フェニックスの少女-17 〉〉 ヨトゥンヘイムのどこか
意識が浮かび上がると真っ先に捉えたのは冷たく固い床の感触。
顔に涙の感触を感じながら目を開くと、ぼんやりした視界に鉄格子のようなものが映る。
何処とも分からない牢屋の中か……。
「…………」
なんだ……少しの間でも帰れたって思って気が緩んだのか。
それとも名前しか知らない、ほとんど関係のないやつが目の前で殺されたショックだったのか。
「ぅ……」
目をこすって、ぼんやりとした視界がはっきりとしてくると、身体の感覚も起きてくる。
なにやらすぐ隣に誰かがいるようだ。
目線だけ動かしてみれば、赤に近いオレンジ色の髪が……オレンジ?
オレンジ……フェニックス……フェネ……殴殺!
「ギャァアアアアハァァァァアアアアアアアアッ!!」
命の危機を感じ取った身体が勝手に飛び退いて、叫びながら鉄格子に体当たりをかました。
ガッシャァァンッ!!
「うるっせぇぞ!!」
隣の部屋から一喝された。
しかもストレートに一喝されたもんだからよけいに凹む。。
しかもしかもフェネの方を見れば涙目でぐぬぬ……と、なんだか、
「すみませんでした」
土下座でこうしておかないと危ない雰囲気。
いくら殺されかけたとはいえ、女の子を泣かせるのは嫌だ。
先手必勝、くどいようだけどさ、先に謝ってこっちの流れに引き込んでしまえば勝ちだ。
「……せいで」
「はい?」
「あんたのせいで……!」
いますぐにでも泣き出しそうな声で言う。
目の前にゆらゆらと立ち昇る赤色は……怒りのオーラってやつですか?
これってさ……物理的に見えるようなものじゃないよね。
「あんたのせいで!」
「ひぇっ」
突然の大声に驚くが、フェネはそのまま続ける。
「なんで私が強制契約なんか結ばなくちゃいけないの!」
「な、なんのことでせうか?」
強制契約?
なんぞや?
俺は何も知らないぞ。
あ……もしかしてまた気絶している間に何かされたのか。
なんだ、いったい何をされた。
考えているとふと真横に気配を感じ、顔を向ける。
「よっ」
「…………首、斬られてませんでしたっけ?」
なぜかそこにベインがいた。
見た感じどこにも傷はない。
でも、確かに斬られたはず……。
「あれは魔法で作った精神世界だ。
ま、下手すりゃほんとに死ぬが結果が定着する前に逃げ出せば大丈夫だ」
「え、精神世界? なんですそれ?」
「お前の記憶をもとにあの堕天使が作ったんだろうな」
「だったら……夢、じゃないけど現実でもない……」
「そういうことだ。まあどうでもいいからほっといてだ。
やってほしいことがある」
とん、と肩に手を置かれて座り、あぐらで向かい合う。
「ま、やって欲しいことは簡単だ。
ここはヨトゥンヘイム、勢力はヴィランズで俺がリーダー。そこんとこは知ってるな?」
「えぇ……え? いつの間に」
「意識を落としている間に運んだ。お前んとこの常識なら犯罪だが、
ここじゃお咎めなしだ、だから気にするな」
「えぇぇぇ……」
「いい返事だ」
どこがよ。
「ここは外周の牢獄だ、こっから爆発でも火災でもいいから大騒ぎ起こして脱走しろ」
「それで……なにをすればいいんです?」
「簡単なことだ、城壁をぶち壊して逃げろ。脱走用のゲートはアスガルド直行、西側の城壁に設置してあるから」
「あの、なんで壊さないといけないんです?
それ逆じゃないですか、ベインさんってヴィランズのリーダーですよね」
本来守るべきだろう。
なんで壊せというのか。
「レイズに頼まれちゃあ断れんからな。それに長い付き合いだし」
「あ、そうですか」
確かにあの人は強すぎますもん。
爆裂だったかな、あれを街中で使われたら……。
うん、俺が仮に街の町長だったとしたら逆らおうなんて思わない。
逆らって全部を壊されるなら、従って一部だけを失ったほうがまだマシだ。
「そういうことだ、頼むぞ」
そう言って俺の手に銀色の珠を握らせる。
「これはなんですか」
「空属性の魔石だ、名前の通り空間に関する魔法を扱える。
詠唱方法は分かるな?」
「詠唱?」
あの堕天使にはイメージで使う方法を教わったから、詠唱についてはイマイチ分からない。
「ん? ああ、お前はイメージで使う派か。
詠唱は、使う属性の名を言ってから役目を言う。
例えばこんなのだ『水の剣』もしくは『アクア・グラディウス』ってな」
ボールを掴むように広げられたベインの手に、二本の水の剣が現れる。
「基本的に意味さえあってりゃどの言語でもいい。
それにイメージで使うのは少数派で、大多数のやつは詠唱するから、
高速予兆なしの無詠唱は強みになるぞ」
そんなことを言いながら、水の剣で鉄格子をバターのように軽く斬り裂いた。
「じゃ、後よろしく」
何事もなかったかのように出て行こうとするが、まだ聞きたいことがある。
「ちょっと待ってくださいよ」
「なんだよ」
呼び止めるとなんだかすごく嫌そうな顔だった。
「これから別の世界に出かけるんだ、要件は手短に頼む」
「フェネの強制契約ってなんですか?」
「ああそれ。レイズが掛けた呪いみたいなもんで、
契約者に危害を加えることが出来なくなるとかの諸々の条件を付与した契約でな、
被契約者側からは基本的に破棄できないものだ。
簡単に言うならフェネの暴力からお前を守るもの」
それだけ流れるように言って、今度こそベインは鉄格子の隙間から出て行く。
タッタッタッと走り去る音が消えると、入れ替わりに別の足音が聞こえてきた。
恐らく、看守のだろうな。
変更点
トラクタス→トラクト
意味は牽引、引き寄せる
ベインの行先
アークライン・第十五話 - リミット




