表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/51

2 赤星との出会い

独断と偏見キャスティング(敬称略)


桜海 天:大野 智

赤星聖也:二宮和也

 大勢の人が行き交う街の中。

 桜海はいつものようにのんびりと歩いていた。

 そう。

 いつものように神社の神域に気の乱れがないか、テリトリー内に地縛霊が蔓延っていないか見回っていた。

 ただ、周りの人間から見れば、その様子はちょっと変わっている。

 夕刻だというのに家路へと急ぐ人々とは明らかに違う足取りだ。

 まるで、何か落し物を探しているような感じの時もあれば、誰かを探しているように思える時もある。

 たまに、誰もいないのに話しかけるような言葉をボソボソと呟く。

 ほとんどの通行人は彼に気付かないか、気に掛けない。

 多分、彼の様子を観察していたとしたら、迷わずお近づきにならないという選択をするに違いない。

 だが桜海は、周りの人間からどう見られどう思われるかなどあまり気にせず、ひたすら神社のテリトリー保全のために動いていた。

 そんな桜海の目に、道を渡ろうとする人の姿が映った。


 またか、と赤星(あかぼし)は思った。

 何故だか分からないが幼少の頃からずっと、彼は目には見えない何かに色々な影響を受けてきた。

 まさに今も、ただ渡ろうとしただけの道の真ん中で、何かが足を掴んで動けなくなっていた。

 そして彼の目には近づいてくる回送バスが大きく映っていた。

 バスの運転手は、夕刻のラッシュ対応のため始発地点への回送を急いでいて少しスピードを上げていた。

 そこへ赤星が道を渡ろうと飛び出したようなものだった。

 それでも運転手の予想ではその地点に到達するまでには人が渡りきるはずだった。

 ところが途中で立ち止まってしまったため慌てて急ブレーキをかけた。

 キキキキキーッ。

 運転手が人を轢いてしまったかと恐る恐る顔をあげると、ギリギリ避けたらしく、道端に折り重なるように二人の人間が倒れていた。


「大丈夫ですか?」

 心配そうに運転席から降りてきて声をかけた。

「ああ、多分。大丈夫です」

 赤星の下敷きになっている桜海(おうみ)がひょいと顔を上げて、のんびりした口調で言った。

「どうしましょう」

 不安そうな運転手に、

「別にぶつかってないので、あなたに責任はありませんよ」

と、桜海が言った。

「そうですか。ありがとうございます。それでは失礼します」

 運転手は小さく頭を下げて挨拶すると、バスを走らせて行った。


「なんで勝手に大丈夫なんて言うんだよ」

 赤星は桜海の上に倒れこんでいるのだから、ひどい怪我をするはずはないのだが、恐怖や驚きや安堵が入り混じってお礼よりも先に文句を言ってしまった。

 そして桜海の顔をまともに見もしないで立ち上がってパンパンと膝辺りの土を落とし、

「とりあえず、ありがとう」

と言ったのだ。


 そんな赤星を桜海は路肩に座ったまま下から見上げて言った。

「これはこれは、高貴なお姫様だ…」


 赤星は桜海を睨んだ。


「あっ、いや、その…」

 赤星の視線に怯みながら立ち上がろうとした桜海は、何かに足をとられそうになる。

「あ? こら。ったく」

 桜海は自分の足元に向かって小声で叱咤し、振り祓って立ち上がった。


「何?」

「ああ、いや、なんでもない」


 赤星は桜海を見つめる。


 二人の間に無言の疑問符?が飛び交う。


 赤星は今まで誰に言っても信じてもらえなかった事を初めて出会った彼に話してみようかと考えたが、結局、今までの経験から言葉が出ない。

 赤星の胸には、今後も、不思議な現象に悩まされ続ける不安が広がっていた。

 そして、その不安な気持ちは言葉にしなくても、桜海には伝わっていた。


「仕方ないな」

 桜海はそう言って、赤星の肩をポンと叩くような仕草で、目には見えない印を置いた。

「じゃ、気をつけて、お姫様」

 桜海は執事のように綺麗なおじ儀をして、その場から立ち去って行った。


「俺は、男だっつーの!」

 遠ざかっていく桜海の背中に向かって叫けぶ赤星の肩の上では、小さなもののけ『タマコ』が笑っていた。



 大学生の赤星(あかぼし)は、桜海(おうみ)に出会った日、正確には桜海と分かれて以降の変化に気付いていた。

 それは桜海の仕掛けたタマコのお蔭なのだが、赤星には見えないし、そもそも仕掛けられていることも知らなかったので不思議でならなかった。

 一般的には見えない存在、もののけのタマコ。手の平サイズの小人で、銀色の髪の毛が異常に多くそして長いため、後ろ姿は毛玉のような感じだ。

 彼女の魔力もしくは妖力によって、赤星に降りかかる不思議な影響を封じることができるのだ。


 大学の桜並木。

 赤星は、ある木の前だけ何も無いはずなのに今まで何度も躓いていた。

 だからいつもは、その場所を避けて通っていたのだが、物は試しと、わざわざ通ってみた。

 何故か普通に歩けてしまう。

 タマコが封じていて躓かないのだが、その事をわかっていないので、いつもと違うということは、赤星にとって嬉しい一方で不可解なのだった。

「あれ? おかしいな」

 赤星は同じ場所を行ったり来たりして、何度も確かめてみた。


 そんな赤星の背後から白衣を着た男性が声を掛けてきた。

「どうかしたのかね?」

「吉田先生?」

 生物学の講師だ。

「さっきから、同じ場所でうろうろしているだろう?」


 何も後ろめたい事など無いのだが、つい、赤星は逃げを決め込んだ。

「いえ、別に、大した事じゃないんで…失礼します」

 挨拶して去ろうとした赤星の肩を吉田が掴んで引き止めた。

 肩に乗っかっているタマコは仰天した。

 残念だが、人間の行為を封じる事は出来ない。


「君は何か知っているんじゃないのか?」

「へ?」

「来なさい」

 吉田は赤星を強引に校舎の陰に引き連れて行った。

 タマコが赤星の危険を察知して、普通の人間には聞こえない声で叫んだ。


『ピィィィィ…』

 タマコの声は夕方の空を貫いて桜海の耳に届いた。

「うん? タマコの声だ」

 桜海は足早にタマコの元へと急いだ。

「ちょっと先に行って、何とかしといてくれる?」

 そう言いながら桜海はポケットから取り出した物を空へ投げ上げた。



 校舎の陰。

 赤星の身体を壁に押し付ける吉田は、

「君は何を見たんだ?」

と、鬼気迫る表情で言った。

 赤星はそんな吉田の狂気に怯えた。

 タマコも赤星の肩で震えている。

「何も、見てません」

 逃げだす赤星を吉田が捕まえようとした瞬間、桜海の投げた、もののけの起こした強い突風がその手を妨げた。

 赤星はその隙に走り出した。


 背後から吉田の、

「待て」

という声がした。

 どうやら追って来るつもりのようだ。

 赤星は夢中で駆けて行った。

 校門の近くで、お互い走ってきた、桜海(おうみ)赤星(あかぼし)が出会った。

「ゲホッ、ゲホゲホ。ケホン」

「ハー、ハー、あんた、あの時の!」


「ケホッ…」

「まずいよ、逃げなきゃ、吉田(よしだ)が追ってくる」


「ハァハァ、ハヒ」

 桜海は布か何かで覆うような素振りで赤星を抱き寄せた。

「なにすん…」

「しっ」

 二人は荒い息を押さえ込むように呼吸を止めた。

 吉田がヨタつきながら二人の側にやってくるが、まるでそこに何も無いかのように通り過ぎて行った。

「校外へ出たか」

 吉田は赤星を学校の外までは追いかけるつもりがないらしく、校舎の方へと戻って行った。


 二人は大きく息を吐いて、しゃがみ込んだ。

「ふー」

 桜海の目に、ホッとした表情で肩の力を抜くタマコの姿が映る。

「何、今の…」

「ちょっとした手品」

 桜海が苦笑しながら言った。

「あのさ、話があるんだけど」

 赤星は決心したように告げた。

「ふむ。ここはマズイから、安全な所に行ってからね」



 てっきり、二人のどちらかの自宅か、吉田の件で交番にでも行くのかと思っていた赤星が、小さな神社の鳥居を見上げて呟いた。

「安全な所って…ここ?」

「うん」

「安全?」

 赤星が不審がった。

「うん…」

 桜海は小さな神社の敷地で手招きした。

 赤星は怪訝な顔をしながらも、桜海の側に近づいた。

 桜海が地べたに腰を下ろすと、赤星はキョロキョロ周りを見回してから、恐る恐る桜海のすぐ隣に膝を抱えて座った。

「怖い?」

「いいや…」

「そう?」

 桜海は、赤星を安心させるべく微笑んだ。

「ここ、今は誰もいないけど、聞かれたくない話だからさ」

 赤星が、小さな声で言うと、

「一応、結界があるから大丈夫」

と桜海が自信たっぷりに言った。

「けっかい?」

「うん。話って何?」

「まずは何か今更な感じだけど自己紹介。俺、赤星(あかぼし)。赤い、に、夜空の星」

 赤星は小さく会釈した。

「桜に、海で(おう)()といいます」

 赤星は桜海の目を見つめた。

「これから話すことを聞いても哂わないでくれる?」

「うん」

 赤星は今まで遭遇した出来事や不可解な体験・体感について話したくても、どこからどう話せばいいか見当もつかなかった。

 そこで赤星は、初めて桜海と出会った時の事を話してみることにした。

「この前バスに轢かれそうになった時、こう、足を何かに掴まれていてさ。いや、何かそういう感じがして、動けなかったんだ」

 桜海は黙って頷いた。

「俺、昔からそうなんだ。何にもないところで躓いて転んだりってしょっちゅうで…。」

 桜海が黙っているので、赤星は不安になる。

「ねえ、俺の言いたい事って伝わってるかな? やっぱり変かな」

 過去に、この人なら、と思って話してみた友人等は、気味悪がるか、経験がないから、わからないといった反応だったことを赤星は苦々しく思い出した。

「いいや。ただ…俺、説明、上手くできない」

 桜海は頭を掻きながら言った。

「じゃあ、この前俺が感じたものって、何だったのか分かる?」

地縛霊(じばくれい)

 赤星は目を丸くした。

「え? ええと、見えるの?」

「うん。正確には、残存の念。あそこで死んだ人が死に際、助けを求めた強い念」

 赤星は目を丸くしたまま固まった。

「覚悟の自殺だと霊がいない場合があるけど、この世に未練とか遺恨とかあると霊もいるし、強い思念が残存することもあるんだ」

「…」

 霊というものの存在があること見えることが当たり前の桜海とは違い、赤星にとっては異世界の物語だ。

「怖い?」

 赤星は身震いしながら、首を横に振る。

「姫はそういったものと波長が合いやすいみたいだから」

 桜海の言葉を聞いた赤星は、露骨に不機嫌な顔をして言った。

「また、俺のこと、女扱いする。バカにしてんの?」

「違う。キミの前世は位の高いお姫様だった、みたいだから」

 どこか懐かしそうに言う桜海を見て赤星が腹立たしさを押えながら言った。

「何でそんな事がわかるんだよ」

 桜海は真面目な顔で考えて、

「何で、かな…生まれつき?」

と、答えた。

 なんとなく桜海に悪気が無いことが感じ取れた赤星は、彼の不思議な力について

それ以上の説明を求めるのはやめた。

「そう、か…それでさ」

 赤星は桜海の目を見て、続けた。

「最近、そう、桜海さん、あんたに会ってから、そういうことが無くなってきてて…。」

 赤星の言葉に桜海とタマコが、ほんの少し微笑んだ。

「今日は帰りに、いつも(つまづ)く場所に行って、普通に歩けるか確かめていたんだ」

「いつも躓く?」

「あ、でも、今日は大丈夫だった。でも、そこでウロウロしていたら何故か分からないけど、吉田先生に咎められてさ」

 桜海は、校門の側で見かけた50歳代の男性を思い出しながら聞いた。

「吉田先生って、ちょっと暗いし、先輩たちからあまり関わらない方がいいって言われていたんだ。だから授業以外で関わったのは今日が初めてで、あれだよ?」

「あれって?」

「校舎の影に引っ張り込んで尋問するからヤバいと思って、逃げたら追いかけられた」

 タマコも赤星の肩で何度も頷いて見せた。

「確か、江戸山大学だよね」

「うん。そうだけど…?」

「ふむ。じゃあこれから、いつも躓く所に行ってみようか」

「え~ぇ?」

 赤星がいかにも嫌そうに、とっぷり暮れた暗い空に向かって小さく叫んだので、

「いや、明日にしよう」

と、言い直した。



 赤星が帰ると、桜海の側に女の霊がスーッと寄ってきた。

 以前、通りすがりの人の精気を吸って歩いているのを見つけて保護した霊だ。

 そうしないと桜海神社のテリトリー内の気が乱れてしまうからだ。

『タマコちゃん、あの子が連れてっちゃったわよ』

 桜海が気に入っていつも連れて歩いていたもののけであることを彼女は知っていた。

「アヤノ…」

 桜海は声がした方を振り返った。

『大丈夫なの?』

「うん。ちょっと、見張ってるんだ」

『ねえ、頂戴』

「ここじゃマズイよ」

『誰にも見えないわよ』

「そうだけど…」

『他の人襲ってもいいんだけど…』

 アヤノは相手が倒れてしまうほど精気を奪い取ってしまうので路上で行き倒れが続発してしまいそうだったのだ。

 だから、彼女を保護したというよりも、周囲の人間を護るために隔離したというべきかもしれない。

「それはダメだって、約束しただろ」

『だったら』

「…わかったよ」

 もし彼女の姿が見えたとしたら、一瞬は男女のキスシーンに見えるかもしれない。

 だが、桜海の唇に吸い付いて、吸引する姿は異様な光景として目に映るだろう。

「も、いいだろ…」

『ケチ』

「封じるぞ」

『野蛮~』

「お前に言われたくない」


 翌日。


 赤星はあまり気が進まなかったのだが、桜海に『いつも躓く』場所を教えるために、今日受講する講義のない大学へ向かった。

 そんなわけで心なしか、のらりくらりとやって来た赤星は、校門の外で待っている桜海を見つけて駆け寄った。

「お待たせ」

「うん」

 赤星は、幾分青白い桜海の顔色に気付いた。

「何か顔色悪くない? 大丈夫?」

「うん」

 二人は校庭を囲むように続く桜並木をのんびり散歩でもするように歩いた。

 何故か桜海と旧知の仲のような感覚に陥る赤星だった。

「ここなんだけど、もう躓かないから、大丈夫だと思う」

 赤星がそういうと、桜海は彼の肩にいるタマコをひょいと掬うように取り上げ、

「もう一度、歩いてみて」

と促した。

 赤星は横目で桜海の顔をチラっと見て、さっそうと歩を進めた。

「わっ」

 赤星は以前と同じ所で足を取られた。

「見えた」

「何かしただろ」

 躓いて転んだ赤星が桜海を見上げて恨めしそうに言った。

 桜海が赤星に恭しく手を差し伸べたので、赤星は思い切り力強く引っ張って立ち上がった。

「せっかく、躓かなくなってたのに、どういうこと?」

 赤星は桜海が逃げられないよう手を掴んだまま攻め寄った。

 タマコは二人の諍いをよそに繋がれた手をつたって、さっさと赤星の肩へ戻った。

「あ、いや、それは…」


「君たち、講義をサボっちゃだめだよ」

 二人のいる桜の樹の元に、吉田が大慌てでやって来た。

 赤星はとっさに桜海の後ろに隠れた。

「あの、ここ、何かあるみたいなんですよ」

 桜海の言葉に吉田の表情が暗く曇った。

「何があるのかね?」

 桜海の陰から赤星が強気で言う。

「ひょっとして、吉田先生こそ何かご存知なんじゃないですか」

 吉田は桜海の後ろに回りこんで赤星を捕まえ、ポケットからナイフを取り出して突きつけた。

「きみらは、何を調べているんだ?」

「ヤバイよ」

 赤星は目の前に突き付けられたナイフに怯え声が掠れた。

 焦る赤星から見た桜海はやたら落ち着いている気がした。

「大丈夫」

 吉田は赤星を脅して、平然としている桜海の動きをも封じようとした。

「死にたくなければ…」

「行方不明の女子学生、伊藤洋子(いとうようこ)さんをさがしています。先生、ご存知なんでしょ?」

 吉田の言葉を遮って、桜海は吉田の不穏な眼差しを睨み返した。

「おまえら…」

「くっ…」

 赤星の首に回した吉田の腕に力が入った。

「彼は何も知りませんよ。わかっているのは、僕ですから」

 吉田は赤星を突き飛ばすと、今度は桜海にナイフを向けて構えた。

 地面に倒れた赤星は顔を上げ、助けを呼ぼうと大きく息を吸った。

 だが赤星が叫ぶ前に背後から、

「はい、そこまでよ」

と声が響いた。


 校舎の方から女性と2人の男性がこちらへやってきていた。

「なんだね、きみらは」

 吉田は慌てて隠そうとしたナイフを落とした。

「警察です」

 そう言って女性がナイフをハンカチで包むように拾い上げ、後に続いて来た男性の一人に渡した。

 そしてもう一人の男性が無言で警察手帳を見せた。

 赤星は尻餅をついたままで、急に現れた私服警官と桜海の顔を交互に見た。

「詳しいお話は署で伺いします」

 男性警官2人に付き添われ、吉田はトボトボとその場から去って行った。

 とりあえず銃刀法違反と恐喝の現行犯逮捕だ。


「姉ちゃん、ちょうど良かった」

 桜海がその場に残った女性に向かって言ったので、

「姉ちゃん?」

と赤星が呟いた。

「昨日、連絡しておいたんだ」

 赤星は慌てて立ち上がって会釈をした。

 桜海の姉は小さく頷いて返した。

「姉ちゃん、じゃないわよ。遺体はどこ? ここ?」

 弟を急かした。

「違うよ。案内する」

 歩き始めた桜海について歩きながら赤星が尋ねる。

「お姉さんなの?」

「うん。 (あや)

「警察官?」

「うん。こっち」

 桜海はどんどん校舎の裏にある小さな丘を登って、裏山の林の中へと入っていく。

 あまりに桜海が足早なので、赤星は桜海の姉と話しながら、ゆっくり桜海の後をついて行く。

「ホントのお姉さん?」

「ええ。山神(やまがみ) (あや)といいます。弟とは一回り違うからね。あの子ったらな~んにも言ってなかったんでしょ。ごめんね、怖い思いさせちゃって」

「あ、いえ」

 桜海が立ち止まった。

「多分、この辺りなんだけど」

 桜海がキョロキョロしながら言うと、礼は両手を腰に当てて呆れたように言う。

「ちょっと、当てにして大丈夫なんでしょうね?」

「うわっ! た、助けて!」

 急に林中がざわついて、赤星が草むらに倒れこんだ。

「そこか」

「ああーっ!」

 赤星は、体に何かがしがみついて、闇へ引き擦り込もうとする力から逃れようと必死だ。

 タマコはちゃっかりと桜海の肩に避難している。

「お姫様、お手を」

 桜海は、いたって暢気に声をかけ必死に延ばされた赤星の手を取り引き寄せた。

 そして、片手で印を結び呪文を唱え赤星と霊を引き離した。

「伊藤さん、あなたをご両親の元へお連れします」

 林の中がシーンと静まり返った。

「ここね。鑑識を呼ぶわ」

 礼は携帯で連絡を取った。

 桜海は放心状態の赤星を抱いてしばらく背中を擦ってやった。

「もう、大丈夫だから。ゴメン、怖かったね」

 赤星は、桜海にしがみ付いてわんわん泣きだしてしまった。

「ホントにあんたは困った子ね。こんなイタイケナ少年を怖い目に遭わせて」

「うん、悪かったよ」

 赤星はこれまで色々な目に遭ってきた事の謎がわかり、対処できる存在に出会えた安堵と、結局自分では何もできない悔しさとが、ごちゃ混ぜで涙が止まらなかった。


「ああ、わかってる」

 赤星は泣き疲れて眠っていたようだ。気付くとまだ林の中で、桜海に肩を抱かれて座っていた。

 赤星は気恥ずかしくて目を瞑ったままでいたのだが、

「帰ろうか」

と桜海に声を掛けられた。赤星は驚いて顔を上げ、ゆっくり頷いた。


「伊藤さんの遺体、見つかったんだね」

「うん」

 赤星は桜海と一緒に林の中を歩きながら尋ねた。

「俺はどうして、あの桜の木の側でいつも躓くんだろう?」

「もう、躓かない」

 桜海はハッキリと否定した。

「え?」

「伊藤さんは多分あそこで殺されたんだと思う」

「俺は一体何に躓いてたの?」

 見えない赤星には不思議でならない。

「助けを呼ぶ伊藤さんの手」

「見えないけど」

「念、だからね」

 赤星にとっては見えなくて当たり前である事を桜海も否定はしない。

 二人は林を抜けて校庭にもどってきた。

「なんで見えないものに躓くんだろう」

 赤星は素直な疑問を抱いた。

「体質かな?」

「体質?」

「多分、桜の木の側で殺されて林の中に埋められてたんだ。キミは林の中では、伊藤さんの霊に捕まえられたんだよ」

 赤星はぎょっとした驚きの表情で桜海を見つめた。

 そして半ば呆れたような、拗ねたような言い方で、

「俺は、そんなつもりはなかったけど霊感が強いって事?」

と尋ねた。

「う~ん。ちょっと違うかも」

「どっちにしろ、これからも霊とか念とかに振り回されるって事に変わりは無い」

 そう言って肩を落とす赤星に、

「もう、姫は大丈夫」

と桜海が慰めるように言った。

「なんで?」

 桜海はタマコを赤星の肩に置いた。

「おまじないしたから」

 桜海は赤星の手を取り彼の肩にいるタマコに触らせるかのようにかざした。

「わかる?」

「わからない…けど、何か、温かい?」

「タマコが守ってくれるから」

「タマコ、さん?」

「三百年くらい前からいるらしい、もののけなんだ」

 赤星は自分の肩口に視線をやりながら、

「へぇ。見えないのが残念」

と言った。

「あんまり見えるのも考え物だよ」

 校門までやってきたところで二人は立ち止まった。

「ありがとう。それじゃ」

「うん」

「バイバーイ」

「うん」

 赤星は手を振って、帰って行った。

 桜海は少し寂しそうに見送った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ