飛ばされた先で-8
数時間にわたる長い訓練。
実技を兼ねながらの演習ではかなりの回数魔法を使用した。
基本的に魔法は詠唱をするか魔法陣を扱うのが基本らしい。
あくまで基本、これ以外にもたくさん方法があるとは言われたが聞いても、
「自分で見つけなさい」
の一言で答えてはくれなかった。
そしてすこしばかり問題がある。
基本的には詠唱を、だけどもいましがたやっていることは無詠唱での訓練だ。
無詠唱は熟練の魔法使いが扱う高等技術らしい。
しかし俺は一発目から無詠唱だった。
詠唱するよりも頭の中で形を思い浮かべたほうが汎用性が高いし、構築速度も早いからこちらの方がいいと思うのだが。
だから詠唱ってなんのためにある?
そう思って質問すると、
「詠唱は自動的に決められた形を出すだけだから使い勝手が悪いし、いちいち詠唱を覚えなくちゃならないから面倒なのよ。しかも詠唱する時点で相手に何を使うかが分かって、無詠唱でレジストされるし……色々と厄介なのよね」
と色々と偏見交じりの意見をもらった。
答えになってない。
だが考えても見れば、戦いながら安定してイメージを構築できるだろうか?
言うまでもなく攻撃を受けているというプレッシャーの中でしっかりとそれができるか。
それをするなら早口の小声で詠唱すればいいんじゃなかろうかと思う。
それに抽象的なイメージで教えるよりも詠唱で教えたほうが効率もいいような……あれ?
無詠唱の強みはどこに行った。
そんなことを頭の片隅で考えながらも堕天使のお手本を見ていく。
「固定観念に囚われてちゃ使える魔法は減るわ、それに苦手意識があってもね」
そう言うと堕天使は何の変哲もない水弾を三つほど創りだすと、空高くに撃ち上げて破裂させた。
降ってきたのは水の雨じゃなくて火の雨だ。
揮発油の臭いはしなかったから……普通の水が燃えているのだろうか。
不思議だ。
不思議だがこれが魔法だ。
「後は……そうね、魔法は自分が扱えないほど強いと跳ね返りで自分が倒れるから気を付けること」
「例えば?」
「生属性を全力で使ってみなさい」
全力で。
そう言われたからとりあえずやってみる。
さっきまでの訓練で魔法は複数合成できることが分かっている。
俺の場合は”3つ”まで。
威力、というか効果は合成した魔法のレベルを掛け合わせたものになる。
そしてレベルが高いほど、使った時の負荷が大きくなる。
うん? これって使うと不味そうな……。
「やってみなさい」
……こっちのほうが怖いな。
と、思ってレベル729を発動させようとイメージしたら、その瞬間に意識がブラックアウトした。
ちゃんと魔法が使えるようになるまでこんなものは封印だ。
戦闘中に使って意識がなくなれば、そのまま死に直結する。
シャレにならない。
-1-
意識を取り戻したのは一瞬だった。
堕天使が額に触れてなにやら魔法を使っている。
「それじゃ、続きをしましょうか」
こうしてまた魔法を見て、真似て、撃って。
気付けば地形がすごいことになっていた。
銀世界の一部を切り取ってきたような部分。
小さな火口からマグマがぶくぶく噴き出している部分。
見ろ下ろせば真っ暗な奈落への入り口になっている部分。
エトセトラ、エトセトラ。
これぞカオスだ。
魔法って怖いものだな。
「次で終わりにしましょうか」
「やっとですか……」
堕天使は少し離れたところに突き立てた錫杖を取りに行った。
あれは杖というより錫杖と言ったほうがいいだろう。
訓練前に見せてもらったのだが、上の方は不思議なつくりだった。
下はいたってシンプル、槍だ。
それも恐ろしく鋭く尖っていて、今も地面に埋まった岩から引き抜いている。
すぽんと抜けたそこを見れば、岩に突き刺したにも関わらずまったくもって傷がついていない。
「それじゃあ、いくわよ」
そう言って堕天使は錫杖を掲げた。
錫杖の色自体が刻々と変化しているのだろうか、本当に不思議な……。
思った瞬間、錫杖の先端に光り輝く刃が突き出た。
「はい……? 何するんで――――」
一気に振り下ろされたそれは、何の抵抗もなく、狂いもなく、皮膚を切り裂いて、肉を斬り除けて、骨を物ともせずに光の刃は通り抜けた。
「は…………ぇ?」
ぼとり、と。
堕天使は一切の躊躇なく俺の体の一部を、片腕を斬り落とした。