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アナザーライン-遥か異界で-  作者: 伏桜 アルト
Piece/Fragment of memories [思い出の欠片/断片]
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転移前-4

 世界暦九九九年、一月の最後の日曜日。

 早めの昼食(カップ麺)を済ませ、私有空間を経由して桜都の構造体にログイン。

 各ゲームサーバーへのアクセスポイントは街中に設置されている。

 当然そこでは試合の観戦なんかもできるわけで、人がごった返している。

 正直に言ってこんなところになんか来たくない。

 だがなぜここに来ているかと言えば、大会に合わせたセキュリティ強化のため、アドレスを入れて直接飛ぶことができないからだ。

 ついでにここでレギュレーションチェックが行われるからでもある。

 チェックが終わり次第、随時スクワッドごとの待機エリアに転送されて、戦闘準備を開始しておく。

 一度サーバーにログインしてしまえば、後は大会が終わるまでは出られない。

 だというのになぜ早く来たかと言えば、人が多いように見えるがこれでもまだ少ないからだ。


「おっす。来たか霧崎」

「なんでそんなテンション高いんですか……」

「ふむ、ちょっと仕事が入っちまってなぁ、あははは」

「……途中で抜けないでくださいよ?」

「まーそこは大丈夫だ。狙撃手はうちのトップクラスのを連れてきたから」

「で、その実力は?」

「うむ。二〇〇メートルで外す」


 ……………………。


「それもろに素人じゃないですか!? 俺だって八〇〇メートルはいけますよ、ゲームの中限定で」

「まーまー安心しろ。なんせ二キロ超え、アウトレンジだと一〇〇発九十一中だから」

「なんですかそのびみょーな数字」

「だって事実だし」

「えぇ……」


 アウトレンジって。

 そりゃ相手の射程外から一方的に攻撃できるならいいけどさ。

 命中率九一%は高すぎないか?


「ま、とりあえず。初期スタート地点は全部のスクワッドが一キロ以上二キロ以下の距離だ」

「ああ、そういうことなら」

「そう、平地だったらいきなり攻撃できる。しかも相手が近づけないくらいのな」

「で……その狙撃手って?」

「もう中に入ってる。俺たちも行くぞ」


 受付で認証を済ませる。

 これは簡単なものだ。

 各エリアの管理AIから割り当てられた、ただ一つのIDと照合するだけだから。

 それを済ませると一度真っ暗な空間に転送されて、青い半透明のウィンドウに囲まれる。

 それにはチェック項目がずらっと並んでいて、次々とチェックが入ってものの数秒で終わる。

 すべての項目にチェックが入り終わると視界が一瞬で移り変わった。

 目の前には"試合開始まで34:07"のカウントダウン。

 これが00:00になったらランダムに転送されて試合開始だ。


「なんで八秒もかかってんだよ」

「仕方ないでしょう。頭の中に入っている生体機械ナノチップが他より多いんですから」


 言いながらストレージを開いて着替えを取り出す。

 ここはすでにゲームサーバー内部。

 限定的に許可された戦闘アイテムが顕現する。

 こんなものが街中でほいほい使われていたら大変なことになるからな。

 さっと着替えはじめると隣でがさっと音が。

 目を向けると視線を逸らしている頭からすっぽり覆うローブ姿の誰か。

 青を基調としたもので、白で模様が刺繍されている。


「あ、すみません。女性でした?」


 返事はフード部分を脱ぐという形で来た。

 短い青色の髪と青い瞳。

 名前も知らないあの子だった。

 大急ぎで着替えを済ませると、普通に顔を向けてくれた。


「…………、」

「な、なんです?」


 ふるふると首を振ると、その子はウィンドウを表示させて指を走らせた。

 なんとなくだけど、こういう操作に慣れているような印象を受ける。

 入力が終わると虚空に長いシルエットが現れ、ガシャンと金属音を響かせて落ちた。

 見れば上側からマガジンが突き刺さったライフルだった。


「ラハティ、対戦車ライフルだな。固定して弾を変えれば対空砲としても使える」

「それって五〇キロくらいありますよね? この子に使えるんですか?」

「まあそこは大丈夫だろう。現実リアルでもこれを持ったまま走り回ってるし」

「マジですか……」


 五〇キロって言ったら歩兵の装備だろ……。

 そんなものを持つのは男の俺でさえ無理だ。

 それをこの子は……?

 まあ、他人のことはどうでもいいか。

 ストレージから自分の武器を取り出す。

 ドラムマガジン付のアサルトライフル、予備マガジン二本、スモークグレネード三つ、コンバットナイフ。

 全部合わせてもせいぜい一五キロだろうか。

 でもここはゲーム、完全にそこまで再現したら戦闘前にへたってしまう。

 だからある程度は重さの処理を限定的に、望むのならば軽減してもらえる。


「なんか様になっていますね」

「そりゃあねぇ、俺、これでも兵長だし」


 目の前にいるイチゴはヘルメットに五枚花弁の徽章、襟元に兵長を示す階級章の軍服、アーマーと軍用ブーツ。

 腰には六本の予備マガジンとサイドアームの拳銃。

 メインは見たことのない銃だ。

 カラーリングは白にごく少量の黒を混ぜ込み、その上から白に近いグレーのヘックス状の迷彩を施したような感じ。

 形からしてPDW? サブマシンガン?


「気になるか?」

「ええ、それってどこの銃ですか?」

「大戦前、かなり昔に「すていつ」とかいうところで使用されていたクリスヴェクターをサルベージ。小型化改良されて今はアカモートってとこの守備隊が使用している」

「強いんですか?」

「ACP弾を使用して独特の機構で反動を逃がすからな、近距離ならまず負けない。それに改良のお蔭か数百メートルもの有効射程を誇る」


 そうして説明を聞いていると青い髪のあの子が口をはさんだ。


「アカモート側では魔装銃、魔法と合わせて使われるものだよ」

「魔法、ね。俺たち"魔法が使えない組"には単なるガラクタだもんな」


 イチゴがそう言って黙り込み、あの子は再びフードを被ってラハティを隣に立てかけた。

 俺も俺でやることは待機だけだ。

 残りの四人が来るのを待つばかり。

 "試合開始まで10:13"

 カウントダウンがかなり進んだ頃、女の子が二人入ってきた。

 片や黒髪のネット依存症……もとい室井さん。


「うー……だるぅー」

「そんなこと言わずに頼みますって」


 もうすでにこの時点でやる気がないようだ。

 もう一人の女の子は……なんというかアイドル?

 足まで伸びたあり得ないほど長い髪。

 整った顔立に青い瞳。

 桜都の人間じゃないな。

 髪色は青色が若干混じった黒だし。


「よっす、蒼月。サポート頼むぜ」

「ねえイチゴ。私これでも魔法士部隊のほうなんだけど」

「まあまあそんなこというなって。めでたく如月隊に配属替えになったんだから」

「めでたくないよー。如月隊って電脳部隊と魔法士部隊の混成じゃん、しかも一番最前線に送られるって」

「それを差し引いてもいいことはある」

「なに?」

「うちには腕のいいシェフがいるからな。毎日うまいもんが食えるのだよ!」

「……まあ……確かに本隊みたいに毎日レーションかカレーかって言われたらマシなんだろうけど……」

「いいじゃないか、蒼なんて七月からそのシェフと正式にバディ組むんだから。んで八月からは一緒に行動開始だ」

「うーん、男女のバディなんて問題あるくない? しかも今も一緒に色々やってるし」

「そこは大丈夫だ。あいつの仇名は風狼スコールだが、うちの女性隊員からは絶対の信頼を得ている」


 狼なのにか?

 こう、そういう意味で狼と言えば見境なく女の子を襲って食い散らかすようなイメージが出そうなものなのだが。


「だったらいいかな……。それで、そっちの人は初めまして? でいいのかな」

「はい。霧崎アキト……です」

「うん、じゃあよろしく、アキト」


 なんか結構軽そうな……というか、接しやすそうな人だ。

 この人と室井さんが俺たちのチームのサポート要員。

 サポートの主な役割は戦闘支援。

 本物の戦闘で言えば、後方から戦域を分析して敵の位置を割り出したり、ダミーの情報を流して敵を混乱させたりすることだ。


「とりあえず、こんなもの?」


 視野に戦場の平面図が投影され、隣に並んで他チームのリストがずらりと。

 しかもやったのはサポートじゃない。

 フードを被ったあの子だ。

 この少しの間にシステムに侵入したのか?


「さすが第一世代の特化型」

「誰でもできるよ」

「できないって……なあ、室井、蒼月?」


 すると蒼月は頷いたが、


「できる」


 室井さんはできると言った。

 まあ確かにできるだろうな、俺の市販品のセキュリティを破るだけの実力はあるのだから。


「運営に怒られないか?」

「大丈夫、ここ、書いてある」


 眼前に表示されたのは大会規定。

 着色された部分を見れば、確かにやっていい範囲に書いてある。

 特に下の方に隠蔽ハイド状態モードの適用も可とあるのは大きいな。

 味方以外から見えなくなる状態、敵にしてみればこの上なく厄介だ。


「なあ、ハイドモードの適用はできるか」

「無理」

「できない」


 これは二人揃って無理だと。

 室井さんは、


「こういう戦闘支援でやったことがないからできない」


 そう言い。

 あの子は、


「いつも通りのをやったら処理の関係で落ちる」


 そう言った。

 処理の関係で。

 それほど高度な隠蔽だからそこらの処理能力じゃできないってことかな。

 日頃からハイスペックだからロースペックだと適応できないとかそんな感じで。


「とりあえず、私たちはもう行くね」

「それじゃあ」


 サポート要員の二人が転送されていった。

 戦場に降りるのはサポート以外のメンツだ。

 サポートはサポート専用のエリアから各チームそれぞれの支援を展開する。


「それにしても、後二人はまだか」

「もうじき来る……ほら」


 計ったようなタイミングで狼谷と倉岡が転送されてきた。

 "試合開始まで3:09"ちょっと危ないな。

 こういうのは十分前集合をするべきだろう。


「すみません、遅れました」

「いいっていいって。それより、なんか飲むか? 試合前だ、俺のおごり」

「じゃアイスティーを」

「んじゃ俺は一番高いいたっ」

「こら雅也、先輩だぞ」

「構わないって」


 手元に表示されたディスプレイを操作すると床から飲み物が浮かび上がってきた。

 なぜか俺の分まであるのは、戦闘前に気分を落ち着かせるためか?

 とりあえず、おごってくれるのだから飲む。

 コップを持ち上げ、ストローを口に。

 感じるのは冷たく甘いアイスティー。

 だけどその感覚は、冷たさも甘さも、液体の感じもどこか偽物じみた薄っぺらさがある。

 安全のためのリミッター、とはいえそれはどんな感覚も関係なく定率で押さえつけるものだ。


「まあもうすぐ始まるから、さっさと着替えてしまえ」


 狼谷たちがストレージから戦闘具を取り出して着替えはじめる。

 グリーンの迷彩服にアサルトライフルとハンドガン。

 マガジンやナイフをさっと装着すると、なんともまあ素人くさい兵士の出来上がりだ。

 イチゴとそんなに変わらないはずなのに、やけにイチゴの方はしっくりきている。

 そう言えば男が着替えるというに、あの子は顔を逸らさなかったな。

 視線を向けるとこくっこくっ揺れていて、どうも居眠り中のようだった。


「全員フロントアタッカー向きの装備か……攪乱ギークが霧崎で、後は破壊ヴァンダル。そこで居眠りしてるのは狙撃だな」


 イチゴが簡単にポジションを説明し、俺はリストからほかのチームを眺めていく。

 どのチームも七、八人の編成で武装から見る限りはポイントマンとテールガン、支援火器の使い手がバランスよくいる。

 スクワッドリーダーを護りつつ戦える配置ができるな。

 今大会はリーダーの継戦不能でアウトだから。

 他にも眺めていくと、三人というやけに少ないチームがあれば十二人フルに参加しているチームもあった。


「おい、このチーム見てみろ」

「なんです……?」


 メメント・モリ、リーダーは疾風ゲイル

 メンバーは十一人全員が女性で、リーダーのゲイルだけが男性。


「どんなハーレムパーティだよ!?」

「雅也、うるさい」


 いや、叫びたくなるのは分かる。

 こんなスクワッドを組めるということはそれなりの実力者で、おこぼれに預かろうと寄ってきた女性と組んだのか、それとも単なる金持ちイケメンでアピールしたいだけなのか、のどちらかだ。

 だが後者はあり得ない、こんな小規模な大会程度でしても意味がないからな。


「このチームだが……」


 イチゴ何やら真剣な表情で言う。


「俺の知り合いで、強すぎて勝ち目がないから絶対に会敵するな」

「「「…………」」」

 

 いきなりのことに、居眠りのあの子以外は全員黙り込んだ。

 静かになった空間にすぴぃーすぴぃーと小さな寝息が響く中"試合開始まで00:00"となり、転送された。


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