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アナザーライン-遥か異界で-  作者: 伏桜 アルト
Piece/Fragment of memories [思い出の欠片/断片]
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転移前-7

 構造体の端まで来ると、電子体用の通路があり、そこに駆け込んでからはもう単なる追いかけっこだった。

 下手に撃たなくても跳弾でケガをする可能性があるから銃は使えない。

 だから、もう本当に実力の、走力の勝負なのだがどんどん引き離される。

 俺は現役の引き籠もり。対してあっちは軍属で獣人系かもしれない野郎。


『走れ、走れ! ランナー!』


 壁に反射した声が耳元に響く。

 さっきからのやりとりを聞いている限り、あいつはどうも脅されて仕方なくやらされている様子だ。

 だけどそれがどうした。

 やったことは変わらない。


「くそっ! なんで俺が!? 潜入工作のはずなのに思い切り囮じゃねえか!」


 なにやら叫びながら走っているが、うるさい以外のなにものでもない。

 それにしてもこの無機質な白い構造体。

 感触としては金属なのだが、なんとも不思議な感じだ。

 ときおりちらりと見える赤色の紋章が目立つ。

 ここの管理者のものだろう。

 視線を戻すともう一つフェイスウィンドウを表示させていた。

 そちらも同様にサウンドオンリー。


「中尉! もう撤収しません!?」


 どう見ても新たに表示した方へ向けた言葉。

 だがおっさんの声の方が反応した。


『クロード准尉』

「はい?」

幸運を祈る(グッドラック)

「ざけんなぁ!!」


 逃げ続けるやつを視界に捉え続け、文句を言いながら走ることしばらく。

 いきなり開けた空間に出た。

 広さとしては片側四車線並みの広さがある。

 恐らくこのまま進めば防壁(ICE)があって、その先には制御領域があるだろう。

 そこさえ落とせばどんな難攻不落の砦でも丸裸だ。

 権限を奪われたら敵の増援が来る可能性が高い。

 だから進ませるわけにはいかない。


「シルフィ! リンドウ!」


 やつの前方に二人出現した。

 転送されてきたんじゃなくて、隠蔽状態で潜んでいたのだろう。


「伏せて!」


 幼い叫び声が響き、黒尽くめが身を投げ出すように倒れる。

 それと同時にその上を銃弾が走った。

 狂いなく俺を狙った攻撃。

 死ぬ。

 そう思うと身体が勝手に動いてくれた。

 両手に持った刀で弾いて切断して、刀を錘代わりに回転しながら回避して。


「二刀流の魔狼、噂には聞いていたがほんとにいたとは……」


 黒尽くめは女二人に合流していた。

 片方はまだまだ若い長い黒髪の女。

 もう片方は、青色の髪の小学生くらいの子だ。


「クロード、私たちで戦って勝てる?」

「無理だ。シフトができないこの場所でやりあえば俺ら全員真っ二つにされるぞ」

「おっし、そうと決まれば逃げるぞおめーら」


 ヤツラが身をひるがえし逃げようとしたところに跳躍。

 両手に握りしめた刀を振り下ろし、叩き付ける。

 そして黒尽くめはすぐに反応してナイフを抜いてきた。

 だが威力の差は歴然。

 吹き飛んで床に叩き付けられる。


「「クロード!」」


 すぐに足を止めた女二人が悲痛な叫びをあげる。


「大丈夫だ。いつも通り、俺が殿しんがりをやる。お前らは逃げろ、境界ボーダーまで行けばなんとかなるだろ」

「死なないでよ」

「おめーは絶対に生きて帰ってこい、借金はチャラにしねえからな」

「へいへい……」


 なにやらすごく嫌そうな返事をして再び向き直ってくる。

 負けたというのに武器はナイフ。

 いや、それ以外にないのか。


「さて、あいつらのためにも頑張るとするか」


 クロードが両手に、逆手持ちでナイフを構える。

 そして雰囲気が一気に黒くなった。

 急に周囲に抑圧するような何かが。


「グラビティランナーと呼ばれる俺はそう簡単には抜かせない。あいつらに降りかかる死は俺が振り払う!」

『警告、不正処理を検出しました。同構造体にログイン中の電子体は速やかにログアウトしてください』


 体を地面に押さえつけていた重力がなくなり、制御を失った自分がいる。

 黒尽くめがパーカー下のベルトから何かを放った。

 筒状の――――ズパァァンッ!

 真っ白な閃光に目を焼かれ……。


 ――交戦開始エンゲージ――


 -1-


「生きてるかー」


 気を失っていたのは少しの間だっただろう。

 声をかけられ、目を開けてみれば血を流すイチゴが俺を覗き込んでいた。


「あ……あぁ、はい。生きてますよ」

「ならよかった」


 起き上ってみれば、辺りには鋭利な刃物で切り裂かれたと思われる死体がたくさん転がっていた。

 他には五枚の花弁の紋章を付けた、一般人? なわけないな。

 恐らく軍関係の人たちが片づけを行っている。


「霧崎、お前これ一人でやったのか?」

「……分からない」

「おいおい……まあログを見れば分かるか」


 イチゴの手元にウィンドウが表示され、ログを読み出す。

 映像、数字の羅列、目に見えない処理の動き、そのすべてが映し出され、映像を見た俺はその場で蹲って吐いた。

 何も食べていない、だから吐き出されるのはダイレクトに胃液だけだ。

 喉が焼け付くように痛い。

 リミッターオフだとこんなところまで忠実に再現されるのが忌々しい。


「霧崎、お前また()()()()

「ごほっ、おえぇぇぇ」

「…………」


 嫌な色の嫌な臭いの吐瀉物を洗い流して、何分かしてようやく落ち着いた。

 自分がやったことなのだろう。

 でも……戦闘の鎮静化のために次々とダイブしてきたここの保安部隊らしい連中までも容赦なく俺は……。


血色の狂犬(ルージュマッドドガー)、賞金首指定の霧崎アキト」

「なんですか……うぐっ、それ」


 焼け付く喉に水を流し込んでは吐いて。


「これも忘れたのか……二刀流の魔狼、お前の殺傷記録スコアは防衛戦だけでそこらの軍人を遥かに超えてる」


 眼前に突き付けられた戦闘記録と注釈画像を見て再び吐いて、吐いて……。

 そこに映っていたのは確かに俺だった。

 赤色のフードで顔を隠しながら、両の手にあの刀を持って振り回して、相手が誰だろうが向かってくる者は容赦なく切断して、貫いて、撃ち砕いて。


「いい加減現実から逃げるな、霧崎!」

「いやだ……こんなのちがう、ちがう! こんなの……こんなの……」

『精神安定のため記憶封鎖処理を開始・生体機械ナノチップ周辺にICE構築』

「やめろ霧崎!」

『定着最適化処理開始・閉鎖領域の解放条件設定完了』

「やめろつってるだろ! この馬鹿野郎!」


 イチゴに激しく揺さ振られる。

 視界がぐわんぐわん揺れる。


『ナノマシンによる実体同期処理・完了

 独自理解により随意領域・不随意領域変更……完了

 改変・オールコンプリート』


 最後に顔面に重たい一撃を受けて、意識が急速に落ちて行った。


 -2-


 三月になった。

 なんだか最近物忘れが酷い。

 記憶のあちこちがごっそりと抜け落ちてるみたいだ。

 自己診断用のプログラムを走らせてみれば、最初の内は異常無ノーエラーだったが、今となっては頭痛と共に診断不可の結果が返ってくる。

 だからと言って調整を受けに行くには現実リアルで外に出なくちゃいけないし、ならこのままでもいいか。

 なんだか非常に気分が沈んでいる。

 もうあの子もまったく来てくれないし、イチゴからも音沙汰なし。

 寮の方にはうるさく来ていた親や教師なんかも来なくなった。

 これは正直言ってどうでもいいかもしれない。

 うるさいやつらが減ったから。


「ははっ……」


 何もなくなったってことは本当に捨てられたようなもんだろう。

 寮長さんですら何も言ってこなくなったんだから。

 いっそ死んでやるか……。

 なにがいい? どうやって死ぬ?

 首吊りか? 失敗した時が苦しいらしいな。

 包丁で刺すか? 失血するまでが痛いな。

 練炭? そんなもんはねえ。

 感電? 無理だ。

 薬か? 薬なら仮想でのフィードバック抑制用の抗精神薬があったはず……。

 英語で言えばトランキライザーか。

 なんかカッコいいじゃねえかクソやろう。

 ああいいさ、飲もう。

 どうせここは寮の一室で滅多と扉の開かない一室。

 途中で誰かが入って来るなんてこともないだろう。

 戸棚から薬瓶を取り出す。

 二〇〇錠くらいはあるんじゃなかろうか。

 これだけ飲めば死ぬだろう。

 そう思って、大きめのコップに水を入れて、ガァッと錠剤を流し込んで水で無理やり飲み込む。

 十回ほどで全部飲み込めただろうか……意識がふらーっとして……視界がぐにゃぁーっと歪んで……体がばたりと……。


 どれくらいたったのだろう。

 猛烈な吐き気に襲われて、沈んだ意識がまた浮かんできて、床を這ってトイレに入って、そのまま吐いて、胃の中からどろっとしたものを全部出して……。


 結局死ねないんだな……。


 -3-


 あれから何日か経った。

 また記憶の欠落がある。

 多分、もう覚えていることのほうが半分切ってるんじゃないだろうか。

 ガン、ガンとドアをたたく音が聞こえる。


「おーい、霧崎。起きてるかー」


 なんだ、今頃になって……。

 今まで音沙汰なしだったのに、いきなり。


「話がある。ワイヤードアクセスで来てくれ」


 そんな言葉と共にアドレスが送られてきた。

 見ればそれはこの寮の構造体のメインゲート前。

 それにワイヤードアクセスともなれば第一世代の連中が行うアクセス方法だ。

 首にチョーカー型の端末を付けたり、HMDのようなものを被ったり、もしくは首裏の接続子にケーブルをつなぐか。

 古臭いやり方で、コンソール経由のアクセスのため色々とダイブに遅延が起こる。

 だがその分、安全性は高い。

 イチゴが歩き去っていく足音がやけにはっきりと聞こえる。

 耳を澄ましてみれば、いつもの喧騒がまったくない。

 しーんと静まり返った静寂の中に、部屋のPCの稼働音と外から聞こえる虫の鳴き声だけが響く。

 何をするかは知らないが、直接言いに来たってことは仮想の大工事でもするから手伝えってことだろうか?

 それなら長時間のダイブになる。

 変な姿勢よりも楽な姿勢でダイブしないと、ログアウトした後に筋肉痛になるだろう。

 しわくちゃの布団……もうあの子が来ることは無い。

 寝そべってケーブルをPCの特殊なジャックと繋いで目を閉じる。

 暗闇の中に、いつもの青色とは違ってドットの緑色のアイコンが表示され、意識を集中すると思考感知機能が起動した。

 ふっと感覚が消失して、次の瞬間には煌めくグリッドに覆われた仮想空間に立っていた。

 周りにはなにやら武装して待機中の寮生たちが。


「よう、来たな」

「……なんですか、これ」

「見ての通り」

「戦争でもしようって言うんですか? こんな学生ばっかり集めて? どこと?」


 言うとイチゴの顔が一瞬陰りを帯びた。


「霧崎、お前は覚えてないだろうが、二月にここは何度かクラッキングを受けた。その時にお前がことごとく撃退してくれたお蔭で何とかなったんだがな。今回の敵の戦力が異常に多い。だからゲート前の防衛が失敗したらなだれ込んでくる、だからその時は、お前が最終防衛ラインになるか一人で安全な現実リアルでネット接続を切るかしていろ」

「なんですかそれ。そんなの防壁と無限廻廊で」

「できないんだよ。相手は大陸の軍だ、もちろん仮想戦闘に慣れた本物の兵士たち。そこにウィザードまで加わっている。この意味が分かるよな?」

「…………」

「マジもんの戦争だ。まあ現実感がないだろうな、いきなりこんなことを言われても」

「あるわけないじゃないですか……。なんでこんなことになってるんですか」

「まあ……仕事の都合でな……。蒼月とスコールも連絡途絶、寮長さんも出撃したまま連絡取れず」

「まさかドッキリかなにかですか? こんな大規模な」

「ちげーよ。これからやるのは殺し合いなんだ。リミッターなんてかけた制圧戦じゃなくて、制限なしの殺し合いだ」


 いきなりのことについていけない。

 なんでだ……。


「敵機出現! 表層に重爆撃機とガンシップ多数! 続いてヴェセルの投入が確認された!」

「来た、来た、来たよ! そっちは陽動相手をするな! どうせ通常兵装ごときがここの壁を崩せるわけはない。程なく連中は構造体前に転送してくる。俺たちの戦闘目標は明日までゲートの死守、一歩も構造体内に踏み込ませないことだ」

『了解』


 武装していた学生たちが一斉に返事をして駆けだす。

 向かう先はゲート。

 この構造体への入り口。


「霧崎、一応言っておく。さようなら」


 いつになく真面目腐った口調で言うとイチゴまで走って行った。

 ゲートに触れる直前でみんなの姿にノイズが走って、その姿が薄れながら広がって、体全体が、皮膚が、肉が、血が、骨がどんどん変化してゆく。

 ゲートに消える直前、見えた姿は五メートル前後の鋼鉄の巨人そのもの。

 電子擬装体ヴェセル、仮想での戦闘用プログラムを身に纏った姿だ。


「なんだよ……」

 

 ついて行けない。

 なにがどうなってなにが起こっているのかすらも分から……いや、忘れてしまったんだろうか。


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