飛ばされた先で-3
「よお兄ちゃん、新入りか?」
作戦を練っているといきなり声をかけられた。
振り向いてみれば山賊風味のならず者が五人もいる。
まずい……狩るつもりが早速狩られてしまいそうだ。
とりあえず考えていた作戦は、AとBが戦って弱ったところを襲うという予定だったが……。
万全の状態のやつらが五人。
勝てるわけがない。
「くそっ」
まだ包囲されていないのが幸いした。
半包囲から逃げ出して平原を走る。
知ってるか?
喧嘩って言うのは一対一でなんとか勝てる、一対二なら隙を見て逃げる、一対三を越えたら話にならないんだよ。
そもそも実力のない引き籠もりが殺し慣れてそうなならず者A、B、C、D、Eに目を付けられるってのは戦う戦わないの前に無理なんだよ。
裸足で小石を蹴り飛ばし、痛みに耐えながら走る。
なんでこうなった。
部屋でカレー作ってただけなのに、いきなり異世界転移でチートな能力もないというのはおかしい。
これはもう間違いなく、神様とかに見放されてる。
なんとしても逃げ切ってやる。
スタミナ切れでぶっ倒れてくれるまで走り続ける? 現実的じゃあない。
引き籠もりの体力がそこまであるのなら、一般人はみんなアスリートだ。
「おるぁ!! 止まれクソガキがぁ!!」
ふとさっきの魔法のことを思い出す。
どうやって使えばいいんだ? もらったけど使い方が分からない。
だからとにかく逃げる。いきなり直角に曲がったり、ジグザグに走ったり、フェイント入れてみたり。
「えぇい! ちょこまか逃げやがってぇ! これでも喰らえ!」
急に空気が冷え、後ろから急速に氷が出来上がるような音が響き、
「はっ、おわっ!?」
振り向いて体勢を崩した途端、さっきまで頭があった場所を氷の槍が突き抜けて行った。
……………………魔法?
「マジか……」
どうする!
どうする!!
どうする!!!!
パニックに陥る思考回路。
いよいよ逃げるのも不可能になってきたのだろうか。
『火属性魔法Lv.1の登録が完了しました。
召喚獣バハムートの登録が完了しました』
「なんだよこんな時に」
唐突に脳内に声が響く。
聞いたことがあるような気がするが、誰の声だ?
まあいい。
それよりバハムートだ。
バハムートって言えば最強のドラゴンだろ?
素早く身を反転させて、腕を空に向けて叫ぶ。
「来い! バハムート!」
中二病かって?
こんなときくらいいいだろう。
禍々しい濃紫の空に、薄紫の複雑で巨大な魔法陣が出現する。
そこから出て来るのは、巨大な鱗で身を多い、航空機のものよりも大きな翼……いや、ヒレか?
うん? あれ? バハムートって、え?
「あ、あれぇ?」
目の前では攻撃を止めて同じように空を眺めるならず者たち。
どうもあれは俺の知っているバハムートではないようだ。
ここから逆転できるのだろうか?
そんなことを思っていると、全貌を露わにしたとてつもなく巨大な魚? 鯨? のようなバハムートという名のプレス機が落ちてきた。
べちゃぁっ!!
目の前で起きた惨劇。
俺、赤色のスプラッタは初めて見ました……。
…………。
……。
うん、これはどうしたらいいんだろう。
バハムートはすぐに紫色に光ったかと思えば消え去り、残ったのはバハムート型のクレーターと潰れた人間。
……こんなものは見たくない。
「おぇ、うげぇぇぇ」
吐いた、思いきりリバースした。
それから数分、吐くだけ吐いて落ち着いた俺は、人間の適応力に恐怖しながらも肉塊と血の中に沈む戦利品を手に取った。
最初に見た、あの堕天使に見せられたのと同じような青い珠が三つ。
それとスケルトンが使っていたのと同じ形の剣。
焦げた服で珠を拭いてみると、ビー玉のように輝いた。
「どうすればいいんだ、これ」
適当に指に挟んで眺めていると、キラッと光ったその刹那、ものすごい勢いで珠は俺の体内へと吸い込まれていった。
「どうぇい、入った!?」
いきなりのことに驚いていると、さっきと同じ声が頭の中に響いてきた。
『水属性魔法Lv.3の登録が完了しました』
…………。
わぉ……。
これで使える魔法がさらに増えたぞ。
どうやったら発動するのか、使い方が分からないけどさ。
そしてすぐにもう一度声がした。
『情報を獲得しました。魔導書に追記します』
魔導書が勝手に浮かびあがり、虚空から溶け出すように羽ペンが出現して、超高速で文字を書き連ねていく。
便利な世の中になったもんだ……。
なんだろうね、なぜか喜べない。
魔導書に書き込みが終わると、音もなく降りて俺のズボンに引っ付いた。
なんか勝手にフックみたいなのでベルトにぶら下がってるんだよね。
とりあえず、読んでみようか……。
「…………!」
読まなければよかった。
これに書いてあるのは一般人には必要のない知識だ。
盗みの技術に始まり、ピッキングなどの方法が懇切丁寧に図解付きで綺麗に記されていた。
しかし途中からは動物の解体方法や、人の殺し方、どうやったら静かに且つ素早く絶命させられるかなどが。
気持ち悪くなってきた、また吐きそうだ。
読まずにすべてのページを飛ばして裏表紙まで。
そこには俺のステータスが書かれていた。
内容はこんなものだ。
【霧崎アキト】
種族:引き籠もり
職業:無職
【召喚獣】
バハムート(魚型)
【魔法】
火属性Lv.1
水属性Lv.3
破壊力:不明
速度:遅い
射程:E
持続力:魔力次第
精密動作:精神力次第
魔力総量:低級魔法5回分
成長性:多分ない
F-凡人並み<E<D<C-近代兵器並み<B<A<S-神格級<???
ちょっと待とうか、これもこれで見ないほうが良かったのではないだろうか。
引き籠もりも無職も確かにそうだし、反論の余地はどこにも全くないから解る。
その下、魔法欄のしたの部分はどうなんですかね?
きちんとランクのようなようなものが用意されているのに、射程以外の部分になんで変なことが書かれているのだろうか。
特に成長性はなぜ『多分ない』と書かれているのだろう?
今少し成長したよね? 新しい魔法が使えるようになったよ? それもレベル3のが。
ああ、もしかして低すぎてランクで表せないからこうなっているのか。
…………。
もういいや。
自分のステータスに突っ込んでも仕方ないし意味がない。
一息ついて、俺は辺りを散策した。
いつまでもあんなスプラッタのある場所にはいたくなかったからだ。
どこまで歩いても薄気味悪い空が永遠と続き、大地は草が生えているがところどころに骨や妙な植物が覗いている。
お決まりの魔物とのエンカウントすら起こらなかった。
「なーんもないな……」
暇すぎて、休憩がてら魔導書を適当に開いてみれば、さっき読み飛ばした範囲に地図を見つけた。
……なんでしっかりと読まなかった、俺。
地図の真ん中には【アキト】と矢印で差された点があり、周りの地形が大まかに書かれている。
ページの端っこの方にはイザヴェルって書かれた矢印が一つと、
他勢力って書かれた矢印が四つ……いや、五つ……いや、三つ……。
どんどん増えたり減ったりしてんな。
とりあえず、どれかの勢力に近づいてみようか?
とにかく誰か人に会わなければこのまま餓死か、またスケルトンに襲われて今度こそ死ぬだろう。
そう思って一番大きい矢印の方に歩き始めた。