第二十三話 食堂
八月二日、一陽十二時半。
俺とカゲヤマさんは、食堂にいた。
カゲヤマさんは、巫女服へ着がえている。
「テッシちゃんがいないですね」
「フェリリ殿が、説得しておるな」
おいおい……なんで、フェリリまで、いないんだよ……
ふたりきりじゃ、きまずいじゃねーか。
ふいに、おとずれる沈黙――。
俺は食器をもったまま、目をつむる。
おちつけ俺。
朝はふつうに、話せたじゃねーか。
なんのことはねえ、なんでもいいから、話せばいいだけだ。
「……あのう……趣味とか、あるんですか……?」
……なにを聞いてるんだ俺は……
「武器の手いれかのう」
怖っ……!
「怖っ……!」
「そ、そうかのう……」
目の周囲に、カゲをつくるカゲヤマさん。
やべえ!
声に出てた!
「いえ、かわいいと、おもいます」
「武器の手いれが、かわいいとか……それもどうかと、おもうのう……」
じゃあ、どういえばいいんだよ……
「とりあえず、ぶじ帰還した、
慶賀の食事としよう。めでたいのう」
「いただきます」
食べはじめれば、沈黙なんて、
不自然じゃないし、こわくない。
これが人類の知恵だ!
「これ食っとくれ、にがてなんじゃ」
カゲヤマさんの皿のうえにある、
だいだい色の星型の食べもの。
それを、フォークの先が長い、
フタマタの食器で、俺の皿へのける。
「ちゃんと、なんでも食べないと、栄養とれないですよ……」
「そちの栄養はいらんのじゃ」
大きくなれないですよ、
と、言いそうになったが、
気にしてるようなので、やめておいた。
「せめて、いっこだけでも、食べてください」
俺は皿を持ちあげ、どうじに食べ物をずらす。
「うむ。護符ガードじゃ」
カゲヤマは両手でもった
護符を横にし、皿のまわりに、バリケードをはった。
「食べものと、装備で、遊ばないでください!」
「遊びじゃないのじゃ!
真剣に、食べとうないのじゃ!」
「言葉遊びじゃないですか、遊びですよ!」
俺が皿を動かすと、護符で妨害してくる。
必死だな。
「ブランクキャンセル――減退の呪符じゃ!」
カゲヤマは札を投げてくる。
「ちょっと、ちょっと……!
食事中に、技を使わないでくださいよ……」
カゲヤマさんは、大人しくなった。
……ちょっと、反省しているようだ。
ここで、本題の話を、切りだすことにする。
「ところで、うちのパーティに、はいる気はありませんか……?」
おそらく、一度は断られるだろう。
そう、予想した。
「助けてもらった、恩もあるし、
入っても、いいんじゃが、
たまにある、ほかのパーティとの、付きあいもあってのう。
参加できないことも、あるんじゃが、それでも、いいじゃろうか……?」
やはりか。
俺やテッシちゃんが参加した、講座にもきてないし。
俺やテッシちゃんなど、セレクターの、レベルのあがり方を考えると、
どこかのパーティへ、参加しているとは思っていた。
「いえ、俺のパーティにだけ、参加して欲しいんです」
カゲヤマさんは、こまった表情をみせる。
「……理由を聞いても、いいじゃろうか?」
俺は身をのりだして、小声でいった。
「カゲヤマさんって、多芸ですよね」
「……どうして、そう想うんじゃ?」
「メインクラス、サブクラスの両方とも、
おなじレベルですよね?」
「……例の巻物だかで、調べたのじゃな……?」
「その件は、すみません、緊急時だったので」
「うむ、ゆるそう。
サブとメインを入れかえて、上げているんじゃ」
「……なるほど」
俺がそういうと。
だんだんと、小声になっていった、カゲヤマさんの表情が、
こころなしか、やわらいだように見えた。
「俺がおもうに……それは、ちがうと、おもいます」
「……どういう意味じゃ?」
「カゲヤマさんって、セレクターですよね……?」
俺はそう、言いきった。
「サブクラスのレベルが、上がりやすいスキルをみました。
あれは、セレクトスキルです」
「あれは、わしのクラスのスキルで――」
「……いえ、巻物でセレクトスキル表記をみました。
あれは、セレクトスキルです」
「そうか……」
カゲヤマさんは、テーブルでウデを組み、
そのなかに顔をうずめる。
「気にしなくても、いいですよ。
だれにも、言いませんから」
「気にするなと、言われてものう……」
カゲヤマさんは、顔をうずめたまま話す。
そのスキに、俺はカゲヤマさんの皿へ
、だいだい色の、食べ物をひとつ、そっと落とす。
「わしが、ねらわれたのも、
それが、由縁なんじゃろうか……」
「……わかりません。
でも、可能性はあります」
「杓子定規な、いい方じゃのう……」
カゲヤマさんがふかく息をはく。
それをみて、カゲヤマさんが
すこし、落ちついたとおもい、俺は切りだす。
「俺もセレクターなんです」
「……やはりか。あの光る手か?」
「そうです。
大丈夫ですか……?」
カゲヤマさん、
ずっと、顔をふせてるな……大丈夫か?
「気にせんでくれ。
秘密がバレたことじゃなくて、
あいつらが、ただの窃盗や、暴漢じゃない可能性が、
濃厚になったことで、ちょっと、気がめいってるんじゃ。
家には、もどれんじゃろうな」
「俺が『ほかのパーティへ、参加しないで欲しい』っていうのは、
そういう話です。
そのパーティからバレた、とまでは、思ってませんが、
今後も、バレないとも限りませんし……」
「魔卓で、サブクラスの情報は、
パーティへ、非通知にしているんじゃが、
巻物とやらで、見られてしまったしのう。
また見られないとも、かぎらん。
あいわかった。
おぬしのパーティに入ろう。
ほかのパーティとは、すっぱり、縁を切ることにするよ……」カゲヤマさんは顔を上げる。
「ありがとうございます。
ところで……魔卓に、非通知機能とかあるんですか……?」
「非通知にしなかったら、
ほかのひとへ、
ステータスを、公開し続けることになってしまうぞ」
「……それは恥ずかしいですね……」
「わたしの前では、
すべてのひとは恥ずかしいナノ……?」
いつのまにか、
フェリリが、テーブルの上を飛んでいる。
カゲヤマさんは、元気を取りもどしたように、食べている。
「テッシちゃん。
まだ、布団かぶってるナノ」
「そうか……
フェリリ、カゲヤマさんが、うちのパーティに入った」
「そうナノ……?
よろしくナノ!」
「よろしくじゃ。
ひとまず、わしは部屋へもどるとするよ。
いまの話は、テッシ殿に、わしの方から報告しておくから」
「よろしくお願いします」
カゲヤマさんは立ちあがると、
部屋にもどっていった。
テーブルの、カゲヤマさんの皿には、
だいだい色の、星型のたべものが、ひとつ残っている。
「カゲヤマさん……
だいだい色の食べものを、
ひとつも、食べてねえな……」




