29 引越し屋の悲劇
翌日の夕方、桜海は渡良瀬の会社を訪ねた。
もちろん正式ではなく、姿を消して様子を見に行った。
やはり副社長は、昨日出会った中年で力持ちの男性だった。
相棒の若い社員と二人は、他の社員が帰えっていくのと入れ違いに、ひそひそ話しながら事務所へ向かって歩いていた。
「高川さん、おかしいですよ。無くなるなんて」
「わかってる」
「まさか、歩いて行ったとか…」
「何、バカな事言ってんだ」
桜海は、彼らの後をついて歩いていたが、事務所の中に入るのは躊躇した。
バタン。
桜海の目の前でドアが、勢い良く閉められた。
副社長と共犯の社員の声は、外からは聞き取れなかった。
桜海は、どうすれば上手く事態を解決に導けるか、考えあぐねていた。
『お父さん…』
「…?」
桜海のそばに、6歳か7歳くらいの女の子の霊が佇んでいた。
桜海はその子に関心を持った。
もしかすると、渡良瀬社長が死なせてしまった娘なのかもしれないと直感したからだ。
「きみ、ちょっと、こっちに来て」
建物の陰に隠れて、桜海は姿を現し、女の子に声を掛けた。
『誰?』
「桜海といいます」
桜海は声を小さくして言った。
「君は誰?」
『高川なみ』
「なみちゃんはどうしてここに?」
『なみのお人形さんを探しているの』
「人形?」
『多分、お父さんの会社で失くしたと思うんだけど』
「僕が一緒に探してあげるよ。どっち?」
『あっち』
桜海は、なみの後をついて行った。
そこは、事務所の建物の裏側で、広い敷地は、引越しの際に出た処分予定の家具や電化製品などの廃材が山積みにされていた。
「どの辺?」
なみは更に奥の廃材の山に向かって行った。
『私、この洗濯機の近くで遊んでいたの』
「ちょっと、じっとしていてね」
桜海は周囲を見渡して、彼女のオーラと同じオーラを放つ物を探した。
「見つからない。どんな人形?」
『金髪のリカちゃん。ずっと探しているの。でも無いの』
「大切な人形なんだね」
『そうよ。だって、社長さんがくれたんだもの』
「そうなんだ」
『なみね、かくれんぼしていて、お人形さんとはぐれちゃったの』
「そう。どこに隠れたの」
『いろいろ隠れたの。タンスでしょ。洗濯機でしょ。本棚も』
「この辺りに置いてあるものだよね。凄いね」
桜海は、廃材を全て確認した。
『全部探したけど見つからないの』
なみの言う通り、遊んでいたという廃材以外に、彼女のオーラが感じられる物は、見当たらなかった。
「今日はもう遅いから、お家へ帰った方がいいよ」
『うん。でも、お父さんには私が見えないみたいなの』
「それでも、今日はお帰り」
『うん。ありがとう。ばいばい』
「バイバイ」
桜海は、彼女の人形を探すことが、渡良瀬が高川を庇おうとする理由に繋がるような気がした。
恐らく渡良瀬の罪が暴かれなかったというのは、なみの死が事故死扱いになったということだろう。
そこで、家に帰ると、すぐに礼に連絡を取った。
「高川なみちゃんが事故死した事件の調書を見てみたいんだけど」
〈どうしたの?〉
「探し物してるんだ、その子」
〈また霊の世話を焼いてるのね〉
「見せてもらえない?」
〈普通は無理よ〉
「遺体の発見現場を確認したいんだ」
〈仕方ないわね〉
「ありがとう」
「お帰りなさい。お姉さんに無理を言って、大丈夫なの?」
途中から内容を聞いていた赤星が、電話を終えた桜海に山神の立場を心配して声を掛けた。
「ああ、ただいま。本当はマズイよね」
桜海は、白々しく言った。
「結局は、渡良瀬さんのことをどうするか、決めるためだよね?」
赤星は口下手な桜海に代わって、気持ちを汲み取っていた。
桜海は、しばし赤星を見つめた。
『以心伝心以上よね』
赤星の肩の上で、タマコも感心した。
翌日、礼が桜海神社を訪ねて来た。
社務所の前で桜海が出迎えた。
「さすが姉ちゃん。仕事早いね」
嬉しそうな桜海に、
「おだてたって何も出ないわよ」
と礼は冷たく言った。
「お久し振りです」
そんな礼に、遠慮がちに赤星が声を掛けた。
「まあ、お姫様。お元気?」
礼は悪びれず言い放った。
「姉ちゃん!」
赤星を前世扱いする礼に桜海が怒った。
「ど、どうぞ」
苦笑いする礼を赤星は社務所の応接室へと促した。
「ごめん」
桜海は赤星に小さな声で謝った。
「いいよ、気にしなくて」
赤星は前世のオーラのおかげで女性扱いされることに、呆れながらも慣れてきていた。
「調書」
礼がカバンからテーブルに出した。
「え? 本物ですか!」
お茶を運んできた赤星は驚いた。
「遺体のあった場所は…」
桜海は調書を手に取り確認した。
赤星は礼にお茶を出すと、桜海の隣に座った。
「おかしいな」
桜海が呟いた。
「何が?」
礼と赤星が同時に尋ねた。
「なみちゃんは、もっと奥の廃材置き場で遊んでいたんだ。でも、遺体発見現場は、事務所の建物のすぐ近くになっている」
「どういうこと?」
礼が尋ねた。
桜海は調書をテーブルに広げた。
「事故じゃなかったなんていうんじゃないでしょうね」
礼は弟がどんな観点で調べているのか気になった。
「事故は事故なんだけど…」
調書には当日の社員たちの詳しい行動についても記されていた。
3人でゆっくりと、調書に目を通した。
引越し業と併せて、リサイクル業を営むことにした渡良瀬は、元の会社と自宅を売って、新しく土地を購入し会社を移転させた。
その日は、前週に引き続き、引越しで出た廃材を、預けていた倉庫からダンプで移し替えていた。
会社が広い土地に引っ越したのはその為だった。
渡良瀬は高川と交代でダンプを運転し、廃材を運んだ。
その際、廃材置き場で遊んでいたなみちゃんに気付かず、ダンプから廃材を降ろして圧死させてしまったというものだった。
遺体を発見したという手前の廃材置き場には渡良瀬が、奥の置き場には高川が荷を降ろしたといった細かな作業についても書かれていた。
「どうしてそんな小さな子供が遊んでいたのかしらね?」
礼は調書を閉じた。
「住所を見ると、高川さんちは、会社の近くみたいだよね?」
赤星が指摘した。
「なるほどね」
礼も納得した。だが、桜海は別の視点で考えていた。
「どうしたの?」
桜海の様子に気付いた赤星が尋ねた。
「なんでもない。姉ちゃん、ありがとう」
「なんでもないって顔じゃないけど、もう調書は用済みね」
礼は桜海の関わっている霊に関する件には深入りするつもりが無いようで、調書を片付け席を立った。
「ありがとうございました」
赤星は丁寧に礼を見送った。
「なんか担当でもない調書を持ち出したりして、大丈夫だったのかな?」
赤星は当たり前の心配をした。
「大丈夫」
自信たっぷりに言ってのける桜海に、
「ほんとに?」と、不審そうに赤星が言った。
「うん。旦那さんのお兄さんが警察庁の偉いさんだから」
赤星は言葉なく頷いた。
『ふぁ…』
タマコが欠伸をしながら伸びをした。
「最近、よく寝るな」
「へ?」
「タマコ」
桜海は自分の肩に手を置いて言った。
「どうしたんだろ。体調悪いの?」
赤星は自分の肩先を見ながら心配した。
『成長中。寝る子は育つ』
「せいぜい大きくなってください」
「?」
「調書で何かわかったの?」
赤星が尋ねた。
「本人に聞かないとわからないってことが、わかった」
桜海は、難しい顔して言った。
「どういうこと?」
「なみちゃんは事故死なのに、渡良瀬さんが言う、自分の犯した罪が何なのか」
「そうだよね。会社の責任者だからってだけじゃ、暴かれずに済んだ罪とは言わないだろうから」
「もっといえば、調書には渡良瀬さんが圧死させた事になっていたけど、本当は違うんじゃないかと」
「まさか…」
「俺の調べた状況と調書には食い違いがあった。なみちゃんが嘘をつくとは思えないし」
「渡良瀬さんに直接聞いてみる?」
「そうする」
そう言って2階に上がる桜海に、赤星もついていく。
物置の鏡たちがざわめいた。
「ったく」
桜海は赤星のオーラが近づくのを喜んでいる鏡に呆れると同時に、素直な反応を羨ましく思った。
「渡良瀬さん」
『はい』
「一つ、お聞きしたい事があるんですが」
『何でしょうか?』
「なみちゃんの人形がどこにあるか、ご存じないですか?」
「人形?」
赤星は、聞きたい事はそんな事じゃないだろう、と言いたかったが、口を噤んだ。
『人形がどうかしたんですか?』
「昨日、人形を探す、なみちゃんに会いました」
『人形を探しているんですか』
「ええ」
『それなら、私の部屋にあります』
「あなたの部屋ですか?」
『はい。事務所の2階が、私の自宅でした』
「わかりました。探してみます」
桜海はそそくさと下に下り、赤星も続いた。
『もうちょっと、おってくれたらええのに』
『やっぱり素敵ぃ』
『そうね』
『お前らなぁ』
『大鏡ハンかて、喜んではるやん』
物置では鏡たちが口々に呟いていた。
「ねぇ。どうして肝心な事を聞かないの?」
赤星が桜海の背中に問いかけた。
「まだ、駒が足りないから」
桜海は赤星を振り返って答えた。
「コマ?」
「確証というか」
「つまり、出掛けるんでしょ?」
「…」
桜海の考えを先読みした赤星は、自分も出かける準備を始めた。
「ん?」
「俺も出かけるから」
そそくさと支度する赤星に、きつねに抓まれたような顔をして桜海が尋ねる。
「どこに?」
赤星は、桜海の服を差し出して、
「引越し屋さん」と面倒くさそうに言った。
「なんで?」
桜海は、渡された洗濯したての作務衣に着替えながら尋ねた。
「こないだのお礼に行こうと思うんだ」
「ふむ…」
「以前の面接の時みたいに、テンは隠れて入ればいいでしょ?」
赤星は、桜海が人形を探しやすくするために、お礼を大義名分にするつもりなのだ。
「…助かるよ」
「さ、行こう」
桜海は、玄関へと向かう赤星のタマコのいない肩を掴んで止めた。
「何?」
「相手は殺人犯だ」
「でも、助けてくれたのは事実でしょ?」
「俺、ひとりで行くよ」
「俺、この前の妊婦さんのこととか聞いて、上手く時間稼ぎするよ?」
『心配なのね』
眠そうにタマコが言った。
「霊なら、俺、なんとかできるけど、生身の人間には勝てる自信は無い」
「あの人は意味も無く人を殺したりしないと思うけど」
「怖くないのかよ」
「俺は何も知らないんだよね?」
「そう、だけど…」
「足手まとい?」
「そうじゃなくて、もしかしたら、何か罠があるのかもしれないと思うんだ」
「また、俺たちの命が狙われているとでもいうの?」
「わからないけど鏡たちが聖也のオーラに血迷っているのをみると、恐らく、他の霊、特に地縛霊の類は、同じように反応してしまうと思うんだ」
「…」
赤星は桜海の言わんとすることを、じっと考えた。
『ごちゃごちゃ言ってないで、マサヤの全てを背負いなさいよ』
「わかった」
桜海は、命がけで赤星を守る決意をした。
「ああもう、わかった。美味しいもの作って待っているから」
「え?」
勘のいい赤星は、桜海の気負いを見抜いていた。
「俺、起爆剤にはなりたくないから」と、寂しそうに言った。
「ご、ごめん」
出かける桜海を玄関で見送る赤星は、
「一つだけ約束して。大げさかもしれないけど、必ず生きて帰ってきて」
と言った。
「わかった」
桜海は真面目な顔で頷いた。
「それから、怖くなっても逃げてきて。本当だったら、こんなの引き受けなくていいんだからさ」
赤星は桜海の身を案じた。
「うん。行ってきます」
『テンは果報者ね』
桜海が出かけた後で、タマコが呟いた。
「また、俺を庇って死んでもらっちゃ、堪ったもんじゃない」
タマコの存在をすっかり忘れて、赤星がひとりごちた。
『マサヤ! もしかして前世の記憶が戻ってきているんじゃ…』
桜海はせっかくのカモフラージュの提案を蹴ってしまったので、姿消しの術で、出社する社員に紛れて、渡良瀬引越しの事務所に潜入した。
根気よく人気がなくなるのを待って、桜海は2階の渡良瀬の自宅へ入って行った。
部屋は割りと片付いていて、人形もすぐに見つかった。
だが、高川の娘、なみが言っていた人形ではなかった。
桜海は、人形を念のため結界で囲んで持ち出した。
バタン。
「わっ!」
急に玄関の扉の開閉した音がして、赤星が驚きの声を上げた。
「ごめん。ただいま」
桜海が姿を現した。
「う~わ。2度びっくりだよ」
桜海は、苦笑いする赤星に詫びる代わりに、
「俺、泥棒には向かないや」と、ホッとしたように大きく息を吐いた。
「それが探していた人形なの?」
「違うと思う」
そう言いながら、2階へ上がる桜海に、赤星もついて上がった。
「渡良瀬さん」
『はい』
「あなたの部屋にあった人形は、なみちゃんが探している人形ではありませんでした。どういうことですか? あなたの罪とはいったい何なのですか?」
『…』
黙ったままの渡良瀬に痺れを切らした桜海が続けた。
「では、別の質問です。なみちゃんが、死ぬ前に遊んでいた場所は、奥の廃材置き場です。でも遺体発見現場は、事務所に近い廃材置き場でした。彼女が亡くなった場所を何故偽って届けたのですか?」
赤星は桜海の言葉しか聞く事ができないが、渡良瀬が居るであろう場所を凝視した。
『偽ってなどいません』
「そうですか。これは、俺の想像ですが、廃材をダンプから降ろした際になみちゃんを死なせてしまったのは、本当は、高川さんではありませんか?」
『違います』
「本当の事を話していただきたいのですが、仕方ありません。高川さんに聞いてみます」
『やめてください』
「どうしてですか? あなたの言う罪は何もないじゃないですか。あれは事故ですし況してやあなたが死なせたわけでもないとなれば尚更です」
『ですから、暴かれなかったと言ったでしょう』
「俺はそれを公表するつもりはないんです。ただ、あなたの遺体をどうすべきか、判断に困っているんですよ」
『なぜですか?』
「ヘタをすると、俺が殺人犯にされかねないからです」
『申し訳ありません』
「俺がそれを理解できなければ、彼らの罪を見逃すわけにはいきません」
『成り行きとはいえ、あなたを私の共犯者にしてしまったんですね』
「そういうことです」
『わかりました。お話します。実は、なみちゃんの気を引きたくて、高川には内緒で新しい人形をあげると言って会社に遊びに来るよう仕向けたのです。ただ、その日、学校から帰る時間がいつもより早かったようなのです。まさか廃材置き場で遊んでいたなんて…』
「あなたがなみちゃんを呼び出したせいだと?」
赤星は桜海の言葉から、渡良瀬の話の内容を推測しながら聞く。
『はい。なみちゃんの気を引こうとした私の浅はかな行動だけでなく、運んできた廃材の置き場を指示したのも私です』
「では事故の責任は全てあなたにあるとおっしゃるんですね」
『私のせいで、高川が愛娘を死なせてしまったという事実だけは、隠し通したいのです』
「では、この人形は…」
『渡せなかった人形です』
「そうですか」
桜海は、自分の手にある箱に入ったままの、黒髪のリカちゃん人形を見つめた。
「では、僕があなたとどう関わるか決めました」
「どうするの?」
渡良瀬よりも先に赤星が尋ねた。
「あなたから神式の葬儀を承った事にします。費用三十万円と墓地を高川さんに請求します」
『墓地ですか』
「墓地?」
赤星も不思議に感じた。
「あなたの亡き骸を最大の秘密とともになみちゃんのそばに葬るつもりです」
『ありがとうございます』
「上手くいくかな?」
赤星は心配してばかりだ。
「大丈夫だと思う」
桜海には、高川が断れないという確信めいたものがあった。
「いつ依頼を受けた事にする? 亡くなってからしか関わってないでしょ?」
赤星が心配するのも当然だ。
渡良瀬とは彼が亡くなってから知り合ったのだから。
「そこは追求されないと思う」
「どうして?」
「俺は、表向き、犯人を知らないことになっているから、いつ渡良瀬さんに依頼されたのか追求するのは薮蛇だろ?」
「遺骨を埋葬するだけ?」
「そゆこと」
桜海は、渡良瀬の遺体の結界を解いて言った。
「大鏡。渡良瀬さんの遺体を白骨化させられるか?」
すると大鏡から骨が次々放り出されてきた。
「うわ~。嘘みたい」
驚く赤星を尻目に、桜海は骨を拾った。
「後は、壺に入れて完了だ」
「今日は友引だから、明日だね」
赤星がスマホで調べて告げた。
翌朝。
「じゃあ、行ってくる」
神事専用の着物に袴を身に纏った桜海は、いつになく凛々しく見える。
「気をつけて」
若干心配顔の赤星だったが、桜海の正装した姿を見て少し安堵したようだ。
「うん」
「いってらっしゃい」
桜海は神主らしく、颯爽と出かけた。
桜海はタクシーで渡良瀬の会社にやってきた。
「引越の渡良瀬です…お世話になります…」
バタバタと忙しそうな事務所のドアを開けて、
「お邪魔します。恐れ入りますが、副社長にお目にかかりたいのですが…」
と声を掛けた。
電話中の事務員が桜海を見て会釈した。
その奥から、
「副社長は私ですが」と高川が出てきた。
「あ」
桜海は、奇遇な巡り合わせに驚く振りをした。
「あなたは…」
高川も桜海の事を覚えていたようだ。
「あなたが、渡良瀬さんが最も信頼している高川さん? ですか? 先だっては大変お世話になりました」
高川は笑顔を見せた。
だが、桜海の手の中にある骨壷を見て、表情を硬くした。
「ここではなんですから、こちらへどうぞ」
応接室へ通された桜海は、
「私は桜海神社の桜海と申します」
と挨拶し、骨壷をテーブルに置いた。
「高川です」
桜海は差し出された名刺を受け取り、懐にしまった。
「実は渡良瀬さんから異例の葬儀依頼を承り、神式の密葬を済ませました」
「社長が亡くなったのですか?」
桜海は、しらばっくれる高川に少しムカつきながら、
「はい。社長の生前のご事情については、私は一切詮索しない約束になっております」
と厳しい視線でニッコリと笑顔で告げた。
「…」
高川は押し黙った。
桜海は、静かに、
「葬儀の料金は三十万円です」と言った。
「わかりました」
渋々高川が了承した。
「あと、墓地ですが、最低二百万円から、こちらでご用意もできるのですが、故人のたっての希望で、高川さんが持っておられる墓地への埋葬を依頼されております」
「ウチの、ですか?」
「はい。お墓をお持ちなんですかね? 社長の渡良瀬さんは天涯孤独だそうで、恐らく、死後誰もお参りに来てくれないのは寂しいとお考えになったのだと思います。何か不都合な事がありますか?」
桜海は、高川が断れない理由を別のものに摩り替えて説得した。
「いえ。わかりました」
高川は少し考えて答えた。
「では、納骨させてください」
「今からですか?」
さすがに高川も驚いた。
「後日にされますか?」
「…」
「それから、これは死亡診断書です。こちらで、役所等の手続きをお願いします」
診断書には、死因を心不全と記されていた。
高川はそれを受け取り、内容を確認すると、
「では、ご案内します」と立ち上がった。
高川は金庫からお金を取り出し懐に入れると、桜海を軽トラックに乗せて出発した。
走り出してすぐに桜海が言い難そうに話した。
「もう一つ妙な依頼がございまして…」
「何ですか?」
「人形を一緒に納めて欲しいそうなんです」
「人形?」
「はい。金髪のリカちゃん人形だそうです。でも、どこにあるか、わからないのですが、ご存じないですか?」
「…娘の、人形でしょうか?」
少し戸惑いながら高川が言った。
「さあ。渡良瀬さんに似つかわしくない、よくわからない依頼なので、正直戸惑っています」
桜海は高川なみの為に、人形を一緒に埋葬しようと思っていた。
「社長は娘を大事にしてくれていましたから…」
「でも娘さんの人形がほしいなんて言ったら、娘さんが怒りますよね?」
桜海は、娘が亡くなっている事実を知らない振りで言った。
「…いえ。大丈夫です。自宅にありますので寄ってから行きます」
「そうですか。助かります」
桜海と高川は、高川家の墓に、骨壷とリカちゃん人形を納めた。
そして、桜海は真言を唱えた。
「では、葬儀料をいただけますか?」
「はい。でもその前に一つお聞きしていいですか?」
高川の言葉に桜海は少し動揺した。
「はい。何でしょう?」
だが、平然と振舞った。
「社長は心不全で亡くなったのですか?」
桜海が山神に頼んで偽の死亡診断書を作ってもらったのだから、事実とは程遠い内容になっている。
「そういうことにしてほしいと依頼されています。会社の存続に悪い影響を及ぼさないためだそうです」
「そうですか…」
「私は、葬儀を承っただけですので、それ以上は詮索無用と考えております」
高川は桜海が必要以上の詮索をしたくなるような言動をしない方が無難だと判断し、ポケットから封紙で束ねられた一万円札を一束取り出し、桜海に差し出した。
「社長の葬儀代がたったの三十万円では、恥ずかしいですから」
桜海はお金を受け取り、その場で領収書を切った。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
高川が丁寧に頭を下げた。
墓地のそばで、リカちゃん人形を抱いて嬉しそうななみちゃんが、桜海に手を振り、傍らで、にこやかな渡良瀬が立っていた。
桜海は、何やら感慨深そうに墓石に向かって手を合わせる高川を残し、静かにその場を辞したのだった。
「ただいま」
元気な桜海の姿を見て、にこやかに赤星が出迎える。
「おかえりなさい」
「報酬」
桜海は受け取ったお金を赤星に渡した。
「わ。百万円? 凄い」
桜海が提示していたよりも沢山の金額に、赤星は喜んだ。
「口座に入れといて」
「ラジャ」
しかし桜海の表情がどこか悲しげな事に赤星は気付いた。
「うん? どうかした?」
「う…ん。隠し切れなかったのかも…」
桜海は神事の衣装を脱ぎながら言った。
「最大の秘密?」
赤星は衣装を受け取り、エモン掛けに広げた。
「うん」
「高川さんが気付いていたってこと?」
赤星は桜海の作務衣を渡した。
「多分、怒りに任せて渡良瀬さんを殺害した後にね」
桜海は肌襦袢を脱いで作務衣に袖を通した。
「どうしてそう思うの?」
肌襦袢を受け取った赤星は、桜海の足元を指差した。
「なみちゃんの探していた人形、高川さんが持っていたんだ」
桜海は椅子に座って足袋を脱いで赤星に渡した。
「そうなんだ」
赤星は洗濯物を風呂場の側の洗濯籠に入れた。
「唯一の救いは、亡くなった二人とも、喜んでくれたって事だけ」
赤星は、疲れた顔をして座っている桜海を振り返った。
「良かったじゃない。それに、神事の衣装も似合ってたし」
赤星に褒められて、はにかむ桜海を見て、
『気持ち悪い』とタマコが仰け反った。




