癖
エル「え!?」
レナード「あ、あんたらいつの間に…!」
ブレア「ぐすっ…いえ、実は最初から近くにいたのですが、なんか聞いたらまずそうだなぁと思って一度引き返そうとしたのです…。ですが…ついつい聞き入ってしまって…」
ダンテ「子供はこうやって大人になっていくんだなぁ…」
スウィフト「ですねぇ…」
スウィフトとブレアとダンテのいい大人三人が号泣しているというなんとも奇妙な状況にレナードは頭の処理が追いつかず、エルは今のを聞かれていたことに対する恥ずかしさで顔を真っ赤にさせてその場でうずくまってしまった
ダンテ「ふぅ…ようやく落ち着いてきた…。おい、ブレア」
ブレア「あぁ、そうでした。今日は今回の依頼の報告に来たというのに…」
スウィフト「む…お見苦しいところを…」
ブレア「いえいえ、こちらこそ…」
大人達がそんなやり取りをしてるうちにレナードが現実に戻ってき、エルもまだ顔は赤いがしっかりと立ってたたずまいを直した
ブレア「えーっとですね、まず簡潔に結果から申しますと…」
そこでやや間が空き、エル、レナード、スウィフトの三人は思わず唾を飲む
ブレア「元凶を潰しましたのでもう心配ないかと思います。森の魔物ももう落ち着いており、無理に討伐などしなくても問題ないかと思います」
スウィフト「元凶、と言いますと…?」
ダンテ「近くに潜んでいた『鴉』の一派を捕らえて帝都の騎士団につき出しました」
スウィフト「『鴉』ですと…!?」
レナード「鴉…?」
エル「お父様、鴉とは?」
スウィフトはその『鴉』という単語に聞き覚えがあるようだが、レナードとエルの二人は全くの初耳のようで、エルが疑問を父親にぶつける
ブレア「『鴉』とはこの大陸の3国を股にかける盗賊集団のことです」
エル「盗賊…!!」
スウィフト「そうだ。鴉は卑怯な手段や姑息な手段を使うことを躊躇わない、3国で最も大きく危険だと言われる盗賊の集団のことだ」
ブレア「その総数は500に届くとも言われています」
レナード「500…!?」
ダンテ「ただ当然、そんな大集団がまとめて動けるはずもねぇ」
ブレア「なので鴉はその集団をさらに小さい集団として50ほどに分けていると言われています。全員が一堂に会するのは1年に数度しかない、とも言われていますね」
スウィフト「では、その集団の一つが…」
ブレア「はい。この村の近くに潜んでいました」
スウィフト「なんと…」
領主としてそれに気付かないのは失態だとスウィフトは心の中で自分を責めてしまう
レナード「けど…そいつらと、魔物の活性化がどうつながるって…」
ダンテ「あいつらは特殊な材料と製法で魔物を誘き寄せ、活性化させるある物を作ることができる」
ブレア「そうです。そしてその名を魔集団子と言います」
エル「ましゅう…だんご…?」
ダンテ「例えばそいつを何の封もせずその辺に置いとくとする。するとどうだ。魔物はその匂いにつられてあっちこっちから大集結、ってわけだ」
ブレア「さらにその匂いには魔物を活性化させる成分が含まれているようで、周囲の魔物を誘き寄せるばかりか活性化もさせる、という大変おそろしいものなのです。ちなみにこの匂いは人間には嗅ぎ取ることが出来ません」
レナード「ってことはつまり…」
ダンテ「あぁ。村の中心近くの木材置き場にあったぜ。こいつが」
そういってダンテが懐からある小瓶を取り出す
その中には入っていたものは
エル「団子…」
スウィフト「これが…村に…」
ブレア「はい。そして魔物の対処に追われる村の警護団や自衛団は疲弊し、普段の警備すらままならなくなってしまう。鴉のやつらはその隙に金品や物を盗んでいく、というわけです。いわゆるやつらの常套手段、ですね」
エル「怖い…」
レナード「そうか…。村のみんなが最近物をよくなくすって言ってたけど、無くしたんじゃなくて盗られてたってことか…」
レナードは昨日の昼前にエルを捕まえた時にいた村人達の会話を思い出す
ブレア「さらに魔集団子の恐ろしいところは、これを利用すれば最悪村を壊滅させることが出来てしまうという点です。そして鴉は村の物を全て奪っていく。これが最悪のパターンです」
レナード「な…村を壊滅…!?」
ダンテ「当然だ。活性化した魔物がほぼ無制限に集まってくるんだ。放置しておけば騎士団でも対処が間に合わなくなる。逃げようとしても周りは既に魔物だらけ。手の施しようがなくなっちまう」
ブレア「実際、そのように壊滅した村の例がいくつか確認されています。いずれの村も、団子が置かれてから2ヶ月ほどで壊滅したようです」
エル「ひどい…」
ブレア「私達はそのことを知っていたので、魔物の活性化と聞いた時点でまずその可能性を考えました。そして、私達が最初にお屋敷に出向いた時、確信を得ました」
スウィフト「それは…何故?」
ブレア「屋敷の窓から私達を偵察していた者がいたからです」
エル「え…!?」
スウィフト「な…!!」
ブレア「エル様…でしたね。あなたが玄関ホールの階段の中腹あたりでこちらを覗いていましたが、その後ろにあった大窓からです」
エル「…あ!」
エルはそこであの時のことを思い出す
ブレア『ん?』クルッ
エル『やばっ!』
スウィフト『どうされました?』
ブレア『…いえ、なんでもございません』クルッ
なるほど、あの時見つけたのはわたしじゃなく、その後ろの鴉の一員だったのか
そしてその途中で偶然にも私も見つけたということか
とエルはあの時の疑問にようやく合点がいった
ブレア「偵察に来た、ということは恐らく私達が村に来ることを事前に察知していたのでしょう。それも実際に私達を確認して確信を得た。そしてこうなると…」
ダンテ「やつらは逃走の準備を始める」
レナード「団子をそのままにして逃げ出すってのか!?」
ブレア「自分達が捕まるよりはマシ、ということでしょう」
ダンテ「だから1日で解決できる、と言ったんだ。俺達がやつらを捕まえようが捕まえられなかろうが、やつらは半日もあれば痕跡すら残さずこの辺りから消えちまう」
ブレア「つまり、魔物の活性化というのは我々がここに到着した時点で、魔集団子を探し出せば解決するというわけです」
エル「じゃ、じゃあ鴉の人達はどうしたの…?」
ブレア「捕まえましたよ?一人残らず」
ダンテ「俺達があいつらを見つけた時、今まさに逃走の出発をする寸前だったぜ」
スウィフト「では…問題は全て解決した…と?」
ブレア「はい。魔集団子は回収、鴉は全員捕縛して帝都の騎士団に引き渡しました。もう大丈夫です」
スウィフト「よ、よかった…」
スウィフトはそれを聞いて心の底から安心しきったのか、珍しくだらんとしている
レナード「え、じゃあ俺達を助けに来てくれた時は…」
ブレア「やつらを全員気絶させたすぐ後のことでしたね、森に魔物の咆哮が響き渡ったのは。それでまさかと思って急いでやつらを木に縛りつけ、駆けつけたというわけです」
ダンテ「お前らを村に送り返した後でやつらを連れて帝都へ向かったのさ」
ブレア「騎士団の連中が書類だとか事情聴取だとかでものすごく時間を取られてしまい、報告するのが今の今まで遅れてしまいました。申し訳ありません。全部騎士団のせいです」
笑顔で全部騎士団のせいとサラッというブレアに、レナードとエルは顔ががやや引きつる
ダンテ「ま、とにかくこれで全て解決ってわけだ」
ブレア「はい。ここに来る途中で森も確認してきましたが、既に魔物達も普段の落ち着きを取り戻しているようでした。もう心配することは何もございません」
スウィフト「ありがとうございます…!ありがとうございます!」
エルとレナードは笑顔で小さくハイタッチをする
村の危機が完全に去ったと聞いて、ようやく安心したようだ
ダンテ「それで…俺から一つ提案があるんだけどよ」
ブレア「ん?ダンテさん?」
スウィフト「はい、なんでしょうか」
ダンテ「ガキんちょ」
ダンテはそう言うとレナードの方を向く
レナード「え、俺?」
ダンテ「お前所持者だろう?どこまで使える?」
レナード「どこまで…って?」
ブレア「…『まとい』や『獣霊』は使えますか?」
レナード「その『獣霊』ってのはよく知らないけど…『まとい』は使えるよ」
ダンテ「なるほどな」
未だダンテの言葉の真意がわからないレナードは頭の上に疑問符が浮かんでいる
ダンテ「強くなる、と言ってたな。どうやって強くなるつもりだ?」
レナード「え…?」
この人は急に何を言い出すのだろうか
レナードはとまどいを隠せない
レナード「そりゃもちろん修行して…」
ブレア「はぁ…そういうことですか…」
エル「え…?」
ブレアが何かに納得したように小さく呟く
それを聞き取れたのは最も近くにいたエルだけであった
ダンテ「断言する。この村で一人で修行してても今以上はほとんど強くならねぇ」
レナード「は…?」
レナードはその言葉を正しく受け取ることが出来なかった
いや、到底信じられないといった様子だ
レナード「そ、そんなことはない!俺は5年もかかったけど、それでも『まとい』を使えるほどに強くなった!」
ダンテ「『まとい』までは、な。そこまでは一人でもなんとかなる。だがその先、『獣霊』を扱えるようになることは恐らくねぇだろうよ」
レナード「な…んで…」
ブレア「なんの知識も環境もなしに独学で修行して『獣霊』を修得するには約40年かかるといわれています」
レナード「よっ…!?」
そんなおかしな話があるか、と叫びたくなったが、この人達は自分よりも強く賢く、嘘をつく理由もない
言葉は口から出なかった
ダンテ「だから、お前はこれ以上強くなることはほとんどできん。例えなれたとしても、それは何十年も先の話だ」
エル「レ、レナード…」
レナードは絶句していた
強くなると誓ったすぐ後にこれだ
自分が歩くと決めた道は、こんなにもすぐ閉ざされてしまったのか
レナード「それを俺に話して…どうしようってんだ…。お笑い草だとあざ笑いたいのか…」
レナードは睨みつけるようにダンテに視線をぶつける
だがダンテはそんなこと意にも介さないのか笑っている
そんな姿にレナードは怒りを覚え、拳を握ろうとする
その寸前、ダンテが口を開き、発した言葉は…
ダンテ「お前、うちに来ないか?」
レナード「………は?」
たっぷり間が空いて出た言葉はたったそれだけだった
唐突で、思いもしていなかったのだから当然と言えばそうなのかもしれないが
ブレア「また出ましたよ。ダンテさんの勧誘癖」
エル「勧誘…癖…?」
ブレア「ダンテさんは気に入った人を見つけるとギルドに勧誘せずにはいられない人なんですよ。実は我がギルドはそうして声がかかったメンバーのみで構成されていますしね」
ブレアの解説が耳に入ることでレナードもようやく現実に帰ってくる
それでもまだ目を丸くしたままだが
ダンテ「どうだ?俺のギルドにいれば間違いなくお前は強くなれる。悪い話じゃないと思うぜ」
レナード「…」
レナードは右手を顎に当てて真剣に考えている
頭の中でダンテの言葉を反芻する
そうして理解したことを簡潔にまとめれば、つまり今のままでは強くなることは出来ない、だがギルドに入れば強くなることができる、ということだ
レナード「…強くなれるという根拠は?」
ダンテ「根拠か。そんなもんはねぇ」
レナード「は?」
根拠がない?
なのに絶対に強くなれる、と言ったのかこの男は?
ダンテ「ただまぁ…」
レナード「…?」
ダンテ「うちは少数だが、実力は屈指のやつらばかりだ。お前が強くなるには今のままじゃ知識も環境も足りない。その点俺達ならそれを補ってやることは出来る。あとはお前の努力次第だ」
レナード「なるほどな…」
正直言って悪くない
それどころか強くなるためには今はこれが最も最短なのだろう
それは間違いない
だが…
レナード「悪くない話だけど、断るよ」
ダンテ「…なんでだ?」
レナード「エルの傍を離れるわけにはいかないからだ」
ダンテ「…」
レナード「俺はエルを守れるほど強くなりたい。でも、そのためにエルから離れたら本末転倒だ。エルから離れてる間にどんなことが起きるのか分からないからな」
ダンテ「まぁ…もっともだな」
ブレア「諦めましょう、ダンテさん。今回も駄目みたいですよ」
ダンテ「うるせー」
ダンテは頭をガシガシと掻きながら上を向いて、また断られたかーなどと言っている
本当にいい申し出だったが、こればかりは無理だ
レナード「申し訳ないっす。まぁ無理って言われても、俺は一人でなんとかす…」
エル「まって!」
レナードの言葉を遮るようにエルが待ったをかける
その場の全員がエルの方へ向く
そしてエルが口を開いて出た言葉は
エル「じゃあ、わたしもついてく。それなら問題ないでしょ?」
……え?
全員が全員絶句してその場で動きが止まる
一番最初に動いたのは、父親であるスウィフトだった
スウィフト「ま、待ちなさいエル!突然何を…!」
エル「だってレナードが強くなるにはそうするしか方法がないんでしょ?」
スウィフト「いやだからと言ってだな…」
エル「お父様」
エルは真剣な顔持ちでスウィフトに正面から向き直る
エル「わたしがここに留まっていても何一つ成長出来ません。わたしは、今回のことが良い機会だと思っています。お兄様は各地を飛び回って様々なことを吸収されているのに、わたしはただ村で遊んでいるだけ。このままでは領主の娘として面目が立ちません。だから彼らについていき、世界を知りたい。成長したいのです」
スウィフト「エル…」
レナードは口を開けたままポカンとしたままだった
だがエルの言葉は頭に入ってきている
だからこそ驚き続けているわけだが
レナードの驚きの最も大きい原因は、エルが成長したいと発言したことである
あのエルが自分で成長したいと言ったことなど一度も聞いたことがなかった
それは恐らくスウィフトも同様だろう
だが、だからこそ、スウィフトは今迷っている
成長したいと言う娘を親が何故断ることが出来ようか
しかしそれは危険が伴う
領主ではなく親として、スウィフトは苦渋の決断を迫られていた
エル「お父様…!」
スウィフト「一晩…。一晩だけ、考えさせてくれ…。妻とも話し合わねばならない」
エル「そう…ですね…。わかりました」
レナード「エル…」
ダンテ「…それじゃあ明日の朝、またここに来る。その時にまた返事を聞かせてくれ」
エル「はい…」
ブレア「スウィフト様。どちらの選択をするにせよ、後悔が残るかもしれません。ですが、我々に預けていただけるというのであれば、我々は全身全霊も持ってその期待に答えましょう」
スウィフト「…」
ダンテ「それじゃあ、また明日な」
ダンテとブレアはそういい残し、昨日のように空中へと飛び去っていった
その後はしばらく沈黙が続き、そしてスウィフトが言葉を切り出す
スウィフト「…レナード君は、両親と話しあわなくてもいいのかい?」
レナード「両親と、ですか」
当然ながら親に黙って出て行くなど出来るわけがないので、両親に話す必要は出てくるだろう
だが
レナード「多分、大丈夫だと思います。親父とお袋は、俺のやりたいことをやらせてくれるって信じてます。というか、そういう人達なので」
スウィフト「そうか…」
笑顔でそう言うレナードにスウィフトも思わず笑みがこぼれる
スウィフト「ふぅ…。親というものはつくづく大変だな。レナード君、今日はもう帰りなさい」
レナード「…はい。では失礼します」
レナードも今日を過ぎればしばらく両親と会えなくなる可能性があるのだ
エル達も、ゆっくり話し合わなければならない
今日はお互い、家族と過ごす時間が多く必要だ
レナードもそれを理解しているので、スウィフトの言葉に素直に従い帰路についた