43 砂川と桐生
「何か簡単に捕まえられた感じがするな…」
大取物が無事成功した病院の片隅で桜海はホッとしながら呟いた。
『桜海さん、もしかしたら松沢は切り札を既に手に入れているのかもしれません』
桜海の側に砂川美穂子の霊が寄ってきて言った。
「切り札?」
『そうです。だから私を見限ったんですよ』
「そういえば…」
桜海は松沢を知っている桐生のことを思い出した。
「ちょっと松沢を知っている人がここにいるので、話してみます」
『松沢を知っている人ですか?』
「霊というか…」
「あら? もう終わったから帰っていいわよ?」
廊下で独り言を言っているような桜海に礼が声を掛けた。
「うん。お疲れ様」
「あんたもご苦労様。これに懲りて危ないマネはしないようにね」
「…わかったよ」
桜海が出口とは違う方へ踏み出したのを見て、
「どこ行くの?」
と礼が尋ねた。
「ちょっと、桐生さんの様子見ておこうと思って」
「なるほど。消えてればいいけど」
桜海は苦笑いした。
『きりゅう?』
「え? ああ」
桜海は誰も居ない方に返事をしてしまい、通りかかった患者さんに不審な目で見られたので、慌てて携帯電話を取り出し通話を装った。
「わかりました。すぐ戻ります」
『私もご一緒します』
「え…いや、それはやめた方が…」
『行きましょう。どこですか?』
桜海は仕方なく美穂子を連れて階段の踊り場にやって来た。
「砂川さん、気を付けてください。凄くいやらしい奴ですから」
『それは俺のことか?』
桐生は上の階からゴロンゴロンと降りてきた。
桜海は思わず後退り、砂川にも結界を張った。
『おや? 浮気か?』
「何、言ってんだ。この人は…」
『美穂子?』
「え?」
『康臣さん…』
「ええ?!」
桜海は二人が知り合いであることがわかり驚いた。
だが、桜海にはこの二人の関係が彼らのオーラから推測できてしまい、尚更驚きを隠せなかった。
「とりあえず、上、行きましょうか」
桜海は二人を屋上へ誘った。
「砂川さんと桐生さんはお知合い…なんですね…」
桜海はベンチに腰を下ろした。
その右側に桐生、左側に砂川が陣取った。
桜海は背凭れに両手を広げ、ベンチの独り占めをアピールした。
『昔若い頃にな』
桐生はそっぽを向いた。
『私の人生、最大の過ちですよ。この男と出会ったことは』
砂川は溜息交じりに言ったが、その表情はにこやかだった。
『しかし、幽霊同士で再会するとは、不思議だぜ』
桜海が見る限り、桐生は少し照れ臭そうに思えた。
『でも康臣さんは随分前にこの世を去った筈じゃないの?』
砂川は桐生が死んだ時期を知っていた。
「砂川さんは、桐生さんが亡くなった経緯をご存知ですか?」
桜海は、桐生がこの世に残っている理由がわかるかもしれないと思い尋ねた。
『一言でいえば、全ては松沢のせいです』
砂川は肩を竦めた。
「松沢?」
『松沢?!』
『やっぱり知らなかったみたいね。私も近年、松沢に関わってから聞いたから、当然でしょうけど』
『ヤツは15で身寄りを亡くしてふらついていたのを俺が拾ってやったんだ。だが、ヤツは金田組に出入りするようになって、俺から離れていきやがった』
桐生は空に向かって喋った。
『あなたは誰に撃たれたかわかってる?』
『いいや』
『やっぱり…』
「どういうことですか? 桐生さんは本当に何で死んだかわからず、こうして今も彷徨っているんですか?」
『さあなぁ。俺が死んだのは初めてだからなぁ』
桐生はニヤニヤしながら呟いた。
「あの。松沢のせいだとして、憎むあまり悪霊になったら、僕は桐生さんを消さなければいけなくなります。あ、これは砂川さんにもいえる事ですが…」
桜海は二人が憎しみの炎に身を焼き尽くした坂本さんのようにはなってほしくないのだ。
桜海が力のある術者であることを知っている砂川は心配そうに桐生の顔を桜海越しに覗きこんで尋ねる。
『松沢のせいで死んだんだとしたら、恨む?』
『あいつは可哀想なヤツだからなぁ。それに俺もロクな生き方してねぇし、恨んでも仕方ねぇよ』
「じゃあ、話してもらっても良さそうですね」
『松沢が身寄りを亡くしたのは、20年くらい前。借金を苦に一家心中を親が図ったけれど、松沢だけ生き残ってしまったらしいわ。戸籍上、自分が死んだことにされていることも後になって知ったそうよ』
『一家心中の話は知ってるさ』
『木村組の組長の狙撃事件は知ってる?』
「えっ…あ、どうぞ」
思わず桜海は声を上げてしまった。
『撃ったのは、松沢だったのよ。木村組のせいで一家心中に追い込まれたらしいの。でも、弱小金田組は報復を恐れて、あなたが犯人だとでっち上げたみたい』
『なるほど。それで俺はよく知らない若造に弾かれたわけだ』
桐生は自分を撃った犯人を思い出しながら頷いた。
桐生本人は仕返しをされるようなことをした覚えが無かったのだ。
『そうなの。別に松沢があなたを売ったわけではなくて、金田組にいる松沢が犯人だと、組が全滅させられると思ったみたいで、組の人間が、昔松沢と関わっていたあなたを犯人だと木村組にタレこんだらしいわよ。松沢の言葉を信じるなら、だけど』
『そうか…。で、美穂子はなんで幽霊になったんだ?』
『私のことはあなたに関係ないじゃない』
『だが、どうみてもお前、弾かれてんじゃねえか。堅気のお前が何でそんな死に方したのか、気になるってもんだ』
確かに、砂川の胸には銃弾の痕が2つもある。
『私は国会議員の悪事を調べていたら、口を封じられたのよ』
『何だと!』
『ちょっと、あなたが腹を立ててどうするのよ』
『だがな…』
『いつまでも自分の女みたいな扱いしないでくださいね』
「あの、お取込み中申し訳ないのですが、お二人はご夫婦じゃないんですか?」
『えっ?!』
『俺がこいつの初めての男…』
『やめて! 恥ずかしい』
『だよな。俺みたいなハレンチ野郎が夫なわけないだろ、テンさん』
桐生はケラケラと笑った。
「でも、有一さんは桐生さんのお子さんですよね…?」
桜海は頬を染める砂川に尋ねた。
『…』
『おい…美穂子? まさか』
『そんなことあるわけない…』
「もうダメですよ、嘘は。僕にはわかるんですから」
桜海は砂川の言葉を遮った。
『桜海さん…』
「僕はあなたに嘘を頼まれてからずっと後悔していました。今も後悔しています。もし、あの時、ちゃんと息子さんに伝えていれば、こんな事にはならなかったと思います」
『桜海さんは何も悪くありません。私の頼みを聞いてくれただけですもの』
「僕は、有一さんから、お母さんはきっと死んでしまっているから、霊を探してほしいと依頼されたんです。でも僕は生きているあなたを見つけてしまった。本当は生きていると伝えるべきだった。あの時の僕の判断がお二人の人生を狂わせて…」
桜海は頭を下げた。
心から詫びるため。
涙を隠すため。
『それは違います。あの子は私が危険な仕事をしていることをわかっていましたから、あなたの嘘は私からの伝言だと気付いた筈です』
『なあ、そんなことより、本当なのか? 俺の子供?』
『もう桜海さんの前で嘘をつくのはいけませんね。有一はあなたの子供よ』
『そうなのか』
桐生は涙をこぼした。
『いけね。テンさんのが移っちまった』
桜海は桐生に自分が泣いていることを指摘され慌てて涙を拭った。
「すみません」
『だったら、会ってみてぇな』
桐生はニカッと桜海を見つめた。
「え…」
『仕方ないですね。有一を呼んでいただけますか』
「あの…でも…」
『有一を呼んでください。伝言がありますし、桜海さんのためにもお願いします』
あまりに砂川が頭を下げ、桐生が期待の眼差しを向けるので、桜海は礼を通じて、砂川有一に連絡を取った。
桜海はこの際、有一にも謝ろうと覚悟を決めて彼が現れるのを待った。
その頃桜海神社では、赤星がせっせと玉ねぎを刻んでいた。
突然桜海が帰宅したときに誤魔化すためだ。
タマコは赤星の肩から逃げ出しながら叫んだ。
『テンのバカッ! あたしは玉ねぎ嫌いなの!』
しばらくして爽やかなサマースーツに身を包んだ砂川有一が山神外科病院を訪れた。
屋上と聞いていたので一目散に目指す有一に患者や看護師の女性たちの視線が集まっていた。
有一は有名なサンドイッチ店の箱を手に階段を上った。
すれ違う人は皆振り返り、彼の行き先を気にした。
「何か腹減ったな…」
桜海が呟いているところへ、砂川有一が屋上のドアを開けた。
「桜海さん、お待たせしました」
有一は桜海を見つけ声をかけた。
「あ…。お呼び立てしてすみません」
桜海は立ち上がって有一に頭を下げた。
『まさか、あれが俺の息子か?』
『そうだと思うわよ』
『何あやふやな言い方してんだ?』
『だって、あの子の方があなたより数段美男子でしょ?』
『オウミさんとやらよぉ。本当なのか?』
「えっ? 多分、いえ間違いないですね…」
桜海は桐生と美穂子と有一を順に見つめて答えた。
「ひょっとして、そこに母が?」
有一は桜海から来てほしいとの連絡を受けた時から、母親の霊に会えることを期待していたようだ。
「ええと。ご両親がいらっしゃいます」
「えっ!?」
有一は驚いた。
父親とは一度も会ったことがないからだ。
「あ…」
『有一には父親が誰かは伝えていないんですよ。この人は性犯罪者でしょう』
『悪かったな。オウミさんよ、俺のことはナシで』
「間違えました。お母さんです」
桜海は首を竦めた。
「母は何か言ってますか?」
有一は桜海を見つめた。
『桜海さんに私を探させたのはどうして?』
「以前、僕にお母さんを捜すよう依頼したのはどうしてですか、と…」
どうして霊能者に探させたのかを疑問に思ったのだろうと解釈したようで、
「母が行方不明になって1年以上経っても、何の手掛かりもないから、死んだものと思って…」
と、有一が視線を少し上げて言った。
母親がどこにいるかわからないせいだ。
「すみません。実は、あの時の報告は嘘だったんです。申し訳ありませんでした」
桜海は有一に頭を下げた。
「何となくわかってましたよ。俺と違って母はジャーナリストでしたからね」
「え?」
『ほらね』
美穂子が微笑んだ。
「でも、そのせいで本当に…」
死んでしまったと桜海は言葉にできなかった。
「それについては非常に残念です。でも知りたいのは、母が覚悟を決めて調べていたことがどうなったのかという事です。山神さんのお話だと、母は重要な情報を掴んでいたんですよね?」
「そうですよね?」
桜海は美穂子の方を見つめて尋ねた。
それを見て、有一も母親の位置を大凡把握したようで、美穂子の居る方向に顔を向けた。
『ええ。3つ目は有一のよく知っているところです』
「隠し場所ですね? 有一さんのよくご存じの場所だそうです」
「もしかして、子供の頃使ってた…?」
『そう。貸金庫』
「そこが一番安全ですね」
桜海は少しホッとした。
「まだ使ってたんだ…」
感慨深そうに有一が呟いた。
『私の代わりに開けられるのは有一だけなんです』
「有一さんしか開けられないそうです」
「わかりました。ありがとうございます」
「じゃあ、有一さんの手で公開しますか? 凄いスクープだと思いますが…」
「いえ…」
「え? いいんですか?」
桜海は有一と美穂子を交互に見た。
『この子は私と違ってファッション誌の制作をしてますからね。ただ、坂田は警察にも圧力をかける可能性がありますから、新聞各社、週間雑誌等にも情報を流してください』
「警察、新聞社、週刊誌とかに情報を流してほしいそうです」
桜海は零れてくる悔し涙を手で拭いながら言った。
「桜海さん、どうしてそんなに悲しい顔をするんですか?」
「すみません。僕が嘘を吐かなければ、あなたのお母さんは、死なずに済んだ、かもしれません…」
「桜海さんは嘘をついてないじゃないですか。あの辺りまでしか、追えなかったと言っただけです。でもそれで母はどこかで身を潜めて調べ上げているのだろうし、何か事情があって所在が明かせないのだろうって、推測してました」
「うそ…」
桜海は当時の事を思い浮かべても有一にそんなに悟られている感はなかった。
「桜海さんは嘘が吐けないタイプですよね?」
「…」
「もし母の霊に会ったのなら、そう言うと思うんです。死んだのなら死んだとハッキリと」
「僕はあの時生きているお母さんに会ったのに、生きているとも伝えなかった」
『それは私が頼んだからでしょ。ちゃんと有一に説明してください』
美穂子は自分の死に責任を感じている桜海を立ち直らせたかった。
「多分ですけど、1年以上も姿をくらまして警察にも見つからないものをもし桜海さんが見つけていたら、生きていたとしても母は、死んだと伝えてくれと言うだろうと思いました。でも桜海さんは嘘を吐けませんから、死んだと言えなかったんじゃないですか?」
「そう…です」
「桜海さんが責任を感じる必要は全くありませんよ。俺はやろうと思えば、その後だって、母を捜すことはいくらでもできたんですよ。でも俺は、母のやってることの邪魔はしたくなかったので、その後何年間も捜索をしなかった。桜海さんの調査結果は、行方を捜索するは母の危険が増すという忠告として受け止めていました」
『本当は松沢が組を裏切らなければ、私はもっと前に死んでいました。有一が私の幽霊を探させようとしたのは、的外れではありません』
親子の話を聞いていると、桜海は自分が取った行動はちゃんと二人を結びつけていたのだと気付いた。
「彷徨っていた俺を救ってくれたとき、桜海さんならきっと母が死んでいても見つけてくれると思ったんです。よもやあの時点で生きているとは思いませんでした。でも、すみません。桜海さんがそんなに心配してくれるとは思わなくて。あの時のことで悩ませてしまって申し訳ない」
「いえ、僕は…」
桜海は有一から責められるどころか詫びられてしまい、言葉が見つからない。
『私の方こそ、ごめんなさい。多大なご迷惑をおかけして。それなのに私の死について桜海さんがご自分を責めるなら、私は気がかりで仕方がありません』
『それじゃあ安心してあの世とやらに行けねえよなぁ』
桐生も笑いながら言った。
「あ、それは良くないです。転生してください」
桜海はぎこちないが精一杯の笑顔を見せた。
「もう?」
有一は霊が消えたのかと寂しそうな顔をした。
「いえ、まだ。あの、本当にいいんですか?」
桜海は桐生の方を手の平で差しながら尋ねた。
『いいんです。ちゃんと貸金庫に残してありますから』
美穂子は微笑んだ。
桐生が父親であるというトップシークレットも隠してあるという意味のようだ。
「俺が桜海さんを恨んだりしたら、母に叱られます。ねえ、母さん」
『その通りよ、有一』
桜海は有一と誰もいない方向とへ頭を下げながら、
「ありがとうございます」
と、お礼を言った。
そして言いたくても言えないが、すまなさそうに桜海は桐生を見つめた。
『あんたは俺に最高の幸せをくれたじゃねぇか。ありがとよ。こいつと二人ならあの世とやらに行けそうだぜ』
桐生は何か吹っ切れたような清々しい顔で笑った。
『何で私が康臣さんと?!』
『照れるなよ。最高にいい女だぜ、美穂子』
桜海は二人に時が訪れたのを感じた。
「そろそろ…」
桐生が砂川を抱きしめようとしたので、二人の結界を解いた。
桜海が見つめる方向を有一も見つめた。
『ありがとう、桜海さん。本当に感謝してます』
『行こう、美穂子』
二人は抱き合い青空に溶けるように姿を消した。
「逝きましたか?」
「ええ」
「ありがとうございました」
有一が桜海に頭を下げた。
「あの。こちらこそありがとうございました」
桜海も慌ててお辞儀をした。
「桜海さん、お腹すきませんか? お昼過ぎてますし、これ、いかがですか?」
有一は持ってきていたサンドイッチの箱を見せた。
「そういえば、ホッとしたらお腹すきました」
「じゃあ、一緒に食べませんか?」
「ありがとうございます。でも、帰ります」
そう言って歩き出した桜海に有一が、
「あの、依頼料は…」
と尋ねた。
「今回はお母様からのご依頼ですから」
桜海は軽く片手を上げて屋上から病棟の中へ入った。
「それじゃ、お支払できないでしょう?」
有一も慌てて桜海を追いかけた。
桜海は階段に暫く結界で捕まえていた桐生のことを懐かしむようにゆっくりと降りていった。
自分に見えないものを見るような桜海の仕草に、有一は声を掛け続けるのを躊躇い、黙って後をついて歩いた。
桜海は徐に携帯電話を取り出し電話をかけ始めた。
有一はどうしたものかと桜海に合わせて立ち止まった。
「姉ちゃん。終わったから、有一さんのこと、よろしく」
桜海の口から自分の名が出て、有一は驚きの眼差しを向けた。
桜海は電話を切ると、
「すみません。一応結界張っときますね。こちらでお待ちください。警察が来ます」
と言って、医院長室と書かれた部屋のドアを開けた。
「警察ですか?」
「はい。情報の事は金田組も知っていますし、あなたの警護が目的です」
「仁志さん、姉ちゃんが来るまで、砂川さんをお願いします」
礼から知らせを受けているらしく、
「はい。どうぞ」
と山神は有一を部屋に招き入れた。
「では」
桜海は満足そうな表情だ。
「ありがとうございました」
有一は桜海に丁寧に笑顔で挨拶をした。
桜海は重要な役目を終えて、自宅に戻った。
「お帰り。遅かったね。お腹すいたでしょ?」
「うん」
赤星はすぐに昼食をテーブルに出した。
「カレーだ!」
「ちょっと冷めたけど、暑いし、いいよね?」
「いっただきまーす」
元気に食事を始めた桜海を赤星は嬉しそうに見つめた。
二人ともほんわかと明るい表情だ。
タマコは、
『もうしばらく玉ねぎのみじん切りは見たくないわ』
と赤星の肩で脱力した。
逮捕された松沢はやはりすでに情報を手に入れていたようで、すぐに有名弁護士に弁護を依頼した。
切り札を使って保身を図ろうとした松沢だったが、坂田が失脚し、金田組共々、逮捕されたため思うようにはいかなかった。
更に、桐生の汚名を晴らすために、木村組組長狙撃事件についても松沢本人の話が録音されたテープを証拠として砂川の貸金庫から押収され、松沢は殺人と殺人未遂に追加の殺人罪にも問われたのだった。
自分を死んだものとして身を隠してまで砂川美穂子が調べ上げた、坂田と金田組の悪事の数々は世間に暴露され一網打尽となった。
黒い噂の絶えない坂田だったが、金田組を利用し汚い手を使って選挙に勝ったり、その後も議員の立場を利用し悪事を重ねてきたことが明るみになり、そのことについて調べていた砂川美穂子殺害についても立件された。
嘘が真実になってしまったことは残念だったが、代償として得たものは1つの大きな悪を世の中から排除するというものだった。
砂川が桐生の死について疑問を持ち調べていくうちに、金田組と坂田議員の癒着に行き当たったのだった。
そもそも松沢が金田組に近づいたのは木村組組長の殺害が目的だったようだ。
松沢が金田組を裏切り砂川を匿ったのは、自分が一番辛くて困った時に救ってくれた桐生を金田組が売ったことへの恨みが発端だった。
いつか金田組をギャフンと言わせたいと思っていたところへ砂川というチャンスが現れたのだ。
松沢も砂川も桐生のことをきっかけにそれぞれの目的を持って生きてきたのだが、松沢の目的は途中で悪人たちを逆手に利用し世の中を牛耳るという野望に変わっていたのだった。
砂川は、松沢には桐生との関係を明かしていなかった。
あくまでも政治家の裏の顔を追及するジャーナリストとしての顔しか見せていなかったようだ。
「なるほどね。凄い事件だったんですね」
仁志は朝刊に視線を落としたまま言った。
「そうね。あの子は全く身の危険を顧みなかったみたいだけどね」
ため息交じりに礼が朝食をテーブルに運んだ。
「天くんは昔からそういうところがありますからね」
「今回はプリンセスが気付いてくれて助かったわ」
「天くんには聖也くんが不可欠な存在ですね」
「まだまだ目を離してしまうのは無理ね」
「僕たちは彼らのためなら最大限の力で助けてあげられますよ」
「良かったわ。ありがとう」
そんな事件の顛末に全く興味を持っていない桜海宅では…。
「わっ。何だこれ…」
冷蔵庫を開けた桜海が声を上げた。
「何かノリで沢山作っちゃってさ…」
赤星がバツが悪そうな顔で言った。
「玉ねぎのみじん切り?!」
大きなナイロン袋に2袋ものみじん切りのおかげで冷蔵庫は玉ねぎ臭でいっぱいだった。
「食べきれないかも…」
「桜の樹の根元にでも肥やしとして埋めるか…」
『冗談じゃないわ!』
タマコが赤星の肩で地団太でも踏むように駄々を捏ねた。
「あれ? タマコ、玉ねぎ嫌いなのか?」
『だからずっとそう言ってるでしょ!?』
「もったいないな~」
「え?」
「タマコは玉ねぎ、ダメらしい」
「うわ~。ごめんねタマコさん」
赤星は彼女を肩に乗っけたまま、鬼のようにみじん切りしていたことを謝った。
『タマコさんにも苦手なものがあるとはのぉ』
一多もにこやかに笑った。
『何で大量のみじん切りができたと思ってるのかしら?!』
タマコは鈍感な桜海に呆れながらも、穏やかな二人を見て微笑んだのだった。




