表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/66

第一話 はじまり編 妹とTVゲームやる

 ――俺のあだ名はヤキソバ、義理の妹と二人ぐらしをしている。

 このあだ名の由来は昼休みに、俺がヤキソバパンをよく喰ってたからだ。

 ……パンの部分はどっかへいった……


 幼い俺は目立った特徴もなく、印象にあるできごとと言えば――

 山でハチにおそわれたり、海で異常繁殖した電気クラゲに全身をミミズバレにされたり、森でイノシシにおそわれて死にそうになったことくらいだ。


 学生時代は下の中の学校で、貧弱な成績をおさめ卒業。

 ……不況の中……ぶじ、就職できずに無職……

 その後、親の資産を食いつぶしてだらだらと生きる。


 世間は極貧のなか、労働人口の半数が過労死で死亡。

 ……俺、恐怖にふるえる……


 そんな俺も二十才後半、事件はおきた。

 ――オフクロが再婚したのだ。


 義理のオヤジにそのとき、イソギンチャクのようにくっ付いてきたのが――そう妹である。


 わずか十才だった妹は当時、ぎこちない敬語でしんちょうに俺に話しかけてきたが、

 ときが経つにつれうちとけて、普通に話せるようになった。


 ――ほっと安心したのもつかの間、

 この妹、問題児だったのである。


 転校した学校に通い始めたのだが、

 あるとき、事件はおこった。

 それは妹がイジメっ子を撃退した事件だった。


 俺は親代わりとして先生に呼びだされた。

 義理のオヤジは出張で、

 オフクロはそれに同行したから、家にいなかったのだ。


 ――先生いわく――

 妹はイジメられっ子をかばうために、

 イジメっ子にむけて、レールガンを発射したそうだ。


 レールガンというのは、

 高速で、物を飛ばす機械だそうだ。

 つくり方はスパイダーネットで見たらしい……


 イジメっ子をおどかすため、

 外すつもりで撃ったと言っていたが、

 ああいうものは、ねらったところへ、飛ぶのか分からない。


 ……それに、失敗でもして爆発でもしたら危険だ……

 妹には「レールガンはダメだぞ」と注意した。

 ほかに、言いようがないからな……


 その後妹は、ちょくちょく問題を起こしながらも、大事件は起こさなかった――

 と、思いきや事件はおこる。


 下校時間、妹が家に帰ってきたときのこと。

 階段を登る音がして、俺は「妹が帰ってきたのだな」と感じた。


 ……しかし、様子がおかしい――いつもはドタバタと上がってくるからだ……

 玄関がひらくと、妹が泣きじゃくっている。


 ――みると、妹の両耳から、血がたれている。

 俺はおどろきしどろもどろで、妹にたずねたが会話が成立しない。

 耳鼻科につれていくと、両耳のコマクが破れているらしい。


 ――後日そのことで、学校の先生に呼びだされた。


 学校の先生に話をきくと、妹の下校中に変質者が出現。

 ……妹は持たされていた防犯ブザーを鳴らした……

 ――だが、妹は防犯ブザーを大音量へと改造していたのである――


 ――その結果、妹と変質者のみならず、

 下校中の生徒大勢のコマクをやぶることになったという……


 ――音量を変えたのは、撃退するためではなく、

 たんに音量が大きければ、遠くの人が気がつくと思ったからだとか。


 ――変質者がタイホされたこと。

 ――コマクは二週間ていどで再生すること。

 ありがたいことに、ほかの生徒とその親がカンヨウだったことで、妹と俺はおとがめを受けなかった。


 そんな事件も風化したころ。オフクロが亡くなった。

 ――妹はずっと泣いていたが、俺はなにか現実味がなくて泣けなかった。


 ――まもなく義理のオヤジも病気になった。

 病気で床につくオヤジは、俺に妹のことをたのんだ。

 俺は「わかった」とは言えなかった。


 オヤジは亡くなり。

 こうして、俺と妹は世間に二人とり残された。


 妹も、もう十三才。

 俺はあいかわらずニートだ。


「おにいちゃん遊んでよー」


 背後から、俺の肩に両手をのせ。

 体重をかけてくる。


 ――妹だ。


 白い部屋。見なくなったカレンダー。壁かけ観葉植物。世界の秘境のポスター。つみあがったマンガ本。小奇麗なのがスキな妹は、すぐに片づけるんだ。

 ――窓から、夕日が、差しこむ中――


 リビングのテレビの前で、俺は家庭用ゲーム機のコントローラーを動かしていた――


「……俺は今ゲームをやっているんだよ……」


「えー。

 つまんない、

 つまんない、つまんないー」


 ……うわ、めんどくせぇ……


「じゃあ、おまえもやるか?」

「うん。やるー」


 俺がやってるのはRPGだ。

 ――魔王をたおす。そんなシンプルなゲーム――

 複数人で、プレイできるのが売りだ。 


「……これって、どうすんのー?」


「それは魂だよ。

 神官のところへいって、体をもらうんだ」


 ――妹は画面の中央。

 ふよふよと、浮いている、魂を移動させて、

 神官の所へいく。 


「……ねえ、どうやんの……?

 どうやんのー?」


「……コマンドで『はなす』『体をもらう』を選ぶんだよ。

 俺はゴッツ洞窟を攻略してる。

 だから、今は、話しかけないでくれ――」


「……なんか、キャラの表示が、魔法少女ってでたんだけど……」


「うっそ!

 それって、レアキャラじゃねえか……くれよ」


「……えぇーやだよーっ……」

「……なんだよ、ケチくせーな」

「わたしのレアキャラだもーん」


 俺は、もくもくと、洞窟を探索する――。

 妹は気になるのかちらちらと見てくる。


「ねぇねぇ。わたしも洞窟へつれてってよー」

「……無理にきまってるだろ。ここ推奨LV七〇以上だぞ……?」

「……いいじゃん……つれてってよー」

「ぃやー無理だって……」


 妹はなかなか納得しなかったが、しばらくすると根負けしたのか。


「いいもーん。

 じゃあ、わたしは、魔法学校いくもーん」


 ふてくされた妹を勝手に遊ばせておいて、俺は洞窟をすすんでいく。

 ……よし……!

 ボスの黒竜王をたおしたわ……!

 すると、なにやら、轟音がしてくる。


「……学校に隕石を落として、退学になっちゃった……」

「なにやってんだよ……謝ってこいよ……」


「……わっ……わたしは悪くないもん。

 同級生が、盗撮してたからだもん……」


「……これって、そういうゲームだったか?」

「そうだ……学校はやめて、わたし就職するよ!」

「……魔法学校は、つぶしがきかないぞ」

「大丈夫だよ。レアな魔法使いだもーん」


 ……まあ勝手にやってるならいいか……

 俺は、妹のプレイをよそに、ゲームを進めていく。

 ――あとは、魔法パスポートか――


「……げっ。おまえがこわしたから、

 魔法パスポートが発行できねえ……!」


「……私のせいじゃないもん、盗撮魔のせいだもん……」

「ちょっと、盗撮されたくらい、我慢しろよ……」

「おにいちゃんの変態!」


 目を細めて睨みつける妹。

 ……なんでだよ……しかたねえ。

 ここは、金をかせいで、復興するか……


「……全然就職できない……」

「魔卒で、就職できるわけねえ」

「えーっ!」


 妹は、しぶしぶ、アルバイトをはじめた。 


「ん……なんか……アルバイトしてたらプロポーズされた!」

「……ん? どんなやつだよ……?」


「……何かステータスがイケメン。

 背が高い……剣士学校と魔法学校主席。

 国王の息子ってでた」


「す、すげー良いじゃん。そいつにしろよ」

「うーん、完璧な男って嫌いー」

「げっ! フリやがった!」

「……わたしのタイプじゃないんだもーん」


 妹と会話をしながら、俺はたんたんとゲームを進める。

 ――やっと、魔法パスポートが発行されたか。

 手間を、かけさせやがって――

 妹のキャラは、どこかの受付の前にいる。


「わたし、バトル大会に出る!」

「……そこは、敵が結構強いから勝てねーよ」

「大丈夫だよ。レアキャラだもーん」

「ボコボコにされるぞ」


 大会の歓声が、部屋にひびきわたる。


「一回戦の相手。ザ・不死身。HPが無限だってよ」

「……なんだそれ……負けイベントか?」

「こいつ、魔法学校の盗撮魔じゃん」

「……マジ?」


「やったー。

 ゆすったら勝てたー。

 経験値をいっぱい、もらったー」


「……なんの経験だよ……」


 画面に食い入るように熱心にプレイする妹。

 ――まあ、ここは勝てるわけないと思うがな――


「……これって参加者を、こっそり、階段から突きおとせば、

 戦わなくても、勝てる気がする……」


 ……なんだか、危険なことを言っているな……


「……お……おい……やめとけよ……」


「やったー!

 魔法で突き落としたら、二回戦突破した!」


 ええ……大丈夫かよ……ま、まあいいか……

 俺は俺で、ゲームを進めないとな。


 ――三十分後――


「お兄ちゃん、お兄ちゃん!

 大会優勝したよ!

 レベルが四十まで、あがった!」


「そんなに上がったのかよ」


「大会に参加しているキャラを全員、

 突きおとしたからね!」


「……ひでえな」


「レベルも上がったし。

 これで、連れていってくれるよね?」


「……いや、四十じゃ無理だから……」

「……ケチ」


 しっかし。俺の方……手続きがながいな。

 ……もう、魔王城へ、いくだけなのに……

 ――魔法学校が、壊れたせいなのか……?

 ただの学校なのに、ここにも、影響すんのかよ……


「――もう、魔王城へつくよ。おにいちゃん」

「……え? 何でだよ……?」

「魔王城行きの、船で、密航してるんだよー」

「……そんなことが、できたのかよ……」


 妹のキャラは、

 暗い画面のなかで、ゆれている。


「……なんか、船がさわがしいね。

 イベントバトルが、はじまったみたい……?」


 ……みると船が怪物におそわれて、

 冒険者たちが、戦っているらしい。


 ――妹のキャラは、貨物室で箱のすきまから外部をうかがっていた。

 キャラの周囲が、ほのかに黄色く光って確認できる。


「……ここも、もう危険なんだけど。

 ねえ……おにいちゃん……どうしよう……」


 うす気味悪い箱のなか、むやみやたらと意味もなく、

 妹のキャラはグルグルと、落ち着きもなく回ってる。


「おい――落ち着けよ。

 そこから、出ていかなければ、

 たぶん、イベントは進まないだろ?」


「……でも、右上のタイマーが減ってるし……

 これ……カウントダウンじゃないの……?」


「……本当だ……おわったな……」


「……なんで、お兄ちゃんはひとごとなの!

 わたしのキャラは、レベルが低いんだから、

 なんとかしてよ!」


「……だって関係ないからな」


 妹は、びみょうに、涙ぐんでいる。


「お兄ちゃんが、

 つれていって、くれなかったのが、悪いんだから、

 ……責任……とってよ……!」


「……無理いうなよ……」


 ――俺の方の画面をみると、パスポートがおりたようだ。

 これを使えば妹の船に行けるだろう。


「おい、俺がいまから、船でいくからまってろ」

「やったー!」


 どうやら、妹の船らしきものが、みえてきた。

 ――イベント中、船の位置は止まっているようだ。

 俺の船が、妹のいる船の、となりへつく。

 ……俺は、妹の船へと乗りこんでいった。


「……こっちか?」

「そっちそっち――」


 ――妹に誘導されるまま、

 妹のキャラがいる箱の前まできた。

 ……妹のキャラが、ひょっこりと箱から顔をだす。


「――やったーっ!

 ありがとうお兄ちゃん!」


「――後は、脱出するだけだな。よし! ついてこい!」

「……ダメ……」

「えっ……?」

「――だって、わたしのキャラがモンスターと戦ったら、やられちゃうもん……」

「……じゃあ、どうすんだよ……?」


「お兄ちゃんのパーティに入れてよ。

 それで、わたしのキャラを

 お兄ちゃんの仲間のひとりに、かばわせてよ」


「……いや、だって。

 俺のパーティは、人数が限界で入らないぞ……?」


「――仲間をひとり抜いてよ」


 俺は顔から、血の気が、引くのを感じた――。


「……おいおい……

 ここに、俺のキャラを一人残していけって、言うのかよ……!」


「……だって。

 お兄ちゃんのパーティじゃなければ、

 やられちゃったら、全滅判定になって、復活できないんでしょ?」


「……そうだけど……

 なんとか守ってみせるから……」


「――万が一ってこともあるし――わたし心配性だから……」


 ……いやいや……

 心配性のやつは、密航とかしないだろ、尋常なら……

 ――俺はしぶしぶ、パーティメンバーをひとり抜き。

 妹のキャラをパーティへ入れる。


「抜けたメンバーの装備やアイテムは、

 おまえが持っててくれ」


「おっけー」


 ――俺は五十時間ものあいだ、

 苦楽をともにした仲間を、船へ置き去りにした。


 沈んだキャラとそのおやじとの確執という、俺のつくった脳内設定をどうすればいいんだよ……


 ……俺は船に揺れながら、沈む船を見おろしていた。

 きっと、全プレイヤーの中で、この光景に、ここまで哀愁を感じてるのは、俺だけにちがいない。


「なんかお兄ちゃんのパーティ。男キャラ一人、女キャラ三人の四人になって、バランスが悪くなっちゃったね……」

「……誰のせいだよ……」


 なんだか、ドッと、疲れが押しよせてきた……


「……もういいだろ……パーティから抜けてくれ……。

 その持ち物は魔王城前の町にある、あずかり所へ預けておいてくれよ……」


「……わたし、ピーティーから抜けないよ!」

「なんやてっッッ!」

「……だって、せっかく同じパーティになったんだし……

 このまま、魔王を倒しちゃおうよ!」


 ……こいつ。

 これを狙ってたのか……

 ドヤ顔を我慢して、顔ピクピクしてやがる……


「お兄ちゃんだって、

 メンバーが一人ぬけて、困ってるんじゃないの……?」


「だってよ。

 今から何時間もかけて、レベル上げすんのか?

 これから、魔王城なのに……?」


「当然じゃん」


 ……いやいやいや……でも仕方ねーな。

 こいつ強情だしな。

 本当は埋め合わせに、キャラを雇う方法もあるんだけどな。


 ふだんはゲームのプレイは一日一時間の約束だけれど、

 きょうは日曜日なので、まあ特別にいいか。


 ――三時間後。


「レベル十も上がっちゃった。

 ……思ったんだけど、もう進めるんじゃない?」


「――え? 何でだ?

 なんでそう思っちゃったんだ?」

「え……えーっと……私が飽きてきたから……?」


「……ずいぶんと、正直ですね……

 でも、ここは、こらえてください。

 全滅して、リスタートは避けたいんです……」


「わたし!

 ゲームをやってる時くらいは、我慢したくないよ!」


 ……もうなんて言ったらいいか、

 わからねえな……これ。


 俺は妹をなだめすかして、

 レベルを五十五まで、あげさせた――。

 ――そして、俺たちは、強風が吹きあれるなか。

 魔王城のまえへ、立っている――。


「……ねえ……お兄ちゃん……?」

「……ん? なんだ……?」

「――わたし! あそこへ隕石を落としたい!」

「……ダメだろ……

 もしも魔王を倒しちまったら……、

 っていうか――たぶん、このゲームって倒せるだろ……」


 俺はなんとなく、

 このゲームが、わかってきた気がする……

 ……これは、そういうゲームだわ……


「――だから。倒したいんだってば」


「なんでだよ――ちょっと……!

 コントローラー置いて……!

 ……そこ置いて……!」


「いいじゃん?

 お兄ちゃんだって、魔王を倒すのは、待ち望んでたことだよね……?」


「――俺がやりたかったのは、地道に強くなって、

 計画的に、魔王を倒すことなんだよ」


「……お兄ちゃんに計画……だと……?」


 妹は瞠目している。

 ……なんだよ、その反応。別にいいだろ……


「……わかった、わかった……

 ひとまず、ここで一度、セーブをしよう」


 俺はてきぱきとセーブする。


「んー、……それでどうするのー?」


 妹は両手を床につけ。肩をすくめ。

 前のめりになりながら、頭を左右にゆらして聞いてくる。


「いちど、この記録で魔王をしばく」

「うんうん」


「……で。今さっきセーブした記録の場所じゃない、

 別のセーブ場所へ、記録してから。

 しばく前の記録を読みこみ――今度はお前の好きにしたらいい」


「……隕石を落としていいのーっ?」

「好きにすればいいぞ」

「よ、よーし……」


 妹は隕石コマンドを選択しようとしてる。


「違う……! 違うぞ!

 それは違う……!」


 俺はあわてて妹のコマンド選択を止めた。


「……なにが違うの……? お兄ちゃん……?」


「ファーストっ!

 ……ファーストが大事だからっ……!」


「ファ……ファースト……?」


 妹はきょとん、としている。


「そう、初めてだよ……

 はじめて魔王を倒すのは、

 俺のプレイ時間――云十時間の集大成でなければならない……!」


「……正直、よく分からないかも……」


 ……そこは分かって欲しかったわ……

 俺はがっくりと肩をおとす。


「……と……、とりあえず……

 初回の魔王討伐は、俺の言う通りにしてくれ……」


「……しょうがないなあ……」


 分かってくれたか、よかった。

 ――俺は、妹が隕石を使わないように目を光らせながら、

 魔王の討伐を開始する。


 ――油断はできない――

 いつ妹が牙をむいて、プレイを崩壊させるか……

 俺があんまり、チラチラ見るから、妹がはずかしそうだ。

 ……いや、そこはテレるところと違うから……!


 ――しばらくして――


「いやー。やっと全面クリアしたわー。

 まさか、主人公の体が、魔王の肉体だったとはな、

 正直、うすうす、わかっていたけどなー」


「……全然、話がわかんなかった……」


「そりゃそうだろ。

 あんだけ、イベント飛ばしてりゃな。

 おっ、クリア後のデータ記録か」


「……お兄ちゃん!

 セーブの位置を間違えないでよねっ……!」


「……わかってるよ」


 俺は先ほどの記録の、ひとつ下の位置にセーブした。


「つぎ。わたし。わたしの番ー」


 まあ。

 いままでも、やってたけどな。


「うおぉぉぉーっ隕石ー」


 ああ魔王城、あわれ……

 魔王城は、ほとんど原型も残っていない。


「……これって、魔王の肉体が主人公の体として残ってるから、

 解決してなくね……?」


「……体がどうとか、なんでもよくない……?」


 ……いや、よくはないだろ……大事だろ…


「もう、魔王を倒したし。

 やることが、なくなっちゃったね」


「ああ、そうな」


「そうだ!

 わたしのキャラと、お兄ちゃんのキャラを結婚させようよ!」


「……何でだよ。

 俺は自分のパーティのヒロインと、結婚させるんだよ」


「……ケチ」

「じゃあ。そろそろセーブしてくれ」

「はーい、セーブセーブっと」


 妹は、俺が正当な手段でクリアした記録の上に、今回のプレイを上書きした。


「おい……! 何やってんだよっ……!」

「……だって、違うんだもん」

「――えっ。何がだよ……?」


「さっきお兄ちゃんが、

 集大成うんたらで倒したのって、

 わたしが、活躍していないよね?」


「……まあそうな。

 でも、パーティとして戦ったろ……?」


「……私の意志が入ってないもん……

 隕石をつかって倒した記録こそが、わたしとお兄ちゃんの本当の記録――本当の冒険――本当の思い出だよ……!」


 ……正規の方法で俺が倒した記録は、いつわりの冒険だったのかよ……

 セーブを終えると、妹はゲーム本体の電源をオフにした。

 ……まあ、隕石前の記録も残っているからどうでもいいか……


「おやすみー」

「おう。おやすー」


 俺と妹はそう言うと、妹は立ち上がり――リビングから出ていった。

 ――やがて階段を上がる音がした。

 自分の部屋に行ったんだろう。俺も寝るか――。


           *


 ――次の日の午後。


 妹が学校から帰宅して、

 リビングへ、顔を出したときのことだった。


「ねえ、お兄ちゃん。

 うちへ、友達をつれてきていい……?」


 俺は、一瞬とまどったが、動揺をみせずにいった。


「お、お、おう、わかった……」

「もうすぐ、来るから」


 たぶん、一香ちゃんだろう。

 妹の同級生、兼、友達。

 ――いや、親友である一香ちゃんは、

 いっしょに、通学するために、毎朝、家へむかえにくる。


 一香ちゃんは、ととのった顔だち。

 光沢のあるミディアムショートの髪。

 1センチほど、奥が見えそうな、透きとおって、きめ細かい白いやわ肌。

 おくゆかしいしぐさ。

 細い指。天使のような笑顔。

 ――正直、俺の理想の女子だわ。


 さて、俺は自室へひきこもるか。

 ――べつに他人と話すことにビビってる訳じゃない。

 俺は気をつかえる男だからな。


 中学生の妹が、ゲームで友達と遊んでる所をズカズカと入っていき『俺にまかせろ!』でドヤ顔。

 ――それはイカンでしょう。

 なので、自室待機なのだ。


 ――しばらくして。


 妹と一香ちゃんが遊んでいるようだ。

 すると、二人の会話が聞こえてきた。


 ――べつに盗み聞きしていたんじゃない。

 あの年代の会話はテンション高いのか、けっこう声が大きいんだ。

 すると、にわかに――。


「ねえ……お兄さんも呼んで、三人で対戦しようよ」


 心臓が凍るかとおもった――動揺した。

 まさか、メンツが足りないから、といって、かりだされるとはな……


 妹が階段をあがる音が、俺の心臓の音とリンクする。

 ……動悸が止まらない……

 やがて、とびらをノックする音が聞こえた。


「――お兄ちゃん?」

「……依然、お兄ちゃんです……かわりなく……」

「……あのさー……、ゲームのメンツが足りないんだけど一緒にやるー?」


 ……俺はなやんだ……口実をつけて逃げるか……?

 でも、女子中学生様が、せっかく誘って下さったのですから。

 これをお断りするのは、失礼千万。


 ――それに、ここで断ったら、今後は誘われない気がする。

 今断わられなかったら、今後も誘われるチャンスがある――。

 ――ようするに、一香ちゃんが、かわいい。


「わかった。ヒゲをそったらいくわー」


 俺は洗面所に行く。

 鏡の中には中肉中背、黒髪短髪。

 ――Tシャツとジーパンの男がそこにいた。

 壁には、170センチくらいのところに、つい先月、俺の身長の高さの木を削り取った跡がみえた。


 ――十分後――


 俺はふたりのいる、リビングへ来た。


「おじゃま、しています」


 一香ちゃんが、ペコリと頭をさげる。


「あ、こんにちは」


 俺は会釈をする。

 ……なんか、すげーいい匂いがする……

 この、ふくいくたる香りの、源泉がきになる。


 ――それから、三人で数時間ゲームをやったあと、一香ちゃんは帰っていった。


「一香ちゃんは、来月、転校しちゃうんだよね」


 妹がゲームの片づけをしながら言う。


「えっ。そうなのか……?」


 俺はおどろいた。

 ぜんぜん、そんな感じは、しなかったのに……


「一香ちゃんは、学校でイジメられてて、

 私もかばったり、したんだけど……」


 え、なんだそれ……聞きたくない……

 ……聞きたくないぞ、そんな話……。

 俺は、すこし妹と話した後、逃げるように自分の部屋へもどった。


 ――しかし、部屋でも一香ちゃんの話のことが、頭から離れなかった――。


 次の日の早朝。

 一香ちゃんは、一緒に投稿するために、妹を迎えに家に来た。

 この光景も、来月には見られなくなるのだろうか。


 俺と妹は相談して、あらかじめ作っておいた、メッセージカードを玄関でわたした。

 一香ちゃんは、満面の笑みでとても喜んでいた。

 ――やっぱり、一香ちゃんは天使だな!


 俺は玄関で、妹と一香ちゃんを見おくると、一息ついた。

 ふと見ると、家のまえの横断歩道を、妹たちが渡っている。

 ――そこへ、車がスーっと近づいていく。


 なにか異様に思い、運転席をみたときゾッとした。

 運転手が顔を、ハンドルに突っ伏していたのだ。

 ――俺は黙って走りだした。


 声はだせなかった。

 声を出したら――ふたりがふり返って、足を止めてしまったら――そのまま引かれてしまうような気がした。


 ……くそっ! 間にあえっ――

 俺の手が妹の背中に、触れるか触れないかのときに衝撃がはしった――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ