転移前-6
しんじゃやだ、わたしのだいすきなあきと
-1-
誰かの声が聞こえた気がする。
全身がひりつくように痛い。
体の中身全部をシェイクされた気分だ。
背中には妙にぬめっとした生温かい感触。
まだ生きてるんだな……あんな高さから落ちて。
目を開いてみれば、遥か高みに白い点が見える。
周囲は果てしない暗黒だ。
確かに覚えていることと言えば……。
あの子が俺に抱き付いてきて、落下する中どこから出したのか飛行ユニットを使って、降り注ぐ岩の雨を躱して、構造体の外に"堕ちた"後は降り注ぐ瓦礫を躱し続けて……?
つづけ……?
「まさか……」
体を回転させてドサッと床に当たった。
ストレージを開いて光源を取り出す。
そして見てしまった。
「うそ……だろ?」
あの子が血まみれで……腹部から下は瓦礫に当たったのか無残な……。
「おい……? おい……返事しろよ、なあ……」
肩に手をあてて軽く揺すった。
「……けふっ、ふっ、いき……て」
「今すぐに止血を……仮想ならまだ間に合うから」
仮想なら、なんとか誤魔化してしまえばまだなんとか。
「…………、」
なのにあの子は、ゆっくりと首を振った。
もう、間に合わないとでも言うように。
「て……にぎて、ほしー……な」
「いくらでも握っててやるから諦めるなよ」
視野に表示されたツールバーの中から電子体の状態に干渉するプロセス、止血に使われるものを呼び出す。
だが『処理不能』とだけ無慈悲な音声が返って来るだけで。
何度ランしてもダメで、別のものを使ってもダメで、転送もなにもダメで。
「ありが、とぉ」
「何がありがとうだ! こんなとこで死ねないだろ!」
でも、でもあの子は……苦しいはずなのに安らかな顔で……その身体から力がなくなって……。
「なんでだよ……死にたいのは俺だろ。死ぬのは俺でよかっただろ……」
なぜか涙が溢れてきた。
久しぶりだった。
こんな気持ちは。
-2-
行動はすぐに始めた。
いつまでもこんなところでメソメソしてる場合じゃない。
あの子は生きてと言った。
だったら生きてやるよ。
こんなところでいつまでも立ち止まってはいられない。
仮想の深層ともなれば、上に上がるには数百層も踏破する必要がある。
一体どれだけの時間がかかるかわからない。
現実じゃ体は部屋に放置されたままだ。
もしここから出られなかったら餓死なんてことがあり得てしまう。
そうなったときは、眠るように横たわる死体が部屋に置いたままにされてしまうのだろうか。
「……帰るんだ」
ストレージから光源を取り出して、周囲に浮かべる。
明るくなったことで分かったが、周囲には転落死した人たちの電子体がそこらじゅうに……。
腐敗が再現され始めたら地獄になるだろう。
パッと見える範囲にあのテロリスト少年の死体は無かった。
直下で爆発を起こしたからバラバラになったのだろうか。
まあいい。あんなやつは気にすることじゃない。
今はとにかく帰るんだ。
帰る、帰る。
思えばおかしいものだ。
実体は部屋の中に放置されていて、そこまでの距離なんて無いに等しいのに。
それなのに自分の体に帰るために未知数の距離を踏破するだなんて。
現実を模倣した仮想が、いつの間にか別の世界になっているなんてな……。
-3-
どれだけ歩いただろうか。
何十キロ進んだだろうか。
視野に映し出されたデジタル表示の時計を見れば、"23:57"もうすぐ日付が変わりそうだ。
あれだけのことがあったのに、なぜ仮想の警察は動かないのだろうか。
それとも現実でも同じようなことがあって動けないのだろうか。
まあ、なんにせよ救助はこないと考えた方がいい。
-4-
あれからどれほど進んだだろうか。
朝の六時はもう過ぎている。
もう振り返っても崩落の影すら見えない。
だというのに上層への登り口は未だに見えることがない。
でも諦めない。
こんなところで死ねない。
逆らってやる、こんな理不尽な世界に。
そう思い、進んでいると暗闇の中から誰かの声が聞こえてきた。
「ふざけんじゃねえよ。あれのどこが戦争だ、あんなのはテロ行為となんら変わりゃしねえだろだ」
この声……あのテロリスト少年?
「くそが……また俺は利用されただけか……」
間違いない。
そう分かるとふつふつと怒りが湧き上がってきた。
ここで終わらせてやる。
もう二度とあんなことができないようにしてやる。
そう思うと意識が勝手に動き始めた。
妙に慣れた手順でストレージを開いて、厳重にセキュリティの掛けられた部分にアクセスして保存されているものを視野に映し出した。
そこには民間人が所持していてはいけないものが並んでいた。
なんでこんなものを持っているのかは分からない。
分からないけど使えるのだから使ってしまえ。
勝手に動く意識にさらに拍車をかけて、忌避感なんて置いてけぼりにした。
「はっ…………っ!?」
どうやら黒尽くめはこっちに向かって歩いていたようだ。
俺のことを認識するなり酷く驚いた表情を作って、すぐに踵を返して逃げ始めた。
だからすぐに撃った。
ストレージから取り出したバトルライフルを手の中に顕現して、容赦なく撃ち尽くした。
それでも暗闇から響く恐怖に慌てた足音は消えてくれなかった。
だから、次は浮遊銃座を取り出して起動した。
ストレージにあるだけ全部、二〇機。
直系二メートルを超える円盤に機関砲が二門。
それが空中を飛びながら標的を撃ちぬくために音もなく飛翔する。
暗闇の中で閃光が煌めき、キュィン、チュン、と飛翔音と金属質の床に弾かれる音が響く。
『待てよ、待ってくれ』
向こう側から通信が入ってくる。
「うるっせぇよ。あんなことしたんだ、死んで当然だろ?」
『待ってくれって! 俺だってあんなことになるなんて聞いてなかったんだ!』
「知るか」
一方的に通信拒否をすると、火器管制用のツールを呼び出して浮遊銃座の弾種をドラゴンブレスに変更。
本来は別用の焼夷弾らしいが、あるから使う。
先ほどの四〇ミリよりも遥かに静かな発砲音が響き、数秒遅れて前方が光焔に包まれた。
暗闇に照らし出されたその姿はまったくの無傷。
予め弾道を知っているかのような、人間とは思えないほどの動きで躱し続け、火の海に囲まれたらなにやら手榴弾サイズのものを投げて爆風で消火しながら逃げ続けている。
もしかしたら、強化人間か獣人系とのハーフなのか。
俺が抑えつけられたときの力からして強化人間はないな。
むしろ人間の血が濃く出た獣人と考えた方が納得がいく。
回避行動を続ける黒尽くめに、新たに顕現させたアサルトライフルの照星を合わせる。
その瞬間、やつの姿にノイズが走った。
『不正処理を検出。同エリアにログイン中の電子体は速やかにログアウトしなさい』
このエリアを管理するAIからの警告が発せられる。
一体あいつは何をした?
「無力化する」
「えっ」
気付いたときには金属の床に叩き付けられ、冷たい視線で俺を見下ろす黒尽くめがいた。
手元にはストレージ操作用のウィンドウが展開されているが、透けて見える内容はすべて刃物ばかりだ。
どういう考えなのだろう、銃撃戦になれば圧倒的に不利なのに。
「こちらはセントラ仮想戦闘部隊。貴君をこの場で殺害するか捕虜として拘束する用意がある。好きな方を選べ」
どちらも嫌だが、というかこんなこどもが軍属?
「おいおい、ふざけてんじゃねえぞ」
「お遊びじゃない」
そう言って目の前に提示してきたのは国籍入りのID。
すぐに照合してみれば海の向こうの大陸のものだ。
「…………。」
少年兵ってやつか……。
しかも手に持ってるナイフはグリップに変な押ボタンが付いている。
これはアレだろう。
押すと刃が飛び出すとかいうバリスティック・ナイフ。
WASPナイフじゃないことを祈りたい。
もしくは高周波振動とかじゃないことも。
「無言は否定と受け取る。死ね」
まずい、回答を忘れていた。
イチゴにも言われたな、勧告があって答えなかったら拒絶と受け取られてしまうと。
「死ねるか!」
足で蹴り倒し、すぐに立ち上がる。
こいつ押し倒すのはいいけど、その後の押さえつけが甘いな。
そしてすぐにストレージを開いて目についたものを適当に顕現させた。
両手の中に青色のグリッドが描かれ、銀に輝く二振りの刀が現れた。
視野に投影された情報には『対装甲破砕切断用ブレード・斬機刀』と。
……追記で核シェルター破壊可って書いてあるあたり、対人使用したらエグイことになりそうだ。
「二刀……? てめっ、やっぱりマッドドガーか!?」
「知るか! 単なる民間人だよ!」
「ただの民間人が戦闘用のプログラムなんか所持してるわけないだろうが!」
確かにその通り。
だけど俺の所属は単なる学園生(不登校)で決して危ない組織に入ってるって訳ではない。
よって、限定的に戦闘プログラムの許可されるゲーム用の構造体外でこんな武器を使える理由は知らない。
恐らくこんな深層じゃなかったら、すぐに警察が文字通り飛んでくるだろう。
「……、」
「……、」
互いに無言で睨み合う。
リミッターの範囲外。
ここで殺すという事は、その死が本物になるという事。
だが構わない。あの子を死なせたのだから。
「すぅー…………ハッ!」
両手に持った刀を交差させるように振り被り、妙に慣れた感触で金属面に叩き付けた。
その瞬間、刀から振動が放たれ、破壊力を増した一撃が本来砕けないはずの床を砕く。
「マジ……で」
呟くと黒尽くめが逃げ出した。
俺も俺とてありえない威力に呆けていたため、反応が遅れる。
だが逃がすつもりは一切ない。
悪鬼の如き形相でやつを追いかけた。
疲れなんて知らない、感じなくていい。
-5-
「はっ、はぁ、しつけえ……」
「逃がさない」
流れるように通り過ぎていく景色。
いつの間にか壁が見えていた。
その壁には小さな枠が取りつけてあって、別エリアへの転送プロセスが設置されている。
黒尽くめがそこに飛び込み、俺も躊躇なく飛び込んだ。
一瞬だけ重力の束縛が消え、視界にデータの奔流が見え、すとんと足がタイル張りの床に着地した。
ぐるっと周囲を見渡してみればなにやらとても大きな兵器……ん?
前方に走り去っていくやつを追跡するのは一時中断。
嫌な感じがしてエリア情報を表示させてみれば、最近ニュースで話題の独立国の仮想空間だった。
なんでも無警告で容赦なく攻撃を仕掛けてくるとか……。
『警告、このエリアはアカモートの直轄領域です。ただちにログアウト、もしくは移動しない場合、侵略と見なし撃滅します』
無機質な機械音声ではなく、ここのオペレーター? 戦術指揮官? の厳しい声が飛んできた。
さすがにこんなところに飛び込んだら死ぬだろう。
そう思って振り返ると、入ってきたはずのゲートがなくなっていた。
いや、あれは一方通行型の……。
「ちょっと、待ってくださ――」
『バックドア確認、不正アクセスを検出。侵入者を無力化しろ』
こっちの言い分なんか聞いてもらえず、近場の無人兵器が動き始めた。
巨大な鋼鉄の人形。
高さは五メートルほどで、全身が真っ白な装甲板に覆われていて、二本腕にはそれぞれガトリング砲があって、肩には長方形のミサイルランチャーがあって……。
呆然と見上げていると、兵器が足を一歩踏み出し、ズシンッと重たい音が轟いた。
「擬装体…………」
遥か遠くで爆炎が上がった。
それで我に返った俺は一目散に駆けだした。
背後からは仮想での戦闘兵器が火器管制システムを起動する音が響く。
あんなものに撃たれたら、掠っただけでもスプラッタは免れない。
走りながら転送、転移、移動プロセス、とにかく逃げるためのツールを呼び出した。
しかしどれもこれもエラーを吐き出して強制終了してしまう。
ふとエリア情報に目をやれば……アンカー展開中、と。
「そいつを展開されたら、自力で戦域の外まで駆け抜けることになるからな」
そんな言葉が思い出される。
万が一がなんで的中するんだか。
『蒼月、ダイブして侵入者を斬って来い』
『私所属が違うんだけど』
『構わない。今みんな出払ってて他に動けるのがいないから』
『無理だって。コンソール使ったダイブなんだから、第一世代が相手でも勝てないって』
『追跡だけでいい、攻撃は俺がやる』
『きゃうっ……らんぼーなんだから!』
通信を盗み聞きしていると知った名前が聞こえ、すぐ近くにダイブ時特有のエフェクトが表示された。
グリッドの網が出現、人の形をした枠が形成され、一瞬で姿を現したのは昨日サポートだった女の子だ。
ただし、その手には、可愛い見た目には不釣り合いなものが持たれている。
ロングソードを二つくっつけたような武器だ。
分かりやすく言うなら、パドルの両端を剣にしたようなもの。
「侵入者って……アキトだったんだ」
「……蒼月さん、軍属だったんですか」
「うーん、ちょっと違うかな。でも、そんなことよりなんでここに入ってきたの?」
「なんでって……昨日のあれを知ってますよね? あれの犯人追いかけてたら……なんか入ってて……」
すると蒼月は疑うよりも先に青いディスプレイを表示させた。
すぐにサーチを始め、結果が表示される。
「うん、確かに三人いるね」
「三人?」
「昨日のSGRってチームの三人だよ。私が……」
『ボサッとするな! 来るぞ!』
「えっ?」
驚いた瞬間、後ろから迫って来ていた機体からの砲撃で、目の前に爆炎が生まれた。
ただそれは俺たちを狙ったものではなかった。
「うぉおおわぁっ!?」
黒い煙の中から飛び出てきた黒尽くめは、変な体勢で顔面から着地し、そのまま床を拭きながらズシャァッーーーっと滑って止まった。
起き上ったその顔は摩擦で真っ赤だ。
「動くな! またあなたなの……」
蒼月が呆れ気味に言う。
「俺だって好きでやってるわけじゃない」
「だったら今すぐに投降しなさい」
「それ――」
言いかけたところで、黒尽くめの隣にフェイスウィンドウが表示された。
そこには"SOUND ONLY"とだけ。
『おうおう伍長、順調か?』
「……中佐、やっと俺の転科願いが通ったんですか」
『冗談だ、准尉』
「いい加減俺もキレかけてるんですが、そろそろ離反してもいいですか」
『やるならやるがいい。今貴様の実体には銃口が突きつけられているがな』
「…………はぁ」
そいつは溜息をつくと、目にも止まらぬ速さでフラッシュバンを足元に叩き付けた。
目を潰す閃光、耳を潰す轟音、辺りを包み込むチャフ入りのスモーク。
隙を作られ敵には逃げられ。
だけど逃がす気はない。
俺は追いかけた。




