第五話 郊外
「なんだかんだで、勝ったな」
俺はなんだか、気がぬけて、
座ったまま、剣を地面に突きおく。
目をつむりながら、空を見あげ、あんどの息をはいた。
ねずみは、黒く変色し、
くずおれるように、倒れこむ。
すると、砂のようであり、
ほこりのようでもあるものに、なっていく。
それは、周囲に浮遊しながら、
ゆっくりと、四方八方に拡散し、きえていく。
「あ、それのあれを浴びると、あれが、あれするよ」
「わけ分からんな」
「浴びればいいよ。経験値がもらえるナノ」
「おい。それ大事だろ、はやくいえよ……」
俺はマントと上着をぬぐと、
黒いほこりを、両手で、まきあげてあびる。
「脱がなくていいナノ……」
「なんで、脱いでから、言うんだよ」
「脱ぐまえに言ったら、逆にわたしが、変態みたいナノ……」
「ところで、こいつって、やっぱ死んだのか……?」
俺は、服をきながら、指をさす。
へんな消え方を、しているから、きいてみた。
フェリリは答える。
「ガイドブックによると、
死んでないよ。
大魔堂って、いうところで復活するナノ」
「無限復活するのか、
俺も、HPがゼロになったら、こうなるのか?」
「プレイヤーは、
『HPがゼロになった』だけじゃ、ならないよ。
『HPがゼロになって、攻撃をうけ続ける』と、
なるって、書いてある。あ、ヤキソバのレベルが上がった」
「なんだそれ……
『HPがゼロになった』段階だと、
なんか、ないのかよ」
「えーっと、
HPがゼロになると『活動不能状態』です。
すると『立てなくなります』
『通常攻撃も、技も、マジックも使えません』
『移動も、はわないと、できません』
『活動不能状態』を解除するには、
専用のアイテムなどを、ご使用ください、だってナノ」
HPが、俺の知ってるものと、
ちがう感覚だが。
HPはもともと、致命傷をさけるための、
体力や回数が、どれだけ、残ってるかの指標。
と、きいたことがある――。
なので、俺の認識と、
大きく、ちがっている訳では、ないのかな……?
「しかし、HPがゼロで、回復できないと、
はって町に、かえるのかよ……」
「かえり方は
『背中に焚いたランタンをのせて、ほふく前進で帰ります』
だってナノ」
「なるほど、マヌケだけど、
体裁ほど、いらないものはないよな……
っていうか、敵と、相打ちじゃないと、
まったく、つかう必要のない方法だ」
「ちなみに、HPがゼロのときに、攻撃を受けると、
LPという、値がへり、
LPがゼロになると『ロスト』します。
『ロスト』すると、特殊転生した人たちは、復活できません。
特殊転生した人たちの、
おなじ異世界への、リトライはできません」
「おなじ異世界って、変な言葉だな、
現地人は、復活できるのか?」
「現地人はできるナノ」
「じゃあ、現地人のが、つえーじゃん」
「特殊転生した人たちは、
経験値が多いってあるよ。
だから、LVもすぐに、おいつくだろうって」
「なんだ……
レベルが低くても、きにする必要は、なかったのか……」
俺は後頭部をかく。
……しかし、この世界は、まったく現実感がないな……
これ、ジジイのつくった、
そうだいな、盆栽の一種って、オチじゃねえの?
「これからどうするなの?」
「……行きたくないが、
約束なので、冒険者協会にいく」
「さっそく、いこうナノ」
遅疑逡巡しても仕方ねえ。
俺たちは、ボイコット町に、もどると、
冒険者協会へむかって、歩みはじめた。
まだ、空はあかるく、夜までは、時間もありそうだ。
「こっちナノ」
フェリリが、そでまねきをしてまねく。
飛ぶの、はえーな。
◆ ◆ ◆
俺たちは、冒険者協会についた。
冒険者協会は、長方形の五階建てだ。
外観だけでみても重々しく、
周囲に、光のようなものを、まとっている気さえした。
おごそかながら、武骨な建物だ。
「そっちじゃないなの、こっちナノ」
フェリリの指は、
となりの、ボロい家のような、家を指さしていた。
こっちなのか……?
っていうかこれ家だろ。
フェリリは、チャイムらしきものを押した。
小気味いい音がなり、
しばらくすると、チャイムから、女性の声が聞こえ、
それに、フェリリが答えている。
「はいって、だってよ」
異世界語を、話せなくて、大丈夫かな。
俺は、また、不安になってきた。
「本当にここなのか……?
ただの家じゃんか」
冒険者が、つどう場所って、感じじゃない、
ここは、普通の住宅だ。
「ここが、冒険者協会支部、代理所だからなの。
となりは、新装開店の準備ナノ」
「ふーん……そうなのか……」
「あっ、そうそうナノ」
「ん、なんだ……?」
「なんか、
特殊転生した、プレイヤーであることは、
できるだけ、秘密だってナノ」
「なんでだ?」
「悪いやつに、狙われる可能性があるんだって、
だいたい、そんな感じのことが、書いてあるナノ」
「おいおい……ちょっとまてよ……」
「なんなの?」
「異世界語をしゃべれなかったら、
まるわかりじゃねーか……?」
「それも、そうナノね」
「……やっぱ、おまえだけで、話してきてくれねーか……?
レベル二、っていう、低レベルだとバレても、
特殊転生者であることは、確定では、ないだろうが。
俺が話あいの場にいたら、
発言を、もとめられるだろうし、
異世界語をしゃべれなかったら、それで怪しまれるじゃんか
それにやっぱり、異世界語をはなせないのに、
仲間集めとか、パーティを組むとか、無理があるだろ……」
「仲間集めいがいにも、目的あるよ。
冒険者として、登録しておくと、減税とかあるナノ」
「がめついな」
「こういうのは、普通なの」
「俺がいなきゃ、登録するのは無理だろ、
こんかいは、諦めようぜ……異世界語が話せなきゃ、はじまらねえよ……」
「そういう事情なら、無理にとは、いわないよ……
でも、せっかくだから、ちょっとだけ、きいてくるナノ」
そういうと、フェリリは飛んでいった――。
俺は、ドアの隙間から、となりの部屋の、フェリリをのぞく。
フェリリの、話し相手はみえない。
俺は、ほかの冒険者をうかがう。
青髪のふたごが、イスにすわっている。
ふたごは、抱えている長いつえを、足の間にはさんでいる。
そのよこで、銀髪の女が、
テーブルに、ほほをのせている。顔は見えねえな。
おっさんもいる。
アゴヒゲがふたつに割れ、
まるで、割れたアゴに真下から、
敵の攻撃をくらったかのようだ……可哀想に。
フェリリの方をみると、なにかを、はなしている。
俺のことを、話しているフェリリをみると、
なにか、お正月のときのことを、おもいだすな――
そのとき、俺は親戚から逃げるように、
部屋の外で、様子をうかがっていた。
すると、俺のことをしゃべる家族の声が――
いや、これは、おもい出すのはやめよう……
――しばらくして、
フェリリは、いがいと早く、もどってきた。
俺たちは、冒険者支部代理をでて、
宿屋にもどる途中、
今後について、言葉をかわした。
「やっぱ、冒険者の登録も、減税も、無理だってナノ……」
「……そらそうよ」
「――で、冒険者協会支部は、三カ月後に完成って、きいたナノ」
「じゃあ、ちょうどいい。
それを目標に、異世界語を習得するわ」
「わたしが教えるナノ」
「サンクス。あとそれと……」
「ナノ……?」
「この世界に、前世界からの知りあいが、
ふたり来ている、はずなんだ……」
「そうなの?」
「それで……
そのふたりを探してほしいんだ」
「……わかった。
あいた時間をみつけて、巻物で調べたり、
ひとに、聞いてみたり、するナノ」
「おう、ありがと」
話しているうちに、
空が燃えるように赤めき、
影法師が、ぶきみに、めだってきた。
「暗くなってきたな……」
「この世界の時間は、
朝は七十二時間、夜は七十二時間、
合計、百四十四時間なの」
「なんだそれ……」
「そういうものらしいナノ。
時計も一番内側に、六つ数字があって、
それで、判断するんだって。
内側の四本目の針は、極短針というナノ。
その数字は一陽、二陽と数えて、
短針が一周するごとに、半陽すすむよ」
「ヘー」
「――それから、この世界は、五日で一カ月。
前の世界でいう、六日分が、
この世界の、まる一日になってる。
と、考えればいいナノ」
「丸三日も、眠れるのかよ……」
「体が、この世界に、適応してあるから、
そのうち、なれるよ」
そんなことを喋りながら、やがて、俺たちは宿へつく。
そして、三カ月のち――。
俺は異世界語をマスターした。