レナード・シルダとエル・ウェーバー
エル「レナー…ド…。レナードぉ…」
必死に耐えていた涙が溢れ出す
レナード「無事か…?怪我は?」
エル「だい…じょうぶ…グス」
レナード「よかった…」
レナードはほっと息をつく
エル「どうして…この場所が分かったの…?」
レナード「魔物の咆哮が聞こえたんだよ。多分、あいつが放ったもんだろ。聞こえた方角に無我夢中に走ってったら今まさに襲われようとしてるお前を見つけた」
皮肉にも魔物のおかげでエルが見つかったということか
レナードはその魔物へと向きなおす
『まとい』で強化された状態での体当たりだが、魔物は未だピンピンしているようだ
人にむけて体当たりすれば骨折はまぬがれない威力だ
この丈夫さでは自衛団のみんなが苦戦するのもうなずける
レナード「ちっ、まさか本当に魔物と戦うことになるとは…。剣持ってきて正解だったぜ」
レナードは剣を抜いて構える
魔物は怒り狂った様子で殺気を走らせている
さしものレナードにも恐怖が襲う
当然だ
自分の身体ほどもあろうかという魔物と一人で立ち向かうのだ
さらに今は夜の森
完全に向こうのホームである
だが逃げるわけにはいかない
レナード一人ならば『まとい』を使って逃げることも出来るだろうが、今レナードの後ろにはエルがいる
彼女を連れた状態でやつから逃げることなど到底不可能だ
倒すしかない
レナードは剣をぎゅっと握りなおす
マナは尽きかけている
恐らく、『まとい』をかけていられるのはあと約30秒が限度だろう
その間に仕留めなければならない
レナード「ふぅ…」
恐怖している心を落ち着かせ、身体に力を込める
エル「レナード…」
レナード「大丈夫だ。俺の後ろにいろ」
エル「うん…」
制限時間は30秒
覚悟を決めるしかない
レナード「うぉぉぉぉ!!!」
「グガァァァ!!」
両者は同時に動き、正面から激突する
レナード「ぐっ…!」
魔物の鋭い爪を剣の腹で受け止める
だが『まとい』を使っていても力は向こうが上なのだろう
徐徐に押し込まれていく
レナードは正面からでは分が悪いと即座に判断し、距離を取る
レナード「力で負けてても、速度なら!」
魔物の後ろに高速で回りこみ、斬りかかる
魔物の対応が遅れ、浅いが斬り込みが入る
レナード「よし!」
浅いが、確かな感触を掴んだ
レナードは再び距離を取り、動き回ることで魔物を翻弄しようとする
だが
「ガルァ!!!」
レナード「なにっ!?」
魔物はレナードの動きを即座に捉えると牙を尖らせて突撃してくる
レナード「くっ!」
それを間一髪で避けるが、わずかに服にかすったようだ
その部分がまるごと消失している
もしあれが掠りでもしていたら…
身体中から嫌な汗が出るのが分かる
レナードの身体に再び緊張が走る
レナード「速度でも駄目なのかよ…」
今度は逆に魔物がレナードを翻弄するかのようにレナードの周りを駆け回る
「ガァル!グルルル…!」
タイムリミットの30秒は刻々と近づいている
レナードは必死に頭を回らせる
考えろ!考えろ!考えろ!考えろ!考えろ!!!!
…無理…なのか?
レナードの頭にそんな考えが浮かぶ
その直後
エル「レナード!!」
レナード「…!!」
エルが自分の名前を呼ぶのが聞こえた
不安だったのだろう
心配だったのだろう
俺はエルを守ると誓ったのに
誰にでもない、自分自身に誓ったのに
その俺が諦めるのか?
俺がこいつを守ると決めた5年前のあの日から、俺は修行を重ねてきた
修行して修行して、ようやく『まとい』を使えるようになった
これであいつを守ることができる
そう思っていたのに、こんな魔物一匹からも守れないのか?
―――違う!
こんなところで諦めるわけにはいかない
まだ武器はある、マナもある
まだ戦える
力は残っている
諦めるには…早すぎる!
「ガァァァァァ!!!」
魔物が鋭い牙を立ててものすごい勢いで突撃してくる
一か八か
レナード「おぉぉぉぉ!!!」
レナードは両手で掴んでいた剣から左手を離し、自らの顔の前へと持ってくる
そして
「ガァゥ!!」
レナード「づっ…あぁっ!!!」
魔物が勢いよくレナードの左腕に噛み付いた
その瞬間鮮血が散るのが暗い夜でも分かった
自分の顔にかかり、その量から尋常ではない血の量だと感じ取れる
エル「レナード!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!
けど
レナード「捕まえたぜ…この野郎!」
レナードはそのまま左腕をひねり、魔物の頭をその手でしっかりと掴む
魔物もまずいと思ったのか口を離し、逃げようとする
だが
レナード「5年の修行を舐めんじゃねぇぞ…!」
「グル…!ガ…ァァ!!!」
『まとい』によって強化された腕は魔物であっても容易に振りほどくことは出来ない
そしてレナードは右手に力を込める
レナード「終わりだぁぁぁぁぁ!!!」
剣がまっすぐ振り下ろされ、そして
鈍い音とともに、魔物の首と胴体が斬り離された
残された胴体はその場で力なく倒れる
魔物の頭部がレナードの左腕から解放され、まるで跳ねないボールのように地面を転がった
レナード「はぁ…はぁ…。ぐ…ぁぁぁ…!」
呼吸を整える間もなくレナードはその場で膝をつき、激痛を押さえ込むかのように左腕の傷を右手で押さえる
エル「レナード!!」
エルがレナードに駆け寄り、その傷を見て絶句する
エル「レナード…!き、傷が…!こんなに血が…!あぁ、どうしよう…!」
エルの慌てふためく姿が目に入った
駄目だ、エルをこれ以上不安にさせてはいけない
レナード「だい…じょうぶだ…こんなもん…唾つけときゃ治る…」
エル「唾って…何言ってるの!こんな時に冗談はやめて!」
気丈に振舞おうとするが、マナを使い切ったことによる身体のだるさと疲れ、そして傷のせいで身体が動かない
早くエルを連れて村に帰らないといけないのに…
と、その時
ガサッ
再び茂みから音が聞こえた
エル「え…」
ガササッ ガサッ ガサッ
しかも一つではない
四方八方あらゆる方面から音が聞こえる
緊張が一気に高まる
そして、茂みから現れたのは
「グルルルル…!」
さっきの狼の魔物だった
それも1体ではなく、複数である
レナード「群れ…だと…!?」
先ほどの魔物と全く同じ魔物が10体ほども現れる
さらに恐ろしいことに、やつらはさっきの魔物よりも一回りもでかい
とある1体はそれらよりもさらに一回り大きいようだ
全員が全員恐ろしく怒っているようで、威圧感で押しつぶされそうだった
レナード「おいおい…嘘だろ…。まさか…さっきのやつは群れの子供で、こいつらが大人だってのか…」
そうとしか考えられない
身体のサイズ的に、倒した魔物は今回りを囲んでいるやつらの子供であると判断できる
さらにはこの怒り様
群れの子供が殺されてはこの怒りも当然だと言えよう
レナード「ぐ…!」
エル「あ…あぁ…」
レナードの身体は動かず、出血のせいか意識すらも薄れてくる
エルも再三の恐怖のあまりその場で呆然としている
諦めるな
言うのは簡単だ
だが現実を見ろ
苦労して大怪我してようやく倒せたやつより遥かに強いやつが10体
奇跡が起こっても無理だ
レナードは唇を噛み締める
レナード「俺に…俺にもっと力があれば…!」
―――エルを守れるのに
「オォォォォォ!!!!」
一際大きい魔物、群れのボスだろうか
そいつが雄たけびをあげると同時に魔物が一斉に動く
牙と爪が二人に襲い掛かり、そして…
「グガゥ…!?」
「ギャンッ!!」
何が…?
…熱い…?
レナードが途切れかけていた意識を起こし、周りを見渡すと
炎が、二人を囲っていた
レナード「な、なにが…」
「ギリギリ、間に合いましたね」
上からそんな声が聞こえると同時に、二人の傍に一人の人間が降り立った
その男は右手に長剣を携え、銀色の髪をたなびかせている
ブレア「大丈夫ですか?お助けに参りました」
ギルド「暴王の城」副リーダー、ブレア・マーカーがそこにいた
レナード「たす…け…?」
ブレア「はい。魔物の雄たけびが聞こえたのでもしやと思い、急いで向かってきたのですが…ギリギリ間に合ったようでよかったです」
エル「あ、あんたは…ブレア…さん?」
ブレア「おや私を知って…。あぁ、あなたは領主様のお屋敷で我々を覗いていた方ですね。悪い子です」
エル「え…」
気付かれていたのか、とエルは驚く
レナード「魔物たちは…」
ブレア「この炎の壁の外にいるんじゃないでしょうか。気配…どころか殺気をひしひしと感じますよ」
この男は冷静に何を言っているのか
脅威はまだ去っていない
この炎が消えてしまえば、またやつらが…
ブレア「あぁ、ご安心を」
レナード「…?」
ブレア「この炎は私が作っているので消えることはありません。それに…」
ブレアがそう続けようとした瞬間、急に身体が重くなったように感じた
ブレア「この炎の外には我らがリーダーがいますので、大丈夫です」
レナード「なっ…!?一人でやつらと…!?無茶だ、加勢に…!」
ブレア「いえいえ、その必要はありません。むしろこの炎の結界から外に出ないでください。この結界で大分抑えていますが、外に出たら『重力』をもろにくらいますよ」
レナード「重力…?」
ブレア「そうですね…外を見れば分かります。炎の壁を低くしてみましょうか」
そう言うやいなやさっきまであった2mはあろう炎の壁か1mほどまで下がり、辺りを見渡すことが出来るようになった
そしてそこには
「おーおー、うじゃうじゃいんな」
何故だろう
魔物達が揃いも揃って地面に伏せている
まるで、見えない圧力で無理やり抑えられているかのように
ブレア「ダンテさん、一人重傷者がいます。すぐに片付けてくださいよ」
ダンテ「へいへい」
ダンテと呼ばれた男は腰にある剣も抜かずにただそこに立っているだけである
であるというのに、何故だろうか
この程度の魔物達ではこの男に絶対勝てない
レナードはそんな予感を通り越した、確信を得ていた
ダンテ「んじゃひとまず、やりやすいようにまとまってくれや」
そう言った瞬間、10体もの魔物が見えない力に引っ張られるように一箇所にぎゅっと集められた
集められた後でもその力は働き続け、魔物達をそこに固定する
魔物達は苦しそうにもがいているが、もがくだけでその場から逃れることが出来ない
ダンテと呼ばれた男は腰の剣に手をかけ
そして
キンッ
と、音がしたかと思うと…
魔物達の身体は周りの木ごと横一線に真っ二つとなっていた
エル「は…え…?」
レナード「な…!」
ダンテ「終わったぞ」
ブレア「お疲れ様です」
それを見届けたブレアは炎の結界を解いた
ブレア「男の子が一人と女の子が一人。男の子の方が重傷で、女の子は領主様の娘さんでしょう。急いで村に戻ります」
ダンテ「あいよー」
そう言った直後ブレアの身体から赤いオーラのようなものが放たれ、その身体が宙に浮いた
ダンテも同様に黒いオーラを発して浮いている
ダンテ「ちっと我慢しろよ?」
レナード「え?」
エル「わぁっ!?」
ブレアとダンテが高速で上空へと上昇したかと思えば、レナードとエルの二人も見えない力に引っ張られるように上空へと上昇した
レナード「な、なんだこれぇ!?」
エル「そ、空を…飛んでる!?」
ブレア「村はあっちのようですね」
ダンテ「よっしゃ、最高速で向かうぜ」
ブレア「は?いやちょっとまっ…」
最高速…?
なにやら不安になる単語が聞こえ…
レナード「ぉ…!」
突然、視界が横線のみで覆われる
この感覚には覚えがある
思いっきりクルクル回っている時に見る景色だ
あらゆるものが横線で見え…
レナード「って、うぉぉぉぉぉ!?」
エル「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」
レナードとエルはものすごい速度で空を飛んでいた
そう、視界がとらえるものが全て横線となって見えるほどに
レナード「い、息が…!!」
エル「吐く!!吐くぅ!!!」
ダンテ「はっはっはっは!」
ブレア「ちょっとダンテさん!スピード出しすぎ!!二人が顔面蒼白になってます!!」
ダンテは笑い、ブレアは怒っているが二人にはそんな余裕などなく…
ダンテ「到着!」
村の端についた頃には二人共ぐったりとしていた
ダンテ「なんだ、最近の若いやつは根性ねぇな」
ブレア「馬鹿かあんた!!」
本当に馬鹿なのかこの人は、と薄れ行く意識の中でレナードは一人つぶやいたのであった
初ということでまとめて3話投降してみました
感想頂けたら幸いです