飛ばされた先で-2
「はいはいそこの君、なんでこんなところにいるのかな?」
若い女の声が聞こえた。
死んだはずだ、どうなった?
「うーん、もう死んでるのかな……仕方ない、燃やしちゃい……」
残酷な一言を聞いた瞬間に意識が一気に浮かび上がった。
「生きてます! 俺、ばりばりに生きてますよ!」
もう原形を留めているかすらも分からない体は確かに拒絶の意思を表明した。
誰も生きながらに焼却されるなんて受け入れられないはずだ。
「あらそう」
そういうと手が触れて、でもその感触はとても普通とはいえない感じられ方で……。
身体の状態がなんで生きているのか不思議な状態だろう。
詳しく言えばR18に引っかかるくらいに。
だんだんと体になんともいえない何かが流れ込んできた。
消え去った感覚が呼び戻される。
麻痺した神経が動き始め、痛みの信号をちゃんと受け取って反応を示し始めた。
「あーーーーーーーっっっ!!」
「動かないで」
痛さのあまり暴れようとしたところ、女性とは思えない力で押さえつけられた。
少し浮かんですぐに地面に組み伏せられた体は、計り知れない痛みを発した。
もう発狂してしまったほうが楽なんじゃないだろうか。
そう思えるほどだ。
どれほど苦痛に耐えただろうか?
一秒、一分、一時間?
「はい、これでよし、大丈夫!」
大丈夫!
そんなことを言われても、ホントに大丈夫なのか信用できないんですが!
よくわからない処置で傷が化膿して壊死しましたとかシャレにならないからね。
「それにしても暇つぶしに来てみればいいのがいるじゃない……」
元通り? になった体を見る。
どこにも異常がない。
焦げた服もきれいさっぱり、斬られてない焦げたままの状態に……これも直して欲しかったなぁ。
「それで、なんで君はこんなところにいるのかな?」
女の人の姿を見ると、何日も着まわしているとみられるダボダボのジャージを着ていた。
なにより目を引くのは背中にある真っ黒な四枚の翼だ。
天使……じゃない。
黒と言えば堕天使だ。
……もしかするとさっきの骸骨集団よりも厄介かもしれない。
このまま地獄の底まで強制連行されて年中無休無給無飯労働なんてのもあるかも知れない。
ここはとにかく刺激しないようにしなければいけない。
「自分の部屋でふっつーにカレーを作ってたら爆発して気づいたらここにいました」
「……え、なにそれ? 簡単に次元の壁は超えられないはずなんだけど」
女天使は考え込んでいた。
この天使を天使と言っていいのかは分からないけど。
「とりあえず、ますはここから出ましょうか」
そう言うと腕を前に突き出して、小さな声で何かを呟いた。
すると何もなかった空間が歪んで真っ黒な穴が開かれる。
まるでブラックホール……そんな訳ないよな。
ワープゲートとかワームホールとかのようなやつだよね?
「さ、とりあえず入って入って」
急かされて穴に入ろうとしたら、磁石が弾き合うような感じで押し戻された。
なんというか、ゲームでお決まりの見えない壁に阻まれているような感じだ。
「入れ……ない?」
「うーん、これは完全にこっち側に囚われちゃったかな」
なんですかそれ、囚われたって。
-1-
「神光の砦」
女堕天使が中二病じみた言葉を発すると、周囲を囲むように薄く光る結界? のようなものが展開された。
俺が物珍しそうに見ていると、知ってるでしょ? とでもいいたそうに言われた。
「あなた桜都の人間よね?」
「そうですけど」
「だったら魔法くらい知ってるでしょ? 最近ニュースでも結構でてたはずだし」
「……見てないんですよ。それに俺は使えない人間ですから」
「あら? あなた使えるはずよ。それに人間というには少し……いえ、なんでもないわ」
気になるよそこ!
人間というにはごにょごにょって、もう俺が死んでいて幽霊になってるとかそういうことじゃないんですか!?
だから魔法とかの非物理的なものが使えますよとかいうんじゃ……。
「うーん……まあいいわ」
「よくないですよ!」
「まずこの世界についてだけどー」
「無視しないでください!」
「君のいた世界からちょこーっと位相のずれたところにあるの。本当ならここって神様連中が戦争ばっかりやってるはずのところなんだけど……今は違うのよね。それで」
「俺の話を聞いてくれませんか!?」
「まー、簡単に言っちゃえばここはアスガルドってところで、死にかけのバカどもが復活賭けて戦争やってるんだよねー」
「戦争って……」
というか”死にかけの”って重要な言葉が……。
……うん? つまり俺も死にかけ?
「あ、因みにここの戦争は銃をバンバン撃って砲撃を交わすようなやつじゃなくて。メインは魔法で召喚獣どんどん呼び出して派手にドカーンってやつね。そのおかげで独特な気候とか地形がたくさんあるわよ」
「それもろに環境破壊してますよね!?」
「してるわねー。一歩踏み出したら雪の降り積もる極寒地帯から、からっからに乾いた焦熱の溶岩地獄なんてのも普通にあるわ」
「まさにカオス!!」
「まあ」
そこで急に真面目になった。
「勝ったら生き残れるけど、負けたら完全に消滅するからね。でも君の場合はさっきのようなこともあるから、どうなるか分からないけどね」
どうなるか分からないけどね、っていい加減だよ。
俺の人生がかかっているって言うのに。
というかそんな危険地帯で丸腰は不味いって、丸腰は。
「あのー……俺、魔法とか使えませんよ?」
「もぅ、めんどくさいなー」
「そんなこと言わないでくださいよ。俺の命がかかってるんですから」
「仕方ない。今回だけ特別に魔法と召喚獣を一つずつ与えます」
「どんなのがあるんですか?」
「そうね、この中から……」
ごそごそとジャージのポケットを探って出てきたのは四つの珠。
「選びなさい」
人肌に温かい珠。
赤い珠、青い珠、黄色い珠、茶色い珠。
なんだろう、某ファンタジーに出てきた古代の英知が凝縮されていそうな感じだな。
穴に填めたら魔法が使えて、しばらく使ったら分裂したり……はしなさそうだ。
「なんですか、これ?」
「この世界の魔法よー。好きなものを選びなさい。私はどれがどんなものかは教えないから……めんどくさいし」
そこ重要だよ。
……はぁ、色のイメージで選ぼう。
「赤いやつでお願いします」
赤と言えば炎。
紅蓮の業火で敵を焼き払って辺り一面の灼熱の海に……まではしないけど。
さすがにそこまではできないだろうし、できたとしても酸欠か輻射熱で俺が余裕で死ねる。
「はい次、召喚獣ね」
またもごそごそとポケットをまさぐって、取り出したのは三つの珠。
紫色の珠、赤色の珠、黒い珠。
どれを選ぶべきか……。
紫色のはグレープ味の飴玉のような感じで、よく見れば中に巨大な翼をはためかせた何かが見えた。
赤色のは見るからに危険だ。
パチパチ火花を散らして燃え上がっている。
よくこんなものをポケットに入れられるものだ。
黒いのは……よしやめた。
今一瞬だけど鎌を持った真っ赤な瞳の死神が見えた。
よし紫だ。
「これで」
「本当にいいのね?」
「何か問題でも?」
「……い、いいえ、君が良いというならいいの」
なんだろう。
妙に不安になってきた。
「それじゃ、私はこれから用事があるから」
堕天使はそんなことを言ってふわりと宙に浮きあがった。
「この世界について詳しく教えてくださいよ!」
「えー、めんどくさーい」
この女、本当に天使なのか?
いや、堕天使だけどさ。
このままほとんど何も知らないまま放り出されても数時間以内に、いや、数分以内に死ぬ自信がある。
魔法が使えるようになった。
だけどどうやって?
それにあんな大軍が相手ならそのまま数で押されてしまうだろう。
生きるためならいくらでも頭を下げてやる。
プライド? なにそれ、おいしいの? そもそもそんなものないよ。
「お願いします。教えてください」
「えー……仕方ないか、監視を怠ったほうにも過失はある訳だし」
なんだろうねぇこの堕天使。
自分のミスで誰かが死んでも気にしないのだろうか。
いや、堕天使だから、だな。
「でもねぇ……めんどくさいしなぁ……。そうだ、これ読んでおきなさい」
頭上から降ってきて俺の脳天にクリティカルヒットした一冊の分厚い本。
手に取ってみればずっしりとした重さが感じられる。
全部目を通すのに何日かかることやら……。
「それ、魔導書だから」
空に視線を戻すと、もうそこに堕天使の姿はなかった。
代わりに銀色の燐光が舞って、桃色の光が空一面に走って消えていく。
ひらひらと烏のように黒い羽根が舞い降りて、地面に触れる前に消え失せた。
「……なんというか、変なところに来たなぁ」
ぱらぱらっと魔導書とやらをめくっていくが、白紙のページが多い。
表紙を開いてみれば、最初のページに”所有者:霧崎アキト”と俺の名前が。
その次のページには勝手に情報を書き込んでいくだのなんだという機能の説明。
さっと読んでみて分かったことは、生き残りたけりゃ敵を殺せ。
そんなことだ。
もちろん、その”敵”っていうのは魔物じゃなくて人だそうだ。