飛ばされた先で-5
ニワトリにやられ、頭から血を流しておまけに腹も減って。
何もない荒野を裸足で歩けば危険な集団を見かけるという不幸。
犬も歩けば棒に当たるという。
これは何かすれば思わぬ幸運に出会うという事なのだが、俺が出会ってしまったのは不幸だ。
当たった棒は倒れてくる電柱だ。
もしくは精製されたばかりの熱いインゴット。
とにかくそんな危ないものだ。
今は匍匐前進中でも第五匍匐前進という、あまり知られていない匍匐前進で目立たないように移動している。
これはとにかく目立ちにくい代わりに移動速度は極端に遅い。
ぎゅるるるるる~
腹の虫が獣の如き唸り声を上げている。
だが、今は吠えないでくれ。
それどころじゃないんだ。
五十メートルほど後ろに明らかにまずいやつらがいるんだよ。
見た感じまんま山賊な格好だったんだよ。
十三人いて、うち二人はうずくまっていたけど。
片方は男の大事なところを押さえていて……いや、あそこが潰れていたと思う。
ズボンについていた染みは確かにありえない色の染みだった。
なにがあったかは知らないけれど、ご愁傷様です。
そしてもう片方は見るからに顔が真っ青だった。
後ろ手に縛られていて、鞭で叩かれたようなミミズ腫れの痕があった。
ついさっきまで拷問されていたような感じだった。
こっちもご愁傷様です。
…………。
いやいや、あいつらの心配をしている場合じゃない。
自分の心配をするべきだ。
ケガ人がいるからだろう、行動はゆっくりだ。
それでもこちらに向かってきていることは間違いない。
今から起き上がって逃げたところですぐに見つかってしまう。
仮にそうなったとすれば、相手方には動けるのが十一人もいる。
逃げ切る自信がないし、戦って死ぬ可能性は九十九%だ。
だからと言ってこのままだと少しの時間稼ぎの後に見つかってお陀仏にされるのが落ち。
さてどうするか。
スケルトンの剣があるが、こんなものだけ持ったとしても一人で勝てるわけがない。
一対三を超えた戦いはまずしてはいけない。
魔法……と言っても使い方が分からないから頼りにならない。
だったらまたバハムートか?
そしてまたリバース……殺されるよりはマシだ。
やるか。
俺はそっと体を動かして山賊たちを視界に収めると、上空に右手を向けた。
「潰せ、バハムート」
巨大な紫色の魔法陣が出現する。
その真下には山賊たち。
音もなく出現したプレス機に山賊たちは気づかない。
少しばかりの罪悪感があるが、生き残るためには……。
ふと、太腿のあたりでもぞもぞ動く感触がした。
目を向ければ魔導書が独りでに動いていた。
「うわっ」
勝手に俺の目の前に躍り出たそれは、勝手に開いて白紙のページを見せた。
なんだ、と思えばその瞬間、インクが染みだすように文字が現れた。
『殺せ、殺せ、帰るために』
…………?
気を取られているうちに、ドスッベチャッ!
山賊たちの上に出現したバハムートが落下した。
ぱたりと落ちた魔導書の向こう。
紫色の光になって消えていくバハムートの影に、それを見てしまった。
「うぇぇぇぇぇ……」
吐くものがない時は胃液がそのまま出るようだ……。
喉が焼けるように痛い。
「げほっ、けふっ」
少しして落ち着くと、冷静に血の海を見つめる俺がいた。
十三人分の赤色。
『アワード、殺戮者を獲得しました。
アワード、血に飢えた獣を獲得しました
アワード、マルチキルx10を獲得しました』
……なんだよ、俺はそういう称号なんて欲しくないんだけど。
まだこの年で猟奇殺人なんて……あぁ、いまやってしまったか。
でも、でもでも、白い髪の誰かさんみたいにプレス機に投げ込んでないだけまだ……。
いや、同じだな、バハムートいう名のプレス機でプレスしてしまったか……。
そうとう後ろめたいことを思っていると、魔導書が浮かび上がって顔の前に広がった。
バサバサとページがすごい勢いでめくれていき、また白紙のページを見せる。
『汝、帰還を望むか? ”はい”or”いいえ”』
そんな言葉が浮かび上がった。
どちらを選ぶのか。
考えるまでもない。
”はい”に決まっている。
俺は”はい”を選んだ。
そして…………。
……………………。
…………。
うん?
なぜだろうか。
何も起きない。
魔導書に浮き出た文字だけが静かに沈んでいく。
「……………………え? 帰れるんじゃ?」
少し一人にさせて……あ、そうかここって誰もいないんだった。
その場に体育座りになって、膝に顔をうずめて目を閉じた。
なんで?
なんで俺は帰れないの?
異世界なんてどうでもいいから帰らせて?