24 蛇の痣
「おはよう。寒いね」
朝の挨拶を震えながら言う赤星を見て、桜海がにこやかに、
「おはよう。今朝はだいぶ暖かいよ」
と返事した。
「そうかなぁ」
赤星は自分の両手に息を吹きかけた。
「そうそ。もう、三月だし」
「まだ、寒いよぉ」
手を擦り合わせて暖めようとする赤星の横で、
「何か、腕が痒くなってきたから、そろそろ春だよ」
と、桜海は自分の左腕を擦りながら言った。
「春になると、痒くなるの?」
赤星は朝食をテーブルに並べながら尋ねた。
「この辺に、痣があるんだ」
桜海は、袖をめくって左の二の腕を赤星に見せた。
『あら。ホント』
タマコが赤星の肩の上から見下ろした。
「特に何も無いように見えるけど?」
赤星が正直に言うと、桜海は少しがっかりした顔で、袖を元に戻し、食事を始めた。
赤星も席について朝食を食べ始めた。
「春になると見えない痣が痒くなるってこと?」
赤星に訊かれたので、桜海は一口お茶を飲んでから、
「蛇なんだ」
と答えた。
「え? どういうこと?」
痒くなる痣について尋ねた赤星はそれが答えとは考えにくかった。
「だから、俺の腕に蛇が棲んでいるんだ」
いろんなことに慣れてきた赤星だったが、さすがに、目を丸くして、桜海の左腕を見つめた。
「痣じゃなくて、蛇なの?」
赤星は確認しながらも桜海の言っている内容がイマイチ呑み込めていない。
「冬の間は痣で、春になると蛇になってどこかに行くんだけど、秋になると戻ってくるんだ」
桜海は面倒くさそうに言ってのけると、ご飯を口いっぱいに詰め込んだ。
「不思議だね。赤ん坊の時から居るの?」
赤星の問いかけに、桜海は首を横に振った。
「じゃあ、いつから?」
桜海は、指で伝える。
「7歳から?」
指を出し直す桜海。
「8歳? はっきり覚えてないとか…」
頷く桜海。
桜海の性格がわかっている赤星は納得顔だ。
『テンってば、いろいろ謎な面を持っているのね』
タマコも驚いていた。
「そっか。つまり季節の腕時計を持っているわけね」
何やら愉しそうな赤星に、
「ごちそうさま」
と言うと、桜海は腕を擦りながら庭に出た。
「寒いけど、もう、春が来たんだな」
見えない腕の痣だった蛇が、立体的に盛り上がり、その身体をくねらせた。
もし、蛇が腕から顔を出したり、腕に潜ったりするのが目に見えたら、桜海は完全に見世物になっていたに違いない。
「俺の腕でウニョウニョすんなよ」
桜海が言うと、ワザと身体をくねらせたり、腕周りをグルグルと回ったりした。
「早く出て行け、クッ…」
蛇が腕から抜けると何故か軽い痛みのようなものが走る。
「あっ?」
折角抜け出た蛇がまた腕に戻った。
そして、腕の中に潜ると、桜海の体中を泳ぎ始めた。
「ヤメロッ。ああ…」
ひとり庭先でアタフタもがいている桜海に、
「どうしたの?」
と赤星が尋ねた。
「もう早く出て行けよ~」
と唸りながら桜海は自分の身体のアチコチを擦った。
「傍から見たら完全におかしな人にしか見えないよ!」
桜海は、呆れる赤星を横目で睨みながら、
「だから俺、子供の頃から、変なヤツ呼ばわりさ」
と拗ねた。
「そうだろうね」
笑いを堪えながら言う赤星に、
「他人事だと思って~」
と、恨めしそうに桜海が言った。
「ああ、ゴメンゴメン。何でまた、そんな事になったの?」
赤星は拗ねる桜海を宥めるように尋ねた。
「魔法の壺に、宝物を隠して後日取り出そうとしたら、蛇が張り付いたんだ」
「宝物?」
話の内容のうちの〔宝物〕に目を付けると思わなかった桜海は、
「う…ん」
と、気まずそうに頷いた。
その表情から、きっと碌な物じゃないのだろうと踏んだ赤星は、
「どんな宝物だったかは敢えて聞かないでおくよ」
と、肩を竦めた。
「アウッ」
蛇がいきなり腕から勢い良く抜け出したので、桜海は腕を押えて蹲った。
「大丈夫?」
『シュシュシュ…』
蛇が桜海の周りを回ってから、桜海を心配して駆け寄ろうとした赤星のオーラを掠め取った。
「うわっ?」
見えない蛇の煽りを受けた赤星が驚きの声を上げた。
「こんにゃろ」
桜海は、赤星を結界で保護した。
それを見た蛇は諦めて、どこかへ旅立った。
「もう戻ってくるな」
桜海は空に向かって叫んで、赤星の結界を解いた。
「ふう。何だか、窮屈だった」
「え?」
桜海は、赤星の言葉に驚いた。
「何かした?」
「うん。蛇がトグロ巻きそうだったから、聖也を結界で守った」
「結界って狭いんだね」
「…」
桜海は、赤星の持つオーラの微妙な変化に気付いた。
「どうかした?」
「いやぁ、春が来たなぁと思ってさ」
桜海は輝きを増した赤星のオーラから目を逸らした。
「まだ、寒いよ」
赤星は寒そうに身体を擦り、桜海は蛇が出て行った腕を擦った。
end




