フェニックスの少女-2 〉〉 イザヴェルのどこか
しばらく歩き、イザヴェルという場所に到着した。
イザヴェルというのはどうやら地名のようで、地図を見てもさっきまでの場所と、この場所とは線引きされて分かれている。
さっきまでいた方向にはただただ平原としか表示されていない。
大雑把すぎるな、あんなランドマークも何もない平原は困る。
それにあんなところは平原ではなく魔境と表記するべきだろう。
「それで……どこに行けば?」
あの堕天使には、ただイザヴェルに行けとしか言われていない。
具体的にどこに行けばいいのかを教えてくれないと分からないよ……。
とりあえず真ん中の方に行ってみるか、ここからでも石柱のようなものが見えるし。
何か目立つものがあれば誰かいるだろう。
そう考えて石柱を目指して歩き出した。
の、だが。
ぱらぱら……ぱらぱら……
灰が降ってくる。
もちろん近くに噴火したばかりの火山がある訳ではない。
原因はすぐ近く。
そう、頭の上のニワトリから常に灰が降ってくるのだよ。
しかも香木のような甘い匂いをまとった灰が。
襟元には雪が積もったかのように灰が積もっている。
決して俺のフケではない。
しかもかなり細かい灰だから、少し首元から服の中に侵入してくるものだから痒い。
さっき洗ってやろうかと思って水弾を作りだして頭上で破裂させたのだが、華麗に回避して無駄に濡れる羽目になった。
これはすぐに火の魔法で乾かしたからとくにいうこともないけど。
しかしだ、そろそろ俺は我慢の限界だ。
いきなり意味不明な爆発で異世界に送られたかと思いきや、特殊な能力はこれっといってない。
飯にもありつけない。
ストレスは溜まるばかりだ。
引き籠もりの辞書に我慢なんて単語は載ってない。
よし、そうなればやることは一つだ、さっさと洗ってしまおうか。
多少強引な手段でも容赦なくやってやろう。
いつもの俺ならば『今日できることは明日できる』というダメ人間のお手本をするところだが、今日は違う。
計画はこうだ。
まず先ほどのように、何の用意もなく普通に水をかけようとするとさっきの二の舞になる。
だからまず俺の周りを壁で囲んで逃げ道を塞ぐ必要がある。
火? これは恐らく酸欠で死ぬか、火傷で死ぬかだな。
草? そんなものであの破壊力を止められない。
だったら水か。
強行突破されてもそれはそれで洗えるのだから。
そして次に拘束する必要があるが、これは生属性の出番だ。
生属性の魔法は生命力を操作する。
それで足元に生えている草を急速成長、あるいは過剰な生命力で変質させてその蔓で縛り上げて吊るす。
あの訓練のなかで、そこにある”モノ”は全部使って戦えと言われて、植物を一瞬で成長させて敵を拘束する方法もやったからな。
早速、役に立つよ。
そしていざ実行してみると……。
「コケェー、コケーーー」
「呆気ないな…………おい」
今度はあっという間に捕まえることができた。
水が苦手なのか、水の壁に突っ込んでいくようなことはせず、驚いている間に簡単に拘束できてしまった。
まあ、初戦の時は魔法がなかったし。
さてさて、目の前には食料、食べてしまおうか。
ちょうと胃袋も飯を寄越せと吠えているし、火もあるし。
えっと……ニワトリってどうやって捌くんだったっけな。
確か首を折って血を抜いて……熱湯で少しゆでて羽根を毟って火で表面を焼いて…………ってぇ!
そうじゃないだろ? 俺。
食べるんじゃなくて、洗うのが目的だ。
少々別方向に走って行った思考を引きずり戻して洗い始めた。
動けないニワトリの頭以外を水で包んでわしゃわしゃと洗う。
拘束された状態で、ニワトリも無駄と分かっているのか大人しい。
それにしてもこいつ、トサカが小さいな。
ということはメスだろうか。
卵でも産ませて食べるか……いや待て、フェニックスだ。
それは断固として不味い。
ちょっと余計なことを考えながら洗っていく。
首を洗い、背中を撫でるように洗い、翼を優しく洗って。
だんだんと真っ白な灰が落ちて、羽の色が燃えるような鮮やかなオレンジ色になってきている。
ほんとに綺麗だな。
と、そんなことはどうでもいいか。
最後に総排泄腔な訳だ。
排泄だとか排卵を兼ねる器官だな。
「コケェ!! コケェェー!」
バタバタと暴れ始めました。
おいおい、ニワトリよ、お前さん鳥だろう?
いや、メスだから、女の子だから恥ずかしがってるのだろうか。
まあどうでもいい。
犯罪的なものではないからさっさと洗ってしまおう。
-1-
洗い終わってから温風を送って乾かしてやる。
なんだろうか、態度が洗う前と全然違うよ。
なぜかかなり不貞腐れているように見える。
俺が両手から温風を送りだす先で、翼を大きく広げて、ときどきバサバサと羽ばたいて乾燥完了。
乾かし終わった後は、再びバサバサと羽ばたいて――飛べたんだこいつ――何食わぬ顔で頭の上に乗ってきた。
かなりしっかりと洗ったつもりだったが、染みついた甘い香りは取れていない。
「降りて自分で歩けよ」
きっとのこのニワトリには心の声が通じているはずだ。
「…………」
返事はゴツッ! と額への頭突き。
分かったよもう、ご自分で歩く気は全くないんですね。
……しかしなあ、洗う前よりも鉤爪の食い込みがなまらきついのは気のせいですか。
俺の頭皮が盛大に悲鳴を上げているような気がするんですけど……。




