転移前-5
試合開始からわずか三十分。
七十を超えていた参加チームはわずか四チームしか生き残っていない。
あのメメント・モリというおかしなチーム。
たった三人だったSGRというチーム。
桜都学園勇士同盟という運よく生き残った素人チーム。こいつらはもう残り三人だ
そして俺たち。
全員運よく生き残っているとはいえ、市街戦で敵サポートにマップを封じられて分断され、狼谷と倉岡は行方不明だ。
まだメンバーリストの名前が消えてないからやられてはいないのだが……。
-1-
「影秋っ、気を付けろまた来るぞっ」
「分かってる。あいつらプロじゃないのか……」
市街での戦いで逃げ回り続けた彼らはついに行き止まりの路地に追い詰められた。
突入してくる黒い影に向かってバースト射撃を浴びせ、何度も退け何度も攻められている。
すでに牽制としての攻撃で残弾は少なく、このまま続ければ一発も撃ってこない相手に押し切られてしまう。
鉛玉で削り取られたコンクリートの路地、遮蔽物として役に立っているゴミの山、路地の入口には黒尽くめ。
見たところは十五、六くらいの少年だろう。
装備はベルトにナイフばかり仕込むというかなり偏ったものだ。
さらにその後ろにはハンドガンを構えた女性と少女。
女性は二十前後に見えるまだまだ若い容姿で、長い黒髪を揺らしながらあまり見ないデザインの軍服を纏っている。
隣の少女はもっと年齢が低く、身長も低い。まだ小学生くらいだろうか。
だがその姿に見合わず、抱えるのはAMライフルだ。
喰らえば一撃必殺。
なぜ撃ってこないのかが分からないほどの威力がある。
「スヴァートゥ、ちんたらやってねえで突っ込んじまえよ」
「んなことしたら俺が死ぬ!」
「ヴァーチュ、スヴァートゥに言うなら自分がやれば? それか肉の壁になるとか」
「おまっ……生意気なぁ!」
「こんなときに喧嘩するなお前ら」
路地の入口から聞こえてくる内容からすれば、ふざけているとしか言いようがない連中なのだが、実力は本物だ。
あの少人数で他のチームをいくつも屠っているのだから。
「影秋、どうする?」
「どうするって……。助けが来るなんてことはないし……」
二人とも傷だらけだ。
幸い致命傷の判定は受けていないため、まだ動ける。
しかし苦痛と疲労に押されて戦闘効率は格段に落ちる。
そもそもが普通の学園生だ、こんな本物そっくりの戦争ゲームで長く生きていられるわけがない。
「来たっ」
揃ってアサルトライフルを構え、少し引き金を引いては離してバースト射撃を行う。
だが突撃してくる少年は弾道が見えているかのように回避行動を取り、瞬く間に迫ってくる。
「このっ!」
距離が縮まって狙いをつけやすくなり、倉岡は少年の額を狙った。
しかし撃てなかった。
人を殺す、という忌避感からではない。
直前で少年の姿が消え、がくっと体のバランスが崩れたからだ。
踏ん張ろうとした倉岡は――次の瞬間、光の粒子になって消えた。
死亡判定。
待機所へと転送されたのだ。
一瞬で腿を斬り、後ろに回って首裏に、即死判定箇所にナイフを突き立てるという早業。
「速いっ」
相手はナイフしかない。そして近接戦。
アサルトライフルを振り回すよりハンドガンの方がいい。
そう判断して、狼谷は戦闘方式を切り替えた。
ナイフさえ弾いてしまえば、後は次を抜かれる前に撃つだけ。
そして持ち替えた直後に視界には刃が見え、反射的にハンドガンで殴りつけた。
その一撃が少年の右手首を捉え、ごりっという嫌な音が鳴る。
右腕が大きく弾かれ、体勢を崩した少年にハンドガンを向け。
バァンッ!
「えっ……?」
胸元に煌めく被弾のエフェクト。
急速に視界が切り替わり、激痛が走った。
死にはしないが痛覚を緻密に再現するこのゲーム特有の幻痛。
それを味わいながら、路地の入口にいる少女が撃ったことと、自分が負けたことを悟った。
-2-
「不味いな……」
「狼谷たちがやられた」
「さって……市街には正体不明の強豪。東側にはメメント・モリ。西側の連中は市街に突っ込んだからいいか」
岩を背に辺りを見ても、砂とごつごつと突き出した大岩ばかりの荒野。
お蔭で隠れ場所はいくらでもあって、岩に上れば遠くまで見渡せる。
足元は砂礫ばかりで少々動きづらいが、砂ばっかりじゃないだけマシと思える。
「室井さん! マップまだですか!」
『待って、相手がウィザードだから一進一退』
「ウィザード? 魔法使い?」
そうして悩んでいると銃声が聞こえた。
かなり近い距離だが、こちらを狙ったものではない。
すぐに別の場所から撃ち返したと思われる音が響き始めたからだ。
「来たな……」
「来たってどこのチーム?」
単眼鏡で観測しながらイチゴが舌打ちをした。
「ゲイルだよ。たった一人……いや、三人か。素人相手に本気でやってやがる。自分が囮になって背後から強襲、殲滅か」
「三人? 残りの九人は?」
聞くと同時に眼前にマップが表示された。
いくつかの光点があるが、イチゴの言った通り桜都学園勇士同盟の全面でゲイルが動き回って、後方から二つの光点がゆっくり近づいている。
残りを探せば市街地で三対一の戦いが三セット展開されていた。
うち二セットは遮蔽物に隠れながらの戦闘なのかほとんど動かず、一セットだけが激しく動き回っていた。
平面マップ上で壁を突き抜け……え?
「壁抜け?」
「んなもんあるか。ちょっと見せてみろ」
イチゴのほうにマップを投げ渡すとすぐに答えが来た。
「よく見ろ、壁の前で少し止まってる。これ壁を駆け上ってやがるぞ」
「それもありえないですよね。いくら仮想とはいえ現実の身体能力が反映されるわけですし」
「だからこいつは現実でもそんなことができるってことだろ」
「蜘蛛人間じゃないんだから……」
呆れていると前方で閃光が瞬いた。
その数は連続して四つ。
フラッシュバンだ。
そして三つの光点が立て続けにマップからロストし、三発分の轟音が響いてさらに二つの光点がロスト。
外れた一発は大きな岩を撃ち崩して消えたようだ。
「さすが……」
そう言うイチゴは俺たちの後ろ側、荒野の果てを見ている。
どこかにラハティを構えたあの子が潜んでいる。
その姿はどうやっても発見できない。
開始早々初期地点から二チームを一人で全滅させただけはある。
だがその後、接近されてからの命中率は……名誉のため言わないことにしよう。
長距離から確実に当ててくれるだけでほんとに助かるからな。
「どーしますか」
「うん、降参しようか。三位だし、賞金入るし」
「いやいや、あの子の狙撃があればいけますって」
「さっきの見てなかったのか? ゲイルは銃弾避けてたんだぞ」
「そんなまさ――」
人影が岩から飛び出す。
ズドォォッン!
轟音を発してその岩が砕け散り、遅れて発砲音も轟いた。
「な?」
「いやいやいやいや、音速超えた攻撃をどうやって察知してんですか!?」
「分からん。ただあいつには攻撃が当たらん」
「えぇ……」
『左側、来るよ!』
「「!」」
蒼月の警告が聞こえた時には体が勝手に転がっていた。
さっきまで隠れていた岩陰、その場所にフルオート射撃の弾丸が襲った。
岩を削り、弾き飛ばし、跳弾が間近に命中する。
不思議と死ぬという危機感はない。
恐らく本能的な部分もこれが仮想であり死なないゲームだと認識しているからだろう。
転がった体勢から起き上がりながら走る。
そのすぐ後ろを追いかけるように弾丸の嵐が追従してくる。
イチゴの逃げたほうからはグレネードの破裂音が響く。
何時までも撃たれるままじゃいけない。
大まかな方向に片手でアサルトライフルを向け、
「そこまで」
トリガーの裏に指を入れられ、掴まれて奪い取られた。
「くそっ」
腰裏に手を回してナイフを抜いたときにはじゃらじゃらと分解された銃とドラムマガジンの中の弾薬が落ちていた。
速い。
速すぎる。
「金のために負けられないんだよ!」
至近距離から無構えの相手に斬りかかった。
だが腕を掴まれ、捻られながら足を掛けられて転倒させられる。
体勢を崩した俺にゲイルが銃口を向けた。
「くそ……」
ここまでか。
第三位でも賞金は出るからいいんだけども、できればイチゴには降参せずに頑張って欲しい。
撃たれる覚悟を決めたその時、目の間に青い影が割り込んだ。
あの子だ、なんでこんなことをするんだろう?
なんで両手を広げて俺を庇おうとするんだろう?
まとめてやられるだけなのに。
「撃たせない」
「なるほど……はぁ、これを見越しての参加か……」
突然、ゲイルが何かを諦めたかのように、銃にセフティーをかけて落とし、両手を上げながら後ろに下がった。
「まあいい、新人訓練ついでに金も稼げたなら御の字だ」
「いいの? それで」
「いいんだよ。あいつも、そして模倣体のお前たちも決して傷つけないから」
「ふーん。やっぱり変わってるね」
「何がだよ」
若干笑いながら会話を打ち切ったゲイルは、手元にウィンドウを表示させ、手早くコマンドを打った。
すると周囲にフェイスウィンドウが出現する。
「ホノカ、ミコト、ユキ。今回はここまでだ、後は適当に遊んでいいぞ」
『ゆうしょー目指しますけど』
『そうですよ。勝ったら隊長がお菓子作ってくれるんですよね?』
『というわけで私たち一同負ける気はありませんので』
「おま……はぁ……」
「確かにあのケーキとかクッキーは美味しかったから。それに見た目も高級店で売っててもおかしくないくらいだったし」
「あのなぁ、これでも工作兵なわけで料理担当じゃないんだが」
ほんの数秒前まで敵同士で撃ち合って……俺が一方的に撃たれていたのに、ピリピリした戦闘中の空気ではなくなっていた。
なんだろうな、ここは殺し合いをするゲームの中なんだぞ。
なんであなた方はそんな和やかな雰囲気を醸し出せているんですか。
「あーあ、スコールと組める蒼が羨ましい」
「なんでだ? 誰も組みたがらないって噂まであったはずだが」
「だって頼めばいつでもおいしいもの食べられるじゃん」
「……食い物で釣れるのか……?」
「好きな人を捕まえるなら、好みを調べて合わせるといいよ?」
「はっ? 何を言って……」
『そっちに一人いった! 黒いやつ!』
その一言ですぐに空気が切り替わった。
落としたライフルをゲイルが拾い上げてすぐに構え、あの子もラハティを立ったまま構える。
大丈夫なのか、立ったまま撃ったら反動で……。
「適当に撃って嚇かしてやれ」
ゲイルが岩の間を縫って走っていき、あの子は躊躇なく撃った。
凄まじい反動で辺り一面の砂が舞い上がるがお構いないしだ。
「げほっ、ちょ」
「ごめん、これで」
投げてよこされたのはあの子が着ていたローブだ。
ほかに顔を覆い隠せるものがない。
仕方なくそれで顔を覆って伏せておく。
武器がコンバットナイフだけの俺ではいるだけ邪魔になる。
……それより、場違いなのは分かる。
良い匂いだなぁ……このローブ。
そんなことを思っているとすぐそばにどさっと降り立つ音が。
「逃げてぇっ!!」
あの子の悲痛な叫びが聞こえるのと、俺の首に向かって黒く艶消しされたナイフが迫ってくるのは同時だった。
なぜかやけにゆっくりに見える。
これが噂に聞くタキサイキア現象とやらか。
窮地に陥った時に脳の処理速度が上昇してすべてがスローに感じられるとかいう。
本当のところはどうなのかは知らない。
でも好都合だ。
向かってくるナイフに集中して、防刃グローブを着けた両手で掴み取って、左右に振り回す。
いきなり襲ってきた黒尽くめの腹に蹴りを入れて起き上る。
「くっ、ってぇ」
「いきなりだな……痛ぇ」
尻餅をついた黒尽くめは少年だった。
俺よりも年下だろうか。
さっきの衝撃で脱げたフードの下は獣耳のようにピンピン跳ねた黒髪で、でも顔つきは戦場に送り込まれた兵士そのもので。
まるで特攻兵のような顔つきで。
「くそが……AP、位置はここか」
『そこです爆破してください』
「了解」
「おい待てっ!」
いきなり黒尽くめの隣にフェイスウィンドウが表示されたかと思えば、何やら構造体そのものをぶち壊すためのボムが表示され、それを躊躇いなく起動しやがった。
仮想世界で固いものと言えば、防壁、そして構造体の壁だ。
そんなものを壊すほどの威力ともなればリミッターの影響下でも……!
「やめろぉぉぉぉっ!!」
叫び空しく、地下深く、というのはおかしいが、この構造体のすべてを支える床のような部分が崩れた。
その威力は再現された荒野の砂を巻き上げながら容赦なく吹き上がり、落ちる俺が見たのは奈落への大穴と、待機エリアから滑り落ちていく犠牲者たちだった。
このまま落ちたならそこは仮想の深層部。
管理領域とも言えるそこは一切のリミッターが効いてない。
そこに"堕ちた"なら転送も離脱もその他すべてのプロセスの実行権限が奪われて何もできなくなる。
だからすぐに離脱プロセスを思考だけで起動したが、
『現在、この構造体には不正行為防止のため、通常電子体のプロセス実行権限は剥奪されています』
そんな無慈悲な機械音声が返ってきた。
そうだ、そうだよ。
最初のルールにもあったなおい、ゲーム中はログアウト不可能って……。
「うわああああああああっ…………」
重力の処理に捉われた身体は、いくらもがいても下へ下へと引きずられていく。
素人なら五メートルからの落下でも危険だというのに、この高さは底なしの奈落。
キロメートル単位は優にある……。
なんでだろうな。
つまらない人生だったな。
もっと別の生き方はなかったんだろうか。
なんでこんなテロみたいなのに巻き込まれて死ぬんだろうか。
皆にいじめられて、教師に放置されて、親には無視されて、おかしいと抵抗すれば殴られて、正論を出せば殴られて、何も言わなければ何もされず、何も抵抗しなければ何もされず。
嫌になったから閉じこもった。
嫌になったから忘れた。
嫌になったから、嫌になったから、嫌になったから、人間が嫌いになったから。
もういいんじゃないか?
もうできることなんて一つしかないんじゃないか?
もうできることなんて抵抗しないことなんじゃないか?
もうこのまま抵抗せずに、流れに任せてしまえば、なんの苦痛もなく一瞬ですべてが終わる。
死ねばすべて終わる、こんな世界から解放される。
死ねば……死ねば……こんな……。
嫌だ、生きたい。
でも怖い。
外が、人がいる場所が怖い。
心の赴くままに生きてみたい。
でも怖い。
だったら……もういいだろ。
不幸な巻き添えでも、このまま終わってしまえば……。
ぽたり。
水滴?
なんの?
なんでもいいか。
どうせ終わる。
こんな理不尽全部消し去れる魔法でもあれば、今は違っていたかもしれないな……。