこには、鎮座する龍がいた。黒い龍が。
龍。伝説の生物。生物の頂点に立つ存在。その強さ、存在自体が神として崇められる程だ。
その龍が目の前にいる。全高は10メートルはゆうに越えている。巨大な体躯。黒い鱗に覆われ、巨大な翼を背に背負っている。剥き出しの爪は巨大で鋭利であり、何でも引き裂くように見え、巨大な口から見える牙は、何でも穿つ力を持っていそうだ。
「貴様等か。我の邪魔をするのは。」
腹に響くその重低音に、誰もが畏怖する。マリアやゼフィーさんは腰を抜かしてしまった。
俺はわりかし平気だ。何故だ?
「ほう、我の言葉に抗うか。」
勝手に感心する黒龍。俺をその大きな瞳で凝視する。
「矮小かと思ったが、そうではないようだな。」
矮小か。確かに龍からみたら、俺達なんかはそんな存在だろう。だが、なんかむかつくな。
「貴様は何だ?」
何だ、と言われてもな。ヒトとしか言えないよな。
「まあ良い。闘えばわかる事だ。」
「は?何故そうなる!」
思わず口にする。身勝手な黒龍だ。
「待ってくれ、俺達は闘いに来た訳ではない。」
「貴様の意見を聞く道理はない。」
駄目だ。これは此方の意見を聞く耳を持ってはなさそうだ。
俺に向かって、黒龍が咆哮を上げる。空気が震える。この咆哮で、マリアとゼフィーさんが気絶してしまった。黒龍の一歩。地響きが起こる。
「ビビ、動けるか?」
「あ、ああ・・・。」
あまりの咆哮の威圧感に、ビビすら立ちすくんでしまった。
テラスはその場に立ち尽くす。諦めたようにも、気絶したようにも見えない。ただ立っている。黒龍を見つめて。
「テラス?」
「わたしは、だいじょうぶだよ。ソーイチをしんじてる。」
皆がもう動けなくなっている。動けるのは俺だけだ。
手甲を着ける。覚悟を決め、黒龍を見据える。
ゆっくりと地響きを響かせながら近寄る黒龍。俺も黒龍に向かって歩む。
もう一触即発だ。
★
先に手を出したのは、黒龍だ。俺を一飲みするかの大きな口を開き、牙を剥く。
だが、その動きは遅く感じる。慌てる事はない。
横にスライドし、牙をかわす。黒龍から噛み締める音が響く。その横面に剛の一撃を入れる。勿論本気でだ。
震脚で、地面に亀裂が走る。足の形に地面が窪む。
強烈な一撃の筈だ。俺の持つ本気の一撃。
だが、龍はニヤリと口角を上げるだけだ。
効かない、か。
俺が驚いていると、黒龍の爪が襲う。
円の動きで次々とかわし、腹に潜る。浸透撃を繰り出す。外部よりも、内部にダメージを入れるためだ。
「ぐお!」と言う黒龍の声に手応えを感じ、俺は同じように腹に浸透撃を繰り返した。
黒龍の両手が、俺を襲う。それを後方に避ける。腹の攻撃が効いたのか、黒龍は腹を隠しうつ伏せになった。口から溢れる煙。
俺は危機を感じ、黒龍に向かっていく。縮地、二段跳躍、空中走破、なんでも使う。黒龍の顔目掛けて、拳を突く。
寸前、黒龍の口から炎のブレスが放たれる。
熱い!だが!
俺はそのブレスを立体起動のスライドでかわしていた。赤い炎のブレスだ。まともに喰らえば丸焦げだ。
ここから、一進一退の攻防が繰り出される。
黒龍の攻撃をかわしつつ、浸透撃を繰り出す。至る部分に、打撃を与える。俺も、黒龍の体当たりをかわしきれずに吹っ飛ばされたりした。
「カカカ、やるなヒトよ。」
黒龍が語りだす。この闘いを楽しんでいるかのようだ。だが、俺はその闘いに喜びは得られていない。
どうすれば倒せるか。そればかりを考えていた。
そこで、思い付いたのは、一つしかなかった。
距離を開ける。呼吸を整え、体勢を整える。腹に力を込め、構える。
俺の持つ護身拳法は、護身術。此方から攻める術は殆どない。
集中する。目の前の黒龍の動きを見定める。溢れそうになる気力を内側に貯めて、力とする。
黒龍が、また口を開き、牙で俺を襲う。
流。足さばきで、相手の攻撃をかわす
柔。相手の力を受け流し、体勢を崩す。
そして、剛。震脚から伝わる力を拳に伝える。
それらを一つの動作に。
解放させる。
★
その一撃は、黒龍の牙を砕いた。全てを穿つ、と思わせるその牙をだ。
だが、俺の拳も限界なのか、鈍痛が走る。いや、全身に痛みが走った。
身体の限界を越えたのだろう。だが、まだ黒龍は牙を失っただけだ。
身体に鞭を打ち、体勢を整える。荒れた呼吸を整える。
ゆっくりと構え、黒龍の同行を見据える。
程よい距離感の中、俺と黒龍は互いに沈黙した。長い沈黙に感じた。
その沈黙を破ったのは、黒龍だった。
「やるではないか!名を聞こう!」
「ソーイチだ。」
「ソーイチか。うむ覚えたぞ。」
その言葉に、俺は構えを解いた。
「話を聞いてくれるのか。」
「ふむ、良いだろう。申してみよ。」
限界は越えていたが、どうにか黒龍との交渉まで辿り着いたようだ。
「黒龍の存在は、人の不安を呼ぶ。何処か別の場所に移動出来ないだろうか?」
「ふむ、我は人を襲うときは、必ず報復なのだがな。」
「報復?」
「我の縄張りを荒そうとする輩を潰したまでの事があったが、薬が効きすぎたようだな。」
カカカと笑う黒龍。なるほど、黒龍は黒龍なりに理由があったんだな。
「ここは縄張りなのか?」
「違うな。少しの休息を求めて、此所にきた次第だ。この辺りの者に害する気はない。」
「だが、邪魔をしに、と言っていたよな。」
「我はそろそろ脱皮の時期だ。その間、我は無防備になる。姿を隠すのは癪だがやむを得ない。」
脱皮か。龍に脱皮があるのか?いや、本人が言っているのだ。信じよう。
「そうか。なら仕方ないな。」
「脱皮が終わったら、この地を去る事を約束しよう。」
「それはどのくらい掛るんだ?」
「何、1日あれば、事足りる。」
そうか。ならば、
「ならば、洞窟の入り口で、俺が見張りをやろう。安心して脱皮に専念すればいい。」
「ふむ。良いだろう。ソーイチにも都合があるのはわかる。では、それは任せ、我は我のなす事をしよう。」
「なら、それで。」
「うむ。」
「そう言えばだが、黒龍、お前の名前を聞いていなかった。」
「我か。我は黒龍王ドルフィニールだ。」
★
黒龍の闘いが終わり、正気を取り戻したビビ。引き分けとなったが、俺の生還を包容で表現する。
「お体は大丈夫ですか?」
「ああ、何とかな。洞窟を出るから手伝ってくれ。」
何とかマリアとゼフィーさんを抱き抱え、洞窟の入り口まで戻った。
無限保管から小屋を出して、小屋で休む。そこまでは覚えていた。
目を覚ますと、テラスの添い寝されていた。身体の節々が痛いが、身体を起こす。
「おはよう、ソーイチ。」
「おはよう、テラス。」
身体を起こすと、テラスも目を覚ました。テラスに服を着させて、小屋の外に出る。
ビビが見張りをしていた。マリアとゼフィーさんはまだ眠っている。ビビは俺に気がつくと、抱き締めてきた。
「よかった。目を覚ましたのですね。」
心配をかけたようだ。ビビの頭を撫でて宥める。
「俺はどのくらい寝ていた?」
「二時間程です。」
二時間か。寝ていた、というよりは気を失ったのだろうな。
「よし、マリアとゼフィーさんを小屋に運ぶか。手伝ってくれ。」
「はい。わかりました。」
マリアとゼフィーさんを小屋で休める。俺は外で見張りをやろうとしたが、ビビに「もう少し身体を労って下さい!」と言われてしまった。
見張りはビビに任せ、俺は休む事にした。マリアとゼフィーさんは別室で寝ているから、俺はリビングで寝る。テラスも一緒だ。
目蓋は重く、簡単に寝ることになった。
再び目を覚ました。テラスを起こし、外に出る。ビビとマリアとゼフィーさんがいた。
「おはようございます。」
「あっ!やっと起きたわね!」
「おはよう。良く眠れたかしら?」
「ああ、おはよう。」
まだ、身体は痛いが、休息は十分にとった。俺も見張りに加わる。
「それで、何を話していたんだ?」
「はい、黒龍との死闘を話していました。」
「龍と互角に闘ったって聞いた時は、耳を疑ったわ。また無茶をしたんでしょ!」
「私は気を失っていましたからわかりませんが、ビビの話は本当なのですか?」
ありゃ、話しちゃったか。これについては、他言無用の約束をして、全部を話した。
「つまり、ここで黒龍が去るのを待つのね。」
「ああ。そうすれば依頼は完了だ。」
「いつ出るかわかりませんから、私は寝ないで待たないといけませんね。」
「そんなに気負う事はないさ。黒龍の話では、今日には完了する予定だし。此方から手をださなければ、害はないよ。」
「だと良いのですが。」
黒龍の言葉を信じれば、今日には脱皮を完了する筈。ゆっくりと待たせて貰おう。
思い思いに、時間が過ぎるのを楽しむ。俺は櫛をつくり、ビビは狩りに、マリアは水鉄砲の練習に、テラスとゼフィーさんは何かを話していた。
ビビも戻り、日が暮れる頃だ。一人の男が洞窟から出てきた。
背は高く、筋肉隆々、長い髪と長い髭。中年の男性。
「ソーイチか。」
「ん?その声、黒龍か?」
「ああ、そうだ。」
黒龍は人の姿で現れたのだった。




