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8 心霊スポットへの旅 前篇

 幾度も助けられたせいか、すっかり桜海に懐いた赤星が、ちょくちょく桜海神社に、遊びに来るようになっていた。

 砂川の一件が落ち着いたある日のこと。

「ねえ、どうしよう」

 術の訓練をしている桜海に、赤星が声をかけた。

「何?」

「サークルの連中がさ、出るっていう(うわさ)の旅館に泊まりに行く計画を立ててさ」

 両手首から先の力を抜いて、胸の前でブランと揺らす赤星を、桜海はチラッと横目で見た。

「ふむ」

 サークルの話は初耳だと桜海は思った。

「俺はそういうの、マズイじゃん?」

「うん。やめとけば?」

「だけど、郁美ちゃんが行くんだよね」

 今度は両手を祈るように胸の前で組んで、うっとりしながら言う赤星に、

「じゃあ、行けば?」

と、桜海は呆れた。

「や。霊に捕まってカッコ悪いところ、見られたくないからさ」

 切羽詰まったように言う赤星に比べ、

「タマコがいるから大丈夫」

と、桜海は至って暢気だ。

「タマコさんでも敵わない相手だったら?」

 不安そうに上目遣いで言う赤星に、桜海は一喝するかのように言う。

「そんなの、滅多にないよ!」

 いつものんびり喋る桜海の珍しく強い言い方に怯みつつ、赤星も負けじと声を大にする。

「でも、もしもの時はどうなるの? そもそも、俺の力ではどうにもできないんだからさ」

 好きで霊の影響を受けているわけではないと言わんばかりに、赤星は桜海を強い目力で見つめた。

「…じゃあ、やめとけばいい」

 桜海は、溜息を吐きながら、そっぽを向いた。

「一緒に来て」

「あ?」

「お願い」

 赤星が合掌して拝むが、桜海は見向きもしない。

「何でだよ」

「暇でしょ?」

「いいや、忙しい」

「無職で、お姉さんに養ってもらってるんでしょ?」

「一応、俺、神主だし。ちゃんと姉ちゃんの仕事も時々は手伝ってる」

「死体探し?」

「人捜し!」

「伊藤さんだっけ? あれ、見つかったの、半分は俺の手柄じゃん。協力してくれてもいいはずだよね」

「タマコのお蔭で毎日平穏に暮らせてるんだ。感謝しろ。そして、見えなくても信じろよ」

 桜海は背中をすっと伸ばして諭すように言った。

「わかってるよ。けど、もしも万が一、タマコさんの手に負えないときは?」

 心配そうに尋ねた赤星とは対照的に、桜海は自信たっぷりに答える。

「タマコが叫んで俺に知らせてくる」

「じゃあまた、桜海さんが飛んで助けに来てくれるとでもいうの? 北海道だけど…」

 桜海はようやく赤星の顔をまともに見た。

「…いつ」

「明日から」

 赤星がにっこりと告げた。

「無理」

「大丈夫。お姉さまには既にご了承いただき、旅費もお預かりしております」

 赤星は敬礼しながら嬉しそうに言い、桜海は、

「いつの間に…」

とガクッと肩を落とした。

「明日、朝9時に迎えに来るから、準備して待ってて」

 赤星の肩ではタマコがクスクス笑っていた。


 翌朝。

「おはよう」

 赤星が清々しい顔で桜海に挨拶をした。

「…おはよう」

 桜海は俯きながら目を伏せた。

「眠い?」

「うん」

「機嫌悪い?」

「うん」

「まさか、怒ってる?」

「うん」

「嘘」

「一人で行ってきなよ。その方が郁美ちゃんだっけ? その娘とも仲良くできるんじゃね?」

 赤星は自分の肩に手の平を翳しながら、

「やだよ。もしも、この前みたいにタマコさんが捕まえられたら困るし、この温かい感じがなくなるのは寂しいから」

と呟いた。

 すると急に桜海が両手で自分の耳を塞いだ。

 特に何も聞こえない赤星は、辺りをキョロキョロ見回した。

『この前みたいなことになったらどうするの? この子の事あたしに押し付けて無責任じゃなくて?』

「あーわかった。行く。行くから叫ぶな」

 叫ぶなと言われても身に覚えのない赤星はポカンと桜海を見つめた。

『あの時だって、あなたの力不足のせいで、あたしが犠牲になってこの子を救ったのに、あたしごと地縛霊を封じようとしたでしょ』

「チクショ。わかったってば。ゴメン、タマコ」

 桜海は半ベソで、赤星ごとタマコを抱き寄せた。

「ちょ…。早くしないと飛行機に乗り遅れるよ」

 二人は鳥居の前で待つタクシーに乗り込んだ。

「さっき、何だったの?」

「何でもない。寝る」

 赤星の問いかけに答えもせず、桜海は空港に着くまでタヌキ寝入りを決め込んだ。

 赤星は仕方なく口を噤んだ。

 タマコが高らかに笑った。


「着きましたよ」

 タクシー運転手の声に、赤星が素早く反応し、料金を支払い、トランクから荷物を受け取る頃になってようやく桜海が目を覚ました。

「行くよ」

「う…ん」

 赤星に荷物を全部持たせ、その後ろを、桜海が大欠伸(おおあくび)をしながら、空港ターミナルビルに入って行く。

「どれくらい乗る?」

「1時間弱かな~?」

 桜海の問いかけに、赤星は大凡で答えた。

「ふむ」

 どうも妙な態度の桜海に赤星が小声で尋ねる。

「あれ? もしかして、飛行機ダメなの?」

「ボソボソ…」

「何?」

「…無い」

 桜海がしっかり言わないので、赤星は耳を彼の口元に近づけた。

「ハイ?」

「乗ったこと無い」

「ウソ」

「やっぱ帰る」

「ダメ」

 踵を返して帰ろうとする桜海の腕を掴んで引き止めていると、

「赤星君、その人、誰?」

と、意中の女性の声がして、赤星は焦った。

 彼女の声を聞きつけて、今回一緒に旅行する仲間たちも周りに集まって来た。

「えっ。ち、違う学部の友達」

 慌てて赤星が桜海を紹介した。

「桜海です」

 桜海がゆったりとお辞儀をした。

「こ、この人、お化けに興味があるので、連れてきました。よろしく」

 赤星が桜海のお辞儀に合わせて言った。

「俺、斉藤です」

 なかなかのイケメンだ。

「村上です」

 ちょっとボーイッシュな女の子が名乗ると、並んで立っている女の子たちが、順にニコニコしながら続いた。

「矢野です」

 小柄でちょっぴり太っちょな女の子だ。

「河合です」

 同じくらいの身長だが、ほっそりしていて、笑うとエクボが可愛い女性だ。

「戸田、郁美です」

 彼女は、赤星が憧れるのも納得の(あで)やかな美女だ。

「戸田朋美です」

 全員が名前を言ったので、仕方なく告げたのは、目立たない、少し暗い感じの女の子だった。

「ミナサン、ヨロシク、オネガイ、シマス」

 桜海は、女の子たちに注目されて緊張し、最敬礼してしまった。

 搭乗口に向かいながら、赤星が桜海に囁いた。

「急にカタコトで言うから、外国人になったのかと思った」

「女の子が5人もいるから」

 呟く桜海を赤星がからかう。

「照れてんだ」

 二人は一番後に、飛行機に搭乗した。

「キミだって、郁美ちゃんに話しかけられてドギマギしてた」

「だって、美人なんだもん」

 赤星は開き直りながら、座席を確認して座った。

「双子の戸田さん」

 隣の席に着きながら桜海がボソッと言った。

「え? ああ。そうだけど、似てないのによくわかったね」

 赤星が不思議そうに言った。

「そりゃ…」

 桜海の言葉は機内アナウンスに掻き消されてしまった。

「間もなく離陸します。座席ベルトをお締めください」

「ギリだったね」

「俺、寝る」

 不貞腐れたように言った桜海の表情が、飛行機を怖がる子供のようだった。

いつも落ち着いて大人しい桜海の可愛い一面を見た気がして、赤星は思わず笑った。

 ふと、タマコが言う。

『私も飛行機、コワイ』

「わかった。結界張っとく」

「へ?」

 キョロッと辺りを見回して、タマコの存在を思い出した赤星は一人納得したのだった。

「おやすみ」

 桜海は、隣で赤星がクスクス笑うのを無視して目を閉じた。

 飛行機は順調なフライトで目的の空港に到着した。


「タマコさん、桜海さんを起こして」

 赤星は自分の肩口に小さく言った。

 タマコの、他人には聞こえず桜海にだけ聞こえる声を利用することを思いついたのだ。

『テン、起きて!』

「うわっ?」

「ふふふ…。降りるよ」

 イタズラが上手くいって、にまにまする赤星を横目で見て、何が可笑(おか)しいのかわからない桜海は首を(かし)げながら飛行機を降りた。

 空港のレストランで昼食を済ませた一行は、予約してある宿までタクシー2台に分乗して、向かうことにした。

 そのタクシーの中でも桜海は寝てばかり。

「彼、大丈夫?」

 斉藤が心配そうに言った。

「大丈夫です。初めての飛行機で緊張したんでしょう」

 桜海を起こさないように小声で赤星は答えた。

 だが、それを聞いた斉藤は思わず、

「初めて!」

と大きな声を出してしまった。

「シッ。起きちゃうでしょ」

 後ろのシートの真ん中に乗っている赤星は、助手席に乗っている郁美を意識しているので、声は小さめだ。

「この人、ちょっと機嫌悪いから、そっとしといてほしいんだ」

「ふ~ん。仲いいんだな」

「は?」

「ずっとキミの手を握ったまま寝てるからさ」

 赤星は少し焦った。

 それは、斉藤から指摘されて初めて手を繋いでいることに気付いたし違和感を持っていなかったからだ。

「もう。そんなに捕まえてなくたって、置いてけぼりになんかしないのにねぇ…はは」

 桜海を起こしてしまいそうなので手を解けず、赤星は笑ってその場を誤魔化した。

「もうすぐですよ、お客さん」

 運転手が真面目な顔で言った。

「あら。もっと鬱蒼とした森の中とかを想像してたのに」

 郁美が辺りの景色を見て、つまらなさそうに言った。

 タクシーから降り立った8人は、目の前のおしゃれなペンション風の建物を見つめた。

「ここが出るっていう…?」

 赤星がボソッと言った。

 すると年配のタクシー運転手がこっそり赤星に告げた。

「違いますよ、お客さん。本当に出る場所は、ほ・ん・と・う・に、危険ですから」

「えぇっ…!」

「では、お達者で」

 2台のタクシーが走り去り、赤星は何だか、置いてきぼりにされた気分だった。


「可愛いペンションじゃない!」

 村上はハイテンションだ。

「素敵なところね」

 河合も辺りを見ながら言った。

「出そうにないわね」

 ボソッと郁美が呟いた。

「ここじゃないんだって」

 赤星は郁美の呟きに応えるかのように言った。

「でも、朋美ちゃんはすでに怖がってるわよ?」

 矢野は朋美につられて、不安そうに言った。

 ガヤガヤ言っていると、ペンションから人が出てきた。

「ようこそ、北の杜ペンションへ」

「お荷物運びますね」

 ペンションのオーナーらしき年配の男性と、若い男女の従業員たちが荷物をペンションの広間に運び込んだ。

 その広間で部屋割りを決めることになった。

「えー、二人一部屋になりますので、男女一人ずつ、どなたか、お一人でお部屋を使っていただくことになります」

 オーナーがペンション内の見取り図を(かか)げて言った。

「え? どうする?」

 河合が言うと、

「私、一人はヤダ」

と、矢野が言った。

「じゃあさ、グーパーじゃんけんで決めるとか…」

 赤星が消極的な提案をした。

「俺、一人でもいいです」

 桜海が言った。

 オーナーの横で女性従業員が、メモをした。

「じゃあ、男子は決まりね」

 村上が言うと、

「女子だけでじゃんけんだな」

と、斉藤が促した。

 ところが、

「私、一人がいい」

と以外にも一番怖がっていた朋美が、一人部屋を希望した。

「大丈夫なの?」

 赤星が心配そうに言った。

「姉妹で一緒がいいのかと思ったわ」

 河合の言葉に、朋美はそっけなく、

「姉とは別がいいです」

と返した。

 険悪な姉妹がケンカしそうで、女性従業員もハラハラしながら、成り行きを見ている。

「放っておきましょ。私、瞳ちゃんと一緒がいい」

 郁美は機嫌を損ねたようで、ワガママを言った。

 皆の様子を見て決まったと感じたオーナーが部屋のカギを用意して告げた。

「では、カギをお渡しします」

 オーナーが女性従業員に目配せした。

 彼女は部屋割りのメモを見ながら鍵を渡していく。

「村上様、戸田郁美様、1号室をどうぞ。河合様、矢野様は2号室を。3号室を戸田朋美様」

 女の子たちは、カギを渡されると、それぞれの部屋へ荷物を持って行った。

「5号室を桜海様。斉藤様、赤星様は6号室をご利用ください。どうぞ、ごゆっくり」


 夕食時。

「幽霊が出るっていう古い旅館はこの近くなんですよね?」

 斉藤が確認すると、オーナーの北川が答えを渋るので、女性従業員の田中が、他のメンバーにも聞こえるように答えた。

「そうなんですよ。ここから奥へ、徒歩だと30分くらい入った所です」

「じゃあ、食事が終わったら、ちょっと行ってみる?」

 おどけた様に矢野が言うと、オーナーが、

「とんでもない!」

と叫んだので、食事の傍ら聞いていた者も驚いて、全員が北川を見た。

「亮子ったら」

 村上が言うと、

「私も涼子なんだから、紛らわしい呼び方しないでくれる」

と、河合が言った。

「うん?」

 桜海の声に応え、赤星が通訳のように言う。

「矢野さんも、河合さんも、リョウコさんなんだね」

「そうだったわね、ごめん」

 村上はあまり気持ちのこもらない詫びを言った。

「夜なんて、とんでもないです。昼間でもあまり近寄らない方がいい」

 オーナーの真剣な表情に、

「あら? それがウリなんじゃないの?」

と、郁美が茶化すように言った。

「違うんだ。いわくの心霊スポットに一番近いペンションというだけで、それをウリにしてるわけじゃないんだよ」

 斉藤の説明に、女性陣からブーイングが起こった。

「北海道は涼しいし、ちょっとした肝試しができる旅館があるから行こうって言ったじゃない」

 郁美は斉藤に詰め寄るように言った。

「え? じゃあ、言い出しっぺは斉藤くんなの?」

 村上が尋ねた。

「そうよ」

 郁美は溜息を吐いた。

「みんな、ゴメン」

 斉藤は苦笑いで謝った。

「いいじゃん、別に肝試しなんてしなくても、北海道の自然を楽しめばさ」

 赤星の言葉に、仕方なく納得したような女子たちだった。


 食事が終わり、それぞれの部屋に戻りながら桜海が赤星に尋ねる。

「もしかして、出ないんなら、俺、邪魔なだけなんじゃねぇ?」

「そんなことないよ。折角来たんだから楽しもうよ」

 赤星にとって桜海は心強い騎士だ。

 側にいることでかなり安心して楽しめるというものだ。

「ごめんな。そんなにお化けに期待してるなんて、知らなくて悪かったよ」

 桜海と赤星の会話を聞いた斉藤が済まなさそうに言った。

「いいえ、違うんです。すみません。そういう意味じゃありませんから」

 桜海は斉藤に軽く頭を下げた。

「そうそ。それより女の子たち、大丈夫かな?」

 赤星は女子の機嫌が気になるようだ。

「郁美は気が強いからなぁ」

 斉藤は頭を掻きながらぼやいた。

「うん?」

 桜海が疑問に思ったことを全て言わなくても、斉藤はすぐに悟って答えた。

「幼馴染なんだよ、双子ちゃんたちと」

「へえ、そうなんだ」

 赤星も知らなかったようだ。

「俺、朋美さんの様子が気になるし、仕方ないからこのまま一緒に居るよ」

 桜海が考えながら言うと、赤星が尋ねた。

「え? なんで…?」

「う…ん。ちょっと…」

 桜海の様子を見て誤解した斉藤はニヤニヤしながら、

「なるほど。友人くんは朋美ちゃんが好みなんだね」

と言った。

「そうなの?」

 赤星も確かめる。

「そういんじゃないのくらい、わかるだろ」

 桜海は少し呆れたように赤星に言った。

「まあまあ、いいから、いいから」

 勝手に勘違いしてしまった斉藤に対して、言い訳するのも面倒だと思った桜海は、何も言わずシングルの部屋に入った。


 女子たちは、ペンションの都合上、ツインルームを一人で使うことになった朋美の部屋に集まってお喋りしていた。

「ねえ、私たちだけで行ってみない?」

 ここに来た感想などを話している途中で、不意に言った郁美の言葉に、他の女子たちは顔を見合わせた。

「夜は危ないって言ってたじゃない」

 河合が指摘した。

「そうよ。明日にしましょうよ」

 矢野が提案すると、村上も賛同して頷いた。

「Wリョウコは臆病ね」

 郁美は強気だが、朋美は違った。

「そうじゃないわ。その旅館には行ってはいけないのよ。私、わかるの」

「何言ってんの、朋美。あんたが知っているわけがないじゃない」

 郁美は朋美を小馬鹿にした。

「お姉ちゃんもわかっているはずよ。昔、私たちは住んでいたんだから」

「ええっ!?」

 朋美の言葉にWリョウコが驚きの声を上げた。

「とにかく、明日、男子も一緒に行動しましょ」

「瞳が言うなら、仕方ないわね」

 村上の強い一言で、郁美は大人しく従ったのだった。


 翌朝は天気もよく清々しい一日の始まりを迎えていた。

「おはようございます。みなさん。朝食のご用意ができましたよ!」

 従業員の田中さんが、その小柄なボディからは想像つかないくらいの大きな声で叫んだ。

 それぞれの部屋から眠そうな表情が集まって来た。

「おはようございます」

 従業員たちはにこやかに挨拶をする。

「おはようございます」

 郁美は斉藤に声をかけた。

「いい天気だね」

 斉藤は眩しそうに言った。

「そうね」

 8人全員が朝食のテーブルに着いた。


 一番最後にノロノロと眠そうにやってきて座った桜海に、赤星が声をかける。

「おはよう」

「うん」

 目を擦りながら桜海が返事をした。

「眠れなかったの?」

「うん。まあね」

 桜海は大きな欠伸をすると、箸を握って目を閉じてしまう。

 昨夜、女性たちが今日、心霊スポットに行こうとしていることを、朋美の隣の部屋である桜海は聞いてしまった。

 おかげで、桜海は魔除けの準備を夜中にするはめになったのだ。

 そのせいで桜海がただ眠いだけとは知らない赤星は、まだご機嫌ななめなのかと思い、隣の席で静かに食事を始めた。

「ねえ、今日、どうする?」

 村上瞳がみんなに聞こえるように言った。

 ウトウトしていた桜海はようやく食事を始めた。

「私、露天風呂がいいな」

 河合が希望を言った。

「露天風呂があるの?」

 朋美が尋ねた。

「私は森林浴がいいな」

 矢野が言うと、テーブルサービスにやってきたオーナーが、

「少し足を延ばして、グラススキーはいかがですか?」

と、提案してくれた。

「わぁ。面白そう」

 矢野はその提案が気に入ったようだ。

「ええ、楽しいですよ」

「私もそれにしようかな」

「ねえ、心霊スポットに行くのは昼間の方がいいんでしょう? 今日、行くんじゃなかったの?」

 グラススキーの話が盛り上がってきていたのに、郁美の一言でみんなのテンションが一気に下がってしまった。

「本当に危険らしいよ」

 赤星は好きな郁美の言葉に、遠慮がちに釘を刺した。

「でも、それがメインの旅行でしょ? 今日ならこんなに天気がいいし、大丈夫だと思うけど?」

 郁美は斉藤の誘い文句を実行しないと気が済まないようだ。

「そうね…。明日グラススキーに行きましょうか」

 郁美のワガママに付き合い慣れている村上がフォローした。

「まあ、この近くだし、ちょっとだけ、行ってみるなら、大丈夫かもしれないよな」

 斉藤は、

「心霊スポットのお化けに会えるかも」

と、お化けを目玉に彼女たちに声をかけた手前、やっぱり行かないとは言いにくいようだ。

「彼だって、お化け見たさに斉藤くんの企画に参加したんだし、行かないわけにはいかないでしょ?」

 郁美は、桜海を連れてきた赤星の言い訳をダメ押しのように言った。

「どうしても行きたくない人はやめて、行きたい人だけで行ってみませんか?」

 行く人に決めつけられている桜海が提案した。

「じゃあ、私はやめとく。グラススキーの方がいいもの」

 矢野は彼女にとって当然の選択をした。

「それじゃ、私もグラススキー、付き合うわ」

 河合がそれに同調するように言うと、

「じゃあ、私も」

と、朋美が続いた。

「あら、朋美も一緒に心霊スポットに行きましょ」

 郁美が当然のように誘った。

「嫌よ」

 朋美の意思は固い。

「意気地なしね」

 郁美は、朋美を付き合わせることができず、面白くないようで厭味(いやみ)ったらしく言った。

「お姉ちゃんは忘れてるんでしょ。行って思い出してくればいいわ」

 朋美はそう言うと俯いた。

「何それ。じゃあ、瞳、一緒に行こう」

 郁美は自分の言うことを聞かない妹に痺れを切らして村上に声をかけた。

「いいけど。本当に怖かったら途中で帰るから」

 村上は郁美の誘いを断らず、自分の保身を図った。

「わかったわ。大げさなんだから、みんな」

 郁美は溜息を吐いた。

 静かにやりとりを見ていたオーナーが、

「ではとりあえず、手配をします」

と渋い表情で言った。


 食事の後、それぞれ出かける準備をしてロビーに集まった。

「グラススキーは少し混雑しそうですが、参加できます。この後僕がスキー場までお連れします」

 オーナーの北川が言うと、グラススキーをチョイスした面々は、

「わあ、良かった!」

と、大はしゃぎだ。

 田中さんが用意した地図と懐中電灯などを、北川にそっと差し出した。

「結局、行くんですね…」

「ええ。でもすぐに戻ってきます」

 心配そうな北川を安心させるように斉藤が言った。

「そう願いたいですね。その辺りは携帯も圏外ですし、少々叫んでも、誰もきませんからね」

 北川は支度を整えた学生たち一人一人の顔を見つめた。

「ああ、これ。地図と懐中電灯です。ここより奥は昼間でも薄暗い所がありますから」

 北川からアイテムを受け取った斉藤に、

「これ、飲み物です」

と言って、田中が渡した。

 そして、朝食にみんなを呼んだときとは違って元気のない声で、

「気を付けて。いってらっしゃい」

と言った。

 その様子を目にした桜海が、

「知り合い?」

と尋ねると、

「そうかもね」

と赤星はそっけなく答えた。

「どうかした?」

 何やら暗い面持の赤星を心配そうに桜海が言った。

「失敗した。桜海さんのことを、お化け好きみたいに言わなきゃ良かった。そしたら、行かなくても済んだかもしれないだろ」

「それだけ?」

「え?」

「キミはキャンセルしてもいいと思うよ。キミはお化け好きじゃないだろ」

 霊の影響を受け易いのだから、赤星にとっては好き嫌いの問題ではないのだ。

 ただ、好きな郁美が行くというのだから、赤星が行かないわけはないし、そのためについてきたのだと桜海は自負していた。

「そうだけど、護ってもらうために、ついて来てもらったんだし」

 赤星も郁美と一緒に居たいという点は譲り難いようだ。

「う…ん。でも、守らなきゃいけない人数は少ない方が、俺は助かる」

「ええ? そんなの早く言ってよ」

 そう言いながら笑う赤星が今更キャンセルするつもりなど無いとわかっているので桜海は、

「まあ、キミはレーダーということで…」

と苦笑いしながら言った。

「なんだそりゃ」

「はい、これ持ってて。斉藤さんたちにも持たせてあげて」

 半紙のような紙で作られた小さな包みだ。

「俺が渡すの?」

 赤星が手の中のお守りサイズの包みを見つめた。

「その方が、よく知らない俺からより受け取ってくれると思うから」

「わかった。ちなみに、これ、何?」

「魔除けとでも言っといて」

「ラジャー」

 赤星は桜海に言われた通り、一応魔除けだと言って、同行するメンバーに渡した。


 一行は心霊スポットに向けて歩き出した。

「中に何か入ってるみたい」

 早速歩きながら村上が、魔除けをチェックする。

「何かしらね」

 さして興味なさそうに郁美が呟いた。

「魔除けならポケットにいれておけばいいさ」

 先頭を切って歩く斉藤は無造作に胸のポケットにしまった。

「こんな明るい日中にお化けなんて見えるものかしら」

 郁美は周りが大げさに怖がり過ぎてると言わんばかりだ。

「さあね。見たいような、見たくないような」

 村上はもっと関心が薄いようだ。

「どっちなの?」

 おどけて訊いた郁美に、村上は笑いながら答える。

「綺麗な幽霊なら見たいけど、グロテスクな妖怪は見たくないかも」

「なるほどね。お化けの世界もルックスが重要ってことね」

 郁美もクスクス笑った。

「ルックスか。見えないけど、タマコさんは美人?」

 郁美たちの会話を聞きかじった赤星が桜海に問いかけた。

「魔除けにその美人の髪の毛と呪文を書いた札を入れた」

 桜海は鼻の頭を掻きながら言った。

「え? タマコさんの? いつの間に」

「だから、ちょっと機嫌が悪い」

「タマコさん、大丈夫? ゴメンね、みんなのために」

 赤星は自分の肩口に向かって囁いた。

「タマコは心の綺麗なもののけさ」

 あとからついてくる赤星と桜海がこそこそ会話しているのを見て、村上が郁美に耳打ちした。

「あの人って、なんか妖しくない?」

「知らないわ。キャンパスで会ったこともないもの」

 郁美は全く関心を示さなかった。

「ま、気にしなくていいか」

 村上も興味を無くしたようだ。

「そろそろだと思うんだけどな…」

 斉藤が少し荒くなってきた息を整えながら言った。


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