第一話 はじまり編 妹とTVゲームやる
――俺のあだ名はヤキソバ、義理の妹と二人ぐらしをしている。
このあだ名の由来は昼休みに、俺がヤキソバパンをよく喰ってたからだ。
……パンの部分はどっかへいった……
幼い俺は目立った特徴もなく、印象にあるできごとと言えば――
山でハチにおそわれたり、海で異常繁殖した電気クラゲに全身をミミズバレにされたり、森でイノシシにおそわれて死にそうになったことくらいだ。
学生時代は下の中の学校で、貧弱な成績をおさめ卒業。
……不況の中……ぶじ、就職できずに無職……
その後、親の資産を食いつぶしてだらだらと生きる。
世間は極貧のなか、労働人口の半数が過労死で死亡。
……俺、恐怖にふるえる……
そんな俺も二十才後半、事件はおきた。
――オフクロが再婚したのだ。
義理のオヤジにそのとき、イソギンチャクのようにくっ付いてきたのが――そう妹である。
わずか十才だった妹は当時、ぎこちない敬語でしんちょうに俺に話しかけてきたが、
ときが経つにつれうちとけて、普通に話せるようになった。
――ほっと安心したのもつかの間、
この妹、問題児だったのである。
転校した学校に通い始めたのだが、
あるとき、事件はおこった。
それは妹がイジメっ子を撃退した事件だった。
俺は親代わりとして先生に呼びだされた。
義理のオヤジは出張で、
オフクロはそれに同行したから、家にいなかったのだ。
――先生いわく――
妹はイジメられっ子をかばうために、
イジメっ子にむけて、レールガンを発射したそうだ。
レールガンというのは、
高速で、物を飛ばす機械だそうだ。
つくり方はスパイダーネットで見たらしい……
イジメっ子をおどかすため、
外すつもりで撃ったと言っていたが、
ああいうものは、ねらったところへ、飛ぶのか分からない。
……それに、失敗でもして爆発でもしたら危険だ……
妹には「レールガンはダメだぞ」と注意した。
ほかに、言いようがないからな……
その後妹は、ちょくちょく問題を起こしながらも、大事件は起こさなかった――
と、思いきや事件はおこる。
下校時間、妹が家に帰ってきたときのこと。
階段を登る音がして、俺は「妹が帰ってきたのだな」と感じた。
……しかし、様子がおかしい――いつもはドタバタと上がってくるからだ……
玄関がひらくと、妹が泣きじゃくっている。
――みると、妹の両耳から、血がたれている。
俺はおどろきしどろもどろで、妹にたずねたが会話が成立しない。
耳鼻科につれていくと、両耳のコマクが破れているらしい。
――後日そのことで、学校の先生に呼びだされた。
学校の先生に話をきくと、妹の下校中に変質者が出現。
……妹は持たされていた防犯ブザーを鳴らした……
――だが、妹は防犯ブザーを大音量へと改造していたのである――
――その結果、妹と変質者のみならず、
下校中の生徒大勢のコマクをやぶることになったという……
――音量を変えたのは、撃退するためではなく、
たんに音量が大きければ、遠くの人が気がつくと思ったからだとか。
――変質者がタイホされたこと。
――コマクは二週間ていどで再生すること。
ありがたいことに、ほかの生徒とその親がカンヨウだったことで、妹と俺はおとがめを受けなかった。
そんな事件も風化したころ。オフクロが亡くなった。
――妹はずっと泣いていたが、俺はなにか現実味がなくて泣けなかった。
――まもなく義理のオヤジも病気になった。
病気で床につくオヤジは、俺に妹のことをたのんだ。
俺は「わかった」とは言えなかった。
オヤジは亡くなり。
こうして、俺と妹は世間に二人とり残された。
妹も、もう十三才。
俺はあいかわらずニートだ。
「おにいちゃん遊んでよー」
背後から、俺の肩に両手をのせ。
体重をかけてくる。
――妹だ。
白い部屋。見なくなったカレンダー。壁かけ観葉植物。世界の秘境のポスター。つみあがったマンガ本。小奇麗なのがスキな妹は、すぐに片づけるんだ。
――窓から、夕日が、差しこむ中――
リビングのテレビの前で、俺は家庭用ゲーム機のコントローラーを動かしていた――
「……俺は今ゲームをやっているんだよ……」
「えー。
つまんない、
つまんない、つまんないー」
……うわ、めんどくせぇ……
「じゃあ、おまえもやるか?」
「うん。やるー」
俺がやってるのはRPGだ。
――魔王をたおす。そんなシンプルなゲーム――
複数人で、プレイできるのが売りだ。
「……これって、どうすんのー?」
「それは魂だよ。
神官のところへいって、体をもらうんだ」
――妹は画面の中央。
ふよふよと、浮いている、魂を移動させて、
神官の所へいく。
「……ねえ、どうやんの……?
どうやんのー?」
「……コマンドで『はなす』『体をもらう』を選ぶんだよ。
俺はゴッツ洞窟を攻略してる。
だから、今は、話しかけないでくれ――」
「……なんか、キャラの表示が、魔法少女ってでたんだけど……」
「うっそ!
それって、レアキャラじゃねえか……くれよ」
「……えぇーやだよーっ……」
「……なんだよ、ケチくせーな」
「わたしのレアキャラだもーん」
俺は、もくもくと、洞窟を探索する――。
妹は気になるのかちらちらと見てくる。
「ねぇねぇ。わたしも洞窟へつれてってよー」
「……無理にきまってるだろ。ここ推奨LV七〇以上だぞ……?」
「……いいじゃん……つれてってよー」
「ぃやー無理だって……」
妹はなかなか納得しなかったが、しばらくすると根負けしたのか。
「いいもーん。
じゃあ、わたしは、魔法学校いくもーん」
ふてくされた妹を勝手に遊ばせておいて、俺は洞窟をすすんでいく。
……よし……!
ボスの黒竜王をたおしたわ……!
すると、なにやら、轟音がしてくる。
「……学校に隕石を落として、退学になっちゃった……」
「なにやってんだよ……謝ってこいよ……」
「……わっ……わたしは悪くないもん。
同級生が、盗撮してたからだもん……」
「……これって、そういうゲームだったか?」
「そうだ……学校はやめて、わたし就職するよ!」
「……魔法学校は、つぶしがきかないぞ」
「大丈夫だよ。レアな魔法使いだもーん」
……まあ勝手にやってるならいいか……
俺は、妹のプレイをよそに、ゲームを進めていく。
――あとは、魔法パスポートか――
「……げっ。おまえがこわしたから、
魔法パスポートが発行できねえ……!」
「……私のせいじゃないもん、盗撮魔のせいだもん……」
「ちょっと、盗撮されたくらい、我慢しろよ……」
「おにいちゃんの変態!」
目を細めて睨みつける妹。
……なんでだよ……しかたねえ。
ここは、金をかせいで、復興するか……
「……全然就職できない……」
「魔卒で、就職できるわけねえ」
「えーっ!」
妹は、しぶしぶ、アルバイトをはじめた。
「ん……なんか……アルバイトしてたらプロポーズされた!」
「……ん? どんなやつだよ……?」
「……何かステータスがイケメン。
背が高い……剣士学校と魔法学校主席。
国王の息子ってでた」
「す、すげー良いじゃん。そいつにしろよ」
「うーん、完璧な男って嫌いー」
「げっ! フリやがった!」
「……わたしのタイプじゃないんだもーん」
妹と会話をしながら、俺はたんたんとゲームを進める。
――やっと、魔法パスポートが発行されたか。
手間を、かけさせやがって――
妹のキャラは、どこかの受付の前にいる。
「わたし、バトル大会に出る!」
「……そこは、敵が結構強いから勝てねーよ」
「大丈夫だよ。レアキャラだもーん」
「ボコボコにされるぞ」
大会の歓声が、部屋にひびきわたる。
「一回戦の相手。ザ・不死身。HPが無限だってよ」
「……なんだそれ……負けイベントか?」
「こいつ、魔法学校の盗撮魔じゃん」
「……マジ?」
「やったー。
ゆすったら勝てたー。
経験値をいっぱい、もらったー」
「……なんの経験だよ……」
画面に食い入るように熱心にプレイする妹。
――まあ、ここは勝てるわけないと思うがな――
「……これって参加者を、こっそり、階段から突きおとせば、
戦わなくても、勝てる気がする……」
……なんだか、危険なことを言っているな……
「……お……おい……やめとけよ……」
「やったー!
魔法で突き落としたら、二回戦突破した!」
ええ……大丈夫かよ……ま、まあいいか……
俺は俺で、ゲームを進めないとな。
――三十分後――
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!
大会優勝したよ!
レベルが四十まで、あがった!」
「そんなに上がったのかよ」
「大会に参加しているキャラを全員、
突きおとしたからね!」
「……ひでえな」
「レベルも上がったし。
これで、連れていってくれるよね?」
「……いや、四十じゃ無理だから……」
「……ケチ」
しっかし。俺の方……手続きがながいな。
……もう、魔王城へ、いくだけなのに……
――魔法学校が、壊れたせいなのか……?
ただの学校なのに、ここにも、影響すんのかよ……
「――もう、魔王城へつくよ。おにいちゃん」
「……え? 何でだよ……?」
「魔王城行きの、船で、密航してるんだよー」
「……そんなことが、できたのかよ……」
妹のキャラは、
暗い画面のなかで、ゆれている。
「……なんか、船がさわがしいね。
イベントバトルが、はじまったみたい……?」
……みると船が怪物におそわれて、
冒険者たちが、戦っているらしい。
――妹のキャラは、貨物室で箱のすきまから外部をうかがっていた。
キャラの周囲が、ほのかに黄色く光って確認できる。
「……ここも、もう危険なんだけど。
ねえ……おにいちゃん……どうしよう……」
うす気味悪い箱のなか、むやみやたらと意味もなく、
妹のキャラはグルグルと、落ち着きもなく回ってる。
「おい――落ち着けよ。
そこから、出ていかなければ、
たぶん、イベントは進まないだろ?」
「……でも、右上のタイマーが減ってるし……
これ……カウントダウンじゃないの……?」
「……本当だ……おわったな……」
「……なんで、お兄ちゃんはひとごとなの!
わたしのキャラは、レベルが低いんだから、
なんとかしてよ!」
「……だって関係ないからな」
妹は、びみょうに、涙ぐんでいる。
「お兄ちゃんが、
つれていって、くれなかったのが、悪いんだから、
……責任……とってよ……!」
「……無理いうなよ……」
――俺の方の画面をみると、パスポートがおりたようだ。
これを使えば妹の船に行けるだろう。
「おい、俺がいまから、船でいくからまってろ」
「やったー!」
どうやら、妹の船らしきものが、みえてきた。
――イベント中、船の位置は止まっているようだ。
俺の船が、妹のいる船の、となりへつく。
……俺は、妹の船へと乗りこんでいった。
「……こっちか?」
「そっちそっち――」
――妹に誘導されるまま、
妹のキャラがいる箱の前まできた。
……妹のキャラが、ひょっこりと箱から顔をだす。
「――やったーっ!
ありがとうお兄ちゃん!」
「――後は、脱出するだけだな。よし! ついてこい!」
「……ダメ……」
「えっ……?」
「――だって、わたしのキャラがモンスターと戦ったら、やられちゃうもん……」
「……じゃあ、どうすんだよ……?」
「お兄ちゃんのパーティに入れてよ。
それで、わたしのキャラを
お兄ちゃんの仲間のひとりに、かばわせてよ」
「……いや、だって。
俺のパーティは、人数が限界で入らないぞ……?」
「――仲間をひとり抜いてよ」
俺は顔から、血の気が、引くのを感じた――。
「……おいおい……
ここに、俺のキャラを一人残していけって、言うのかよ……!」
「……だって。
お兄ちゃんのパーティじゃなければ、
やられちゃったら、全滅判定になって、復活できないんでしょ?」
「……そうだけど……
なんとか守ってみせるから……」
「――万が一ってこともあるし――わたし心配性だから……」
……いやいや……
心配性のやつは、密航とかしないだろ、尋常なら……
――俺はしぶしぶ、パーティメンバーをひとり抜き。
妹のキャラをパーティへ入れる。
「抜けたメンバーの装備やアイテムは、
おまえが持っててくれ」
「おっけー」
――俺は五十時間ものあいだ、
苦楽をともにした仲間を、船へ置き去りにした。
沈んだキャラとそのおやじとの確執という、俺のつくった脳内設定をどうすればいいんだよ……
……俺は船に揺れながら、沈む船を見おろしていた。
きっと、全プレイヤーの中で、この光景に、ここまで哀愁を感じてるのは、俺だけにちがいない。
「なんかお兄ちゃんのパーティ。男キャラ一人、女キャラ三人の四人になって、バランスが悪くなっちゃったね……」
「……誰のせいだよ……」
なんだか、ドッと、疲れが押しよせてきた……
「……もういいだろ……パーティから抜けてくれ……。
その持ち物は魔王城前の町にある、あずかり所へ預けておいてくれよ……」
「……わたし、ピーティーから抜けないよ!」
「なんやてっッッ!」
「……だって、せっかく同じパーティになったんだし……
このまま、魔王を倒しちゃおうよ!」
……こいつ。
これを狙ってたのか……
ドヤ顔を我慢して、顔ピクピクしてやがる……
「お兄ちゃんだって、
メンバーが一人ぬけて、困ってるんじゃないの……?」
「だってよ。
今から何時間もかけて、レベル上げすんのか?
これから、魔王城なのに……?」
「当然じゃん」
……いやいやいや……でも仕方ねーな。
こいつ強情だしな。
本当は埋め合わせに、キャラを雇う方法もあるんだけどな。
ふだんはゲームのプレイは一日一時間の約束だけれど、
きょうは日曜日なので、まあ特別にいいか。
――三時間後。
「レベル十も上がっちゃった。
……思ったんだけど、もう進めるんじゃない?」
「――え? 何でだ?
なんでそう思っちゃったんだ?」
「え……えーっと……私が飽きてきたから……?」
「……ずいぶんと、正直ですね……
でも、ここは、こらえてください。
全滅して、リスタートは避けたいんです……」
「わたし!
ゲームをやってる時くらいは、我慢したくないよ!」
……もうなんて言ったらいいか、
わからねえな……これ。
俺は妹をなだめすかして、
レベルを五十五まで、あげさせた――。
――そして、俺たちは、強風が吹きあれるなか。
魔王城のまえへ、立っている――。
「……ねえ……お兄ちゃん……?」
「……ん? なんだ……?」
「――わたし! あそこへ隕石を落としたい!」
「……ダメだろ……
もしも魔王を倒しちまったら……、
っていうか――たぶん、このゲームって倒せるだろ……」
俺はなんとなく、
このゲームが、わかってきた気がする……
……これは、そういうゲームだわ……
「――だから。倒したいんだってば」
「なんでだよ――ちょっと……!
コントローラー置いて……!
……そこ置いて……!」
「いいじゃん?
お兄ちゃんだって、魔王を倒すのは、待ち望んでたことだよね……?」
「――俺がやりたかったのは、地道に強くなって、
計画的に、魔王を倒すことなんだよ」
「……お兄ちゃんに計画……だと……?」
妹は瞠目している。
……なんだよ、その反応。別にいいだろ……
「……わかった、わかった……
ひとまず、ここで一度、セーブをしよう」
俺はてきぱきとセーブする。
「んー、……それでどうするのー?」
妹は両手を床につけ。肩をすくめ。
前のめりになりながら、頭を左右にゆらして聞いてくる。
「いちど、この記録で魔王をしばく」
「うんうん」
「……で。今さっきセーブした記録の場所じゃない、
別のセーブ場所へ、記録してから。
しばく前の記録を読みこみ――今度はお前の好きにしたらいい」
「……隕石を落としていいのーっ?」
「好きにすればいいぞ」
「よ、よーし……」
妹は隕石コマンドを選択しようとしてる。
「違う……! 違うぞ!
それは違う……!」
俺はあわてて妹のコマンド選択を止めた。
「……なにが違うの……? お兄ちゃん……?」
「ファーストっ!
……ファーストが大事だからっ……!」
「ファ……ファースト……?」
妹はきょとん、としている。
「そう、初めてだよ……
はじめて魔王を倒すのは、
俺のプレイ時間――云十時間の集大成でなければならない……!」
「……正直、よく分からないかも……」
……そこは分かって欲しかったわ……
俺はがっくりと肩をおとす。
「……と……、とりあえず……
初回の魔王討伐は、俺の言う通りにしてくれ……」
「……しょうがないなあ……」
分かってくれたか、よかった。
――俺は、妹が隕石を使わないように目を光らせながら、
魔王の討伐を開始する。
――油断はできない――
いつ妹が牙をむいて、プレイを崩壊させるか……
俺があんまり、チラチラ見るから、妹がはずかしそうだ。
……いや、そこはテレるところと違うから……!
――しばらくして――
「いやー。やっと全面クリアしたわー。
まさか、主人公の体が、魔王の肉体だったとはな、
正直、うすうす、わかっていたけどなー」
「……全然、話がわかんなかった……」
「そりゃそうだろ。
あんだけ、イベント飛ばしてりゃな。
おっ、クリア後のデータ記録か」
「……お兄ちゃん!
セーブの位置を間違えないでよねっ……!」
「……わかってるよ」
俺は先ほどの記録の、ひとつ下の位置にセーブした。
「つぎ。わたし。わたしの番ー」
まあ。
いままでも、やってたけどな。
「うおぉぉぉーっ隕石ー」
ああ魔王城、あわれ……
魔王城は、ほとんど原型も残っていない。
「……これって、魔王の肉体が主人公の体として残ってるから、
解決してなくね……?」
「……体がどうとか、なんでもよくない……?」
……いや、よくはないだろ……大事だろ…
「もう、魔王を倒したし。
やることが、なくなっちゃったね」
「ああ、そうな」
「そうだ!
わたしのキャラと、お兄ちゃんのキャラを結婚させようよ!」
「……何でだよ。
俺は自分のパーティのヒロインと、結婚させるんだよ」
「……ケチ」
「じゃあ。そろそろセーブしてくれ」
「はーい、セーブセーブっと」
妹は、俺が正当な手段でクリアした記録の上に、今回のプレイを上書きした。
「おい……! 何やってんだよっ……!」
「……だって、違うんだもん」
「――えっ。何がだよ……?」
「さっきお兄ちゃんが、
集大成うんたらで倒したのって、
わたしが、活躍していないよね?」
「……まあそうな。
でも、パーティとして戦ったろ……?」
「……私の意志が入ってないもん……
隕石をつかって倒した記録こそが、わたしとお兄ちゃんの本当の記録――本当の冒険――本当の思い出だよ……!」
……正規の方法で俺が倒した記録は、いつわりの冒険だったのかよ……
セーブを終えると、妹はゲーム本体の電源をオフにした。
……まあ、隕石前の記録も残っているからどうでもいいか……
「おやすみー」
「おう。おやすー」
俺と妹はそう言うと、妹は立ち上がり――リビングから出ていった。
――やがて階段を上がる音がした。
自分の部屋に行ったんだろう。俺も寝るか――。
*
――次の日の午後。
妹が学校から帰宅して、
リビングへ、顔を出したときのことだった。
「ねえ、お兄ちゃん。
うちへ、友達をつれてきていい……?」
俺は、一瞬とまどったが、動揺をみせずにいった。
「お、お、おう、わかった……」
「もうすぐ、来るから」
たぶん、一香ちゃんだろう。
妹の同級生、兼、友達。
――いや、親友である一香ちゃんは、
いっしょに、通学するために、毎朝、家へむかえにくる。
一香ちゃんは、ととのった顔だち。
光沢のあるミディアムショートの髪。
1センチほど、奥が見えそうな、透きとおって、きめ細かい白いやわ肌。
おくゆかしいしぐさ。
細い指。天使のような笑顔。
――正直、俺の理想の女子だわ。
さて、俺は自室へひきこもるか。
――べつに他人と話すことにビビってる訳じゃない。
俺は気をつかえる男だからな。
中学生の妹が、ゲームで友達と遊んでる所をズカズカと入っていき『俺にまかせろ!』でドヤ顔。
――それはイカンでしょう。
なので、自室待機なのだ。
――しばらくして。
妹と一香ちゃんが遊んでいるようだ。
すると、二人の会話が聞こえてきた。
――べつに盗み聞きしていたんじゃない。
あの年代の会話はテンション高いのか、けっこう声が大きいんだ。
すると、にわかに――。
「ねえ……お兄さんも呼んで、三人で対戦しようよ」
心臓が凍るかとおもった――動揺した。
まさか、メンツが足りないから、といって、かりだされるとはな……
妹が階段をあがる音が、俺の心臓の音とリンクする。
……動悸が止まらない……
やがて、とびらをノックする音が聞こえた。
「――お兄ちゃん?」
「……依然、お兄ちゃんです……かわりなく……」
「……あのさー……、ゲームのメンツが足りないんだけど一緒にやるー?」
……俺はなやんだ……口実をつけて逃げるか……?
でも、女子中学生様が、せっかく誘って下さったのですから。
これをお断りするのは、失礼千万。
――それに、ここで断ったら、今後は誘われない気がする。
今断わられなかったら、今後も誘われるチャンスがある――。
――ようするに、一香ちゃんが、かわいい。
「わかった。ヒゲをそったらいくわー」
俺は洗面所に行く。
鏡の中には中肉中背、黒髪短髪。
――Tシャツとジーパンの男がそこにいた。
壁には、170センチくらいのところに、つい先月、俺の身長の高さの木を削り取った跡がみえた。
――十分後――
俺はふたりのいる、リビングへ来た。
「おじゃま、しています」
一香ちゃんが、ペコリと頭をさげる。
「あ、こんにちは」
俺は会釈をする。
……なんか、すげーいい匂いがする……
この、ふくいくたる香りの、源泉がきになる。
――それから、三人で数時間ゲームをやったあと、一香ちゃんは帰っていった。
「一香ちゃんは、来月、転校しちゃうんだよね」
妹がゲームの片づけをしながら言う。
「えっ。そうなのか……?」
俺はおどろいた。
ぜんぜん、そんな感じは、しなかったのに……
「一香ちゃんは、学校でイジメられてて、
私もかばったり、したんだけど……」
え、なんだそれ……聞きたくない……
……聞きたくないぞ、そんな話……。
俺は、すこし妹と話した後、逃げるように自分の部屋へもどった。
――しかし、部屋でも一香ちゃんの話のことが、頭から離れなかった――。
次の日の早朝。
一香ちゃんは、一緒に投稿するために、妹を迎えに家に来た。
この光景も、来月には見られなくなるのだろうか。
俺と妹は相談して、あらかじめ作っておいた、メッセージカードを玄関でわたした。
一香ちゃんは、満面の笑みでとても喜んでいた。
――やっぱり、一香ちゃんは天使だな!
俺は玄関で、妹と一香ちゃんを見おくると、一息ついた。
ふと見ると、家のまえの横断歩道を、妹たちが渡っている。
――そこへ、車がスーっと近づいていく。
なにか異様に思い、運転席をみたときゾッとした。
運転手が顔を、ハンドルに突っ伏していたのだ。
――俺は黙って走りだした。
声はだせなかった。
声を出したら――ふたりがふり返って、足を止めてしまったら――そのまま引かれてしまうような気がした。
……くそっ! 間にあえっ――
俺の手が妹の背中に、触れるか触れないかのときに衝撃がはしった――。