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アナザーライン-遥か異界で-  作者: 伏桜 アルト
Piece/Fragment of memories [思い出の欠片/断片]
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転移前-8

 電子擬装体・ヴェセル。

 他にもいくつかの呼び方があるらしいが、共通するのは人殺しの道具だということ。

 ヴェセルは使用者の肉体情報を一度完全に分解して、移行処理シフトプロセスを通して鋼の兵器に置き換える。

 それは四足型の戦車であったり、大きな獣の姿であったり、はたまた人型であったり。

 だがまあ、一番多いのは五メートルクラスの人型だ。

 なぜかと言えば伊達や酔狂ではなく、一番動かしやすいから。

 乗り込んで動かす兵器ではなく、人そのものを兵器に置き換えたものだから。

 傍から見ている分には、ロボットアニメーションのようにも見えるだろう。

 事実、そのような光景ではあるが、実際やってることは純粋な人殺し以外のなにものでもない。


「…………」


 結局あのあと俺は、AIからの警告を受けてログアウトした。

 こうして部屋の中にいても、爆音も悲鳴も聞こえない。

 だけど仮想の世界では激戦が繰り広げられているのだろう。

 仮想空間と言えば、構造体の表層に街を、内部には地下都市のようなものと、さらに下に管理領域が。

 普通に見る分には、普通の現実となんら変わりがない。

 だが戦闘面で見れば、高層ビルを拡大したような構造体内部と複雑なリンクの集合体。

 戦闘機や戦車なんていう、通常戦闘兵器では内部戦闘では役立たずだ。

 現実では兵士が蹂躙されるのだろうが、仮想では逆になる。

 転送プロセスで真上に飛び出て爆弾を置いて、再び転送プロセスで離脱する。

 なんて方法で瞬く間に撃破されてしまう。

 さらに人であればヴェセルへのシフトが一瞬。

 物陰からいきなり劣化ウラン弾の嵐が飛び出してもおかしくない戦場の出来上がり。

 しかもプログラムを切り替えれば即座に武装の換装が終わるという、悪魔のような兵器。

 だから仮想での戦闘では人が重宝される。


「あぁ…………くそ」


 寮がこんなに静かなのも、みんなが眠るようにダイブして、仮想で戦っているからだろう。

 なんで戦うんだ?

 こんな守るような情報すらない寮の管理領域を護るために。

 そう思って寮の構造体情報を投影すると、最深部から更に奥にゲートが続いていた。

 その先は一切の情報が閲覧不可の領域だ。

 これを護るために?

 寮生はこれが何なのか知っていて……?


「…………」


 なんだか何もできない、何も知らない自分にむしゃくしゃして思い切り拳を振り下ろした。

 ドスッと畳を叩く。

 その衝撃でカラッと何かが落ちた。

 拾い上げてみれば六角形のバッジのようなものだった。

 銀色の金属面がむき出し。

 側面にジャックが付いているあたり、なにかのストレージなんだろうけど。

 裏返してみると"RC-Fenrir"と刻印されていてその下に"アキト専用"と。


「なんだこれ?」


 気になった俺はケーブルを繋いで中身を見ることにした。

 すると中に入っていたのはインストーラパッケージ。

 何かあってもキャンセルするか引き抜けばいい、そう思って起動ランしてみると意外な文面が表示された。

『インストール済み』


「…………はっ?」


 添付されていたファイルには、製作者のプロフィールが載っていた。

 室井さんと、青い髪のあの子。

 なんで……?

 なんで人殺しのためのプログラムなんかをあの子と室井さんが?

 一体何のために?

 寝転がって悩んでいるうちに、意識は眠気に呑まれていった。


 -1-


 三月の十日。

 壁にもたれかかるようにして部屋を眺めていた。

 何事にもやる気が出ない。

 連日どたばたと人の出入りする足音が響けば、すすり泣く声が聞こえる。

 そんな音を聞きながら、ゴミ溜めのような部屋を眺めている。

 最近は腹が減っても、それすら面倒と感じて動かない毎日だ。

 缶詰やレトルト食品のパック、ペットボトルやらが放置されたままで腐臭のする部屋。

 片づけるのも面倒だ。

 もうこのままでいいんじゃないだろうか。

 みんないなくなっていく。

 俺もこのままいなくなってしまえばいいんじゃないだろうか。

 カサカサと嫌なあいつも見るようになったが、好きに走り回ってろ。

 もう殺虫剤のスプレーに手を伸ばすのも億劫だ。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 ふと視界の隅に浮かびあがるアイコンがあった。

 メールアイコンだ。

 意識を向けるだけで勝手に展開されたそれは、無気力な俺の視界いっぱいにメッセージを見せた。


『救援求:賞金首第四位』


 そんな題名と共に、恐らく本人に固定されたであろう現在位置アクティブアドレスが添付されていた。

 その数値は一定間隔で変化していて、そいつが徐々に仮想的な位置で俺の方に近づいてきていることを示していた。

 このまま放置しておけば、第三世代の"常時ネットに繋がっている"という特性で必ずある、接続点アクセスポイントから脳内の生体機械に入り込まれるだろう。

 そうなってしまえば、後はコアを護る防壁と中枢だけ。

 壊されたら苦しみもせずに死ぬだろう。

 だから?

 そんなことはどうでもいい。


 ……………………。

 …………。


 しばらくすると、付けっ放しのパソコンのモニターにアラートが表示された。

 どう見ても赤色で不正アクセスを知らせるもの。

 俺の接続点はこのパソコンの防壁の最深部。

 室井さんですら気づかせずに通り抜けたんだ。

 賞金首扱いされる程度のやつなら数秒で一枚くらい壊せるだろう。

 そんなことを思っていると、視界の一部が丸く切り取られてフェイスウィンドウが現れ"SOUND ONLY"の文字が。


『同じ賞金首として救援を求めたい、どうか助けてくれないだろうか』

「…………めんどくさい。なんで俺が」

『た、頼む! 無理ならばせめて匿ってくれ』

「だったらログアウトして現実で隠れていればいいだろ」

追跡子トレーサーを撃ちこまれてそれができない』

「だから?」

『頼む! このと――』


 ブツンッ、と通信が切れた。

 入口で追い詰められて捕まったのだろうか。

 なんせ細い路地の奥だからな。

 ……ああ、どうでもいいな。

 静かに目を閉じると、強制送信で暗いまぶたの裏一杯に映像が広がった。

 路地の入口で対峙する真っ黒なヴェセルと軍用ヴェセル。

 三〇ミリ砲を撃ち合い、剣戟の鋭い音が響く。

 遮断しようとしてもできず、耳と網膜に仮想の姿を無理やり送り付けてくる。

 邪魔だ。

 纏めて排除してやる。

 すぐにダイブプロセスを呼び出し、並列処理でシフトプロセスも実行する。

 他にも複数の戦闘補助用のセットを起動。

 あんなところに電子体で飛び込んだら余波だけで即死だ。

 コンマ数秒後、ダイブした体は着地して、衝撃が足の裏から脳天に向かって走った。

 全身から響く音は金属の軋む音。

 さっと体を確認すれば、赤い装甲に包まれている。

 周囲にはミニチュアの建物が並ぶ。

 電子体からだをそのまま兵器にしても感覚はしっかりとある。

 ただ追加された感覚はと言えば、背面にブースター、足裏に駆動輪。

 律儀に足を動かして走り回らず、これで時速数百キロの高速戦闘を行う。


「おお、来てくれたか」

「チッ、援軍かよ」


 両者から別々の反応が返ってくる。

 黒い方の機体は随分カスタマイズされているらしく、サーチしてもなにも該当なし。

 武装スキャンの結果は両腕に内蔵型の爪と、適時顕現させて使う武装が一通り。

 軍用の方は桜都のものではなく大陸の方のもの。

 武装はほとんどがナイフ系統。ちょこんとおまけのような感じでハンドガンがインストールされているくらいだ。


「うるせぇよおめーら。さっさと消えろ」


 ストレージを開くとすぐに斬機刀を両手に、上空に浮遊銃座をありったけ。

 さらに一二〇ミリ砲をバンカー固定で二基。


「「…………!?」」


 驚く両者に向け、容赦なく砲撃した。

 装甲に孔が穿たれて、弾け飛んで、赤黒い液体が飛び散って。

 回避行動を取ろうとした中途半端な体勢のまま、あっという間に鉄くずとなったそれの頭に斬機刀を突き立てる。

 人をそのまま置き換えたという事は急所もそのままだ。

 仮想の街並みに不釣り合いな鉄屑、それも真っ赤な液体を垂れ流すそれらを放置してログアウトした。

 何を言われようが知ったことか。


 -2-


 三月の十二日。

 気付けば俺は死体だらけのプライベートスペースにぽつりと立っていた。

 見渡せば天井には大穴が開き、墜落したと思われる重爆撃機や、斬痕の目立つ一〇〇メートル級の大型ヴェセルの残骸。

 床には大口径のレーザー兵器でも使ったかのような焼跡が。

 何があったのだろうか。

 そっとログを開いてみれば、ゲートの防壁を破壊してなだれ込んでくる武装した学生たち。

 その中に破壊したはずの黒い機体も混じっていて……なぜか俺の横にはヴェセルのままで倒れ伏すイチゴがいて……生温かい赤色の液体の池ができていて……。

 ほとんど暴走状態の俺がいて……ただただ近づいてくるやつを斬り飛ばして、命を刈り取って。


 ……………………。

 …………。


 もっと前のログを開いてみれば、イチゴと並んでこの場所で戦闘準備をする俺たちがいて。

 防壁を壊して入ってきた学生をイチゴが撃ち殺して、俺は怒って勝手にログアウトして……。

 それで……それで……イチゴは暴徒の波に押し流されて……。


 いやだ


 こんなげんじつ


 ぜんぶ


 わすれてしまえ


 -3-


 三月? 今日って何日の何曜日だ?

 なんでこんなに静かなんだろう?

 なんでだろう?

 なんでだろう?

 なぜだろう?

 久しぶりにドアを開けてみれば、綺麗に片づけられた何もない廊下があった。

 玄関の方に行ってみれば誰も靴もない。

 引き戸には、外に紙が貼ってあった。

 隣の部屋、106を見ればネームプレートは何も書かれていない。

 何の気なしに開けてみれば、中にあるモノはそのままでほこりが積もっていた。

 107、俺の部屋を飛ばしてイチゴの部屋、108を見た。

 こっちも同じだった。

 ただ違うところは、コンロの上に作りかけのカレーがあって、絨毯に赤茶けた染みがぽつりぽつりと残っているところだけだ。

 部屋から出ると、廊下の向こう側に、二階に続く階段のあたりに青色の髪が見えた。

 ふわりと揺れたそれは、すぐに上に消えていった。

 一瞬だけ見えた顔は、とても悲しそうに見えた。

 人がいる?

 だったら数人を残してみんなでどこかにいったのだろうか。

 おいてけぼりをくらったのだろうか。

 ……関係ないな。

 俺は静かに足音を立てないように部屋に戻った。

 汚いな……。

 でもいいや、どうでもいいや。


 -4-

 

『寮生が事故死したため、この寮は一時封鎖します

 御用の方は下記電話番号までxxx-xxx-xxxx

 葬儀場はxxxxxxxです』


 現在はしかいないはずの如月寮。

 その二階の一室には、青い髪の女の子の幽霊が出没するとか。 


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