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26 前世と現世と宝物

「上の物置部屋だけど、すごく埃だらけだから、掃除した方がいいよね?」

 赤星が食後の後片付けをしながら、桜海に尋ねた。

「いや、いい」

「え? しなくていいの?」

 赤星は半ば呆れたように確認した。

「俺にもよくわからない物が置いてあるから、むやみに近づかない方がいい」

 桜海は面倒くさそうに説明した。

「でも、掃除するだけだよ?」

 赤星が不思議そうに言った。

「そんなに掃除したいんだ?」

 桜海は赤星が職務に忠実なんだと思い、微笑んだ。

 しかし、赤星は呆れ顔で、

「掃除が好きなわけじゃないけど、時々埃が廊下に零れてくるっていうか掃除、しても、しても廊下が汚れるっていうか…」

と、状況をブツクサと伝えた。

「うん?」

 桜海は、階段の上がり口で、

「扉、無かったかな」と、2階を仰ぎ見た。

「扉があるの?」

 片づけを終えた赤星も一緒になって2階を見上げた。

「仕方ない。見てみる」

 桜海がそういうので、赤星も一緒について上がった。

「こんな、開けっぴろげだったかな?」

 物置の入り口をキョロキョロと見回す桜海に、

「うん。ずっとこの状態だよ。少なくとも俺がここに来てからずっと」

 赤星はウンザリした気分を込めて言った。

 赤星の言葉を背中で聞きながら、開けっ放しになっている物置部屋の扉を探した。

「おかしいな。確か、扉があったはずなんだけど、見当たらない」

「扉が消えたの?」

 赤星も部屋の中を覗きこんで、扉らしきものがないか見回した。

「しっかし、埃、凄いな」

 赤星から聞いての想像をはるかに超えていた。

「でしょ? こんな埃、見たことなかったよ。これが、廊下にあふれだしてくるんだ。きりが無くてさ」

 赤星の溜息の理由に納得顔で、

「仕方ない。今度、掃除しとく」

と言って桜海は、いつものパトロールに出かけた。


「今度って、いつだろね。タマコさん、掃除は俺の仕事だよね?」

『そうかもね』

 赤星は、タマコの返事を聞くことができないとわかっていても、つい話しかけてしまう。

 そして、桜海に掃除をさせるわけにはいかないと思った赤星は掃除用具を準備した。

「何が置いてあるんだろ」

 赤星は一人で、物置の掃除を始めた。

 箒とちりとりで、部屋の入り口から埃を取り除いては、ゴミ袋に入れる作業に専念していた。

『へえ、可愛いのがやってきた』

 自分の存在を、物置の物たちが気に留めているとも知らず、赤星は黙々と掃除を続けていた。

『おやおや、綺麗な子じゃない。もう少しこっちに来ないかしら』

 入って2番目に置いてある本性の鏡が言った。

『これは、俺が先に目を付けたんだぞ』

 入り口の大鏡が文句を言った。

『あなたたち、私も可愛いのが欲しいんだからぁん』

 3番目に置いてある魔性の鏡がお色気タップリに舌なめずりした。

『最初に、わてらの誰に触るか、楽しみや』

 一番奥の、小さな鏡が思惑ありげに呟いた。

「うわ~。床って、こんな綺麗な模様だったんだ」

 物置中の物たちが、赤星を取り合うような恐ろしい会話をしていることを当人は知らない。

 タマコは黙って赤星の背中と服の間に滑り降りた。

「あっ。何か、嫌な感じだ」

 赤星はなにやら悪寒を感じて、掃除を中断した。

『なかなか勘がいいようだ』

『益々、欲しくなるわね』

 タマコはホッと胸をなで下ろした。


「もう3時過ぎたのに、何かあったのかな」

 いつもの時間に桜海が帰ってこないので、赤星は不安になった。

「タマコさん、テンは大丈夫かな?」

 帰りの遅い桜海を心配する赤星に、タマコは、

『心配なのは、あなたの方なんだけど』

と溜息を吐いた。

 そんなタマコの気疲れを余所に、赤星はゆっくりお茶の準備を始め、窓の外を見やった。

『マサヤの悪寒のツボを押して、危険を知らせるしかないわね』

 タマコは赤星を守る秘訣を一つ得たようだ。


 三十分ほど経って、桜海が帰宅した。

「ごめん。遅くなった」

 少し疲れた表情の桜海を気遣って、

「おかえり。お茶冷めちゃったよ。煎れなおそうか」

と赤星が言った。

「いや。頂きます」

 桜海は、テーブルの上のお茶と和菓子を頬張った。

「遠くまで行っていたの?」

 桜海はお茶を啜って、

「ちょっと、実家に」と言った。

「実家?」

 赤星は目を丸くした。

「ああ、うん」

「え? じゃここは?」

 それ以外にも聞きたい事が沢山出てきそうな赤星の瞳に、

「…食べてからね」と桜海がブレーキを掛けた。

「あ、はい…」

 赤星は(はや)る気持ちを抑えた。

 桜海のことを何も知らないと今更ながら気付いた。

「なんで今まで、考えなかったんだろう…」


 少し遅めのおやつを済ませた桜海(おうみ)は、赤星(あかぼし)を自室に呼んだ。

「実家に、じいちゃんのコレクション図鑑があったと思って、取りに行ったんだ」

 そう言って桜海は、古いアルバムのようなノートを見せた。

「物置部屋にある品物について載ってるの?」

 赤星は桜海から渡されたノートをパラパラと捲ってみた。

「そう。癖のある物ばかりだから」

 赤星は手にしたノートを一旦閉じた。

「俺、桜海さんのこと、何も知らない」

赤星は寂しそうな、不貞腐れたような表情で呟いた。

「うん? それは、俺も同じ」

「え?」

「お互い、必要に応じてしか、自分のことを明かしてないよね」

「実家って、お父さんやお母さんが居るってこと?」

 当然といえば当然なのだろうが、赤星は、姉と祖父の存在しか知らないままで、今まで疑問を持たなかったことを自分でも不思議に思いながら尋ねた。

「まあね」

 桜海は軽くため息を吐いた。

「じゃあ、ここは、神社はどうしてテンが管理しているの?」

 赤星は今まで、神社が桜海の家だと信じて疑った事など無かった。

「じいちゃんの後を継いだから」

「お父さんは後を継がなかったの?」

 代々神主なら、両親も一緒に生活しているのが当然に思える。

「うん。じいちゃん曰く、才能が無かったから」

 桜海が類稀な才能の持ち主であることは、恐らく家族の次によくわかっていると赤星は思った。

「そうなんだ。ご両親と一緒に生活していないのは、最近後継者になったから?」

「いや。俺が物心ついたときはもう、ここに居た」

「え? じゃあ、おじいさんに育てられたってこと?」

「修行させられたっていう方がしっくりくるかも」

『ハックション…ワシの噂か?』

 桜海は二人の話を聞きつけてきた祖父を視線で制した。

「何だか凄いね」

「さて、キミはどうなんだ?」

『まあ、テンったら、不憫な子供だったのね』

 タマコの声に桜海は赤星の肩口へと視線を泳がせた。

「ちょっと、まだ聞きたい事がある。ご両親は何をしてる人?」

 赤星は桜海への興味を押えきれない。

「親は銀行員だった。もう大分前に定年退職したと思う。俺は親が歳をとってから、ひょっこり生まれた3男で、家族から疎外されている」

「疎外?」

『英才教育じゃ』

 一多(いちた)が訂正した。

「変な能力があるから」

 桜海は一多の言葉は伝えず、溜息を吐いた。

「何が変な能力だよ。俺に比べたらよっぽどいい能力じゃん」

 少し憤慨する赤星を桜海は両手で宥めた。

「じいちゃんは、十年くらい前に亡くなった」

「じゃあ、十年くらい一人暮らしなんだ」

『何を言う。今も一緒に居るじゃないか』

「そう。まあ、姉ちゃんが色々助けてくれたから何とかなった」

(あや)だけは、ワシと(たかし)を理解しておったからの』

「3男、てことは、2人のお兄さんたちは…?」

赤星は桜海の兄弟にも関心を持った。

「歳の差が二十近くあるし、俺が隔離されてから、全然付き合いが無い。多分俺の顔も知らないかもしれない。こっちもそうだから」

「おじいさんとお姉さん以外は、遠い存在だね」

 大体、気になったことは聞き終えた様子の赤星に、

「そ。で、そっちは?」と桜海が尋ねた。


『そうよね。この子の事も謎だわ』

 タマコの言葉に一多も頷く。

「俺は一人っ子。父親は商社マン。母親はいない」

「いない? 亡くなったの?」

 桜海は話題に一切出てこない赤星の母親については、以前から気になっていたのだ。

「さあ」

 赤星は首を竦めた。

「さあって…」

「父さんが言うには、俺と父さんは母さんに捨てられてしまったらしい」

 赤星は首を竦めた。

「離婚したってこと?」

 桜海が遠慮がちに尋ねた。

「わからない。詳しく聞こうとしたら、今はまだ、話したくないって、父さんが言うから、俺も聞けなくてそのままになってる」

「そうか…」

「俺、母さんの記憶、あまり残ってない。気付いたら父さんしかいなくてさ」

「お互い男手で育てられたって感じだね」

 桜海はそれぞれの生い立ちを大まかに捉えて言った。

「だから俺、家事はまあまあ得意」

 赤星は苦笑いした。

「そこはちょっと違うけど…」

 桜海はあさっての方向を見ながら頭を掻いた。

『礼には世話を焼かせたものじゃ』

 一多がしみじみと言った。

「うるせ」

 (たかし)は思わず一多(いちた)に言ってしまった。

「誰?」

 桜海が別の方向を見て言ったので、赤星は誰か居ると判断した。

「エロジイ」

『失礼な』

「そっか。現在(いま)もいらっしゃるんだよね? ここに?」

 桜海が頷いた。

『そのとおり』

「この世に未練たらたらなんだ」

 桜海が苦笑いしながら言った。

『違うわ!』

「おじいさんは、心残りな事があるんだね」

 赤星は心配そうに言った。

「エロいだけかも」

 呆れ顔で桜海が言ったが、赤星は、

「エロいのは否定しないけど、それだけかな?」と、首を捻った。

『覚醒させるぞ』

「触るな」

 桜海は唸った。

「そうだ。なんで俺に触るんだろう?」

「どうしてかってさ」

『天、お前も薄々気付いておるじゃろう?』

「何を」

『彼女の想いじゃ。ああ、お前にはまだわからんかもしれんな』

『そうね。テンはまだ子供だもの』

「何ておっしゃってる?」

 一多とタマコの声が聞こえない赤星が堪らず尋ねた。

「俺にはまだわからないことらしい」

 桜海は不貞腐れた。

「桜海さんには、わからないこと?」

 赤星は、キョトンと桜海の顔を見つめた。

「俺がまだ子供だからってさ」

「四捨五入したら三十歳とかでも、まだ子供なの?」

『お前には女心がわからんようじゃからな』

 少し呆れたように言う一多にタマコも、

『ほんと』と同調した。

「なんでそこで、女心なんだよ」

 桜海には二人の言わんとすることが理解できなかった。

「女心?」

 赤星には益々チンプンカンプンだ。

「やめた。話が脱線し過ぎだ」

 桜海が物置の事を思い起こして言うと、互いの家族についてアラマシ聞けたので、話題を元に戻す事に賛同し、

「そうだった。物置の財宝のことだった」と手に持っていたノートを見つめた。

「財宝なわけないし」

 桜海は頬を引きつらせた。

『れっきとした財宝じゃ』

「さて、要らないものは処分しよう」

 桜海の言葉に一多は目くじらを立てた。

『捨てるのは危険なのじゃ』

 一多が腕組みし、渋い顔で云った。

 桜海の言葉を聞いて赤星は慌てた。

「俺、掃除するって言っただけで、何も捨てるなんて…」

『やはり、こやつは只者じゃないのぉ』

 一多が腕組みしたまま嬉しそうに頷いた。

 赤星はアルバムのようなノートを開いてじっくり内容を見た。

「何だか、凄い代物ばかりなんだね。物置で埃を被っているから、こんなに貴重な品物とは思わなかった」

 赤星はノートを丁寧にめくってひとつひとつ目を通した。

「魔法のランプならぬ、魔法の壺とか、魔性の鏡とか、悪魔の鎧とか。禍々しい類の物ばかりさ」

 桜海は写真よりも、現物を知っているので、ノートは赤星に好きに見させた。

「これは?」

 赤星が一つの鏡を指差した。

「それは、本性を映すといわれる鏡。鏡の類は沢山あるみたい」

 桜海は写真をチラッと見て言った。

「へえ。さっきは、鏡があるようには見えなかったけど」

 赤星は物置の床の模様を思い起こしながら呟いた。

「さっきって?」

 桜海が赤星の言葉尻を捉えて訊ねた。

「あ、ちょっと掃除を…」

「あ? 勝手に入ったのか?」

 珍しく桜海が険しい顔で言ったので、赤星は少し身体を引き締めながら尋ねた。

「え? 入っちゃダメなの?」

「何ともないか?」

 あまりに真剣な表情で尋ねる桜海に、

「別に何も? 何か悪寒がして、中止したし」

と赤星がたどたどしく答えた。

『私が中断させたの』

 タマコの声を聞いて桜海は、は~っと安堵の息を吐いた。


「仕方ないな」

 そう言って、2階に上がっていく桜海の後から、赤星も上がっていく。

「うわ~。ほんと埃があふれているな」

 あまりにすごい埃に、桜海は呆れた。

 だが、続いて上がってきた赤星は驚きの余り、

「そんなバカな。さっきかなり集めて捨てたのに!」と叫んだ。

 物置部屋の前の廊下にこんもりと埃が転がっている。まるで砂場の砂が崩れてくるみたいに、部屋の中から廊下へ零れていた。

「信じられない。俺の努力の跡が消えてる」

 赤星は廊下で呆然と誇りの山を見つめた。

「あの鏡が原因だな」

 桜海は呟きながら物置の中に入っていった。

「大丈夫?」

 赤星は心配そうに様子を見守る。

『あんたじゃなくて、「可愛いの」にきて欲しいんだがな』

「なんだと」

 桜海は、大きな衝立のような鏡を睨んだ。

 赤星は、桜海の発した言葉が自分に向けられたのかと、一瞬、びくついた。

『あんたを映すのは、何年ぶりかしらね。さっさとどっか行ってくれないかしら』

 魔性の鏡が言った。

「やかましい。隣の鏡に用があるんだ。黙ってろ」

 どうやら、自分に向けられた言葉じゃないと気付いた赤星はホッとしながら、桜海を見守る。

 桜海は、入り口から、大鏡、本性、魔性の前を順に通り、一番奥の鏡を見た。

『隣とは、おいらのことかいな?』

「そのとおり。何で、埃を作ってんだ?」

『長年、おいらが映してるのは埃だけやで。もう飽きた』

「捨ててやる」

 桜海がそう言った途端、小さな鏡が、埃を噴射してきた。

「わっ」

 桜海は堪らず結界を張り防御した。

 だが、鏡は埃を飛ばし続ける。

 その様子を見て赤星は、箒と塵取りと、ゴミ袋を用意した。

『いいぞ、小童(こわっぱ)

『あの子、早く来ないかしら』

 手薬煉(てぐすね)引いて待つ鏡たちの声など聞こえない赤星は、ひたすら埃を集めてゴミ袋に詰め込んだ。

『いやですわ。ただでさえ、磨いてもらってないのに、益々汚れてしまいますわ』

 愚痴なのにやけに色っぽく魔性の鏡が言った。

 桜海は、小童と呼ばれる小さな鏡を結界で囲んだ。

『こら、消すなよ』

 それまで黙って様子を見ていた一多は慌てた。

「うるせ~ジジイ」

『こやつには恩があるんじゃ』

 一多は桜海と小童(こわっぱ)の間に立ちはだかった。

「ちっ。わかったよ」

『うわっぷ、うわっぷ』

 小童鏡は自分が作った埃で満杯になった結界の中で大人しくなった。

 とりあえず新しく埃が増えるのを押えられた。

「やれやれ」

『そりゃ、わしの台詞じゃわい』

 一多は安堵のため息を吐いた。

 ほっとして振り返った桜海の目に、本性を映す鏡と向き合う赤星の姿が映った。

「赤星!」

「桜海さん…? これ、鏡?」

 桜海は、つい、鏡に映った赤星の本性の姿を見ようとして、自分も鏡に映りこんでしまった。

「出よう」

「あ、何か、でも…」

「見るな」

 桜海は、赤星を無理やり物置から連れ出した。

『おやおや。これが、あんたの本性でしょ? 隠すことないじゃない。この女が欲しくて堪らないんでしょ』

 本性の鏡は、不機嫌だ。

「やめろ!」

 いつになく声を荒げた桜海に、

「桜海さん?」

と赤星が驚いた。


「鏡で、何を、見た?」

 桜海は赤星が自分の本性を見ていない事を願いながら尋ねた。

「あれ、鏡なの? 俺、綺麗な女の人だった。おかしいよね?」

 赤星は、目に映った姿を、事実とは認めがたい様子だ。

「それだけ?」

「桜海さんが鏡の中では…」

 赤星はふと、夢の中に出てきた、護衛の兵士を思い出した。

「うそ…」

 そして、自分が夢で見た兵士が、桜海の本性なのだとすると、赤星の見たのは前世の自分の姿という事になる。

「嘘?」

 桜海は恐る恐る赤星に尋ねた。

「そんな…」

 しかも、自分を守って死んでしまった兵士こそ、現世の桜海であり、桜海の前世の記憶とも一致するのだった。

「ごめん。俺、そんなに醜い姿だった?」

 赤星は首を横に振って否定し、ゆっくりと桜海の瞳を見つめた。

「あんまり映ってなかった。そもそも、あの女の人は誰なんだ?」

 現在の赤星にとって、自分の本性が女性だなどとは思えないのだ。

 赤星の本性に前世の姿が映るということは、彼もまた実は前世を引き摺って現世を生きているという事になる。

 だが彼には、前世の記憶がないらしく、桜海は戸惑っていた。

「あれは曰く付きの鏡だから、気にしなくていいよ」

『嘘をつくな』

 天は一多の声を無視した。

 2階から下りてきた2人は、それぞれいつものように、料理をしたり、風呂を沸かしたりしているが、ずっと黙ったままだ。


 桜海は、鏡の中で、愛する人を抱きしめ口づけていた。

『鏡に図星刺されて、後ろめたいのか?』

 桜海はチラッと声のした一多の方を見たが、すぐに俯いてしまう。

『男なら当たり前のことじゃ。それに、しかと鏡を見たのか?』

 桜海は、祖父を仰ぎ見た。

『相手が嫌がっておったか?』

 桜海は、夕食の準備をする赤星の背中を見つめた。

『まあアレは、あくまで遠い前世のお前たちだ。今を生きる事を考えるべきじゃないのか?』

 一多の言葉に少し救われた桜海だった。

 だが、前世からずっと求め愛し続けている桜海の気持ちを、現世に生きる赤星がどう思ったのか、今の桜海にとっては、その方が心配だった。

 しかし、いい意味で桜海の予想を裏切って、赤星は食事の間も特に言葉を交わさなくても、機嫌がいいようだった。

『よかったわね』

 タマコは赤星の肩から、向かい側の桜海に囁いた。

 桜海はチラッとタマコに視線を移したが、すぐに赤星を見つめた。

「どうかした?」

 桜海の視線に気付いた赤星が柔らかく笑みを浮かべた。

「い、いや。あのさ、赤星は前世の記憶とか、何かある?」

 桜海は赤星のオーラにドキマギしながら聞くつもりもなかったことを口にしていた。

「前世?」

「…うん」

「最近、夢は見るけど、それが、ただの夢なのか前世の記憶なのかわからないんだ」

 赤星は、本性の鏡によって確信しながらも、半信半疑そうに言った。

「夢? どんな?」

「う~ん。何だが辻褄(つじつま)が合わないから、話すのはちょっと無理」

 赤星は夢の内容を語るのを躊躇した。

「ふーん」

「桜海さんは、前世の記憶があるんだよね?」

「まあ」

「どんな記憶?」

 赤星が遠慮がちに尋ねた。

「俺も、ちょっと…」

 桜海は生まれ変わりとはいえ本人を目の前に、しかも前世において告白できなかった想いを、今、語るのは遠慮したい。

 だが、そんな桜海の気を知らず、赤星が尋ねる。

「あれでしょ? 昔好きだったお姫様の事だよね?」

「…」

 前世の記憶があるが故に、前世の想いを現世にまで、引き摺っていることに桜海自身も戸惑いを感じているのだ。

「俺の前世がそのお姫様って、本当?」

 桜海は小さく頷いてから、視線を泳がせた。

その先には黙ってニヤニヤしている祖父、一多の霊が居た。

『照れてる。おっかしいの!』

 桜海は、タマコにまでからかわれて、不貞腐れた。

「どんなお姫様だったんだろう」

 女心どころか、自分が女性だったこと自体、今の赤星には想像もできない。時空を越えて愛されている前世の自分とは、一体どんな人間だったのか。

「鏡で見たんだろ? 覚えてない?」

 無駄だと知りつつ桜海が尋ねた。

「うん。鏡に綺麗な女の人が映ってたけど、それが自分だなんて、覚えてなんかないよ」

「そう…」

 桜海は、自分ばかりが記憶を留めているのだと再確認させられ、がっかりしたというより、虚しかった。

 何となく、それを感じ取った赤星はとりあえず、

「ごめん」と謝った。

「いや。俺も、(こだわ)るのはやめないといけないよな。俺は、姫の命を守って死んだ。それだけだし」

 秘めた想いを語らず、事実だけを語ると尚更虚しくなる。

「え? じゃあ、前世では、お姫様の何だったの?」

「家臣だね。俺が死んだ後、彼女が幸せになったのかどうか気にはなるけど、それも遠い過去の話」

「そう、だよね」

 前世の記憶を取り戻したいのか、戻したくないのか、自分でも迷う赤星だった。

「そう。今は、現在(いま)

 ただ赤星は、桜海が遠い目をして言った言葉に、ショックを受けた。

 それが、何故、ショックなのか、本人にもよくわからなかった。

 ただ、心の奥のどこかが、悲しんでいた。

 本性を映す鏡で、これ以上赤星の前世の記憶が呼び覚まされるのは良くないと考えた桜海は、

「しばらく埃は積もらないと思うから、物置は出入り禁止な」と、告げた。

「う…ん」

「どうした?」

「いや、何でもない」

 しかし宝物たちは、お目当ての赤星をいかにして手に入れるか、静かに相談して、チャンスを窺うのだった。

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