彼女の想い-10
衣擦れの音が聞こえなくなった頃。
振り返ってみると足元に乱雑に脱ぎ捨てられたアイドル衣装に火を点けているレイズがいた。
火といっても赤い火ではなく白い火だ。
一瞬にしてぼわっと燃え上がると塵すら残さずに衣装は消え去っていた。
顔、体型は美少女だが服が合っていない。
男物の長袖シャツにカーゴパンツで、大きかったらしく袖や裾を折り曲げている。
「なあアキト、これで髪切ってくれ」
サバイバルナイフを差し出しながら、突然そんなことを言われた。
俺なんかが女の子の髪を切ってもいいのか?
女の子の髪といえば命と言われるほどだろ。
それも腰まで伸ばすともなればかなりの年月がかかり、手間のかかる手入れがされているはず。
これ切っていいの?
本人が切ってと言っているけど、俺やっちゃっていいの?
「自分で切ったらどうですか……」
さすがに失敗した時が怖いからね。
「適当でいいから、ほら首のあたりでバッサリやって」
「ほんとにいいのか? 失敗しても」
「いいからやってくれ。長い髪は重たいんだよ」
じゃあなんでそんなになるまで伸ばしたんだよ。
「遠慮せずにさっさと切れ、変な形になってもいいから」
やれと言われ、責任も押し付けられそうではない。
俺は受け取ったナイフを逆手に持ち、左手で白い髪を束のように持って一思いに切断した。
だが。
「……やっぱりダメなのか」
切った途端に白い髪はするすると伸び始め、瞬く間に腰の位置まで伸びて元通り。
こいつの髪はあれか、夜になると髪が伸びるとかいう人形のあれか。
「あんたの体っていったいどうなってんだよ」
「うん、分からない」
「……はい?」
「ま、多分だけど多分、呪いで色々とおかしなことになってるな」
「呪い? あの丑三つ時に藁人形に釘打つとかいうようなあれ?」
「あんな遊びクラスの低級な呪いじゃない。
神格級が使う、人には到底解呪できない強力な呪いだ。とくにあの堕天使とか」
堕天使と言われてすぐに思い浮かぶ案件が一つある。
「あー……あの黒い翼のね。あの堕天使って自分が面白けりゃなんでもやるのか」
「やる。ここ最近でとくに酷かったのは装備なしで極寒地帯に送られた時だ。
お前も結構大規模なことをやられたろ?」
大規模といえば大規模だ、最初のあの平原で……。
「やられた。なんかどこまでが仕掛けなのんぐ!?」
「静かに」
いきなり口をふさがれて座れと手で合図を出される。
なんだかよくわからないが、強い者には従うべき。
「まずい……」
風の騒めきとは違う。
漂う腐敗臭が嫌な記憶を蘇えらせる。
そう、あれはゲイルクロニクルのイベントで対ゾンビ戦をしたときの……囮の俺が囲まれて体中を齧られた……。
「囲まれてる」
すぐ近くの茂みがガサガサと音を立て、そこから腐った肉のような何かが見えた。
レイズが明かりを強くすると照らし出されたのは一部白骨化した死体。
否、動く死体だから……。
「……あの、レイズさん? あれなんですか?」
認めたくない。
分かっちゃいるけど否定したい。
「エクスキューショナー。あれの場合は死刑執行人かな」
「ゾンビよりまずいですよね?」
「もちろん。ただオレ一人なら問題ないが……」
なんだよ、なんでそんな目で見るんだよう。
俺が戦力外でお荷物で足を引っ張ってるっていうんだろ。
「フェネ、アル」
レイズが呼ぶとフェネが俺の中から出てくる。
ほんと、質量保存無視というかこれぞ魔法というか……。
アルは頭の上でつぼみ状態から開花する。
「オレがここでくいとめるから、アキトを遺跡まで案内してやってくれ」
「仕方ないなぁもう」
「りょうかいなのです」
なんでコイツらは大人しく言うことを聞くのだろうか。
レイズが強いからだろうか。
俺の時とは大違いだ、弱い雑魚の俺の時とは。
「頼むぞ」
レイズが腐敗した敵の群れに向かっていく。
「ほら、さっさとついてくる」
フェネは明かりを灯し、暗い森の奥へとどんどん走っていく。
あれ、案内する気あるのか?
むしろ置いて行く気じゃないだろうか。
「アキト、フェネについて行け。ここはオレだけで十分だ」
「分かったよ」
遠くに見えるフェネの明かりを追ってこの場から遠ざかる。
恐らくレイズ一人の方がやりやすいだろう。
最初の時の爆裂や、さっきの一対多数の戦いを見る限りは。




