彼女の想い-7
キニアスの後に続いて走り続ける。
いったいどこまで走るのだろうか。
引き籠もりである俺の体力は以外すぎるほどにもっているが、いつまで大丈夫かは分からない。
最悪、途中でついて行けなくなって夜の森に置き去りにされて……魔物がいるからな、一晩で死んでしまう自信はあるよ。
「はっはぁ……どこまで走るんです」
「もうすぐ遺跡が見える、そこまでだ」
走りながらでもまったく息を切らせていない。
やっぱり温室育ちとこういう危険な世界で生きている人とでは、基本スペックに差があって当然か。
それにしても遺跡か。
ゲームじゃお決まり、アンデッド系のモンスターがわんさか湧いてくる場所だな。
……スケさんがでたら迷わずキニアスを置いて逃げよう。
酷いなんて思わないでほしい、人間追いつめられるとどこまでも残酷になれるんだから。
「……ん?」
ふと、ねっとりと絡みつくような甘い匂いがした。
なんだろうか、急に走っただけではないほどに心拍数が上がる。
さらになぜか下半身のあそこにテントまで設営されている。
エロいものがあるわけでもないのに何に反応しているんだ?
「止まれ」
「なんですこれ?」
キニアスの顔を見れば布で口元を覆っていた。
どこかで嗅いだことがある匂いだ。
いったいどこで……戦場……。
んなわけない。
なんでそんな考えが浮かんでくる?
火薬、爆薬か? それともクロロホルム……それはないか。
こんなにきついなら気絶どころか永眠コースの片道だ。
そもそもクロロホルムは吸ったからといって気絶どころの生易しいものじゃないし。
「アキト、動くなよ。これはまずい」
そう言うとキニアスは中折式の二連ショットガンに散弾じゃないやつ、スラッグ弾……ともう片方は知らないやつを込めた。
ゆっくりと銃を持ち上げて、照星の先、その射線の先にいるのは……人!?
「おいキニアス! 人は撃っちゃいかんだろ!」
目測五十、スラッグ弾を使用した場合の有効射程は最大でも百。
バゴンッ!
イヤーマフラーもなしに隣で発砲されて耳がキーンとなった。
軽装甲程度なら貫通するぞこれ、人なら……!
ただじゃすまない、そう思ったが人は倒れなかった。
代わりに弾が跳ねてあらぬ方向に行き、人のシルエットが変化する。
長い爪を伸ばし、大きな翼が広がり、角が生え、その姿は、
「サキュバス!?」
知っている、あれの恐ろしさはヴァーチャルリアリティーのR指定ゲームで知っている!
「チッ、逃げろ!!」
キニアスが走り出すと同時に片手で引き金を引いた。
かなり小さな破裂音と一緒に火花が散り、続いてバチバチと生の草木が燃えるような音が響く。
音が響くということは足元の落ち葉に引火したということでもある。
「ドラゴンブレスかよ……」
なんでこの世界にこんな弾があるんですかねえ、気になりますよ。
俺が知ってるやつよりかなり控えめなものだったとはいえ。
「逃げな――おわっ」
立ち上がったと同時に足がもつれて倒れた。
逃げられそうにない。
怖さと変な匂いで体が変な反応起こして超敏感になってしまっているからだ。
「あ、やべ、やばいやばいやばい!」
火の手が回ってザクッザクッとゆっくりと近づいてくる足音が余計に俺を焦らせる。
『さっさと逃げなさいよ』
頭の中にフェネの声が直接響く。
「いやでも、体が」
『殴るよ?』
「イエスマム!!」
なんだろうね。
殴られるというその一言が俺の思考を一発でリセットしてくれた。
テントも一撃で崩壊したしね。
今の感情を表すなら恐怖が99%だろう。
言うことを聞くようになった体に命令を送って立ち上がる。
よろけてバランスを崩しかけるが、
『走れ走れ!』
恐怖のあまり勝手に体が動いた。
重心を修正して足が前に、気付けば自分で考えるよりも先に体が命の危機を感じて走り出している。
この体に染みついた恐怖心はどんなに強力な漂白剤を使っても落とせないくらいの濃い染みになるだろう。




